レッドが地上に戻るようです   作:naonakki

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第七話

 ここシロガネ山に、激しい戦闘音が鳴り止むことなく響き渡っていた。

 

「はぁっ……はあっ……くっ!」

 

 戦闘音の発生源には、苦しげな表情を浮かべ、襲い掛かってくるポケモン達を迎え撃つシロナの姿があった。

 常に余裕を持ち、クールな印象を持たれている普段の彼女の姿からは想像もできないものだった。これをシンオウの人々が見ればさぞかし驚くだろう。

 

 このシロガネ山のポケモン達は噂通り……いや、噂を遥かに上回る強さを誇っていた。

 各ポケモンの能力は勿論だが、驚くべきはその戦い方である。洗練されたその動きは、まるで一流のトレーナーによって訓練されているようであった。

 このシロガネ山のポケモン達でポケモンリーグに挑戦すれば、それなりの成績を残すことも十分に可能だろう。

 それだけの実力を備えたポケモン達が次々と襲い掛かってくる。

 

 一瞬の隙が命を落とすことに繋がりかねないこの状況。

 常に高い集中力が求められるが、敵の数が多すぎる。倒しても倒しても新しいポケモンが襲い掛かってくる。

 終わりの見えない状況に次第に体力以上に精神力が大きくすり減っていく。

 

 その時、一際大きな咆哮がこのシロガネ山内に響いた。

 本能的に思わず耳を抑えしゃがみ込みたくなる衝動を抑え、急ぎ咆哮のした方向へ視線を向ける。

 そこには巨大な体躯を備えたバンギラスがいた。

 バンギラスはギラギラとした敵意ある目をこちらに向けてくると、その大きな口を開き、エネルギーを持った輝く光を集め、光球を作り上げていく。

 こちらに向かってはかいこうせんを放とうとしているのだ。

 

 ……っ!?

 あれはまずい!

 

 あのバンギラスはこのシロガネ山内でもトップクラスの実力を備えている。それは戦わなくてもその体つきや纏っているオーラから伝わってくる。

 あのはかいこうせんを食らえば、いくら私のポケモンといえどただでは済まない。

 咄嗟にポケモンに回避するよう指示を出し、私自身も流れ弾に当たらないようにその場から急ぎ離れる。

 その直後、バンギラスからはかいこうせんが放たれ、周囲を眩しく照らしながら一直線にこちらに向かってくる。

 

 ……っ!

 

 紙一重ではかいこうせんを避けることに成功するも、そのまま後方にあった岩肌に直撃し、爆音が鳴り響く。砕け散った岩の欠片が散弾のようにあたりに降り注ぎ、そのうちのいくつかが私の体にも直撃してしまう。

 

 ……つっ!!??

 

 全身に経験したことのない鋭い痛みが走る。そのあまりの痛みに涙がこみ上げてくる。しかし、ここで痛みに悶え隙を見せれば終わりだ。

 痛みを噛み殺し、あたりへの警戒を怠らないようにする。

 

 ……くっ、そもそもポケモン一体ではとても対処しきれないわ。

 ……あまり経験はないけど、せめて二体のポケモンで戦いましょう。

 

 その後、シロナが二体のポケモンを繰り出したことにより、戦闘はより激しさを増していくことになった。

 シロナはダブルバトルでの経験の無さをその類まれなる戦闘センスによりカバーし、シロガネ山のポケモン達を相手に蹂躙していく。

 しかしそれもいつまでも続かない。時間が経つほどにシロナの動きは見る見る悪くなっていく。

 慣れないダブルバトルを行ったことで、より一層の高い集中力を要求され、これまで以上のスピードで心身ともに限界に近づいていったのだ。

 シロナの顔色には既に疲労の色が強く出ており、荒い息を吐くたびに白い息が空気に溶け込んでいっていた。

 だがシロナは折れず、持ち前の精神力で戦い続けた。

 

 

 

 そして日が暮れ始めた頃、ようやくこのシロガネ山に静寂が訪れた。

 野生のポケモン達はようやく諦めたのか、自分たちの住処にぞろぞろと戻っていく。

 激しい戦闘により変わり果てた地形の中心でシロナはその様子をただ茫然と見つめていた。

 最早、何かを考える余裕はなかった。あまりの疲労のためか目の焦点も定まっていない。全身がボロボロであり、箇所によっては血が滲みだし、衣服の一部を赤く染めている。

 

 ……生き……てる?

