シルビーアはガロウとカムドアの二神によって対立している。
かつては、ガロウの宗派が経済的にも、軍事的にも上回っていたが、最近はカムドア宗派のほうが勢力が強くなっていた。
事実、ガロウ宗派のエリアでは、多くの住宅街が老朽化されたまま滞っているが、カムドア宗派のエリアでは都市開発が進んでいた。
ガッシュが王になった後は、どちらの宗派にも、かなりの交付金が与えられたものの、その交付金を不正に着手する者がカムドア宗派から現れ、闘争の末、カムドアが力で交付金の大半を獲得した。
かくして、カムドアは栄え、ガロウは衰退した。
カムドアが栄えると、シルビーアの雪山群のふもと町は観光地としてにぎわいを見せるようになった。
雪山に住むイエティを見ることができるツアー観光が人気を博し、観光業は大幅に収益を拡大した。
ベルギムAO観光は最近、収益を伸ばした会社として知られる。
ベルギムAO観光は、もともとアイスクリーム販売事業から始まったのだが、利益は振るわなかった。しかし、イエティ観光を立ち上げると人気を博し、メインだったアイスクリームも売れるようになった。
「わははははは、笑いが、笑いが止まらん」
ベルギムAO観光の社長、ベルギムA.Oは社長室の椅子に腰かけ、愉快に笑っていた。
ベルギムの座る椅子は、氷で精巧に作られており、ベルギムは人生の大半をこの椅子の上で過ごしている。
ベルギムの一族は超強力な大悪魔であり、数多くの強き魔物を輩出してきた。
しかし、ベルギムの血は癖が強く、その癖の強さが仇となり、各方面で強力な一族の力に見合った成績を上げることができずにいた。
千年前は、魔王を目指したベルギムE.Oがゴーレンに敗北。
石の呪縛から解放されたベルギムE.Oはアイドルを目指し、遠くに旅に出たそうであるが、芳しい噂は聞かれない。
E.Oの亜種である、ベルギムA.Oは根からのアイスクリーム好きで知られ、シルビーアの大地で、かき氷食べ放題、アイスクリーム食べ放題などを始めたが振るわなかった。
しかし、あきらめずに頑張った結果か、最近は業績が拡大していた。
「この勢いを衰えさせないためにも、新しい事業を展開する」
ベルギムは調子に乗って、新企画を打ち出そうとした。
「諸君、聞きなさい。新企画とは……」
ベルギムは力を込めて言い放った。
「ズバリ、アイスクリームに変わっておしおきよー企画!」
ベルギムが盛大に言うと、4人いる社員はみな動揺した。
社員はいずれも地元の氷の術を使う魔族だった。
「社長、話がよくわかりませんのですが」
「バカめ、それでもA.Oの社員か、貴様は」
「申し訳ありません。どのような企画なのですか?」
「わが社のマスコットでもあるアイスクリームの最大企画である」
ベルギムはどこからともなく超巨大なアイスクリームを取り出した。
巨大であるが、ベルギムは一瞬でそのアイスクリームを食べつくしてしまった。
「これまで巨大アイスクリームを作ってきたが、私は気づいたのだ。アイスクリームは量ではなく質であると」
「はあ……」
社員はみな気づいていたが、ベルギムの意向で、これまで巨大アイスクリームを作り続けて来た。
10mを超える巨大アイスクリームを販売したが、買い手はまったくつかなかった。
「今回の企画では、世界一大きいではなく、世界一うまいアイスクリームを作る」
「う……なんて健全な企画なのか……」
「ベルギム社長がこんな健全な企画を考えるなんて、明日は大雪が吹き荒れるかもしれん」
社員はみな驚いていた。おいしいアイスクリームを作るという企画は、ベルギム社内では突飛な企画に分類された。当社比にて、革命的な企画だった。
これまでは、巨大アイスクリーム、空飛ぶアイスクリーム、アイスクリームの一軒家など、無茶な商品ばかり開発してきたが、ここに来て、まともな企画に取り組むことになった。
「わかりました、社長。ぜひとも世界一のアイスクリームを作りましょう」
「ついては諸君らに三日時間を渡そう。その間に、私をうならせる最高のアイスクリームを作るのだ。優勝者には特別ボーナスを約束する。ただし!」
「ただし?」
「ろくでもないアイスクリームを作ったやつは、社長直々に、アイスに代わっておしおきだぁ! AOはアイスに代わっておしおきの略称なのだ」
ベルギムは立ち上がって盛大に叫んだ。
「あの……アイスはおそらくICEなので、Aではないかと……」
「そこ、何か言ったか!」
「い、いいえ」
「では、期限は三日。諸君らの健闘を祈る」
「う……これは失敗が許されない仕事だ」
社員らは身を固めた。
◇◇◇
