金色のガッシュ アフター   作:やまもとやま

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10、シルビーアの氷壁

 シルビーアの氷壁。

 平和の象徴。今となっては対立の象徴。

 

 チェザラはそびえるシルビーア氷壁をガロウ教の領土から見上げていた。

 チェザラは最もガロウへの信心に篤いガロウ教徒であり、レイコムの上級生に当たる。

 氷を象徴する白銀の長髪が象徴的で、まだ少女でありながら、シルビーアで最大の美貌の持ち主とも言われている。

 

 それ以上に、チェザラはシルビーア最大の魔力の持ち主として知られ、ガロウ教徒からは「次期、魔界の王」として期待されていた。

 チェザラの強さを知る者のある言葉がある。

 

 チェザラの強さを知る者、アシュロンいわく、

 

「もし、チェザラが魔王を決める戦いに参加していたならば、私はいまなお氷の中に眠っていただろう。クリアは……愚かな無駄口を叩くこともなかったかもしれない」

 

 シルビーア最強の氷魔として知られるチェザラは魔王の戦いで勝利し、ガロウ教によるシルビーアの統一をなす予定だった。

 

 だが、チェザラが魔王の戦いに選ばれることはなかった。

 魔王の戦いに選ばれたのはレイコムだった。

 

 チェザラは魔王の戦いに選ばれなかった夜、ガロウの氷像に問いかけた。

 

「なぜ、私ではないのですか? なぜ、レイコムなのですか? 私にはとうてい、レイコムがガロウ教をまとめることなどできるとは思いません」

「……」

 

 ガロウの氷像からは何の返答もなかった。

 チェザラはうつむいた。そして、自分に言い聞かせた。

 

「私の信心ではガロウ様の声を聞くこともできないということか……」

 

 チェザラは自分の運命を受け入れた。

 

 魔王の戦いは終わり、魔王にベルの一族が選ばれたのを聞いたチェザラは、やはり魔王の戦いの人選は愚かだったと考えるようになった。

 ベルの一族が王になり、レイコムは時期早々に敗北したという。

 これにより、ガロウとカムドアの対立は深まり、ガロウ教は劣勢に立たされた。

 

 チェザラは考えた。

 自分が選ばれていたならば、ベルの一族に後れを取ることはなかった。自分ならば、バオウを永遠の氷獄に閉じ込めることができたと。

 

「なぜ、レイコム……」

 

 チェザラにとって、レイコムは問題児だった。

 同じガロウ教徒でありながら、レイコムは神殿にまったくやって来ない。祈りの儀式にも出席しない。

 いつも一人で、一匹オオカミとして行動する。

 チェザラはガロウ教徒の結束の必要性をずっと呼びかけてきたが、レイコムは協調性を示さなかった。

 

 チェザラは一度、レイコムに言った。

 

「なぜ神殿に来ない? それでもガロウ様の予見者の末裔か?」

「お前に従う義理も道理もねえんだよ」

 

 レイコムはチェザラに背き、自分の生き方を優先した。

 

「それにな、お前の目は節穴だ」

 

 レイコムはチェザラに冷たい目を向けた。レイコムはチェザラの美貌に何の影響も受けなかった。

 多くの者がチェザラの美しさに跪いてきたが、レイコムはまるで動じなかった。

 

「あんなとこにガロウはいない。お前らは無を信仰してるんだよ、バカみてえに1000年間もな」

「……」

 

 チェザラはレイコムの言葉に少し動揺した。

 レイコムは言いたいことを言うと、その場から去って行った。

 

 チェザラはレイコムの姿が見えなくなった後につぶやいた。

 

「私の信仰が間違っていたとでも?」

 

 本来、誰からも信用されていないレイコムの言葉なんて無視すればよいものだ。

 しかし、チェザラは無視できなかった。レイコムがガロウの予見者の末裔という以上に、レイコムの瞳が向けてくる冷たさに背筋が凍り付いたから。チェザラは自分にはない冷たさをレイコムから感じ取っていた。

 

 ◇◇◇

 

 チェザラはシルビーアの氷壁に沿うように歩いた。

 この氷壁はガロウとカムドアを分け隔てたものだ。

 

 この壁が対立を緩和した。

 しかし、この壁が対立を永遠のものにした。

 

 ガロウとカムドアの衝突を避けるための守りの壁。

 同時に、愚かな隔離の壁。

 

 チェザラはこの壁の意味をいま考えていた。

 現実的に考えれば、これは必要なものだ。いまさらカムドアとガロウがわかり合うことはない。

 

 それに、この壁が不要として、どうして破壊できようか。

 シルビーアの氷壁には1000年の歴史がある。

 

 シルビーアに住むすべての者が1000年間にかけて、造り上げた壁だ。それは恐ろしく冷たい。打ち砕けるはずがない。

 たとえ、最強の拳があろうとも、この壁だけは打ち砕けない。

 

 だから、チェザラは消去法の感覚で、このシルビーアの氷壁は一族の平穏のために必要なものと考えるようにした。

 

 チェザラの眼前から、トナカイが走って来るのが見えた。

 トナカイはチェザラのそばで止まった。

 トナカイはそりを引っ張っており、そこには使いの者が乗っていた。

 

「チェザラ様、ただいまから粛清の儀式を執り行います。神殿のほうへお戻りください」

「そうか」

「フリズドマンがレイコムの責任を取り、粛清を受けると自ら申し出たようです。フリズドマンにとっては1000年前の贖罪の意味もあるのでしょうな」

 

 チェザラはすっと、小さく跳躍すると、そりの上に降り立った。

 

