聞きなさい、神の子よ。
いま、目覚めの時。
あなたは知っているはず。
天を歩む者としての誇りを。
思い出しなさい、あなたは神に召されし者。
その翼を思い出しなさい。
まもなく、邪悪な雷がすべてを思い出し、私を滅ぼそうとするはずです。
邪悪な雷は地獄で信じられないほど大きな力を獲得してしまったようです。
私は邪悪な雷を止めるため、クリアノートを送り込みました。
しかし、クリアノートは邪悪な雷に撃たれてしまいました。
このままでは、バオウは人間界と魔界を分け隔てる力を破壊し、ついには神に牙を向けることになるでしょう。
阻止しなければなりません。
あなたにその使命が託されました。
さあ、目覚めなさい、聖なる翼の継承者よ。
……。
「いてっ」
頭を小突かれて、ティオは我に返った。
「まったくちゃんと話を聞いていたの?」
ティオの隣には、レイラがぼんやりとした目つきで立っていた。
「えっと、なんの話だったっけ?」
すると、レイラは手に持っていた三日月の杖でもう一度ティオの頭を叩いた。
「寝ぼけてるんじゃないわよ」
「ごめん、それで何の話だっけ?」
「昨日、同級生に誘われてお茶会に参加した。でも、私の同級生はみんな老人になってしまっていて、長いヒストリーを懐かしそうに話すの。私はその話をどのように受け止めていいかわからなくて困ってしまったわけ」
「あー、そっか。1000年だものね」
「そう、1000年よ。おまけに私は同級生の孫の孫の孫、1000年年下の男の子から告白されてしまったの」
「えー、本当に?」
「そう。私は信じられないような世界を生きているわけ。それにね、私の兄弟の孫の孫から、おばあちゃんって呼ばれるの。一体私は何者なのかしらと自問自答せざるを得なかったわ」
レイラは淡々とそう話した。
「そうよね。1000年も空白があるんだものね」
今回の王を決める戦いにはイレギュラーがあった。
1000年前の戦いで猛威を振るった「ゴーレン」が操る「ゴルゴジオ」という魔術は古からの禁呪であり、魔界では習得が禁じられている。
大犯罪者組織に属するゴーレンはその戒めを破り、ゴルゴジオを習得。
ゴルゴジオの餌食となった魔物は約40体に及ぶ。彼らは1000年間、時が過ぎ去ることのない世界をさまよい続けた。
近代に入り、ゴルゴジオの呪縛を打ち消す「ライフォジオ」という魔術が生み出され、ようやくゴルゴジオの呪縛を解呪することができるようになった。
ライフォジオの光を人工的に作り出した天才ゾフィスによって、ようやく1000年前の魔物たちは元の体を取り戻したが、1000年の時をさかのぼる術はなかった。
レイラもその一人だった。有力な王様候補として注目されていたが、ゴーレンのゴルゴジオの餌食となった。
だから、レイラとティオはほとんど同世代であるが、厳密には1000年の歳の差がある。
「まあでも、私はそれなりに楽しんでいるつもりではいるんだけどね。けれど、同窓会のたびにおばあちゃんになってしまうのは何とかしてほしいわ」
レイラはいまティオと同じ学校に通っている。
ちょうど、いまはお昼休みの時間であり、中庭にはティオとレイラ以外にもたくさんの魔物の子供たちが外に出てきていた。
「ところで、なんでさっきボーっとしてたの?」
「うーん、なんでだろ……別に寝ぼけてたわけじゃないと思うんだけど」
ティオは自分の頭を押さえた。ティオ自身も自覚していなかった。ただ、誰かに何かを言われていたような気がする。詳細は思い出せないが、頭がもやもやしていた。
「さては恋患いね」
「は?」
「私の見るところによると、あなたの第一候補はガッシュ、第二候補はパピプリオ」
「ないないない! なんでそうなるのよ」
ティオは全力で否定した。
「王妃の座を虎視眈々と狙っているなんて、見た目によらずしたたかなものね」
「狙ってないわよ。私はね、将来恵みたいなアイドルになるのが夢なの。つまり、私はみんなのものってわけ」
「ビッチ」
「は?」
騒がしくしていると、お昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り響いた。
◇◇◇
ティオの通っている学校には、魔界の王でもあるガッシュも在籍している。
ガッシュは王の仕事の合間に学業も学んでおり、現在忙しい状況だった。
王様が学校に通っているということで、普通ならば周りの者も気を遣うところだが、ガッシュの場合はそういうところがなく、周りの者はみな普通にガッシュと接していた。
この日もガッシュは王様という身分も忘れて、いつもどおり授業に出ていた。
「うぬぬぬぬ、難しいのう。この問題はさっぱりわからぬぞ」
ガッシュの成績は中の下。はたから見れば、王様ではなく、ただの劣等生である。
ガッシュの隣の席にはパティがいる。
「もう、世話の焼ける王様なんだから」
パティはガッシュが王様になる前から、ガッシュに好意を寄せていて、王を決める戦いが終わった後はガッシュの秘書として、ガッシュの仕事を手伝いながら、ガッシュと同じく学業に励んでいた。
周りからは、ガッシュはパティを王妃に選ぶのではにかと噂されており、パティは王妃に最も近い存在と言えた。
パティは恋に盲目になるタイプだったが、成績は優秀で、学業でも仕事でも精力的にガッシュを支えていた。
学業が終わると、多くの魔物たちが放課後の活動に参加するが、ガッシュとパティはそのまま城に戻って仕事をすることになる。
