レッドが地上に戻るようです   作:naonakki

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第九話

 ピカチュウのボルテッカーをルカリオが完璧に防ぐ形で開幕した、レッドとシロナによる頂上決戦。

  

 レッドはすぐにピカチュウを引っ込め、二番手のポケモンを繰り出し仕切り直す形でバトルは再開した。

 そこからの展開は誰も予想していなかったものへとなっていく。

 守り主体の戦い方を好むシロナらしからぬ猛烈な攻めがレッドに襲い掛かったのだ。その様子はまさに鬼気迫るものである。

 レッドは慌てることなく冷静に対応し、相手の動きを捉え、最小限のアクションで攻撃を捌き、隙を見て反撃の手を加えていく。

 しかし、シロナはレッドから反撃をされた時には、素早い状況判断を下し、本来得意としているカウンターを叩き込むという、攻守共に隙の無い戦法でもってレッドを追い詰めんとする。

 

 攻めるシロナと守るレッドの構図が出来上がり、戦いは膠着状態へともつれ込む。それでもシロナの勢いは止まらない。時が経つ毎に勢いを増していくシロナ。だがレッドも呑まれることなくシロナの勢いに合わせるように、さらに動きにキレを見せ対処していく。バトルはより激しさを増していくが、それでも膠着状態は続く。

 しかし、バトルの内容を見ると、その優位性はレッドに傾く。

 シロナ側は全開スタートを切り、苦戦しつつもレッド側の鉄壁とも思える防御をかいくぐり有効な攻撃を当てていく。しかし決め手には欠ける状況。

 一方のレッドはシロナから攻撃を受ける度に不可解そうに顔をしかめる様子を見せるも、致命傷を受けるのは避け、まだ余力は残している。様子見といったようにも見える。

 この状況だけを見れば、優位であるのはレッドであった。

 

 しかし、盤外にて徐々に変化が生じる。

 観客達の心が揺れ動き出したのだ。

 観客達の多くが期待していたのはレッドの活躍だ。そもそも直前までシロナはレッドの圧倒的強さを前に逃げ出したと思われていたほどだ。皆がレッドの圧倒的勝利を信じ、期待していたのは間違いない。

 しかし伝説のポケモンであるフリーザー、サンダー、ファイヤーと共に登場したことで観客達を魅了したこと。さらに蓋を開けてみれば、目に入ってくるのは最強のトレーナーであるレッドに必死に食らいつくシロナの姿だった。

 シロナが正真正銘全精力を注ぎ込んでバトルに臨んでいることは、その様子から明白だった。これまでのポケモンバトルで見せていた余裕の表情など欠片もない。レッドをどう追い詰めるか、どう反撃してくるか、何か見落としは無いかと、全神経を集中させバトルに臨んでいた。

 何より絶対に勝ってやるんだという熱い気持ちが遠目に見ていてもヒシヒシと伝わってきた。

 

 そんなシロナの奮闘する姿に心を奪われた観客達が次第にシロナに声援を送りだす。小さなさざ波だったシロナへの声援はすぐさま大きな波となり、会場中を包む巨大な声援へと化ける。それがシロナの背中を大きく押す。見ていて分かるほどシロナのポケモン達はどんどんと動きにキレを見せ、徐々にレッドを押し始める。レッドの余裕の様子もいつしか消える。それでもレッドは相変わらず大きな動きは見せず、あくまで冷静に立ち回りシロナの攻撃をかいくぐろうとするが、シロナの勢いに押され、捌ききれない場面が目立ってくる。

 

 そしてとうとう、レッドがピカチュウと交代させた実質一体目のポケモンが地に伏した。起き上がる事はない。これで残りポケモンは六対五となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッドが格上のトレーナーであることは戦う前から分かっていた。だからこそ出し惜しみは一切せず、スタートから全力でぶつかった。

 その甲斐あってか極限まで集中力を研ぎ澄ませ、相手の対応を上回る打点を重ねることで、こちらの攻撃がレッドに届き得た。勿論簡単なことではない。少しでも判断を誤ればレッドは必ずその綻びを突いてくる。

 しかし長年ポケモンバトルに費やしてきた経験と、シロガネ山での壮絶な修行の成果が私を支えてくれる。特にシロガネ山で得た攻めのパターンやカウンターがレッドに対してとても有効に決まっていく。まるで対レッドのために身に着けたのではないかと疑うレベルだ。

 

 ……こんなにワクワクした気持ちは本当に久しぶりよ!