「フリズドマンにとっては気の毒と言えば気の毒な話だ。1000年前は大きな期待を寄せられ、1000年後には孫の贖罪のために永遠に追放されることになるのですから」

「厳正なる儀式による粛清だ。教典に背く行為には当然の報いというものだ」

「そうですね。しかし、レイコム本人はまだ見つかっておりません。あやつ、魔力を隠すのだけは得意ですからな。弱い者の処世術というやつですかな」

「……」

 

 チェザラはレイコムの話にはあまり乗りたくない様子だった。

 

 チェザラを乗せたそりを引っ張るトナカイは町が見えて来たあたりで停止した。

 

「ぐるるるる」

 

 トナカイは停止すると、警戒するように眼前をにらみつけた。

 

「おや、どうしたのだ?」

「誰かが倒れている」

 

 チェザラはすぐにそりから飛び降りた。チェザラはとても身軽で、一瞬で目の前に倒れている者のそばに向かった。

 

「……魔族ではない? この感じ……人間か?」

 

 チェザラは目の前に倒れているのが人間であることを確信した。

 倒れていたのは人間の少女だった。氷点下50度にさらされた中で雪に埋もれていた。少女は極めて憔悴していた。

 

 体の弱い人間にとって、シルビーアの気候は過酷だ。

 チェザラは少女を助けるために、すぐに治癒魔術を放った。

 

「サイフォジオの光だ。受け取るがいい」

 

 チェザラは強い魔力で少女の体に光を与えた。

 魔の力が少女の生命力を回復させた。

 しかし、まだ意識が戻ったわけではなく、一刻も早く温かい場所に連れて行く必要があった。

 

 チェザラは軽々と少女を抱え上げた。意識を失っているにも関わらず、少女は何かを大切に抱えていた。

 

「魔本……」

 

 チェザラは少女が誰かの魔物のパートナーであることを悟った。

 王を決める戦いは終わったはずだが、たしかにこの人間は本を持っていた。

 チェザラはこの人間を重要人物として保護することにした。

 

 ◇◇◇

 

 シルビーアのパワーバランスはいまカムドア教のほうに大きく傾いていた。

 カムドア教の神官であるカムドアは最近になって立派になった住まいの立派な椅子から立ち上がった。

 

「まったく忌々しい。出来損ないの弟が選ばれたせいで、これほどまで我が野望に遅れが生じることになるとはな」

 

 カムドアの神官であるこの魔物はイエティの一族の最高峰とされ、頂の証である「カムドア」の名を手に入れていた。

 実名はフリゴーザ。フリガロの兄であり、カムドア教を代表するイエティ三兄弟の長男に当たる。

 

 三兄弟の中でも最弱のフリガロ、やや優秀なフリプス、そして突出した魔力に恵まれたフリゴーザはシルビーアでは恐れられる存在だった。

 

 フリゴーザの強さを知る者は次のように語っている。

 

 フリゴーザの強さを知る者、レインいわく、

 

「私も長い間、暴君として暴れて来たが、唯一逃げ出したやつがいた。あいつの体には、私のかぎづめは通らない。あの氷の鎧を砕ける者がいるとすれば……いや、見当たらないな」

 

 フリゴーザは圧倒的な力に裏打ちされ、カムドア教によるシルビーア統一、さらにはカムドア教による世界統一を目指していた。

 フリゴーザは今回の魔王を決める戦いでは、魔王が魔界のすべてを決める権限を持つことを知っていた。

 

「ぐはははははは、おれが魔王になった暁には、おれの身内以外は全員氷のアクセサリーだ」

 

 フリゴーザはそう期待していた。それを期待するだけの力もあった。

 だが……。

 

 魔王を決める戦いに、フリゴーザは選ばれず、フリプスも選ばれず、最弱のフリガロが選ばれていた。

 

「愚か。言葉も習得できぬフリガロめが、おれの野望を邪魔しやがって。やつはどこへ行った? ああ、どこだ?」

 

 フリゴーザはそう言って大きな声を上げた。

 付き人のイエティが言った。

 

「王を決める戦い以降、姿を見ません。どこかへ逃げ出したのかもしれません」

 

 付き人のイエティはフリゴーザより一回り以上小さかった。

 

「カムドアの魔力も使いこなせないフリガロなど不要。遅れた計画を加速させるためには、そろそろチェザラを粉砕する必要がある。ちまちまやっててもらちが開かねえからな」

 

 フリゴーザは殺気立っていた。

 

「お言葉ですが、カムドア様。ガッシュ王から、厳しく言われております。この宗教対立は穏便に解決するようにと」

「けっ、ガッシュだぁ? あんなバオウだけの無能が王とは言語道断だ。やつの命令など知ったことか」

「しかし、政治の基盤を取り仕切っているゼオン・ベルがにらみを利かしています。あまり表立った侵攻を行えば、軍事的な介入をしてくる可能性もあります」

 

 付き人のイエティは冷静にそう言った。

 

「ゼオン……忌々しい、やつに負けた黒歴史は最高に忌々しい。ああ、忌々しいとも!」

 

 フリゴーザは拳で地面を叩いた。建物は大きく揺れたが、地面はびくともしなかった。

 

「あんなやつに屈するなど許されぬわ。予定を早送りして、軍事侵攻を進めるぞ」

「ですが」

「いいのだ。それにシルビーアの決闘が終われば、ガロウ教徒どもは白旗を振ることになるさ。このおれがチェザラを打ち砕く!」

 

 フリゴーザは凍り付くような体におぞましい血の気を宿らせた。

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