魔界は7つの海と4つの大陸によって成り立つ。
その大きさは地球と同等である。
魔界とは、地球そのものである。
神々の力により、陽のエネルギーと陰のエネルギーが反発し、人間界と魔界は分け隔てられたが、もともとは同じエネルギーだった。
人間界と魔界はぴたりと重なる位置にある。しかし、いくつかの次元によって分け隔てられていて、近くて遠い場所だった。
アンサートーカーの清磨でも魔界と人間界の移動方法はわからなかった。
しかし、神々のお告げにより、清磨は魔界へとやってきた。
清磨は目を覚ました。
軽い頭痛を感じるところを見ると、頭を強く打って気を失っていたようであった。
「おやおや、目を覚ましましたか」
声をかけられたので、清磨は声のほうに目を向けた。
そこには、驚きの人物がいた。
「ゾフィス……」
「覚えてくれていましたか。そのとおり、私はこの館の主ゾフィスです」
清磨は体を起こしてゾフィスと向かい合った。
「単刀直入に聞く。いまは何をしている?」
「あなたの大好きなこと。人助けというやつですよ」
「……」
清磨は周りを見渡した。広々とした室内だった。清磨の寝ているベッドはたくさんの本棚に囲まれていた。
「私はこう見えても精神医術師です。魔物たちの心の治療に精を出しているのです。ちょうど、あなたが館の前に落ちてきたので、あなたの治療もして差し上げました。」
「……おかしなふうにいじってないだろうな?」
清磨は自分の頭を押さえた。一応、自覚できるおかしな症状はなかった。
「どうやら、あなたは私のことを誤解しているようで。私を悪党か何かと勘違いしているのではないですか? 私は真理を追究する魔導研究者ですよ」
ゾフィスはそう言いながら怪しい笑みを浮かべた。
「自分がこっちの世界でやったことを忘れたのか?」
「あの件については、私が被害者だと主張したいぐらいですよ。私は善意で1000年前の魔物たちの石化を解き、最小限度の影響で王を目指そうとしたところを、あなたたちが一方的に邪魔しに来たのです。おかげで、人間界の叡智を十分に学ぶ時間もありませんでしたよ。私の計画では、1000年前の魔物たちが戦っている間に、私は人間界で勉強するつもりだったのですからね」
ゾフィスはペラペラと言いたいことを話した。何を言っても自分に都合のいい理屈を返して来るだろうから、清磨はそれ以上追求しなかった。
清磨は手元にあった赤い本を手に取った。
「ひとまず助けてくれたことには感謝するよ」
「お安い御用で。私にとってもあなたを助けることは大きな利益につながりますからね。見たところ、あなたは人間界の叡智を十分に身に着けておられる。あとでじっくりご教授願いたいと思いましてね」
「なるほどな」
清磨は目を閉じた。
「たしかにお互い利益を享受できる仲かもしれないな。おれは魔界について何も知らない。で、あんたはこっちの世界のことをよく知らない」
「さよう。話が早くて助かります。魔物というのはたいがい知性が低くて私もうんさりしていたのですよ。それに比べて、人間には賢者が多い。私が王になった暁には知性の乏しい者をすべて消すつもりでした。そうすれば、どれほどこの世界の秩序が安定するか、あなたならば十分に理解できることでしょう」
清磨はゾフィスの言ったことを否定することができなかった。ゾフィスが王になっていたら、ありとあらゆる争いごとは消えていたかもしれない。
「ところであんたのパートナーはまだ来ていないのか?」
「残念ながら。それに会ったとしても、愛しのココは私のことを覚えていないでしょう。ココは知性の高い女性でした。しかし、私の思想を評価してくれませんでした。私はどうしてもココに私の思想の理解者になってほしくて手荒なことをしてしまいました。あれは明確に私の過ちであったと反省しているのです」
ゾフィスは反省の見えにくい顔でそう言った。
1000年前の魔物との戦いの後、清磨はシェリーからゾフィスを巡るあらゆるいきさつをうかがっていたが、ゾフィスの話が本当だとすると、あの戦いはゾフィスのゆがんだ愛情が生んだものだったのかもしれない。
「しかし、ココはこの地に来ていることでしょう。ならば、私も探しに行かなければなりませんね。魔界は人間界よりもずっと危険なダンジョンであふれていますからね」
「おれもガッシュに会いに行かなければならない」
「それでは王室までの道のりを教えてさしあげましょう。ついでにあなたに伝言を頼みたいと思います。ガッシュ王に会ったなら、私は大変感謝していると伝えてください」
「感謝? 何か恩を受けたのか?」
「私が再びこうして研究の日々を送ることができるのもガッシュ王が私の存在を認めてくれたからにほかなりませんからね」
清磨はゼオンのその言葉に違和感を覚えた。
「わかった、伝えるよ。もっとも、ガッシュに言わせると、そんなことは当たり前だって話になると思うがな」
ガッシュはどんなに悪名高い存在も少なくとも存在を消すようなことはしない。それがガッシュの志した優しい王様の風格でもあった。
◇◇◇
清磨はゾフィスから旅のセットをもらった。
まずは魔界の地図、魔導書、そして月の石のかけらをいくつかもらった。
「これが魔界の地図です。ガッシュ王はベル一族が治める国「ベルワン」の首都に住んでおられます。この地からは少し遠いですが、この魔導書を使えばすべての関所を突破することができるでしょう。いくつかのダンジョンを越えねばなりませんが、あなたなら突破することが可能と思います」
清磨はゾフィスから色々なものを授かったとはいえ、人間の身1つで魔界を渡り歩くのは危険である。