 

 野生のポケモン達が去ってから数分でようやくその事実を認める。

 その瞬間だった。

 

 ……ツー

 

 瞳から一筋の涙が流れた。

 それを皮切りにどんどんと涙が溢れてくる。

 

 何の涙かはよく分からない。

 死ぬかもしれない恐怖から解放されたことへの安堵なのかもしれない。或いは、これからしばらくこんな辛い修行をしなくてはならないという事に対する絶望の為なのかもしれない。

 

 私はそのままその場へ仰向けに倒れこんだ。立ち続けることすら辛かった。今すぐに寝てしまいたいほどに体は限界だった。

 ちなみに時間を確認すると約10時間ほどぶっ続けで戦っていたらしい。自分でもよくそれだけ戦えたものだと思う。火事場の馬鹿力的なものが働いたのかもしれない。

 

 数分ほどその場で倒れたままであったが、本当にこのまま寝るわけにはいかない。悲鳴を上げる体に鞭打ち持ち上げ、フラフラとした足取りでなるべく平らな場所を探しだし、そこに泊ることにする。

 

 その後、焚火で暖を取り、簡単に食事をとった。

 正直何も口にしたくはなかったが、ここで食事を摂らなければ体力の回復もままならないだろう。

 無理やり胃に食事を流し込んだ後は、持ってきた回復アイテムを使い、ポケモン達に治療を施す。治療については昔から幾度となく行ってきて得意としていたこともあり、その手際はプロ顔負けである。

 ポケモン達への治療後、自分自身への治療も忘れず行い、すぐに寝袋に下半身部分を入れてみる。防寒服に加え耐寒用の寝袋を用意していこともあり、いくらか温かみを感じられたがそれでもやはり寒い。夜中にすぐに火が消えてしまわないように焚火になるべく多くの薪をくべておく。

 ……お願いだから寝袋に燃え移らないでよね。

 夜中にポケモン達に不意打ちされることを防ぐためにあたりに虫よけスプレーをかけることも忘れない。それでもスプレーの範囲外からはかいこうせんなどを打ち込まれる可能性もゼロでない為、すぐに臨戦態勢をとれるようにグレイシアをモンスターボールから出しておく。

 グレイシアは焚火によって発生した熱が嫌だったのか焚火から距離を取りつつもなるべく私の傍まで近づいて来るとそこでくるんと体を丸めて眠りにつく。昼間の戦闘でよほど疲れていたのかすぐにすぅと寝息が聞こえてくる。

 それを見て私も寝袋に全身を入れて、ごろんと横になる。

 昼間は嫌がらせのようにあられが降っていたのに今は嘘のように天は澄み渡っており、数えきれない星々が見える。

 

 ……レッドはこんな生活を三年間も続けたのかしら。

 

 輝く星々をぼんやりと見つめながらふとそんなことを思う。

 ここのポケモン達は洒落にならないレベルで強い。はっきり言って異常だ。

 私も考古学者として世界を飛び回っているが、これほど強い野生のポケモンがいるのは見たことがない。

 

 ……だからこそ、レッドもあれほどの強さを手に入れたのよね。納得だわ。

 

 ……正直に言うとこの修行は辛い。

 確かに負けたくないという思いは本物だけど、生死を賭けた戦いをしてまでやり遂げるだけのことなのかと疑問に思う部分もある。

 今日はたまたま生き延びることができたけど明日も生き延びることができる保証はない。

 勿論ここで逃げればエキシビションマッチで恥をかくことは確実だろう。いや、ここで修行をやり切ったとしても負ける可能性の方が高いだろう。

 こんな環境下で三年修行していた人に対し、たった二週間足らずで追い付こうとするのは虫が良すぎるというものだ。 

 

 ……逃げたい。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 しかし一方で、レッドと戦ってみたいと思っている自分がいるのも確かだった。勿論、気持ちの割合としては、ほんの僅かなものであったが。

 理由は明確だ。この数年間一度も負けたことがなく、また負けそうになったことすら一度たりとも無い。それゆえ孤独すら感じ、自分と渡り合えるだけの強者の存在を求めていたからだ。

 

 そこまで考えたところではっと気づく。

 レッドはどうだろうと。

 あれほど若くして、圧倒的な力を手に入れてしまった彼は今どんな心境なのだろうかと。

 私と同じく孤独を味わっているのではないか。

 ……いや。私以上の強さを持っているのだ。私が想像することすら叶わないほどの孤独を感じているのではないか。

 

 そう考えるとレッドに親近感とでも言うべきなのか、これまで感じたことのない感情が心にぽっと灯るのを感じた。

 

 ……。

 ……なに弱気になっているのよ。

 この修行だって子供が三年間こなしてきたのよ?