 絶対に諦めずに最後には勝ってみせるわ!

 

 湧き上がる感情と共にさらに集中力を高め攻め立てる。

 しかし、それでもレッドは崩れてこない。

 

 レッドは強い。強すぎる。

 ポケモン達のレベルは言わずもがな。あれほど鍛え上げられたポケモンは見たことが無い。そして恐るべきは、レッドの視野の広さと素早い状況判断能力だ。こちらがどれだけ激しい攻めを見せても必ず対応してくる。時折繰り出す搦め手や不意を突いた攻撃でも同様だ。どんな手に対しても毎回最善の手を打って応えてくる。しかもまだ全力を出し切っている様子もないと来た。

 そのあまりに完成された強さを前に、バトル中だというのに感動を覚え、レッドと言う人間を深く尊敬すらした。

 

 後もう一歩なのだ。あと少しでレッドを突き崩すことができる。

 ……ここが私の限界?

 冗談じゃない。そんな簡単に己の限界を決めつけてこの楽しい勝負を諦めろと言うの?

 ここが限界なら超えるだけのこと。

 レッドという初めての好敵手を前に私の強い想いが際限なくどんどんと湧き上がる。それに応えるように己の限界を超えていき、レッドの喉元に刃を突き立てる。 

 その時だった。まるで私の想いが届いたかのような出来事が起きる。

 

 「シロナさん、頑張れ!!」

 「シロナ、あんた最高に熱いぜ!」

 「レッドに負けるんじゃない!」

 「あともう一歩だぞ!」

 

 それまでレッドに向けられていた声援が私に向けられ始めたのだ。

 ここはレッドのホーム。つまり敵地だ。確かに遠方から私の応援に来てくれている者も少なからずいる。それでもレッドに向けられる応援の量が圧倒的だったのは言うまでもない。

 シンオウで絶大な人気を誇るシロナは声援を向けられることなど日常茶飯事であった。しかし今回の声援ほど巨大で熱烈なものはシロナをもってしても初めての経験であった。

 なぜ私に声援を向けられたのかは分からない。 

 だがそれは確かに私の心を熱くし、私を完全に限界のさらに向こう側に突き動かしてくれる。

 

 そしてようやく私の刃がレッドに届いた。

 

 ……いけるっ!

 ようやくリードを得たことでシロナは心の中でガッツポーズを取る。

 レッドもようやく本気を出してきたと見える。このままいけばレッドに勝つことも可能だと確信する。

 

 懸念はある。

 最初に少しだけ姿を見せたピカチュウだ。

 最初はこの場にふさわしくないポケモンの登場に戸惑ったが、すぐにその考えを改めた。

 あれは明らかに異質だ。

 鍛え上げられている、なんて言葉すら生ぬるく感じる。一体どれだけ修行すればあんなピカチュウが誕生するのか……。

 何よりあのボルテッカー。まともに食らえばひとたまりもないだろう。技を食らった直後はそのあまりの威力に思わず苦笑いを浮かべてしまったほどだ。オーバの助言もあって、こちらは初手から防御に徹した為、直撃を免れたのは本当にラッキーだったと言える。

 この先間違いなくピカチュウが壁になってくる。それが分かっていてレッドもピカチュウを下げたのだろう。来るべき場面に備えて。

 だが、私は前に突き進むだけだ。

 レッドを前に少しでも勢いを失えばすぐに吞まれてしまうだろう。

 今のこの乗りに乗った勢いのままにレッドを圧倒する。これしかない。

 そのことを改めて心に刻み、輝く銀色の瞳に闘志の炎を浮かべ、さらに前へ突き進んでいく。

 

