清磨はベルワンの地に降り立った。
ここはガッシュやゼオンが属するベル一族が治める国で、ゾフィスから聞くところによると、最も平和な国の1つであるという。
清磨が降り立った場所は深々とした緑に覆われた場所で、見渡す限り、農地が広がっていた。
遠くを見ると、地上から昇る雷が見えた。ゾフィスの話だと、魔界の地底には多様な魔石が存在し、その影響で自然災害も多いということだった。
清磨がベルワンの地に降り立つと、すぐに魔物が瞬間移動してきた。
現れた魔物3体が清磨を取り囲んだ。どことなくガッシュに似ていたが、背中に翼があり、鳥類のようであった。敵意はなかったので、清磨は落ち着いて取り囲んだ魔物を見た。
「何者だ?」
魔物の質問に答える代わりに、清磨は持っていた赤い本を示した。
「その本はガッシュ王の……まさか、ガッシュ王のパートナーである清磨殿か?」
清磨はうなずいた。
「ガッシュに会いに来た」
「そうか。そなたが清磨殿か。ガッシュ王から話を聞いている。叡智を極めし人間の英雄とな」
「叡智を極めし英雄か……ガッシュがそう言ったのか?」
「こちらで意訳した。そのままでは締まりのない表現になるのでな」
「そうか。そうだよな」
清磨は天を仰いだ。
「ガッシュ王は城におられる。そこまで案内しよう。私に乗るがいい」
魔物の一人が大きな翼を広げた。大きなたくましい翼だった。ただの使いっぱしりではない高貴な魔物のように見えた。
「背中に乗ってもいいのか?」
「翼に触れればいい。それだけで十分だ」
魔物がそう言ったので、清磨は魔物の翼に触れてみた。
すると、翼がオレンジ色の輝きを放ち、清磨を包み込んだ。直後、清磨の体が浮かび上がった。
「では行こう」
清磨は特殊な魔力の力に乗って、ベル一族が治める城へと向かった。
清磨は自分を覆っている力の本質がガッシュの持つ魔力と酷似していることに気づいた。ということは、清磨を案内しているこの魔物はガッシュと同じ一族と見て間違いなかった。
清磨は上空から魔界を見渡した。
地上の様子を俯瞰するだけで、魔物たちの暮らしの水準や魔界の地理的性質を理解することができた。
魔物たちの暮らしの水準は日本人の水準に比べればかなり低いことがわかる。かなりの割合を占める農場を見る限り、魔物たちの尋常でない食欲がうかがい知れる。ガッシュの食事量を間近で見て来た清磨はこの広い農場をフルに活用しても、食糧は足りないだろうと思った。
科学技術の程度はどうか。
清磨は魔物の持つ魔力の特性をある程度理解していたので、魔法的性質を考慮しての科学水準もすぐにわかった。
日本の水準に比べ、約100年の遅れと見えた。大きいように見えるが、数十年で劇的に技術を発展させた人類の歴史を考えれば、魔界も10年の間に大きく変容するだろうと思った。
地上を歩く魔物はまばらで、人口密度は日本に比べればはるかに小さいと見える。
地理的性質は地球に酷似しているが、時折自然現象では生まれえないような特殊な地形を見ることができる。
異常に発達した樹木や異常な変形をした台地などは魔界独特の都合から生まれたものと見て間違いない。
しばらくして、案内役の魔物が清磨の隣に並んだ。
「あの城だ。ガッシュ王が治めるベルワン城」
「……」
清磨はまっすぐ眼前の城を見つめた。かなりの大きさを誇る城だった。1000年以上の歴史を感じさせる荘厳なつくりをしていた。
通常の建築技術では、あれほどの大きな建物を造ってしまうと、材料力学的にはわずかな老朽化で瓦解してしまう。
おそらく、魔界には人間界には存在しない強靭な物質があるものと思われた。ファウードを構成していた物質もかなり特殊なものだった。
清磨は魔物に導かれ、城の一端に降り立った。
見上げると、城は天に伸びるほど高かった。高度は推定774メートル。東京一番の建築物であるモチノキスカイツリーよりも高かった。
清磨は好奇心に導かれ、地面に手を置いた。
「特殊な物質だ。電導性を感じさせないが、物質の密度が低い。まるで生きているようだ」