 大の大人の私が逃げてどうするのよ?

 私はシンオウ最強のチャンピオン。応援してくれる人だって大勢いる。

 そんな人たちの期待を裏切るわけにはいかないわ。

 何より、レッド。

 彼もシンオウ最強と言われている私と戦うことを楽しみにしているかもしれない。何より私自身がテレビを通して彼に勝てると宣言してしまっているしね……。

 そんな彼の期待を裏切るわけにはいかないわ。

 

 凄惨な修行に折れかけた心に再び火が灯っていく。

 

 

 

 本人は自覚していないが、どんなに困難な壁にぶつかっても決して諦めないこの不屈の精神力こそが彼女をシンオウ最強と言われるほどのトレーナーに育て上げたのだ。

 

 ……そして今。

 レッドという果てしなく高い壁を前に、それを乗り越えるべく、さらにその強さを飛躍的に押し上げようとしていた。

 

 

 

 ……そういえば情報収集もしないとね。

 シロナは、鞄から携帯端末を取り出すとニュース番組を画面に映す。

 前回の反省を踏まえて、しっかりと情報収集は欠かさないようにする。

 正直、今すぐ寝てしまいたいが眠気を振り払い画面を注視する。

 しかし下がってくる瞼を押し上げることができない。

 すぐに意識は遠のいていき、夢の世界へと誘われていく。

 そして画面を付けたままの携帯端末が手から滑り落ちてしまう。そのままシロナが撒いた虫よけスプレーの範囲外まで滑っていってしまう。

 シロナはそれに気づかない。グレイシアは携帯端末が落ちた音で目を覚ますも、敵が来たわけでないことを確かめるとすぐに眠りについた。

 

 そしてニュース番組は場面が切り替わり、ちょうどレッドの訓練の様子を報じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如このシロガネ山に新たにやって来た人間に不意打ちを食らわせてやろうと、シロナに忍び寄る影があった。

 それは物音一つ立てずに近づいていく。しかし、次第に嫌な臭いが漂ってくる。あの人間は自分たちが近づかないように何かしらの妨害策を施しているらしい。

 どうするかと考えていると、光る何かが落ちていることに気付く。

 気になり、近づいていき何が落ちているのかを確認する。

 そしてそこに映っていた光景に動揺し思わず声が出そうになる。

 無理もない、そこに映っていたのは、シロガネ山のポケモン達が探し求めていた赤い悪魔だったのだから。

 クロバットは、携帯端末を口に咥えるとすぐにこの異常事態を仲間に知らせる為、飛びたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、また新たな人間がこのシロガネ山にやって来た。

 報告を聞き次第、すぐに様子を見に行き、遠目からその人間と他のポケモン達が戦う様子を眺めていた。

 その人間は赤い悪魔にも匹敵するほどの実力をもっており、結局、押し切ることはできなかった。

 ポケモン達が引き上げる段階で私も一旦、引き上げることにした。

 

 ……私が赤い悪魔と戦ってからどれほどの時間が経っただろうか?

 

 ふとそんなことを考える。

 一年以上前、他の者が倒せないからと私が直接出向くも敢え無く敗北してしまった。

 それまで敗北したことなどなく、絶対的な自信とプライドを傷つけられてしまった。圧倒的実力差を目の当たりにし、私は強さを磨くことに没頭した。

 いつか赤い悪魔にリベンジするために。

 他のポケモン達はそれからもしばらく諦めずに挑み続けたようだが、ようやく諦めると私同様強くなることに専念しだした。

 そこに突然の赤い悪魔の消失。

 だが私には関係ない。シロガネ山から去ったのなら探し出せばよいだけの事。

 そしてちょうど今日、旅立とうした時に新たな人間が来たのだ。

 少しだけ気になり、出発を遅らせ様子を見ることにしたのだ。

 そして先ほどの戦いぶりだ。

 赤い悪魔にどれだけ近づくことができたのか、この人間で試してみるのもいいかもしれない。

 そう考えている時だった。

 