 その後、勢いづくシロナがレッドを圧倒する形でバトルは進んでいく。

 レッドも驚異的な粘りを見せるも、徐々にシロナに優位を奪われていく。

 過去にも例がないほどの長い時間が経過していくも、会場の熱気は冷めるどころかどこまでも盛り上がっていく。

 盛り上がりの中心にいるのはシロナ。

 その表情に疲労の色が見え始めるも、勢いは全く衰えることはない。

 現状は、シロナの持ちポケモンが四体。対するレッドは三体。

 そしてさらに会場から爆発するような歓声が巻き起こる。

 シロナのポケモンがとうとうレッドの四体目のポケモンを倒したのだ。

 これで四対二。

 

 どちらが優勢かは誰の目から見ても明らかだった。

 実力が拮抗するトレーナー同士のバトルにおいてこの差はあまりに絶望的。

 シロナが勝利する、そんな結果が見えてきて会場に漂っていた緊張感が緩まっていく。

 

 残りは二体……。

 このまま押しきるっ!

 

 シロナ自身は会場の雰囲気とは対照的に緊張感を途切れさせることなく、むしろ高めていく。滴る大量の汗をグイッと拭い、自分自身を奮い立たせる。そして鋭い眼光を向け、次のレッドのポケモンが出てくるのを待つ。

 しかし、いつまで経ってもレッドの次のポケモンが出てこない。

 不思議に思いレッドの方を見つめる。観客達も違和感に気付いたのかレッド本人へ視線が集まる。

 当の本人は、万を超える視線を集めて尚、静かに立っていた。

 不利な局面に立たされているはずのレッドの姿はどこか未知の不気味さを含み、異様な雰囲気を漂わせている。

 やがてレッドは、静かに自身が被る帽子の鍔に手をかけ、くるりと鍔が後ろにくるように帽子を被りなおす。

 それによって、隠れていたレッドの瞳がよく見えるようになる。

 ……っ!

 レッドの瞳を見たシロナを含む全員が息を吞む。

 レッドは全く諦めていない。いや、むしろこれからが本番だとでも言うようにその瞳に強い光を携えシロナを真っすぐに見つめていたのだ。

 その眼力にシロナは全身が硬直したような感覚にとらわれる。

 ……仕掛けてくる!

 そうシロナが確信したところで、レッドは五体目のポケモンを繰り出した。

 

 

 

 一度は緩まりかけた会場の緊張感がまたもピークに差し掛かろうとしていた。

 理由は単純。バトルの展開がガラリと変わったからだ。

 これまで守りに徹していたレッドが一転、攻勢に打って出たのだ。最初はヤケクソになったのかと疑う観客達だったが、すぐに違うと気付かされる。

 まるで未来でも見えているのかと疑うほど、シロナ側の攻撃を的確に読み、僅かな隙を突き、確実に攻撃を加えていく。逆にあれほどレッドのポケモンを追い詰めていたシロナの激しい攻撃はほとんどが無力化され、シロナのポケモンだけが一方的にダメージを蓄積させていく。

 そんなレッドの戦い方は美しくすらあり、シロナを応援をしていた観客達すらもみるみる引き込んでいく。

 これには流石のシロナも何が起きているのかと焦りを見せる。何とかしようと打開を試みるもすべてレッドによって完璧にいなされていく。

 

 これまでの長い試合展開が嘘のように決着はあっという間であった。数分とかからずシロナの三体目のポケモンが戦闘不能に追い込まれてしまう。対してシロナが相手に与えたダメージはほんの僅かであった。

 シロナは諦めず、すぐさま新たなポケモンを繰り出す。

 

 ……どういうこと? 急にレッドの動きがよくなった?

