金色のガッシュ アフター   作:やまもとやま

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2、王の拳

 グスタフは目の前に懐かしい男の姿を見ていた。

 

 グスタフが出会った中で、最も屈強な男。

 グスタフが出会った中で、最も愚かな男。

 グスタフが出会った中で、最も優しい男。

 

 その男は別れた最期の時から、さらに強く優しく成長していた。その堂々とした顔つきには、荒くれ者の気質はなく、それでいて、厳格で頑固な気質が溢れていた。

 

 グスタフは懐をまさぐってキセルを取り出そうとしたが、懐には何も入っていなかったので、小さくため息をついた。

 

「寒いな」

 

 グスタフがそう言うと、バリーは嬉しそうに笑った。

 

「シベリアの大地よりもか?」

「そうだな。だが、お前のようなむさくるしいやつが視界にいると、寒さも忘れてしまう」

「ははは、おれの相棒グスタフに違いねえ。久しぶりだな、グスタフ」

「若いな。お前にとっては久しぶりというほどか」

 

 グスタフは体を起こした。ちょうど、バリーとグスタフの間に、少年が割り込んだ。

 

「そなた、人間だな?」

 

 少年は大きな目を向けて来た。見た目、幼さの残る少年だが、グスタフには目の前の少年の年季を感じ取っていた。

 なので、グスタフは丁寧な物言いをした。

 

「さようでございます。あなたは?」

「我はガロウ。極北の地に眠る十二獅子の一角である」

 

 少年はガロウと名乗った。声はとても幼かったが、その中身は遥かな時を生きた賢者を思わせた。

 

「遥かな時、眠りについていたが、勇敢なる者、バリーの訪問を受け、目覚めたのだ。迷惑な者が迷い込んできたと思ったが、目覚めて良かったと思えるようになった」

 

 ガロウはそう言うと、唐突に手に何かを生成した。

 

「これはそなたらの絆をつなぐ魔本であろう? 突如、我のもとに現れたものだ」

 

 ガロウは跪いて、両手を使い、とある魔本を差し出した。

 グスタフは両手でその魔本を受け取った。

 

 懐かしい感触だった。かつて、手にしたその力と同じ感触だった。しかし、あの時よりもさらに大きな力を感じさせてくれた。

 

「懐かしき。我もかつて魔界の王を求め、戦ったものだ」

「あんたもガキだったころがあったんだな。今もガキだがな」

 

 バリーは100万年の時を生きたガロウに対して、遠慮するところがまるでなかった。

 

「我はこの地の氷を解放するために、王を目指した」

「なんでだ? あんた、氷の魔物なのだろう? ならば、こんな寒いところは最高の住み場所じゃねえか」

「ふむ、確かにな。我が生きるのに、この大地ほど理想的なものはない。だが……」

 

 ガロウは大いなる極北の世界に地平を臨んだ。

 

「見るがいい。この凍てつく大地のあり様よ」

「あん?」

「誰も寄り付かぬ。友は生まれぬ。ただ、心地よい吹雪に身をゆだねるのみ。我は悠久の時の間に、虚しさを覚えたのだ。氷を解けば、人が現れる。友が、あるいは天敵かもしれぬが」

 

 ガロウは孤独という「氷の地獄」を端的に語った。

 

「誰も来なかったのか?」

「そなたが100万年ぶりの訪問者よ」

「そりゃあ、100万年も独りぼっちじゃ、飽き飽きしちまうよな。ならば、自分から外に出ればいいじゃねえか」

「ふむ、そなたの言うことはもっともである」

 

 ガロウはうつむいて語り始めた。

 

「そなたに理解できるだろうか。悠久の時、氷の中で眠りについていた者が抱える外界に対する畏怖の念」

「畏怖?」

「怖かったのだ。外界の地に踏み出すこと」

「何が怖いんだ? あんたほどの力があれば、よほどのやつには後れを取りやしないと思うぜ」

 