 やけに周りが騒がしくなっていることに気付く。

 どうもポケモン達が騒いでいるようだ。

 そして聞こえてくるある言葉に意識が一気にひきつけられる。

 赤い悪魔、確かにそう聞こえた。私はすぐに騒ぎの元へと向かっていく。

 

 そこには訓練の時間でもないのに多くのポケモン達がやってきていた。

 私の登場に周りの者たちは驚いたのか多くの視線を寄こしてくる。

 私はそんな視線を気にすることなく騒ぎの中心まで飛んでいく。

 そしてクロバットの元まで到着すると何があったと問う。

 

 クロバットの回答をまとめると、シロガネ山で拾った不思議なものに赤い悪魔が映っているというのだ。クロバットの傍に置かれているその不思議なものとやらを見ると、人間が携帯端末と呼んでいる代物がそこにあった。

 私もそれを覗き込んでみると確かにそこには赤い悪魔が映りこんでいた。なにやら、他のポケモンと戦っているようだった。

 そしてそれを見てあまりの驚愕に目を見開く。このシロガネ山にいたときよりも明らかに強くなっていたからだ。

 ポケモン達の動きは明らかによくなっているし、能力値も上がっているように見える。何よりあの赤い悪魔の出す指示が、これまで以上に的確で無駄という無駄が削ぎ落とされているのだ。広い視野で敵味方のすべての戦況を理解したうえで、瞬間的な判断で自身が取れる最高の動きをするよう指示しているその様は、見るものを魅了するほどであった。

 騒ぎの原因はこの赤い悪魔の変わりようだったようだ。

 しかし、周りの者では携帯端末から聞こえて来る人間語を理解できないようで何が起きているかいまいち分からないようだった。

 私はしばらく、携帯端末の画面を注視し続ける。

 そこで画面と共に聞こえてくる説明を聞き、今人間界で何が起きているのかを理解していく。

 そして、ある女の人間が画面に出たとき、またも周りが騒ぎ出す。それはそうだ、その人間こそ先ほどまで戦っていた者なのだから。

 そして私は全てを理解した。

 

 私は他のポケモン達にすべてを説明した。

 

 

 

 赤い悪魔……レッドという人間と今シロガネ山に来ているシロナという人間が十数日後、戦う事になっていること。それは人間界の最強を決める大切な戦いであること。

 

 レッドは、シロガネ山から出た後も凄まじい訓練を繰り返し、さらに強くなっていること。

 

 レッドのあまりの強さゆえに、今、人間界ではレッドの勝利が確実だと予想されていること。

 

 そして……

 

 急に人間界から消えたシロナのことを大勢の人は、逃げたと見ており、失望し、馬鹿にしているということ。

 

 

 

 私が説明し終わると、他のポケモン達はこれまで見たことのないほどの怒りを見せる。

 当然の反応だ。

 そう。シロナも私たちと同じだったのだから。

 

 シロナも赤い悪魔、レッドに打ち勝とうと必死だったのだ。

 

 私は見た。

 ポケモン達が去った後、静かに涙を流し必死に何かに耐えようとするシロナの姿を。

 最初は、辛いだけなのかと思った。いや、それも当たっているだろう。

 その証拠にシロナは何とか勝利を掴んだものの、どう見ても満身創痍。これ以上戦う気力がないというギリギリのところまで追い詰められていた。下手をすれば命を落としていたかもしれない。

 では、なぜそんな辛い経験をしながらこのシロガネ山から去らないのか。

 それは、その涙には世間に馬鹿にされて悔しいという思いも込められていたからではないか?