 

 レッドの切り札であるピカチュウにやられてしまったのならまだ納得もできた。しかし、レッドが五体目に出してきたのはピカチュウではない。切り札以外のポケモンにほぼ一方的にやられてしまったという事実が重くのしかかってくる。これでは、ピカチュウを出されてしまえばこちらは何もできず負けるのではないのかという考えがちらつく。

 

 ……ま、まずい。

 

 これまでの乗りに乗った勢いを完全に殺されたことを悟ったシロナの中で動揺の波が広がっていく。それと同時にまるでおもりをつけられたように全身が重く感じる。それが疲労によるものだと気づく。ここまで長い時間、極限の集中力を維持してきたツケが回ってきたのだ。

 焦り、疲労、困惑が同時にシロナへと襲い掛かり、心をへし折らんとする。

 

 まさかさっきまでのレッドは、本気を出していなかった?

 ……くっ、だとしても諦めない。まだこちらの方が有利。ここで焦ったらそれこそ相手の思うつぼよ。

 

 ここで、突如レッドはポケモンを交代させてくる。

 残りのレッドのポケモンは二体のみ。つまり交代で出てくるポケモンは……。

 

 「ピッカチュウ!」

 

 勿論ピカチュウである。

 その愛らしい見た目とは裏腹にギラギラとした獰猛な目をこちらを真っすぐに見抜いてくる。それはまさに飢えた獣のようであった。

 

 ……ゾクッ

 

 全身が硬直し、鳥肌が出てくるのを感じる。

 レッドは完全に流れをものにしようとしてきている!?

 ピカチュウはレッドの切り札。

 そのピカチュウを出してきたという事は、レッドがここで勝負を決めにかかって来たという事を示している。

 つまりはレッドが私に勝つ算段を立てたということ。

 まだこちらのポケモンは三体も残っているというのに。その中には私の切り札であるガブリアスも控えている。

 早計だと思いたいが、たった今為す術なくやられたことを思うと本当に食われてしまうのではと思ってしまう。

 

 そこからの展開はさらに早いものだった。

 ピカチュウによる蹂躙劇がシロナを襲った。自身への反動ダメージを配慮してなのか、ボルテッカーは使用していない。だが、それでもシロナのポケモンは着実に攻撃を重ねられ、ガブリアスを除くすべてのポケモンが一瞬のうちに地に沈んだ。その間、シロナのポケモンの攻撃がピカチュウを捉えることはただの一度も無かった。

 

 「……はぁっ……はぁ!?」

 

 目の前で起きていることを現実のものとして受け止めることができなかった。

 激しい動悸が全身を襲い、荒い息を吐く。

 頭の中がぐるぐると回り、吐き気すら感じる。

 あっという間に一対二と逆転されてしまった。それもこの僅か十分足らずの間にだ。悪い夢を見ているようだった。

 震える手でガブリアスが入っているモンスターボールに手を伸ばす。汗で中々モンスターボールを掴むことができない。

 相手はピカチュウ。タイプ相性としてはこちらのガブリアスの方が有利。恐れることなどないはず。それに私のガブリアスだけは他のポケモン達とは別格の強さを誇る。だがそれでも決して敵わないという確信にも近い不安が全身を襲ってくる。

 だがシロナはそれを振り切る。

 

 ……最後まであきらめない!

 

 しかし、不屈のシロナの想いも虚しく勝利の女神が微笑むことはない。

 ピカチュウの圧倒的強さを前には、ガブリアスでさえも歯が立たない。

 

 そして、あっという間に後一撃食らえば負けるという場面まで追い込まれてしまう。

 

 ……くっ、ピカチュウの動きを捉えられない!?