 バリーはガロウの強さを拳を交えるまでもなく理解していた。

 

「力ではない。悠久の時を過ごした者にとっての恐怖は、力無きことよりも、知恵無きこと。我、悠久の時を氷の中で眠った。ゆえ、無知なのだ」

 

 ガロウはそのように主張したが、バリーにはその言い回しは理解できなかった。

 

「よくわからねえが、知らないなら勉強すりゃいいじゃねえか。実際に外に出てよ」

「ふむ、そのとおり。その当たり前のこと。そなたがここに来るまで、我、得ることできなかった。ゆえ、そなたには感謝している」

「感謝するほどじゃねえ。おれも学ぶためにこの地にやってきたんでな」

「ふっ」

 

 グスタフはバリーがこの地にやってきた目的を聞いて、思わず笑った。

 

「おい、グスタフ。いま笑ったな? おれが勉強しちゃおかしいか?」

「少なくとも似合わんな。一応尋ねておこう。いま何を学んでいる?」

「医術だ」

「ふはははははは」

 

 グスタフは今度は盛大に笑った。

 

「お前が医術など……どうりで冷えるはずだ」

「あのな、グスタフ。おれは真面目に学んでるんだぜ。学問の神、ミコルオから課題を受けて、この地にやってきたんだ」

「ミコルオ? そなたいま、ミコルオと申したか?」

「ああ、知ってるのか?」

「懐かしい。ミコルオとは、かつて王を決める戦いで対峙した。そうか、あやつ、学問の神と祀られるまでになったのか」

「知り合いが外にいるんなら、ことさら外に出る意味が出たじゃねえか」

「そうだな、外の世界に出ることにしようか」

 

 ガロウは決意を新たにした。

 

「なら、おれについてきな。ミコルオのところまで連れて行ってやる」

「旅の導き感謝する。そなたとの出会いは我の生涯、最大の転換期になった」

 

 ガロウは100万年ぶりに、夢見た地平の先を目指す勇気を持った。

 

「そうとなれば、忘れていた我の夢も今一度思い起こしたい」

「そんな歳になっても夢があるのか?」

「我もまた魔王を決める戦いに参加した身。我と戦いを共にした者の末裔を知りたい。もう100万もの時が経過していては、不可能かもしれぬが」

「100万年なんて昨日のようなもんだろ。世界の果てまで探せばいずれ出会えるさ」

「そうするとしよう」

 

 ガロウは閉ざしていた氷の心を溶かして、熱い思いをたぎらせた。

 

「グスタフと言ったか。いま、我の魔力によってこの領域は保護されている。だが、この領域を外れれば、人間が生きてゆける環境ではない。どうしたものか」

 

 ガロウはそう言ったが、グスタフはすでに回答を知っていた。

 

「心肺はご無用です、ガロウ様。私の相棒が似合わぬ学問を学んでくれたおかげで、私の氷も解かれました」

 

 グスタフがそう言うと、グスタフが持っていた本が青い光を放出し始めた。

 いま、グスタフの頭の中には、バリーには似合わない「術」の存在が流れ込んできた。

 グスタフは本を開き、その欄に目を移した。

 

「ふっ、お前がこんな術を覚えるとは、世界は面白いものだな」

 

 グスタフはそう言った後、その術を唱えた。

 

「第14の術、ライフォジオ!」

 

 グスタフがその術を唱えると、グスタフの体に青い光がまとわりついた。

 その光はこの厳しい環境から身を守ってくれる強くも優しい力だった。

 拳にしか自慢のなかったバリーが身に着けた力の1つだった。

 

「たいしたものだ、バリー。頼れる真の男になったな」

「まだまだ。この程度では功が成ったとは言えねえ。おれの恋人はもっと偉大な術を使うからな」

「なんだと? バリー、恋人がいるのか?」

 

 これまで、よほどのことでは驚かなかったグスタフだったが、そのことには天地がひっくり返ったような驚きを覚えた。

 

