夜分遅くになり、フリズドマンを訪ねて、数人の魔物がやってきた。
彼らはいずれも冷たい目をしており、頭にフードをかぶって防寒していた。
「こんな時間に尋ね人とは、いったいどちらさんかな?」
フリズドマンが戸を開けると、尋ねてきた魔物の代表の男が身分を証明する手帳を示した。
その手帳は、ガロウ教を治める「神官」の立場を示していた。
フリズドマンをそれを見て、真剣な表情になった。
「ミスターフリズドマン、今すぐ神殿まで来ていただけますかな?」
神官はとても冷たい目をしていたが、落ち着き払った口調で言った。
「ワシは隠居した身。いまさらそんなところに出向く道理はないはずじゃが?」
「ガロウ様の氷像が被害を受けたのです。犯人はわかっています」
「……」
「お察しの通り、レイコムです。ついては、ミスターフリズドマンにその責任を取っていただくことになるわけです。それがこの地の掟ですからな」
神官はそう言うと、後ろに控えていたものに合図をした。
すると、大きなトナカイの魔物が乗り物を引っ張って家の前までやってきた。
「では、今すぐ来ていただけますかな?」
「わかった」
フリズドマンは特に何か反抗することもなく黙って了承した。
そのころちょうど、バリーが地下室に続く階段を上がってきた。バリーはフリズドマンが誰かとやり取りしているにも気づくと、ゆっくりとそちらに向かった。
「おい、じいさん。寒いぜ。これから眠ろうってのに体を冷やしちゃいかんぜ」
バリーは軽いノリで彼らの中に割って入った。
「ありゃ、客か? こんな時間に何の用だ?」
バリーは見下ろすように、神官に視線を向けた。背はバリーのほうが一回り大きかった。
神官はそんなバリーの目に堂々と視線を合わせた。冷たい目をバリーにぶつけた。
バリーは一目で、この男の強さを理解した。
「お騒がせして申し訳ありませんな。ミスターフリズドマンに用事がありましてな」
「こんなじいさんに何の用事があるってんだ?」
「お気になさらず。こちらの話ですよ」
「こっちの話でもあるんだよ」
バリーはすぐに言葉を挟んだ。
「じいさん、地熱が下がっちまってよ、お湯が出て来ねえんだ。ちと、様子を見てくれ。グスタフが頑張ってるが、ちっとも直らねえ」
バリーがそう言うと、神官は冷静に反論した。
「申し訳ないが、とても大事な用事なのですよ」
「だからそれを言えってんだよ。こっちはサウナの一服タイムがかかってんだ。それより大事な用事があるってのか?」
「わかりました。お話ししましょう」
神官は張り合うことなく、何事も沈勘に穏便に解決しようとした。
「ガロウ様の氷像が破壊されたのです。犯人はミスターフリズドマンの血統であるレイコムです。絶対なる血統の原則により、ミスターフリズドマンにはその責任を果たす必要があるのです」
「……なんじゃそりゃ。わかんねえな」
「あなたがどちらからお越しかわかりませんが、この地において、レイコムの行ったことは許されざること。ミスターフリズドマンはその責任を果たさなければならないのです」
「責任ねえ。何をするんだ?」
「罪人はすべて永遠の氷獄の中へ。シルビーア極点の中に埋葬されることになっています」
「……」
バリーは腕を組んだ。
要は死刑に処するということだ。
この大地が宗教支配地であることはバリーも知っていたが、すぐには納得できなかった。
フリズドマンには世話になっていた。
フリズドマンはシルビーア極点を目指す旅をサポートしてくれた。彼が宿を貸してくれなければ、極点制覇をなすことはできなかったと言える。
「んなこと言われちまったら黙ってらんねえぜ、おれの拳がよ」
バリーは神官に堂々とそう言った。しかし、神官におびえる気配はない。ただ同じ冷たい視線を返すばかりだった。
そんな二人の間に入っていたフリズドマンがバリーのほうを見た。
「バリーよ、お前さんには関係ないことだ」
「ああ?」
「お前さんはこんなくだらないことに顔を突っ込む存在ではないはずじゃ。そうであろう? これはワシらの問題。お前さんにはお前さんの問題がある。わかるな?」
「……」
バリーは首を傾げた。バリーも勉強を重ねて来たから、大人の事情やらをくみ取ることができるようになっていたが、それでも納得はできなかった。
「心配するな。この家はお前さんの好きに使ったらいい。もともとレイコムのために残してやってただけのボロ家だしな。コルルのお嫁姿を拝むことができないのはちと残念じゃがな」
フリズドマンはそう言うと、微笑んだ。バリーはその微笑みを見ても、表情を緩めることはできなかった。
しかし、フリズドマンの制止には重みがあったから、バリーは一応引き下がることにした。