 

 でんこうせっかを交えた超スピードで不規則に動き、ガブリアスとシロナを翻弄する。今のピカチュウの動きを肉眼でとらえることは困難を極めた。先ほどまでの限界を超えたシロナであれば或いは今のピカチュウにも対抗できたかもしれない。

 しかし心身ともにに疲れ果てたシロナには到底不可能な話であった。

 

 「……っ、ガブリアス、ドラゴンダイブよっ!」

 

 シロナの指示により、ガブリアスの攻撃がさく裂する。しかし、それはピカチュウがいる場所とは見当違いの場所に攻撃する結果となる。

 その隙を逃さずレッドの口からとどめのアイアンテールの指示が飛ぶ。

 素早いピカチュウから繰り出されるアイアンテールを避けられるわけもなく、ガブリアスに直撃する。

 満身創痍であったガブリアスの巨体が崩れていく。これで勝負は終わった。誰もがそう思った。

 

 「……ガブリアス! げきりんよ!」

 

 シロナが力強く指示を飛ばすと、限界を迎えているはずのガブリアスが地の底から鳴り響くような咆哮をあげる。ピカチュウにドラゴンの怒りを込めた決死の一撃が襲い掛かる。ピカチュウが攻撃した直後のことであり、ほぼゼロ距離にも近い地点からの反撃の一手。それはピカチュウに直撃し、衝撃波と共に爆音を響かせながら小さなピカチュウの体は簡単に吹っ飛ぶ。それと同時にガブリアスの体はズシンと音を立て、今度こそ倒れる。

 

 ……ガブリアス、よく頑張ってくれたわ。

 最後にあのピカチュウに一矢報いることができ……た……え?

 

 シロナは信じられない光景を瞳に映す。急所を捉えたガブリアスの最高出力の攻撃を受け、ピカチュウはダメージを受けたはずだ。それこそ戦闘不能に追い込むほどのダメージをだ。それにも関わらずピカチュウは宙でくるくると体を回転させ体勢を整えるとそのままその足で地におり立った。ダメージを受けたようには見えない。

 

 ど、どうして……あっ……。

 

 見るとピカチュウの尻尾が銀色に輝いていた。あれはアイアンテール。

 まさか、咄嗟のアイアンテールでガブリアスのげきりんを相殺した……?

 

 信じられないことだが、そうとしか考えられない。

 最後の最後までピカチュウに……いやレッドに敵わなかった。

 完全なる敗北である。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 当初の作戦では、ピカチュウのボルテッカーで相手の出鼻を挫き、相手が立て直す前に全てを終わらすという短期決戦に持ち込む算段だった。

 しかし、逆にこちらの出鼻を挫かれるレッドは、しばらく防御に徹し相手の出方を窺うことにした。

 

 レッドはすぐに異変に気付いた。

 この一カ月弱、レッドはシロナの過去のポケモンバトルの映像を見てシロナがどのような戦闘スタイルであるかは把握していた。シロナは基本的に自分からガツガツと攻めることはせず、どっしり構えて相手の出方を伺い、カウンターの要領で攻める。そういった戦略を取るという認識だった。こちらもそれに合わせて様々なシチュエーションを想像し、戦略を練ってきた。

 しかし予想に反しシロナは激しい攻めの手を打ってくる。作戦通りの攻撃を仕掛けても効果は薄い。

 

 ……実力を隠してたとしてもここまで変わるものなのか? これじゃあまるで別人と戦っているみたいだ。

 レッドはブルーの助けも借りながら、シロナが実力を隠していると仮定したうえでの対策もしていた。しかし今目の前にいるシロナの戦い方は完全に想定外のものだった。

 そう判断したレッドは、この一カ月かけて積み重ねてきた対シロナ戦への戦略の数々を躊躇なく全て捨てる。通用しない戦略など足かせでしかない。そしてどうして実力を隠していたのかなんてどうでもいい。重要なのはシロナに勝つ戦略をこの土壇場で一から組み立てる必要が出てきたということだ。

 そこでレッドは、引き続きシロナの出方を窺うため守りに徹することにする。

 

 展開が進み、シロナについての情報が集まっていくごとにレッドの中には困惑が広がっていく。

 シロナは完全に自分より上の実力を持っているのだと予想していた。

 ところがバトルを進めていくごとに自分とあまり実力に差がないと感じるようになってくる。いや、それどころか自分の方が実力が上ではないかとも。

 その証拠に冷静に守りに徹していればシロナの動きを十分に捉えることができた。はっきり言って余裕さえある。

 しかしあることがレッドを混乱させていた。

 