放課後の活動は主に魔術の研究や練習が行われる。
魔界では、魔本の力を借りることなく魔術を使うことができる。
各人、さまざまな魔術を練習して、将来役立つスキルを身に着けていく。
最も役立つスキルは「ウェイウルク」であり、この魔術が使える大きな体の魔物はみな立派な魔物になっている。
力強く高速で飛ぶことができるスキルは、人や物を運搬する上で最も重要である。
そのため、ドラゴン族というのは、生まれつきの素質としては最も恵まれていると言える。
ドラゴン族でも最強とされるアシュロンは最も速く飛ぶことができる。
今日も、ガッシュとパティを迎えに、アシュロンは空を飛んで学園前にやってきた。
アシュロンはすでに学校は卒業している。より高等な魔術を学ぶために進学することもできたが、アシュロンは進学ではなく早くから働く選択をしていた。
「いつもすまぬな、アシュロン」
「なに、これも仕事だ」
アシュロンはそう言いながら、校舎を見上げた。
「まだまだ学びたいことはあったが、ドラゴンが狭いところにこもって勉強では性に合わないだろ。やはり、ドラゴンは空の上で羽ばたくのが性分よ」
アシュロンは翼を広げて、身をかかげた。
パティ、ガッシュの順にアシュロンに乗り込むと、アシュロンは身を起こした。
「飛ぶぜ。王様に王妃様、準備はいいか?」
「嫌だわ、もう。まだ正式には決まっていないのに。ねえ、ガッシュちゃん」
パティは恥ずかしそうにそう言いながら、ちらりとガッシュのほうに熱い目を向けた。
ガッシュは無邪気な顔をしていた。まだ、ガッシュの心は恋愛だのなんだのが理解できる状態にはないようだった。
アシュロンは力強く大地を蹴り上げると、一瞬で上空へと上り詰めた。
ガッシュらが帰った後、残った生徒たちは放課後の活動に精を出した。
ティオは癒しの魔法を勉強するため、コルルらと共に中庭に出ていた。
そのとき、ティオの目に、ある魔物の姿が目に入った。
「ちょっとごめん、先行ってて」
ティオはそう言うと、中庭の片隅で肩を落としている魔物の背後に近づいた。
中庭で気落ちしていたのはマルスだった。
マルスは王を決める戦いでティオを裏切り敗退した。
その後、マルスは罪悪感に打ちのめされて、精神的な病にさらされていた。
学校を休むことが多く、学校に出て来た日でも授業に出ることなく、静かなところで顔を落としていた。
「マルス、どうしたの? 今日も気分がすぐれない感じ?」
「ティオ……」
ティオを見ると、マルスは体を震わせて、ますます落ち込んでしまった。
「僕はもうダメだ。生きている資格がないんだ……君を裏切り傷つけてしまった。僕の心は醜い。君に合わせる顔はないんだ」
マルスはそう言って、完全に顔を伏せてしまった。
「あれは仕方ないわ。戦わなければ消えてしまうんだもの。誰だってそうなってしまうのよ。あなたのせいじゃない」
「いいや、僕だけだ。僕だけが悪いんだ。もう僕は生きていてはいけないんだ」
マルスの気分障害は思った以上に大きかった。
ティオはマルスの裏切りを完全に許していたが、マルスは自分自身を許すことができていなかった。
しかし、ティオにはどうすることもできなかった。癒しの魔法は数あれど、精神を癒す魔術はこれまでかつて編み出されたことがなかった。
「マルス、元気を出して。大切なのは過去じゃなくてこれからの未来なんだから」
そんなありきたりの言葉では、マルスの心は立ち直らなかった。
そのとき、ティオは突然激しい耳鳴りに襲われた。
続いて、激しい頭痛が襲ってきた。ティオは頭を押さえて、うずくまった。
それに気づいたマルスはティオのほうに元気のない顔を向けた。
「ティオ……?」
ティオはこれまでに感じたことのない頭痛に、何も考えることができなくなった。
人の心とは何とも弱いものです。
魔物の心に人間が干渉したことで、このように脆くなってしまったのです。
魔物と人は決してわかり合うことができません。
ですから、人間界と魔界を切り離したのです。
しかしなぜでしょう。
なぜ、神は魔物と人間を再びめぐり合わせ、このような不毛な戦いを引き起こすのでしょう?
聞きなさい、聖なる翼を持つ者よ。
バオウの目覚めが近いです。
バオウはその力で人間界への扉を開いてしまうでしょう。
そして、今一度人と魔物が巡り合ってしまうのです。
すべてはバオウのせいだと私は考えています。
バオウさえ消し去ることができれば、二度と人間界と魔界が交わることはなくなるでしょう。
王を決める戦いもまたなくなるのです。
聖なる翼を持つ者よ、私と共に終わらせましょう。
二度と犠牲者を出さないために。
人と魔物が完全に切り離されれば、二度と魔物たちが苦しむこともないのです。
永遠の楽園のもとで、苦しみも痛みもなく、生きることができるのです。
頭痛が治まった。
ティオは何事もなかったかのように立ち上がった。
ティオの目の輝きが変化していた。優しくも強い眼光は、どこかおぞましい眼光に変化していた。
「ティオ?」
マルスは豹変したティオのほうを心配そうに見た。
「大丈夫よ、マルス。もうすぐ人間の心がすべて消え去るから。そうすれば、あなたの抱えている苦悩もすべてなくなるわ。人間界の記憶もすべて消え去るから」
ティオは不気味な瞳をマルスのほうに向けた。そこにいたのはもはやいつものティオではなかった。