「町についたら紹介するぜ、楽しみにしときな」

「……これは夢か?」

 

 魔界も、バリーとの再会もすべて現実と受け止めることができたが、バリーに恋人がいるという事実だけは、受け入れるのにもっと多くの時間が必要なようだった。

 

「良き良き、我もいつか愛する者と知り合いたいものだ」

 

 ガロウはそう言って表情に期待を混ぜた。

 

 ◇◇◇

 

 シルビーア極点は魔界の極北に位置する。すべてが凍り付いた世界とされ、広大な面積を構えているが、その地には非常に少ない者しか住んでいなかった。

 極北には、「魔界一冷たい魔力」を持つとされるガロウが封印されていることは非六知られていたが、何人も極北に入り、生きて帰ることができなかった。

 

 極点を目指した者は少なくない。

 例えば、龍族の者が極北を目指した。

 龍族は数ある魔物の一族の中でも、最高峰に位置する強力な種族である。

 

 だが、そんな龍族の者たちも、極点への到達をあきらめていた。それゆえ、この地には誰もやってこなかった。

 

 しかし、高みに到達したバリーはその体1つで極点に到達。そのまま、ガロウの封印を解き放った。

 100万年ぶりの極点の革命だった。

 

 バリーはその地でグスタフと再会した。グスタフはつい少し前まで行われていた魔王を決める戦いで共に戦った相棒である。

 グスタフとの出会いは、バリーに大きな学びをもたらした。

 これまで、バリーは拳を鍛え、追求することだけがすべてだと考えていた。強さ、力。それらだけが王に求められる力だと考えていた。

 

 しかし、グスタフはバリーに強さとは単純でないことを教えた。

 

 王を決める戦いの最期、バリーは人間界で学んだ集大成を発揮した。

 

 バリーは自ら犠牲となり、王の戦いを終えた。

 

 バリーは人間界を去る最期、強さの真理を知った。強さに求められる責任と覚悟を知った瞬間だった。

 力を手に入れた者は責任と覚悟を伴わなければならないこと。

 

 力は奪うことではなく、護ることである。

 バリーがその真理を悟ったとき、反射的にその身を差し出していた。

 

 王を決める戦いを終えた後、ガッシュが王になった。

 

 ガッシュは魔界のすべてのものに新たな肉体を与えた。

 時が止まった世界で、ガッシュは魔界の一人一人すべての者に丁寧に生きる権利を与える選択をした。

 

 ガッシュがバリーに肉体を与えると、バリーは再び魔界の地に立った。

 バリーの視線の先に、ガッシュがいて、強き目でバリーを見ていた。

 

「バリー、おぬしの拳が私に王の心を与えてくれた」

「……」

「おぬしは王の拳だ。どうかもう一度、その拳の力を貸してほしい」

 

 バリーは拳を握り締めた。

 

 王の拳。

 

 それはバリーが「王になること」よりも望んでいた真の到達点だったのかもしれない。

 その王の拳はグスタフと出会うことでしか手に入れることができなかっただろう。

 

 バリーは己の拳にグスタフの思いが秘められていることに気が付いた。

 

「王の拳……いや、まだ未熟だ」

 

 バリーはそう言うと、ガッシュに言った。

 

「ガッシュ王、おれは王の拳を完成させ、もう一度ここに戻って来る。そのとき、王のお前が判断しろ。おれの拳が完成したかどうか」

 

 そう言うと、ガッシュはうなずいた。

 

「わかったのだ。そのときは拳を交えようではないか。私も真の王になれたか、その拳で確かめてほしい」

 

 二人はそう約束して、それぞれの道を歩み始めた。

 

 王の拳の完成。

 

 そのためには、もう一度グスタフと巡り合う必要があった。運命はそれを察知してか、今一度、バリーのもとにグスタフを与えた。

 バリーの「王の拳」を極める戦いが始まった。

 

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