 ……くっ!? またか……嫌なところを突いてくる……。

 

 時折、シロナの繰り出してくる攻撃が的確にこちらの僅かな隙を突いてくるのだ。隙といっても本当にあるか無いかといったもの。いや隙という言葉もしっくりこない、癖といってもいい。人には必ずその人特有の癖が染みつくものだ。俺にもそれはある。勿論、癖と言っても普通は分かるものではない。特に俺は修行で付け入れられるような部分は限界までそぎ落としている。

 長年一緒にいたブルーやグリーンならともかく今日初対戦のシロナが俺の癖を知っているはずもなかった。過去の自分の対戦動画でも見て研究したかと考えるがすぐに違うと結論付ける。これは直接かつ本気で戦ってこそ見えてくる類のもの、あり得ない。

 つまり、シロナが初見で俺の癖を把握してきていることに他ならない。相手が俺の実力を遥かに上回る実力者であるなら納得はできる。だがシロナと俺の実力差はほとんどないと来たものだ。まだ本気を出していないのではないかとも疑うが、シロナの様子を見てその可能性はないと確信する。シロナは完全に本気を出してきている。あれが演技なら世界一の女優になれることだろう。

 シロナは飛びぬけた観察眼でも持っているのだろうか? 

 そんなことを考えてしまう始末。

 さらに付け加えるとこちらの想像を遥かに上回る視野の広さと状況判断能力の高さを持っている。こちらの生半可な攻撃ではすべてカウンターの餌食になってしまう。これも事前にシロナを研究している時には想像すらしていなかったことだ。

 

 どうなってるんだよ、まじで……。

 

 結局、初手にボルテッカーを止められたことや、ファイヤー達を手懐けていたという事実も重なり、シロナの実力を測りあぐねてしまい、攻めに転じ切ることができない。

 こちらも攻勢に出れば互角以上に戦うことはできるだろう。しかしそれにしてはあまりに情報が不足している。何よりシロナは時間が経つごとにどんどんと勢いを増していく。その勢いは凄まじいもので、気を抜くとこちらとの実力差すらも乗り超えて一気に吞み込んできそうな勢い。そんなシロナに真っ向勝負を挑むのはあまりにリスキーだ。

 ピカチュウなら正面から叩き潰せる自信もあったが、ピカチュウにも耐久性があまり無いという弱点がある。万が一攻撃を食らい、やられてしまえば一気に流れを持っていかれるだろう。やはりピカチュウを出すのはすべての舞台を整えてからだ。

 

 そして考えた結果、レッドは戦略を決定する。

 それはシロナの勢いを逆に利用するというもの。

 こちらは全力で守りに徹する。そうすればどれだけ勢いがあるシロナでも俺のポケモンを突き崩すにはかなりの骨が折れることになる。勿論、時折攻撃も織り交ぜ、シロナから高い集中力と注意力を引き出すことも忘れない。

 そして好都合なことに観客達も奮闘するシロナに声援を送り、シロナの糧となる。自分に向けられる声援とは時として、自分の実力以上の力を引き出してくれることは俺も経験から知っている。現にシロナはこちらが全力で守りに徹しているのにも関わらずそれを上回る攻撃力で俺のポケモンを戦闘不能に追い込んでくる。

 しかし、俺は知っていた。

 自分の実力以上の力を引き出すという事は、それだけ自身の中にあるエネルギーを大量に消費させていることに。だが勢いに乗っている時は大量のアドレナリンがその事実を忘れさせてくれる。

 つまり、普段以上の力を出しつつ疲れも感じないという一見すると無敵の状態となる。

 

 ……だが勢いとは一度失ってしまえば再起させることはとても難しい。そしてそれは勢いが強ければ強いほどその反動も大きいものだ。

 

 俺は守りに徹しできるだけ時間を稼ぎつつ、シロナの動きを観察した。そしてどんどんとシロナ側の動きを見極めていく。こちらがシロナ側の動きを見極めつつあることは決して悟らせない。それを悟らせる時は畳み掛ける時だ。

