「しおりちゃんとやらを探しに行くぞ」
夕食の席でバリーが言った。
夕食はコルルがていねいに作り上げ、テーブル一面に色々な料理が並んだ。料理の半分は、コルルが人間界で学んだものであるという。
しかし、バリーの食事は速く、わずかな間にほとんどの料理を食べつくしてしまった。
「グスタフがここに来たんだ。コルルのパートナーもここに来ているかもしれないだろ。ならば探しに行ってやらねえとな」
「しおりちゃん、今頃どうしているかな?」
コルルは魔界の王を決める戦いに参加していた。
コルルはこの戦いを望んでいなかったが、この戦いは神の啓示があると、強制的に100人の魔物が選ばれ、魔物の潜在能力を引き出すことのできる魔本が与えられ、人間界に転送されることになっていた。
選定基準は謎に包まれている。すべては神のみぞ知る話だった。
コルルは日本に転送され、しばらくさまよっていた。
ちょうどその時、パートナーであるしおりと出会った。
しおりは孤独な少女だった。
両親が仕事の都合で家を離れており、学校でも親しい友人を見つけることができなかった。
コルルと出会ってから、しおりは明るい表情を見せるようになった。
しかし、コルルの体には狂戦士の血が流れている。
その血は戦いを望んだ。
狂戦士は死ぬまで戦うことを終えない。狂戦士の魔力が高ぶれば、いずれはしおりの命までも奪ってしまうだろう。
コルルは不毛な戦いを終わらせるために、自らの意志で戦いを辞退した。
しかし、本を失った者は人間界から追放される。
コルルは人間界を離れる際に、それだけを気がかりにしていた。
ガッシュが王になると、コルルも肉体を取り戻した。
ガッシュはコルルと対峙して言った。
「コルル、おぬしのおかげで、私はここまで歩むことができた。やさしい王様への道はおぬしが授けてくれたものだ」
「信じられない。ガッシュが本当に王様になるなんて」
コルルは苦笑しながら言った。
ガッシュは首を横に振った。
「私はまだ未熟だ。王様ではない」
「でも、戦いに勝ったんでしょう。それなら」
「やさしい王様の道はまだ険しい。戦いではたどり着けぬ場所だ。どうしても、コルルの助けが必要なのだ。また力を貸してほしい」
ガッシュは魔界の王を決める戦いで、優しさの本質をいくつか掴んでいた。しかし、それはまだ完全ではなかった。
ただ1つ確信できたことは、結束が必要だということだった。ガッシュは誰よりもわかっていた。自分がこの戦いを制したのではない。多くの魔物たちの助け、そして成長の総合力に他ならないと。
コルルはそんな総合力の一部だった。
「やさしい王様……悪いけど、私は力になれないわ」
「どうしてなのだ?」
「私には戦いの血が流れているから」
コルルの優しい顔立ちからは想像できない、魔界で最も凶悪とされる狂戦士の血が彼女の体には流れていた。
コルルはそのことをずっと誰にも打ち明けずに、その血を封印するように生きてきた。
やさしい王様。それはコルルの願望であり、現実ではなかったし、それはありのままの自分でもなかった。
「やさしい王様になりたいなら、私を消さなければならなかったのよ。戦いの血を消すことでしかやさしい王様なんて成り立たない。どうして、ガッシュは私を消さなかったの?」
コルルの質問を受けて、ガッシュは少し間を開けた。
戦いの血を消し去ることは、やさしい王様の行為ではない。そのことを話したかったが、いまのガッシュにはその主張を完成させるだけの力がなかった。
「私はやさしさなど、しょせんエゴに過ぎぬと思う。私はありのまま、自分の思うやさしさを表現しただけなのだ」
「……難しい話。ガッシュらしくないわ」
コルルはそう言ってまた苦笑した。しかし、ガッシュがくれたやさしさはコルルにとってはとても嬉しいものだった。
それから、コルルも自分を見つめ直した。
自分が何をすべきか、どうなるべきか。
自分に流れる狂戦士の血をずっと否定してきたが、それではいけないと思うようになった。
向き合わなければならないと思った。
「やさしさなどしょせんエゴか……」
コルルはガッシュから受け取った言葉をつぶやきながら、己の中に秘めたる狂戦士の血と向き合った。
血をたぎらせると、その魔力が心にまで浸透してきた。
全身が熱くなり、殺気立ってくるのがわかった。
コルルはその血のままに拳を突き出した。
拳の一突きで目の前の立派な樹木が粉砕した。
「雑魚の分際で偉そうにぬかしやがるもんだ。だが、嫌いじゃないぜ、そういうの」
コルルは狂戦士の心から逃げることなく向き合った。
心が燃えるように熱い。心が破壊に飢えているのがわかった。
この破壊の血に何の意味があるのか?
この破壊の血にやさしさがあるのか?