「この城は地球から伝わった物質と魔界にある物質を融合させたコファルニウムで造られている」
「コファルニウム……チェリッシュが魔導の気から生成する魔石の一種か……」
清磨はファウードの戦いの間に、チェリッシュが生成したコファルのかけらを持ち帰っていた。それ自体は地球環境上では存在できないのか消えてなくなってしまったが、城を形成するコファルは老朽化しても自然と再生する力が備わっているようであった。ガッシュのマントに草食されていた魔石にも似た力があった。もしかしたら、それはコファルの一種なのかもしれない。
「ガッシュ王のもとに案内しよう。こっちだ」
清磨は魔物について行った。
◇◇◇
清磨はガッシュと面会するため、王の間にやってきた。
目の前には巨大な扉があり、思わず圧倒されそうになる。
扉を開けるには王の許可がいるということで、魔物は特殊な魔力を使って、扉の先にいると思われるガッシュとコンタクトを取り始めた。
その間、清磨はあたりを興味深そうに見渡した。
その時、ふと背後に何かしらの気配を感じて振り返った。
「ブラゴ?」
清磨は振り返った先にいた魔物に驚き、思わず一歩後ろに下がった。
「さすがだな。気配を完全に消して近づいたつもりだったのだがな。貴様の寝首を狩るのは不可能か……」
ブラゴは静かにそう言うと、口元を緩めた。
「……久しぶりだな、相変わらず愛想のかけらもないようだが」
再会を喜ぶ雰囲気は微塵もなかったが、清磨はブラゴに不思議な親しみを覚えた。
「愛想か……シェリーのやつもさんざん同じことを言っていたな」
ブラゴは愛想もなくそう言ったが、どことなく人間界にいたころに比べ、雰囲気が丸くなったようにも見えた。
「いま何をしているんだ?」
「お前はすべてのことに答えを出すことができるのだろう? ならば、自分で答えを導き出してみろ」
「……」
清磨はジッとブラゴを見つめておぼろげに現れたイメージを口にした。
「信じられないが、牧師をしていると見た」
「よくわかったな」
ブラゴは感心するように言った。
清磨はブラゴが何の宗教を司っているかまではわからなかったが、ブラゴの雰囲気からは邪悪なものは感じられなかった。怪しい邪教ではないようだ。
「おれの一族はここ魔界ではタブーとされてきた邪教の権化でな。おれは王を決める戦いに出るため、そんなくだらない教えと決別し、力を追い求めた。世界を先導するのはそんな陳腐な教えではなく力と考えたからな」
「なるほど……」
ブラゴが力に異常なまでに執着する背景には、一族を上げた一波乱があったのかもしれない。
「だが、おれも大人になった。力だけでは世界を創ることはできぬと知った。そのことをまさか力に乏しい人間から教わることになるとは思わなかったがな」
清磨はブラゴから力と愛の両方を感じ取った。その愛を授けたのは間違いなくシェリーだ。清磨はブラゴの成長を嬉しく思った。
「シェリーもこの魔界に来ているはずだ。あいにくどこにいるかまではおれでも答えは出せないが。魔界は危険なダンジョンが数多くあると聞いているから心配だ」
「ふん、あいつは伊達におれと戦っていない。腕の1つ足の1つがなくなろうが、地獄の果てから這いつくばっておれのもとまでやってくるさ」
「だろうな」
清磨は確信した。王を決める戦いの後、一度だけシェリーから手紙を受け取ったことがあった。
シェリーもブラゴから強い影響を受けたようであり、名家のお嬢様から野生的な博愛主義者に変わっていた。あの力強さは並の男では歯が立たないだろう。
「だが、しょせんは人間。まったく世話の焼けることだ」
ブラゴはそう言うと、きびすを返し、ゆっくりと歩き始めた。おそらくシェリーを探しに行くのだろう。その背中からはシェリーを見つけるまでは戻らないという覚悟を感じさせた。
清磨はブラゴの背中が見えなくなるまでその姿を見送った。
「みんな頑張ってるんだな。おれも腑抜けてるわけにはいかないか」
清磨はそう言いながら扉のほうに向きなおった。ちょうど、その扉が開いた。