 確かに今の段階ではレッドとシロナの実力差は明確。だが、シロナはそんな現実に直面しつつも諦めずにここに来て、自身の強さを引き上げようとしている。

 断じて逃げてなどいない。

 しかし、そんなことなど露知らない人間たちがシロナのことを馬鹿にするその姿は、私ですらはらわたが煮えくり返りそうになった。

 これは、私……いや私達がレッドに負けた悔しさを知り、強くなることに必死に努力をしてきたからこそ共感できたことだろう。

 

 ふと考える。

 ……いや、考えるまでもなかった。

 すでに答えは決まっていた。

 

 私はポケモン達にある提案をする。

 それに反対する者はいない。全ポケモン達の同意を示す咆哮が爆音となり、シロガネ山を揺らす。

 これで決まった。

 

 

 

 我々は、これよりシロナに全面協力する。

 

 

 

 しかし、今のレッドの強さはあまりにも化け物じみている。ここにいるポケモン達や私一人では少々力不足かもしれない。それに他にも……。

 ……仕方ない。

 

 ポケモン達に三日……いや、二日間空けることを言い渡し私はすぐさま行動に出る。

 

 炎に包まれた翼をバサッと広げ、神々しさを感じさせる所作で空に舞い上がっていき、シロナのいる場所まで飛んでいく。

 シロナの姿を確認すると、特殊な力を込めた炎をいくつか放つ。それは、シロナが寝泊まりしている場所を取り囲むように燃え上がり、人間にとっての適温レベルまで辺り一帯の気温を上げていく。

 

 その後、ファイヤーはシロガネ山から飛び立ち、超高速飛行でふたごじまに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……昨日より手強い!?

 

 朝早くから、手早く準備を行い、早速修行に身を投じたのだが、違和感があった。

 昨日より野生のポケモン達の勢いが増しているのだ。

 何があったのか知らないが、上等。

 むしろいち早く強くなりたい私にとってはありがたかった。

 

 また訓練とは関係ないが、朝起きると謎の炎が周りで燃えており、とても暖かくなっていた。そのおかげで割と心地よく寝ることができた。なぜいきなりそんな炎が出てきたのかは不明だ。グレイシアには居心地が悪そうだったので申し訳ないことをしてしまった。

 後、失敗だったのが携帯端末をどこかに無くしてしまったことだ。昨日寝落ちしてしまった時にどこかにいってしまったようだ。これで私は情報収集する術を無くしてしまった。だが、ここでそれをどうこう言っても仕方ない。こうなったら後はどこまで自分を追い込めるかだろう。

 

 そんないくつかの疑問はありながらも、昨日持ち直したモチベーションでもって野生のポケモン達と次々に戦っていく。私が昨日以上の勢いで迎え撃つと、向こうもそれに応えるように勢いを増してくる。

 

 そして今日も長時間の戦い後、ポケモン達が去っていった。今日もフラフラであり、意識が今にも飛びそうであった。

 しかし、ここで異変に気付く。

 なんとあたりに一つや二つでないアイテムやら食料と思われるものが落ちているのだ。アイテムを見てみると、キズぐすりやげんきのかたまり、なんでもなおしなど貴重なものまである。また、木の実や野草と思われる食料がそこにあった。

 

 ……なに、これ?

 

 見たことのない光景に困惑してしまう。

 確かにたまにアイテムが落ちていることはあるけどこれはあまりにも異常だった。

 

 どうすればいいのかしら。正直野生のポケモンが落としたものを使うのは抵抗があるけど……。でもアイテムが予想以上に消費が激しく不足していたのは事実。ちょっと怖いけど使ってみようかしら。

 ちなみに、木の実や野草は私のポケモン達が美味しそうに食べた。どうも厳しい環境下で育った野草や木の実は味が濃厚であるみたいだった。

 ちなみにこれ以降、毎日多くのアイテムや食料が置かれることとなる。

 

 その次の日も訓練に身を投じる。

 だがここでも新たな異変があった。野生のポケモン達が戦い方を変えてきたのだ。どちらかというと防御より攻撃面に重点を置いた攻めだ。なぜこんな戦い方をしてきたのか不明だが、これは私にとっては痛手であった。

 私は、どちらかというとどっしりと構えてカウンターの要領で攻撃をしていくスタイルだ。だが、ここまで激しい攻めの姿勢で来られると流石に捌ききることはできない。こちらからも攻めの手を増やし、牽制しながら対応せざるを得ない。最初は慣れない戦法に戸惑ったが、戦っていくうちにコツを掴み、どんどん効率よく対応できるようになっていく。

 

 ちなみにこれは長い間レッドと戦ってきたシロガネ山のポケモン達が、携帯端末越しに見たレッドの最新の強さも加味し、今のシロナがレッドに勝つために何が必要かを協議した結果、シロナにも攻撃的な側面が必要と判断した為である。それを身に付けさせるためにわざと攻めのパターンを変え、シロナに有効な攻めのパターンを身に付けさせていたのだ。