コルルは探した。この血が呪いか、ガッシュが示したやさしさに必要不可欠な力か。
そこにいても答えは見つからない。
だから、コルルは破壊の血の意味を探して、大いなる世界へと出た。
空の覇者ドラゴンと戦い、海の覇者クラーケンと戦い、大地の覇者ベヒーモスと戦い、気が付けば北の大地にたどり着いていた。
そして出会う。
空の覇者でもなく、海の覇者でもなく、大地の覇者でもない。
王の風格を持つ拳と。
その拳は恐るべき力を持っているにも関わらず、やさしさに満ち溢れていた。
矛盾する要素を完全に調和させようとする拳はコルルが探していたものそのものだった。
コルルはバリーに言った。
「てめえ、その拳を私によこせ」
数々の戦いを潜り抜けて来たバリーは目を丸くした。バリーもまた求めていた拳の持ち主を眼前にしていた。
お互いに、探していたものを1つずつ持っていた。
「こっちのセリフだ。てめえのその拳、おれがいただく」
「てめえじゃねえ。私のものだ」
「おれのものだ!」
最後は拳で語り合った。
すさまじい力の激突だったが、それは互いに学びの拳でもあった。
◇◇◇
コルルは狂戦士の血をある程度コントロールすることができるようになった。
血をとどまらせると、まるで別人のように優しい顔立ちになった。
その顔からは、戦という文字を想像することはできない。
実際に、グスタフはいまだにコルルがバリーと同等の力を持っていることが信じられなかった。
「グスタフ、すぐにでも出発だ」
「落ち着け、バリー。あてもなくどこを探すつもりだ?」
グスタフは美食家のように、ゆっくりと食事を味わっていた。グスタフはバリーとは対極なほどに落ち着いた性格だった。
「勘よ、勘」
「相手は人間。お前の勘がいくら鋭くとも魔力のない者は探せまい」
「おれはグスタフを探し当てたぜ」
「偶然は二度とは続かんよ」
グスタフは家の主であるフリズドマンに話を振った。
「ミスターフリズドマン、この地に、力を借りることのできる組織はありますか?」
「あんたたち、ガッシュ王と共に戦った身であろう? ならば、王室に話すのが手っ取り早いじゃろう。ただし……」
フリズドマンはフォークをゆっくりとテーブルの上に置いた。
「この地は宗教対立が激しい。ガロウ神の宗派とカムドア神の宗派でな。王室でも派閥が真っ二つじゃ」
フリズドマンがそう言うと、当事者であったガロウが反応した。
「我を巡って対立が起こっているというのか?」
「そうなのじゃ、ガロウ神。もともと、ガロウ教徒がこの地を治めていた。しかし、1000年前の戦いにて、この地から2人の候補が現れた。ばつの悪いことに、ガロウ教徒から1人、カムドア教徒から1人」
「そのようなことがあったか。それはのん気に眠っている場合ではなかったということか」
ガロウはいざこざの生じるはるか前から、シルビーア極点で眠り続けていた。その間に、魔界の情勢は大きく動いていた。
「ガロウ神、カムドア神とはいったい誰なのです?」
「カムドア……我の姉上だ。漆黒の冷気を用いたという理由で、はるか昔に追放されてしまった」
「なるほど……その戦いは姉上の宗派が勝利したのか?」
ガロウの質問にフリズドマンはうなずいて答えた。
「ガロウ神の察しの通り、カムドア教徒が勝利した。まあ、そやつも「デモルト」という狂戦士に屈したようじゃがな」
「デモルト……私のおじいちゃんのことです」
コルルが反応した。
「そうか、コルルはデモルトの血を継承していたか……それは少々恐ろしい話であるな」
「待て待て、デモルトって誰だ? おれは知らねえぜ」
バリーはデモルトと対峙したことがなかった。デモルトはちょうど、バリーがグスタフと共にエルザドルとの決闘に臨んでいたころに、ガッシュの前に立ちはだかった大いなる力だった。
「そりゃそうだ。1000年前の話だからな。デモルトは最も危ない魔物であった。ゴーレンの前に屈して人間界の大地に埋まったと聞いているが」
「そんなに強かったのか?」
「それはもう思い出すのも恐ろしい。まあ、仮に現代に姿を現しても、1000年も経っておる。やつの血もおとなしくなっているだろうがな。やつの血が真に高ぶれば、それはもう手がつけられん。拳1つで龍族最高峰とされたグランガオを失神させるのだからな」
フリズドマンは遠い昔の戦いを懐かしく思い出していた。しかし、自然と体が震えていた。よほど、デモルトとの戦いが恐ろしかったのかもしれない。
しかし、バリーはデモルトの力に興味を示した。
「そいつは一度拳を交えてみたかったものだな。でも、コルルがその血を引き継いでるなら、コルルの拳はデモルトの拳と同じってことか」
「私は半分の半分だけだよ」
コルルは恥ずかしそうにそう言った。
「それであの力だと? それはとんでもねえな」
さすがのバリーも体を震わせた。
「話を戻そう。あの戦い以降、ずっと対立が激化した。この地はいまや争いが絶えないのじゃよ」
「ガッシュ王はどのような手を打たれているのですか?」
グスタフが尋ねた。
「うむ、巨額の資金を提供してくれた。しかし、それを巡ってむしろ対立が激化してしまったことも否めない。愚かなことよのう」
ガロウはうつむいた。この対立の背景には、ガロウの責任もあった。
ガロウがその力を継承しなかったために、おそらくはガロウの宗派が力を弱めてしまった。
一方でカムドアはその力と怨念が継承され、カムドア教徒の隆盛を助けていた。