金色のガッシュ アフター   作:やまもとやま

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最終話 楽園の歌姫

 魔界のはるか上空、大いなるドラゴンでさえも耐えることのできない天空の世界には楽園が広がっている。

 そこは過酷な上空でありながら、あらゆる生命が安らかに過ごすことができる。

 

 その楽園には、さまざまな動植物が安らかな環境の中で暮らしていた。

 しかし、ある種族だけは含まれない。

 

 人間または人間の心を持つ者。

 

 人間の心がわずかにでも含まれる者は、楽園を管理する天使によって追放される。

 その結果、魔界は人間の心が少しでも混じる者とそうでない者に分けられ、楽園は地上から完全に閉ざされていた。

 

 しかし、楽園を侵攻しようとする者は少なくなく、毎日のように楽園にやってくる魔物がいた。

 

「天使どもは豊かな楽園を独占し、我々のあるべき資源のほとんどを強奪した。おれたちはそれを取り戻しに来た」

 

 侵略者は自らの正義を語り、天使と対峙した。侵略者は壮年のドラゴンの姿をしていた。加齢により体に老化は見られたが、経験に裏打ちされた大いなる力を秘めていた。

 

「愚かな。神の啓示に反し、人間に接触した罪を忘れて、楽園を侵略しようとするのか。そのような荒くれものを楽園に侵入させるわけにはいかん」

「なぜそこまで人間を嫌う。人間には、我々にはない美しい心がある。それを学ぼうとしたものが罪人だというのか?」

「神がそうおっしゃっているのだ」

「ならば、その神は間違いだ。いま、地上の魔物たちは飢え苦しんでいる。楽園の一部、我々に還元せよ」

「断る。再び、地の果てまで落ちるがいい」

 

 天使は裁きの剣を引き抜いてドラゴンに向けた。

 

「良かろう。神童と恐れられた我が力を解放する。天使ども、真の罪が何かを知るがいい」

 

 ドラゴンは先ほどまでのやせ細った体を筋肉質な肉体へと変化させた。

 獰猛さがあたりに散らばった。

 

「禁呪……人間の心との融和から生まれたとされる。その獰猛さ、人間の心の本質が現れているようだ」

「違うな。この獰猛さは家族を守る心、一族を守る心だ。人間は家族を守るためにその命を賭ける。そうして解き放たれた愛そのものだ」

「そのエゴイズム、粉々に打ち砕いてみせよう。ソルド・ラディス。いま神より委託された力の前に消滅するがよい」

 

 天使は剣を輝かせると、翼をはためかせ、ドラゴンに接近した。

 

「ディガル・クロウ! 打ち砕け、そのエゴイズムに満ちた翼を」

 

 ドラゴンは鋭い爪をきらめかせた。両者の一撃が重なった。

 

 軍配は……天使に上がった。

 

 天使の一撃がドラゴンの2枚の翼を切り刻んだ。

 

「ぐおおおおおお!」

「神の裁きだ。その苦しみの果てに罪を知るがいい」

「おれは死なない……おれの魂を引き継いだアシュロンが必ずお前たちの傲慢を打ち砕くだろう……」

 

 ドラゴンはその言葉を残し、そのまま落下していった。天使はその姿を見送ると、楽園へと戻っていった。

 

 いま、楽園には例外的な存在が保護されていた。

 本来は楽園に入ることのできない人間の少女が楽園で保護された。

 

 それには大きな理由があった。

 

 天使は楽園の中にある美しい宮殿に降り立った。

 

 夜の月と美しいイルミネーションが中庭を照らしていた。その中庭に保護された人間の少女がいた。

 人間の少女は意識を失っていて、その少女が意識を取り戻すのを、ティオはそばでずっと待っていた。

 

「ティオ様、楽園への侵入者を排除しました。楽園の平和は保たれました」

「そうですか。ご苦労様でした」

 

 ティオはどこか普段の雰囲気とは違っていた。ティオではない人格がティオの心に溶け込んで、その結果ティオは人が変わっていた。

 

「あとは恵の目覚めを待つだけですね。そのとき、私たちの最期の戦いが始まるのです」

「恵様は人間の少女。ティオ様、私にはわかりかねることがあります。どうして、神は我々に人間のパートナーをもたらしたのでしょう。神自ら人間の心を悪しきとして排除されたにも関わらず」

「そうですね……私にも神の真意は測りかねます。もしかしたら、神もまた迷っているのかもしれません。人間のありように対して……」

 

 ティオはまっすぐ恵の顔を見つめた。恵は天使に負けず劣らずの美貌を秘めていた。

 

「神は人間を失敗作として排除しました。しかし、同時に神をも超えうる人間の力に可能性を感じているのかもしれません」

「神をも超える力。恐ろしいものです。それは破滅以外の何物ももたらさないでしょう」

「その逆。神をも超える創造を解き放つ可能性を見たのかもしれません。いずれにしても、すべての結末は神のみが知っていることでしょう」

 

 ティオは恵の額に手を当てた。

 

「恵、早く目覚めるのです。私の真の力を解放するためには、歌姫が必要です。あなたがその歌姫なのです」

「ティオ様の翼が解放されれば、バオウを打ち砕くことも可能になるでしょう。バオウさえ滅ぼせば、この楽園を犯す力を持つ者はいなくなり、楽園は永遠の安寧に包まれるのです」

