デュフォーの助言を受けて、清磨は「恋」について考え始めた。
バカか天才か、難しく考えすぎたのか、自室にこもってあれこれ思案したが、何もわからなかった。
思えば、ここしばらく異性のことなんて考えたことがなかった。
魔界の王を決める戦いに夢中で、他のことは考えられなかった。
戦いが終わり、ガッシュと別れた後も、アンサートーカーを巡る苦悩の中にあったから、別のことを考える暇がなかった。
清磨は自分の近くにいる異性の姿を思い浮かべた。
水野鈴芽。
鈴芽とは中学時代からの付き合いだった。
思えば、鈴芽は清磨のために尽くしてくれていた。
クラスで浮いていた清磨を唯一助けようとしたのが鈴芽だった。
学校を休んだときも、律義に清磨の家にやってきて、ノートを貸してくれ、その日の出来事や授業内容を話してくれていた。
清磨にとって、鈴芽は大きな支えだった。
鈴芽のことを考えていると、ドアをノックする音に続いて鈴芽の声が聞こえた。
「高峰君、あのー、入っても大丈夫かな?」
紛れもなく鈴芽の声だった。
清磨はベッドから体を起こした。
「水野か? 入ってもいいぞ」
清磨の返事を受けて、鈴芽はドアを開いた。
「こんにちは、具合はどう?」
「ああ、問題ないよ。いつも悪いな」
学校を休んだ日には、鈴芽は必ず家にやってきて、授業の内容などを教えてくれた。
もっとも、清磨はすでにリーマン予想を証明するレベルにあったので、後攻の授業内容を今更学んでも仕方がないことだった。
そのため、たいてい清磨が鈴芽に勉強を教えることになった。
「ここまで来れば、あとは因数分解できるだろ?」
「おー、なるほど。さすが高峰君。先生よりわかりやすいよ」
清磨にとって、学校で学ぶべき学問はもうなかった。
「そういえば、ガッシュ君はいまどうしてるの?」
「え?」
「イギリスの学校に通っているんでしょ? 私、学んだ英語でガッシュ君に手紙を書こうと計画してるんだよ」
「ああ、そうか」
ガッシュは魔界の王となり、魔界へと帰って行った。
このことは魔界の王を決める戦いに参加した者たちだけが知ることであり、鈴芽にはガッシュが魔物であることは知らせていなかった。
表向き、ガッシュはイギリスの親元に帰って行ったということになっていた。
一応、清磨の父親の住所をガッシュの住所ということにしてあるが、いずれはわかることなのかもしれない。
清磨は思い切って鈴芽にガッシュのことを話してしまおうかと思った。
鈴芽は清磨にとって十分に特別な存在である。きっとこの先も、鈴芽は清磨を支えてくれる存在になる。
だから、ガッシュのことを偽り続けるべきではないような気がした。
「あいつ、魔界の王になったんだ」
「へ?」
「王を決める戦いを勝ち抜き王の座についた」
清磨はそっけなくそのように言った。
鈴芽はしばらく目を丸くしていたが、やがて苦笑した。
「高峰君、大丈夫? やっぱり具合が悪いように見えるよ」
文字通り言葉で伝えても信じてもらえる内容ではなかった。
「でも、ガッシュ君が王様になったら、きっと素敵な王様になれると思うな」
「だろうな」
清磨は目を閉じてガッシュのことを思った。
今頃、魔界でうまくやっているのだろうか。
王という職務が優しさや正義心だけで務まるはずがない。清磨はガッシュのことが少し心配になった。
「ガッシュ君のこと思い出すとますます会いたくなっちゃったよ」
「そのうち会えるよ」
「え、ガッシュ君、日本に来る予定があるの?」
「いや、でもそのうちやって来るさ」
清磨はそのような無責任なことを言いながら、小さく開いた窓を見つめた。
初めてガッシュと会ったときは、あの窓からこの部屋にやってきた。清磨はその時の光景を懐かしそうに振り返った。
外は昼下がりの心地よい風が吹いていた。
鈴芽と話したことで少し元気が出たようだった。
「水野、少し出かけるか」
「え、あ、でも無理しちゃダメだよ」
「おかげで元気になった。家まで送ってやるよ」
清磨の提案に鈴芽は嬉しそうにうなずいた。
◇◇◇
魔界の王は法律の改正から軍隊の保持に至るまで、あらゆる権限を持つことを許されている。
そんな絶対的な権威を持つことが許される王だが、魔界の歴史を振り返ると、長く続いた王政は少ない。
その圧倒的な地位に溺れ、身内から暗殺された王もいる。
国民から反逆を受け、八つ裂きにされた王もいる。
圧倒的な力を持つ者でさえも、国家を統治するのは難しいということを物語っていた。
ガッシュはそのような王政の歴史に新しい1ページを刻もうとする存在である。
ガッシュは王になったときから、強い思いを掲げていた。
優しい王様。
ガッシュが目指す王政とは「優しさ」だった。
ガッシュが優しさを掲げて王政をスタートすると、当然だが、ガッシュの王政の姿勢を咎める者も少なからずいた。
特に身内から厳しい意見が出ていた。
ベル一族を長く管理してきた政治の重鎮たちがガッシュに助言した。