 その後も、シロガネ山のポケモン達が有効と判断した訓練を次々に展開していく。シロナはその度に違和感を覚えつつもそれに何とか必死に食らいついていく。

 

 

 

 そして四日目。

 さらに事態が大きく変わることになる。

 

 その日も朝早くから修行に身を投じていたが、聞いたことのない三つの鳴き声がシロガネ山に響いた。

 その鳴き声を聞いた野生のポケモン達の動きが止まる。私も鳴き声の発生源に目を向けるが、視線が釘付けになってしまう。

 理由は単純。目に入ったそれがあまりに美しく心を奪われたからだ。

 

 ポケモン? なのだろうか。

 炎、雷、氷それらを纏った鳥型の美しいポケモンが現れたのだ。

 三体が優雅に大空を舞うその光景は、有名画家が描いた芸術作品のような幻想的なものであった。

 

 私でも初めて見るポケモンだ。一般的に知られている普通のポケモンでないことは、その美しさは勿論だが、ヒシヒシと伝わってくる力から分かった。

 そのポケモン達は、私を見据えると一斉に襲い掛かって来た。

 私もそれを認識すると急ぎ意識を取り戻し、臨戦態勢をとる。

 

 考えはなかった。

 本能が今のままではやられると判断し、私は無意識に三体目のポケモンをモンスターボールから出し、迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……これでこのシロガネ山ともさようならね。

 

 この十数日は一生忘れることはないだろう。間違いなくこれまでの人生で一番濃かった期間だった。

 

 ……私は強くなった。

 

 その自信が確かにあった。

 けれど直近のレッドの情報を仕入れることができなかったことは痛かった。

 正直、勝ち負けについてはどちらに転ぶか分からない。

 しかし私はできるだけのことはした。それは間違いない。

 

 ……そしてそれはみんなのおかげでもある。

 

 私は後ろを振り返る。そこには、このシロガネ山で激戦を繰り広げてきたポケモン達がいた。だがポケモン達は襲い掛かってくることはなく、むしろ私を送り出してくれているようだった。

 

 流石の私も途中からシロガネ山のポケモン達が私が強くなることに協力的な姿勢を見せてくれていることは理解できた。超スパルタだったけど。

 ……でも理由は結局最後まで分からなかったわ。本当にどうしてなのかしら?

 

 そんなことを考えていると、なんと数体のピッピが前に出てくる。

 シロガネ山にピッピはいなかったはずだけど……そんな疑問を感じていると、ピッピが手をかざすと淡く優しい光が発せられそれが私を優しく包んでくる。

 これは……いやしのはどう? 

 この修行の間に傷ついた体が癒されていき、さらには体力もどんどんと回復していく。

 回復が終わると、例の炎に包まれたポケモンがこちらに近づいて来て目の前で体勢を低くしてくる。

 

 ……乗れってこと? 

 どこに連れて行く気なのかしら? 

 急いでポケモンリーグ本部まで行かないとエキシビションマッチに間に合わないのだけど……。

 

 しかしこちらのそんな心配を見透かしてくるように、ポケモンは首を一度上げると、ちょうどポケモンリーグのある方向を向くと優しく鳴いた。

 

 行先は分かっている。そこまで私が連れて行ってやる。そう言われているのだと直感で理解した。

 再び体勢を低くした炎に包まれた背に跨る。不思議と全身を包む炎は熱くもなく、体に燃え移ってくるなんていうこともない。

 私が、背に乗ったことを確認するとゆっくりと上空に上がっていく。

 そのタイミングで、シロガネ山のポケモン達が一斉に咆哮をあげる。それはまるで、これから戦いに赴く自分へと投げられる激励のように聞こえた。

 

 そしてある程度の高度まで達すると、すぐに加速し、高速の飛行で移動を始める。しかし、風が私にあたることはない。他の二体の氷と雷を纏ったポケモンが風よけになるように目の前を先導してくれているからだ。

 

 

 

 

 

 ……なぜここまで野生のポケモン達が協力してくれたのかさっぱりだけど、ここまでしてくれたのだもの。私頑張るわ。

 

 ……待っていなさい。レッド。

 強くなった私の強さをとくと見せてあげるわ。

 




感想・誤字報告ありがとうございます。

後、もうちょいでレッドvsシロナ回の予定です。

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