 

 ◇◇◇

 

 翌朝、恵はついに目を覚ました。

 その視界にぼんやりと映ったティオの姿を見て、恵はつぶやいた。

 

「ティオ……?」

「ようやく目覚めたのですね、恵」

 

 ティオは嬉しそうな表情になった。

 

「この喜ばしい気持ち……天使のそれではありませんね。私自身が持っている人間の心の反応でしょうか。何とも不思議な心地です」

 

 ティオの心はかつてのティオの心とクリアセウノウスの心が混ざり合ったものである。

 純粋な天使の心と人間の心が介在するティオの心の間に生まれたその嬉しさは人間特有のものだった。

 

「なるほど、この喜び……人間がその心に溺れてしまうのもうなずけます。恵、あなたとの再会を待ちわびていました」

 

 ティオは天使ではなく人間の心に突き動かされて、恵の手を握り締めた。

 

「恵、私のことを覚えていてくれましたか?」

「当たり前……忘れるはずないでしょう、あなたのことを思い出さなかった日は一日もなかったわ」

 

 恵は喜びをそう言い表わした。しかし、体に力が入らないようで、恵の手は震えていた。

 

「無理をしてはいけません。楽園の地にあなたの体が慣れるまでにもうしばらくかかるでしょう」

「……」

 

 恵はティオの変化にをすぐに感じ取った。

 

「ティオじゃないの、あなた……」

「何を言っているのですか、恵。私がティオ以外の誰に見えるのですか?」

「違う……私にはわかる」

「なるほど、私の口調がかつてのティオと違っているのかもしれません」

「そうじゃない……」

 

 恵はティオが丁寧語を使うところに違和感を覚えていたわけではなかった。

 ティオが持っていた喜怒哀楽の激しい心が見えなくなったところに違和感を覚えていた。

 

 ティオはわがままで強きで勝気で扱いにくい。

 そのくせ寂しがり屋で怖がり。

 けれど、誰よりも強い優しさを秘めていた。

 

 恵は誰よりもティオのその心を知っていた。だから、ティオの心の変化に誰よりも敏感だった。

 

「あなたは一体何者?」

「……わかりました。すべてお話しましょう」

 

 ティオは近くにあったハープを手に取って、その音色を響かせた。

 

「ティオはクリアセウノウスを継承する器として楽園にて誕生しました。神の預言者として……」

 

 ティオはハープの音色に乗せて、翼を失った経緯を説明した。

 

 ティオは大いなる魔力を秘めていました。ゆえ、私の魔力を継承する器としては最適でした。

 しかし、ティオは生まれてまもなく、おかしな挙動を取るようになりました。

 ずっと、下界を見下ろしてため息をつくばかり。

 

 いったいどうしたのか、天使たちは身を案じましたが、ティオはただ下界を見つめるだけで、まったく答えてくれませんでした。

 

 ある日のこと、ティオは楽園からその身を投げました。

 自らの翼を自らで切り落としてしまったのです。

 天使始まって以来の出来事でした。

 

 ティオは地上に落ち、そして下界の魔物たちと接するようになりました。

 ティオの心は変わって行きました。ふさぎ込んでいた気持ちは明るくなり、感情も豊かになりました。

 

 しかし、下界を知ってしまった以上、もはや私の魔力をティオに預けることはできません。

 しかし、私はなんとしてでもベル一族に継承されたバオウを滅ぼさなければなりません。

 

 そこで、私はクリア・ノートという新しい器を用意しました。

 しかし、しょせんは偽物。私の魔力をすべて継承させることはできませんでした。

 

 クリアセウノウスの力を完全に使えないまま、ベル一族はバオウの力を完全に解放し、クリア・ノートは倒されました。

 こうなった以上、私はもう一度ティオを器として選ばなければならなくなりました。

 

 私はティオの心を消滅し、自らの人格を植え付けました。

 ティオの心は拒絶反応を起こしましたが、仕方がありません。バオウを倒すためにはそうするほかなかったのです。

 

「恵、あなたは私に最後の力を与える歌姫。あなたのその美しい歌声がティオに最後の力をもたらすでしょう。恵、どうか、私に力をお貸しください」

「……」

 

 恵は答える代わりに、近くにあった白い本に手を伸ばした。

 その本を開くと、そこにはたくさんの術が刻まれていた。

 

「……ティオの思いじゃない……これも、この力も、全部ティオの力じゃない」

「いいえ、それがティオの力です」

 

 しかし、恵は首を横に振った。

 恵はまだ表われていない術のページを開いた。文字は読めなかったが、そこにはティオの本来の力が封印されているように思えた。

 恵は自分の役割を悟った。

 

 クリアセウノウスの力を解放することではなく、ティオの力を解放させること。

 

 恵が忘れてしまった術の数々を取り戻すこと。それがティオの本来の心を取り戻すことだと考えた。

 

「いいわ、あなたの力になる。でも、私は……ティオの心を取り戻すために歌う……」

「……わかりました。それでいいでしょう」

 

 ティオ……厳密にはクリアセウノウスは一応納得した。

 

 魔物たちはこうしてかつてのパートナーと巡り合った。

 それは再会の喜びであると同時に、もっとも過酷な戦いを告げるものでもあった。

 

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 1章再会編終わり。

 2章バリー編の開始までいましばらくお待ちください。

 

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