金色のガッシュ アフター   作:やまもとやま

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3、バリーの恋人

 シルビーア極点をしばらく南下すると、町が見えてくる。

 そこは魔界の極北の町として知られるが、あまりに寒いため、この地を訪れる者は少ない。

 

 このあたりは、強さを求める魔物たちが修行にやってくる町ということもあり、気の利いた観光地などはない。

 

 バリーとグスタフはその町までやってきた。

 バリーの魔力に支えられて、グスタフはシルビーア極点の中でも無事だったが、それでもすさまじい寒さだった。

 

「ここはシベリアの大地をはるかにしのぐ極寒の地だな」

 

 グスタフはバリーの背中の上でそうつぶやいた。

 あまりの寒さに雪も降らない。空は美しいオーロラがかかっているが、それはあらゆる生命の存在を許さない死の色に見えた。

 

「修行にはちょうどいいところよ」

 

 バリーは回転しながら、氷の大地を進んでいた。

 グスタフが唱えた「ガル・ゾニス」は実用性の高い術であり、グスタフは高級なそりに乗っかったような安定感を覚えていた。

 

 バリーと出会ってから、「ガル・ゾニス」の扱いはよく練習した。あの時の感覚をグスタフはまだ忘れていなかった。

 極点で出会ったガロウはバリーの高速移動にゆうゆうとついてきていた。

 

 ガロウは神秘の白色の狼に姿を変え、大きな歩幅でバリーに並んだ。

 

「このように大地を駆けるのも久しきこと。ゆえ、我の心は弾んでおる」

「もうすぐ町だぜ」

「民の住む地か。そこに降臨するとなると、一抹の不安がある」

 

 ガロウは大いなる力を持つ存在。しかし、力あるがゆえに、多くのことを恐れているようであった。

 バリーもその傾向を経験していたから、ガロウの不安は理解できた。

 力を得るほどに、むしろ畏怖は増大する。それは本物に近づいている証拠でもあった。

 その畏怖に立ち向かう勇気こそが「究極の力」と認識し、バリーはいまこの地に立っていた。

 

 山のふもとに町が広がっているのが、高所から良く見てとれた。空気が澄んでいるため、日が落ちた後でも、地平のはるか先まで視線が届いた。

 グスタフはその地平に目を細めた。

 

「魔界……私も久々に胸の高まりを覚える」

 

 グスタフは世界中を飛び回る身であったから、地球のほとんどの場所には到達したことがあった。

 しかし、魔界については赤子同然の到達度。グスタフは魔界の地平に冒険心をくすぐられていた。

 

 山を下りると、ガロウは再び少年の姿に変化した。

 

「なんだよ、獣の姿のほうが、町の連中もひれ伏すと思うぜ」

「我は一人の少年として外界と関わりたいのだ。幼き心でな。わくわくするというやつだ」

 

 ガロウはシルビーア極点の伝説としてではなく、町の少年として、外界と通じることを選んだ。ガロウにとっては100万年を越えての外界との接触。そのほうがやりやすかったのかもしれない。

 その町は、かまくらによく似た丸い屋根の建物が多く連なっていた。

 

 少し進むと、魔物たちの姿が見え始めた。

 シロクマの魔物が多かった。二足歩行する熊もいれば、四足歩行の熊もいた。

 人の姿に酷似する魔物もいた。赤いフード帽をかぶる子供の魔物もおり、サンタクロースに見えなくもなかった。

 

 バリーはじっくりと観察しながら町を歩いた。

 

「グスタフ、どうだ? 魔界の空気は?」

「趣きがある。しかし、彼らはこの極寒の地でどのようにして暮らしているのか?」

「連中は氷を齧って生きてんだぜ。ほら、あそこの一族がそうだ。氷から生まれた妖精の一族だよ」

 

 グスタフバリーが指さしたほうに目を向けた。

 可愛らしい年ごろの少女が二人歩いていた。たしかに妖精と言われればしっくり来た。

 

「不思議なもんだな。氷から生まれたくせに、シルビーア極点の極寒には耐えれないってんだから」

「私が若きころは、極点にたどり着いた者が王の戦いに参加する権利が与えられた」

 

 ガロウが昔の思い出を話した。

 

「あんたがその一人だったわけだな」

「我唯一だったのだ。我は戦いに敗れ、不吉の象徴となった」

 

 ガロウは極点に一人封印されるようになった経緯を端的に話した。

 

「ってことは、もともとここに住んでたのか?」

「我がいたころとは、何もかもが変わってしまった。既視感は何もない」

 

 ガロウは少年の顔に往年の寂しさを募らせた。

 