「家のことは自由にしてくれ。コルルには、馬の世話に向かったとでも話しておいてくれればええ」
フリズドマンは微笑んでそう話すと、そのまま外に出た。
用意されていたトナカイの乗り物に乗せられると、トナカイが走り始めた。
乗り物に同行しなかった神官はちらりとバリーのほうを振り返った。
お互いの視線がぶつかり合ったが、お互いに何も言わなかった。
「神官様」
「ああ、行こう」
神官はバリーに背中を向けると、そのまま去って行った。ちょうど、雪が降り始めていた。
◇◇◇
ガロウ教徒とカムドア教徒の争いは特に市場を巡って激化していた。
ちょうど最近になって争いは熾烈になった。
シルビーア最大の市場はこの時間になっても、多くの屋台が店を出していた。
取り決めによると、市場はガロウ教徒とカムドア教徒で平等に開催し、同じ割合だけの税金を支払うようになっている。
しかし、カムドア教徒は次のように主張する。
「我々のほうが売り上げが多く、我々のほうが市場への貢献度は多い。我々のほうが多くの税金を支払うのはおかしいではないか」
カムドア教徒の勢力が拡大すると、それに比例して市場の売り上げが上がっていた。
すると、税率に不満を述べる者が多く出て来た。
ちょうど、ガロウ教徒の徴税人がカムドア教徒の商団に税の支払いを求めたときに事件は起こった。
「おい、税金をちょろまかすな。売り上げを低く見積もるのはよせ」
「ああ、なんだと?」
カムドア教徒の商団には用心棒がついていて、その用心棒がお前に出た。全身白い毛皮に覆われた雪男のような魔物だった。
「きちんと税金を支払えと言っている。市場の取り決めだ」
「だから払っただろう。てめえらこそ、不正に多くの税金を取ろうとしてやがる」
「そんなことはない」
「なら、どうするってんだ?」
「規則では、税金を低く見積もった場合、強制執行により徴収する」
徴税人が武器を構えた。剣は氷のように透き通っていた。
「頼むぜ、フリプス。フリガロの兄貴としての力を見せてやれ」
徴税人が用心棒のフリプスに対して攻撃を仕掛けた。
しかし、その攻撃はフリプスの爪に弾かれた。
「よく理解しておけ。ガロウ教に未来などない。氷獄へ堕ちるがいい。うごごごご」
フリプスは体を大きく反って力を溜めた。
そして、解き放つ。
「受けるがいい。ディオガ・フリズドン!」
フリプスが両腕を振り落とすと、その前方が氷に埋め尽くされた。
徴税人らはその氷の中に入り、ぴくりとも動けなくなり凍り付いてしまった。
近くにいた客らが悲鳴を上げた。
徴税人は7人いたが、そのうち6人が氷に埋め尽くされた。
残った一人は圧倒的な力の前に業務をまっとうすることができずに体を震わせた。
「くくくく、徴税もろくにできないんじゃ、ガロウ教徒に市場を任せることはできないな」
「貴様ら、こんなことをして許されると思っているのか?」
震えながらも徴税人の男がそう言った。
「何をするってんだ? 貴様も氷漬けになりたいのか?」
「こんなこと……チェザラと神官様が決して許さない」
「面白い。そろそろ決着をつける時だよな。我が法王カムドア様もそうおっしゃっておられる。だいたい、てめえらの神官が仲良くやって行こうなんてほざいていなければもっと早く決着がついていたんだ」
「戦争を望まない。当たり前のことだろう?」
「戯言を。だいたい、ガロウ教徒はレイコムみたいな腰抜けが魔王の戦いに選ばれるほど貧弱なのだろう? そんなんで良く正義を掲げられたもんだ」
「……」
徴税人は苦い顔をした。レイコムが選ばれた事実は、ガロウ教徒の中でも不思議なことだった。
「まあ、レイコムが選ばれるほどなら、チェザラもたいしたことはねえ。一瞬でケリがつくだろう。シルビーア極点の決闘。てめえらが逃げないなら、カムドア様はいつでもお受けになるさ。くくくく」
カムドア商団はバックボーンの軍事力を盾に擁護されているので、態度が大きかった。
ガロウ教徒は立場が弱かった。たしかに、力はカムドアのほうが上回っているのかもしれない。
カムドアは最強の力「カムドア」を継承している。
一方で、ガロウ教徒に最強の力「ガロウ」を継承している者はいなかった。
シルビーア極点の決闘。
これはかつて両一族が白黒つけるために利用されていた戦いだった。
もともとはシルビーア極点の決闘の勝者が魔王を決める戦いに参加するはずだった。
決闘はチェザラとカムドアが激戦を繰り広げたが、決着がつく前に、レイコムという誰も注目していなかった者が選ばれてしまった。
結果、シルビーアからは、フリガロとレイコムが選ばれることになった。
強き者が選ばれない。こうした事態はシルビーア以外にも起こっていたようであった。
魔王を決める戦いは強さを決める戦いではなかったということなのかもしれない。