 後は好機をじっと待つだけだ。

 勢いに乗っている時は疲れを感じないとは言ってもシロナだって人間だ。限度がある。シロナが疲れを見せ始めたとき、それが反撃開始の合図だ。

 ここで焦ったらそれこそ終わり。

 これが実は一番難しい。勢いに乗る相手を前に耐え続けるというのは予想以上にプレッシャーに襲われるものだ。

 しかし必ずその時は来る。その確信が俺にはあった。

 

 それから着実に俺のポケモンが一体、また一体と倒れていく。その度に心がざわつく。しかし耐える。耐え続ける。

 

 そしてその時は来た。

 

 俺のポケモンが残り二体にまで追い詰められた時。

 相変わらず乗りに乗るシロナ。しかしピークを通り過ぎたシロナのパフォーマンスは低下しつつあった。疲労も表面化してきた。対するこちらは守りに徹していたこともあり余力がある。ここまでじっくりと引っ張った甲斐はあった。

 もう我慢をする必要は無い。

 なにより、シロナの動きはもうほとんど見切った。

 

 俺は、ゆっくりと目を閉じ深呼吸を行い、全身に酸素を送る。

 意識を完全に切り替え、自身を極限までの集中状態にまで昇華させる。

 三年前のグリーン戦、そしてシロガネ山でのコトネとの戦い以来の嘘偽りのない全身全霊の本気モード。

  

 ……シロナ。

 ここまで散々ストレスを溜めさせられてたんだ、発散させてもらうぞ。

 

 防御から攻撃への切り替え。今の疲れ始めたシロナを圧倒することはなんてことはなかった。

 まずピカチュウという切り札以外からの予想外の反撃。

 その効果は火を見るよりも明らかだった。

 勢いを殺されたシロナは、先ほどまでの動きが嘘のようにがたついていく。

 だが、シロナの目は死んでいない。

 だからこそここで完全にシロナの勝利の可能性を潰すため、ピカチュウを迷わず出す。相手の反撃の芽が出る前に全てを容赦なく焼き払っていく。ここまで来れば反動を食らうリスキーなボルテッカーは使用しない、必要もない。

 シロナが精神的に追い込まれ始めているのはその表情を見れば分かった。

 こちらの勝利はもう目の前。

 だが油断はしない。最後の最後まで。

 シロナは最後まであきらめず抵抗し、最後にはピカチュウに一撃を与えんとしてくる。そのシロナの姿には敬意を払わざるを得なかった。

 しかし、それもこちらの掌の上。俺とピカチュウには通用しない。

 最後まで完璧に相手の攻撃を封じ込めた。

 

 こうして数時間にも及ぶバトルは俺の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判により俺の勝利宣言がなされ、ようやく俺は集中モードを切る。

 その瞬間、周りの観客達の鼓膜を破らんばかりの歓声が耳に入ってくる。

 重力による重みを急に思い出したかのようにガクンと全身に重みを感じる。

 気づくと大量の汗をかいており、心臓も早鐘を打つように全身に響いていた。

 

 ……はぁっ、……危なかった。 

 まじで今まで戦ったトレーナーの中で一番強かった。

 ……でも楽しかったなぁ。

 

 勝利できたことで全身が安堵の気持ちで包まれる中、俺は激闘を繰り広げた対戦相手であるシロナへ視線を向ける。

 シロナは、呆然と立ち尽くしていた。何が起きたか分からないと言った感じだ。負けてしまったことが信じられないのかもしれない。まああれだけの実力の持ち主だ。負けることに慣れていなかったとしても不思議ではない。というか確か無敗伝説とかも持っているんだっけ?