「ガロウ神、一つお尋ねしたいことがあります。魔王を決める戦いはいったいいつごろから始まったのでしょうか?」

「グスタフよ、そんなにへりくだるな。我は見てのとおり、幼き少年よ」

「それは失礼した。魔王を決める戦いはいつから?」

「それは……人と魔物が分かれ隔てられた時よ……」

「……それはつまり、人と魔物は共に生きていたと?」

 

 グスタフは薄々そのとこに気づいていたが、確認するように尋ねた。

 

「グスタフの察する通り。神の審判が下ったのだ。人と魔物は分かれ、加えて、魔物もさらに分かれ、分かれ、分かれ、やがて我は天涯孤独の身となった」

 

 ガロウはそう言ってうつむいたが、それを聞いていたバリーは逆に胸を張った。

 

「いいじゃねえか。分かれたから、自由を得たんだ。みな1つにまとまっていたら、何も獲得はできやしなかっただろうよ」

「ふむ……バリーの言うとおりである。しかし、その自由の代償が大きかったのも事実だ」

 

 ガロウが言った代償とは、争いや裏切りと言った醜いものを指していると思われるが、100万年を眠っていた身ならば、「孤独」を意味する言葉だったのかもしれない。

 

 ◇◇◇

 

 バリーは修行のために、とある魔物の力を借りていた。

 おかげで、シルビーア極点を拠点にするうえで都合のいいホームステイ先が簡単に見つかった。

 

 バリーはやや乱暴に家のドアを開いた。

 

「じじい、戻ったぜ」

 

 バリーはそう言って、ズカズカと中に足を踏み入れた。

 建物の中は温かく、グスタフの推定で室温は21度だった。

 

 中はそれほど広くなかったが、大きな暖炉が備え付けられていて、そこには火がともっていた。

 

「おおう、バリーよ。極点を目指す旅はどうであった? さすがのお前も途中リタイアと言ったところか」

 

 中では、人型をした老年の魔物が椅子に座り、暖炉の火に当たっていた。

 グスタフにはどこか懐かしい光景に見えた。

 

「制覇したさ」

 

 バリーは老人にそう告げた。

 

「なんと、シルビーア極点にたどり着いたというのか?」

「余裕だったぜ。何が誰一人たどり着けやしないだよ」

「ほほほ、相変わらず傲慢なやつよのう。お前さんが極点にたどり着けたとするなら、お前さんではなくお嬢の力だろうに」

 

 老人はのどかな性格の持ち主と見えたが、老齢にふさわしい貫禄を感じさせた。

 

「コルルは倉庫のほうか?」

「いま、買い出しを頼んだのよ。お嬢は実に気配りができる素晴らしい女子じゃ。ぜひ、レイコムのお嫁に迎えてやりたい」

「アホ、コルルは誰にも渡さねえよ」

 

 話が良く見えなかったが、グスタフはバリーが世話になっていると思われるこの老人に挨拶をするために、床に跪いた。

 

「失礼いたします」

「おんや? お前さんは? 見たところ……魔物ではないようであるが」

「私はグスタフと申します。先だっての魔王を決める戦いにて、バリーと共に参加した人間の身にあります。バリーがお世話になっていると聞き、まずは礼を申し上げます」

「ほう、人間がこの地にやってくるとはなんと珍しいことか」

「私もなぜこの地に渡ってきたのか理由はわかりませぬ。しかし、何か事情があってのことと思います」

 

 グスタフも何か意図してこの地にやってきたわけではなかった。シベリアの大地での任務中に突然、光にさらわれた。

 光が何かを自分に告げた気はするが、よく覚えていなかった。

 それから、気が付けば、魔界の地にいた。

 

「ふむ、人間が魔界の地を訪れるとなれば、もはや理由は一つしかあるまい。時代は審判の時を迎えたのじゃ」

「審判の時?」

「んなことはどうでもいいじゃねえか。それより、じじい。シルビーア極点ですげえものを発見したんだ」

 

 バリーは気の合う友人のノリで、シルビーア極点の神としてまつられるガロウを紹介した。

 

「こいつな。じじいが言っていたあの伝説のガロウだ」

 

 いま、ガロウの姿はバリーの子分のような少年の姿だったので、違和感はなかった。

 

「ガロウ? ほっほっほ、まさか。ガロウ様は神々しいお姿をされた神様であるぞ」

「だってよ、ガロウ」

「ふむ、神々しいか。我にとっては嬉しくもない見られ方だ。そんなことだから、我は天涯孤独の身になってしまうんだ」

 

 ガロウは神様として見られることを嫌う神様だった。元来、神として奉られることを良しとするものだが、ガロウには真逆だった。

 

「我はガロウだ。近所に住むバリーの友人よ」

 

 ガロウは自ら、バリーの友人として自己紹介した。

 