「ガッシュ王、王政というのはあなたが考えているほど簡単なものではありません。はっきり申し上げます。優しさで国家を統治するなど不可能です。権威、力は必要悪です。民が王の威厳に恐怖し、王の報復を恐れる恐怖政治こそが王には求められているのです」
ガッシュは真剣な面持ちで重鎮の話を聞いていた。
「うぬ、兄上にも同じことを言われた。しかし、私は民に恐怖を与えたくないのだ。たとえ、それが厳しい道だとしても、私はその道を歩みたい」
「その思いが民に届くわけではありませぬ。民はあなたの優しさを平気で裏切るでしょう。魔物の心はそういうものです。王政が甘んじれば、民は暴走し、やがて内戦へとつながってしまいます」
「私は民の心を信じる王でありたい。その結果、後ろから刺されることがあっても覚悟の上だ」
ガッシュは強い目つきでそう言った。
「なるほど、ガッシュ王、あなたのその瞳はバオウの強き瞳そのもの。わかりました、私たちはガッシュ王の王政を陰から見守らせていただきます」
重鎮たちはこうして王政から距離を取ることにした。ガッシュはまだ幼い。しかし、ベル一族の重鎮たちはガッシュの新しい力に魔界のすべてを託すことにした。
ガッシュが王に就任し、新しい王政が始まった。
ガッシュは魔界の王を決める戦いでたくさんの力と出会っており、それらの力がガッシュを支えてくれた。
ガッシュの思いを具体的に政策として発案する大臣には、ガッシュの兄であるゼオンがついた。
魔界の治安を守るために王政が抱える兵団には、ブラゴ、レイン、アシュロン、エルザドルを筆頭に強力な魔物たちがついてくれた。
アドバイザーにはモモン、パムーンらがついてくれた。
王の秘書には、パティがついてくれた。
多くの力を借りて王政は出発し、今のところ魔界は比較的安定した世界情勢になりつつあった。
内戦や貧困は確実に減少し、経済基盤も安定していた。
しかし、そんな矢先に、ガッシュの父親が息を引き取った。
父親の強い意向で、父親の死はゼオンにだけ知らされ、ガッシュには知らされなかった。
父親の葬儀はベル一族の重鎮とゼオン、ゼオンの母親らの少ない人数で行われた。
ベル一族に伝わるジガディラスの聖なる雷によって父親の体は清められ、その魂は天界へと昇っていった。
ゼオンは空高くに昇っていったであろう父親の魂を見送った。
「ガッシュはうまくやっている?」
葬儀の後、母親がゼオンに尋ねた。
ゼオンの母親はベル一族に嫁いで1000年以上となるが、まったく老化が見られなかった。光の聖女の一族に伝わる特別な不老の力によって美貌が保たれていた。
「ええ、民から高く信頼されている」
「そう」
母親はゼオンの隣に腰かけた。
「母上はバオウの話を知っていたのですか?」
母親は無言でうなずくと、切ない表情を浮かべた。
「あなたを産むときに論争が起こりました。あなたにバオウを継承するべきかどうか」
結論は、ゼオンには継承しないというものだった。これはゼオンの父親の王の権限によって決定されたものだった。
「お父様はバオウを永遠に封印されるものにしたかったそうです。その力が決して目覚めないようにと。しかし、そんなことは不可能だったのです」
「バオウは目覚めてしまった。ですが、クリアセウノウスは倒されました。クリアノートは確かに消滅したはずです。バオウが目覚める理由はなくなったはずでは?」
「クリアノートはクリアセウノウスが生み出した化身に過ぎません。クリアセウノウスは天界の一族によって今なお崇められているのです」
「やがて、クリアセウノウスを滅ぼすために、バオウは再び暴走してしまうのでしょうか?」
「それはわかりません。あの子の心しだいでしょう」
母親は空を見上げた。
「ただ1つだけ気になることがあります」
「気になること?」
ゼオンは母親のほうに顔を向けた。
「クリアノートはクリアセウノウスの化身に過ぎません。では、いったい誰が真にクリアセウノウスを継承したのでしょうか。お父様もクリアセウノウスの行方までは把握していないのです」
「継承者は天界の天使たちのいずれかではないのですか?」
「側近の者から聞いたのですが、天使たちもクリアセウノウスの継承者を見失ってしまい、いま探しているそうなのです」
「え、天使たちもクリアセウノウスの継承者を把握していないのですか?」
「ええ、天使たちは地上を探し回っているようです。地上の誰かにクリアセウノウスが継承されていたのかもしれません」
「地上……まさか」
ゼオンには1つ引っかかりがあった。
魔界の王を決める戦いで、ゼオンは数多くの魔物たちと戦いを繰り広げて来た。
その中で、とても不思議な力を感じた者がいた。
すべての力を消し去るジガディラスの雷を完全に吸収した魔力。
ゼオンは顔を上げた。
「母上、私にはクリアセウノウスの継承者に心当たりがあります」
「それは一体?」