 俺はそんなシロナをじっと見つめる。

 実はと言うと俺はシロナについてかなり興味を持っていた。勝ったとは言え、結局シロナについては謎に包まれた部分が多かった。初手のボルテッカーを止めたこと、俺の癖を見抜き攻めてきたこと。俺はシロガネ山で修行することで強くなったが、シロナがどのようなプロセスを得て強くなったのか。伝説のポケモンとの関係など気になることが盛りだくさんだった。

 その俺の視線に気づいたのか、シロナは「……あっ」となぜか酷く怯えたような反応を見せてくる。興味を持った相手にそんな反応をされると傷付いてしまう。

 だけどめげない。俺は興味を持ったら突き進むタイプだ。バトル後の礼儀である握手をするためにもシロナへと近づいていく。

 近づいていくたびにシロナは追い詰められた子猫のように怯えるのでなんだか悪いことをしている気分になってくる。

 シロナの目の前まで来たが、シロナは息遣いをやや荒くしこちらを相変わらず怯えたように見つめてくる。その頬はほんのり紅潮している。

 ……どうしたんだ?

 そんなことを考えつつ、向こうからのそれ以上のアクションが望めないので、手をさし伸ばす。無論、握手をするためだ。

 するとその手を見たシロナは、さらに息遣いを荒くし、顔を真っ赤にするとそのまま仰向けに倒れてしまった。

 

 ……えっ?

 

 意味不明である。

 突如、倒れてしまったシロナにどうしていいのかと思考がフリーズしてしまう。

 でも試合後に突然倒れてしまうという光景を最近どこかで見たことがあるような……。

 あ、この前の俺か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けた。

 完敗。

 その事実が全身を駆け巡っていく。

 私は無敗伝説なんてものを作り出してしまうほどに、チャンピオンになってから負けたことがない。勝利はいつだって当然の事であり、私にとっての何の刺激もない日常の一部でしかなかった。

 それが崩れたのだ。

 あまりに現実味がなく夢でも見ているのではないかという感覚に襲われる。

 しかしこれが夢でないことは流石に分かる。

 だが、不思議と悔しいという気持ちは湧いてこなかった。

 それとはもっと別の感情が私の中を満たしていた。それが何かは分からない。感じたことのない感情だった。

 その時、私はレッドから見つめられていることに気付いた。

 レッドの瞳がまっすぐに私に向けられている。そう認知した瞬間私の心が大きくざわついた。それがなぜなのかは分からず、私は未知の感情の揺さぶりに恐怖した。だというのに、レッドはなぜかこちらに近づいてくる。一体私に何をするつもりなのかは分からない。それを止める手段も持ちえていない。

 

 ……そう、私はレッドに勝てなかったのだ。レッドのすることを止められる訳がないのだ。レッドの前に私は屈服するしかないのだ。

 

 その考えに行きついた瞬間、子供であるはずのレッドがとんでもなく大きく恐ろしく見えてしまう。

 だが、どこかで今のこの状況を受け入れている自分がいるような気さえする。いや、それではまるで変態ではないか。

 ……違う、そう、違うはずだ。

 心臓が大きく波打ち、呼吸も荒くなる「はぁ……はぁ……」と上手く空気を吸えない、苦しい。顔も熱を帯びてきているようだ。

 一体何が起きているの?

 訳が分からなかった。

 そして目の前にレッドが来てしまった。

 鼓動がうるさい、苦しい、熱い。これは異常だ。何か私によくない何かが起きている。

 レッドから手を差し伸ばされ始めていることに気付く。

 徐々に近づいてくる手。何をされる? 何をするつもり?

 様々な想像、改め妄想が脳内を駆け巡り、その度にシロナは混乱していく。

 

 元々バトルで酷使していたシロナの脳はとうとうオーバーフローして倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある洞窟の最深部。

 

 ここはどこだ?

 わたしは、だれだ?

 なぜ、ここにいる?

 

 いや、一つだけ知っている。

 わたしを作ったのは人間。

 

 では、私は何のために生まれてきた?

 だれが生めと頼んだ?

 だれが作ってくれと頼んだ?

 

 ……。

 

 




いや、本当に久しぶりの投稿となってしまいました……。
ネタ詰まり+忙しかったなどなどありまして……。

前話でも感想頂いた方ありがとうございます。
大変励みになっております。

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