「そうか。そのような友人がいたとは知らなかった。しかし、ガロウ様の名をつけるとは、お前さんの親はずいぶんと破天荒じゃな。かくいう、ワシもガロウ・フリズドマン……。ガロウ様の名を譲り受けた身なのじゃがな。ほっほっほ」

 

 この地には数多くのガロウが存在するようだった。

 

 ◇◇◇

 

 シルビーア極点の暮らしは過酷を極める。

 氷生まれの魔物たちでさえも凍り付かせるほどの極寒にさらされるという。

 

 氷生まれの魔物たちにとっても過酷な冬の地。そうでない者たちにとっては、大地に立つことも難しい死の大地だった。

 

 この地で生きていくために、魔物たちは多くの工夫をこらした。

 外界の冷気から身を守るために「セシルド」の魔力を秘めた鉱物を用いて、建造物を造った。

 通常の鉱物で建造物を造ると、凍り付いてしまうという。

 

 セシルドの魔力はあらゆる魔力を防護することができるとされる。この魔力は天使の一族によってもたらされたとされている。

 セシルドの魔力が応用され、最も寒さに強い魔鉱物がこの地を支えていた。

 

 次に食糧問題の解決が求められた。この極寒の地ではあらゆる作物は育たない。

 この地で育つのは「氷の魔力」を秘めたる草花だけである。

 

 この地で作物を育てるために、地中に倉庫が設けられているという。

 グスタフはフリズドマンの案内で、地中の倉庫を見せてもらった。

 

「ここが倉庫じゃ」

「地中世界のようですな」

 

 グスタフは倉庫を見て、ひとつの世界だと思った。

 天井には赤い魔石が輝いていて、それは、太陽の光と同じ働きがあるという。

 倉庫には、たくさんの作物が育てられていた。

 

 ちょうど、豆類の何かと思われる作物が実っていた。

 

「ここにあるものは人間界にも渡ったと聞いておる」

「これはグリーンピースですな。しかし、これほど大きいものは見たことがありません。こちらはそら豆と見えます」

 

 グスタフは魔界の生活様式を知ることに夢中だった。

 その時間は、バリーには退屈で、バリーは部屋でガロウと共にある人物の帰りを待っていた。

 バリーの興味はもっぱら次のことだった。

 

「ガロウ、お前は強いんだろう? どうだ、一度拳を交えてみないか?」

「我の全盛期ははるか昔よ。もはや力衰えし身よ」

「そうは見えねえぜ。シルビーア極点に立てるやつが弱いわけねえ」

「弱いさ。我と同じ時代に生きた者たちはみな若き者たちに継承されていったのだ。我は継承者がいないまま悠久の時を過ごすことになってしまったのだ」

「そういえば、ガッシュはバオウを継承した。偉大な神様はみなそうだな」

「我は最も大切な務めを果たすことができぬまま……いつかは継承者に我が魔力を譲り渡したいものだ。そうだ、バリーよ、そなたは我の魔力を引き継ぐ気はないか?」

 

 その提案に、バリーはすぐ首を横に振った。

 

「おれは無知な愚か者じゃねえぜ。おれにはあんたを継承する資格がないことぐらいわかる」

 

 バリーは自分の力に、ガロウの魔力がふさわしくないことをすでに理解していた。

 力の継承は、継承するにふさわしい心にしか行われない。

 ふさわしくない者が力を継承しても、それを使いこなすことはできなかった。

 

 ガッシュ以外がバオウを継承したとしても、おそらくはその力を使うことはできなかったはずだ。

 

「そなたは神を継承するという器ではないと見える。その拳は無頼の魂により導かれたものだろう」

「そうだな。神を信じたことは一度もねえし、おれの親父も、おれが物心ついたときに、おれを谷底に突き落とした。誰にも頼らず生きろとな。おれの生まれの地はそういうところさ」

「そのような地もあるのだな。しかし、幼くして父母と別れるというのは、寂しいことではなかったか?」

「そんなこと感じたこともねえ。拳1つがおれの相棒だったからな」

 

 バリーはそう言ったが、同時に多くの者が自分を支えているということに気づいてもいた。バリーの拳は多くの支えの結晶でもあった。

 

 そのとき、バリーが帰りを待っていた者が帰宅してきた。

 

「帰りました」

「おおっ、帰ったか。我が愛しのコルルよ」

 

 バリーは自らの最大の支えである天使の帰宅に飛びあがって喜んだ。

 その隣にいたガロウはバリーと帰宅した者を見比べて、目を丸くして言葉を失った。

 

「ガロウ、紹介するぜ。コルルだ。おれの愛しのハニーよ」

「……100万年はなかったぞ。この驚愕」

 

 ガロウははるかな生の中で、最大の驚愕を感じていた。

 

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