ベルギム社の社員たちは、社長をうならせるアイスクリームが完成するまで帰れないたびに出ることになった。
「今回の仕事はおれたち4人が力を合わせなければうまくいかないと思う」
「これまでライバル意識を持ってやってきたが、今回ばかりは力を合わせようではないか」
「異議なしだ」
「やろう。4人寄ればミコルオの知恵というしな」
4人の社員はこれまでで最高の結束力でつながった。
「では、どんなアイスを作ろうか?」
「やはりかき氷か? 社長は毎日のように食べておられる」
「毎日食べておられるものを出しても満足するとは思えん」
「では、原点に返り、濃厚なソフトクリームといくか」
「ソフトクリームか。たしか、魔王の戦いのために人間界に出ていた魔物が、人間界のソフトクリームはなめらかで超絶うまいと言っていたな」
「人間界に出ていた魔物とは?」
「キャンチョメというやつがな、今から2週間ほど前に短期滞在していたが、そのときに教えてくれた」
「なるほど、ヒントは人間界か。人間界のアイスクリームがあれば、社長を喜ばすことができるかもしれないな」
「だが、どうやって人間界のアイスクリームを?」
「人間がいれば手っ取り早いのだがな……」
「人間は魔界に来れないだろう。とすると、人間界のアイスクリームを知っている者を探そう」
「この地で人間界を知る者は、フリガロとレイコムか」
「フリガロはどこにいったんだ?」
「家出したという話は聞いたな。そりゃあそうだろう。期待されてないのに魔王の戦いに選ばれて、結局、王にはなれなかったんだ。そりゃあ、冷たい目で見られるだろうよ」
「じゃあ、レイコムか?」
「ガロウ宗派の者に頼るのはどうなんだ?」
「なんだよ、今更宗教を言ってる場合か。商売に宗教など関係ない」
「しかし、レイコムも行方がわからないらしいぜ? 何でもガロウの氷像を壊して指名手配されてるらしい」
「なんだよ、うちの魔王候補はどっちも行方不明かよ。とんだ戦いだったんだな」
彼らはあれこれしゃべりながら、ふもと町を歩いた。
そのとき、社員らは不思議な者に出会った。
一見、魔物っぽくない。
おかしな格好をしている。
魔界にあって、あまりに場違い。
まるで人間のようななり。
「おい、今の人間では?」
「まさか、魔界に人間が歩いているわけないだろう。人間なんて雪男よりレアなUMAだぞ」
「ならば、おれたちはそのレアを見つけてしまったのでは?」
「……」
社員は顔を見合わせた。
そして、先ほどすれ違った男を追いかけた。
「もしもし、そこのあなた」
「え?」
「失礼ですが、あなた、もしかして人間では?」
「そ、そうですが、あなた方は?」
男は人間であることを認めた。
「失礼、我々、こういう者です」
社員の一人が名刺を取り出して、男に渡した。
「ベルギムAO……?」
「はい、観光事業を営んでいる者です。いま、仕事でアイスクリームの開発をしているのです」
「はあ、アイスクリームですか……」
「聞くところによると、人間界のアイスクリームは絶品であると。もし、よろしければ我々の仕事にご協力お願いできませんか?」
社員は偶然発見した人間の協力を得るために、4人一同で頼み込んだ。
「どうかよろしくお願いします」
「急な話ですね。しかし、私にはアイスクリームなんて……あ、いやでも」
男は何かに気づいて、持っていた魔界では見慣れないレジ袋の中をまさぐった。
その中に1本のアイスクリームがあった。人間界で購入したものだった。レジ袋の中に眠ったままになっていた。
「こちら、差し上げます」
「これはひょっとして人間界のアイスクリームですか?」
「はい、お口に合うかわかりませんが」
「いただきます」
男は持っていたアイスクリームを社員に渡した。
「それでは。私、いま人探しをしておりますので」
男はひとまずアイスクリームを授けると、速足でふもと町の裏路地に入って行った。
「人間界のアイスクリーム。これは日本語というやつでは?」
「日本語はちょっと齧ったことがあるぞ。えーっと、がりがりくんと呼ぶぞ」
「がりがりくん。なんだか、爽快感のある名前だな」
「ベルギム社長の好みそうな名前だ。人間界にもベルギム社長のような魔物が住んでいるのだろうか」
「食べてみよう。誰が食べる?」
「4つに分けよう。まずはこの袋を開くのだろう」
「ふーむ、小さいな。人間は少食と聞いていたが、これでは子供のおやつにもなりはせんな」
「では、砕いて食べてみよう」
4人の社員はアイスクリームを砕いて口に放り込んだ。
「これは……」
「うむ……」
「まさしく……」
「間違いない……」
4人は顔を見合わせた。
「世界一!」