それでも行かなければならない。
清磨はゾフィスの館を離れ、ベルワンに続くダンジョン「いかずちの峠」に目を向けた。青々とした大森林の先に広がる赤い山。そこは自然魔力が暴走する危険な山だった。
迂回する手もあるが、そこは龍族の支配する危険な国が広がっており、いかずちの峠を越えるのが一番安全であるという。
「待ってろよ、ガッシュ」
清磨はゆっくりと歩き始めた。
歩き始めてすぐ、清磨は背後に敵意を覚えた。
振り返らずとも、敵がどの方角からどのようにして襲ってきているか、清磨には理解できた。最近不安定だったアンサートーカーの能力はいまこの瞬間は研ぎ澄まされていた。
清磨はあるタイミングで振り返り、襲撃者をいなし地面に叩きつけた。
「ぐわぁ!」
清磨はさっとその魔物から距離を取った。
清磨を襲撃しようとした魔物はドラゴンだった。見た目、アシュロンと同じぐらいの大きさがある。
アンサートーカーが働かなければ鋭利な爪の餌食となり、食われていたかもしれなかった。
「お前は何者だ?」
「何口を聞いてやがる。人間の分際で」
そのドラゴンは立ち上がると、口をいっぱいに開き、炎を吐き出した。
しかし、清磨は熱がまったく届かない最低限度の挙動でその炎をかわした。
その後、ドラゴンは繰り返し、清磨に格闘戦を挑んだ。
しかし、際どいところでいなされ、清磨を捉えることができなかった。
清磨はドラゴンの力を分析した。
握力は推定10トン。握りつぶされたら即死する。
だが、当たらなければどうということはない。圧倒的パワー差があるにも関わらず、清磨は終始ドラゴンを圧倒し、地面に何度も叩きつけた。
「ぐ……貴様いったい何者だ? ただの人間ではあるまい」
清磨は冷静な表情で赤い本を取り出した。
「魔界の王ガッシュのパートナーだ。そしてわかるなら聞いてくれ。おれはアシュロンの友人だ」
「な、アシュロンの友だと? ただの人間がなぜアシュロンと……」
「王を決める戦いで共闘した。アシュロンを知っているなら、それ以上の攻撃はやめてもらいたい」
「……ふん、アシュロンはおれの殺戮対象だ」
ドラゴンはそう言うと爪を鳴らした。
「どういうことだ?」
「王を決める戦いはおれたちが成り上がる唯一のチャンス。だが、おれは選ばれなかった。なぜだ、なぜおれが選ばれない。雑魚どもが選ばれる中、なぜおれが選ばれぬのだ」
ドラゴンはそう言いながら、くやしさをあらわにした。
どうやら、このドラゴンは王を決める戦いの100人に選ばれなかったドラゴン族の者と思われた。それで逆恨みして、このあたりをうろついていたのかもしれない。
清磨はそんなドラゴンに核心をつくことを話した。
「おれがお前の疑問に答えてやる。この王を決める戦いは力の戦いではなく心の戦いだからだ」
「心の戦いだと?」
「そうだ。この魔本は力を示すものではなく心を示すものだ。おそらくは人間を起源とする心の力を得るためのものだ」
清磨は王を決める戦いが終わったとき、人間界と魔界の関連を示す書物をいくつか読んでいた。その中で、清磨はある仮説を立てていた。
それは真者は力の象徴として生み出され、人間は心の象徴として生み出された。
もしかしたら、神は力と心の融合を望んでいたのかもしれない。しかし、結果、それらは互いに反発し、大きく分かれることになった。
この戦いは心と力の本質に迫るものだと、清磨は考えていた。
「お前は力の象徴のような魔物だ。お前のその獰猛さから伝わってくるぜ、力ってやつが」
「そうだ、力だ。力があるものが世界を支配する。当たり前のことだ」
「残念ながらお前のその仮説は否定されたぜ。ガッシュよりも力の強い魔物は五万といる。お前のほうが力は強いだろうよ。王を決める戦いでは、心の強さを示した者が勝ちやすい仕組みになっているんだ。そう、魔本から引き出される力は心の力だった」
清磨の言葉から何かを感じ取ったドラゴンはしだいに穏やかになっていった。
「ではおれが選ばれなかったのは心が未熟だったということか?」
「そのことに自分で気づけたのなら未熟ではないだろうよ。それに王を決める戦いでは王をも超える存在がたくさん生まれた」
清磨はそう言いながら、戦いの途中で出会ったさまざまな者たちのことを思い浮かべた。王になるよりも大切な行いをして戦いを終えた者たちがたくさんいた。
シェミラ像を守るためにその身をかけたダニーも、ガッシュを戦いの場に送り届けるまで走り届けたウマゴンもまた王をも超える存在と言えた。
「王を決める戦いなど関係ない。お前だって心持ちしだいで誇り高き魔物になれるさ」
清磨がそう言うと、ドラゴンは戦う意志を捨てた。
「ふん、なかなか面白い人間だな。人間界にはかくも面白い連中がいるのか?」
「おれなんてつまらん人間さ。もっと面白い人間がいるぜ。おそらくこの地にそういうやつらが100人以上来ている」
清磨はそれらの面々を懐かしく思い出していた。
「ほう、さらに面白い連中がいるのか」
「一部バカも含まれているがな」
思い返せば、馬鹿者もたくさんいた。今でも頭から離れない某イタリア人の歌声があった。その歌はアンサートーカーでも理解することができなかった。
「そいつらに会いたい。どこにいる?」
「おれにもわからない。だが、探すのに協力してやってもいい。だが、1つだけ頼みがある」
「良かろう、1つ願いを聞き入れてやろう」
「おれはベル一族が治めるベルワンを目指している。できることなら、そこまで乗せてくれないか?」
「良かろう。ドラゴンにとって世界は箱庭のようなもの。どこまでも連れて行ってやろう」
ドラゴンはそう言うと、体を掲げて翼を広げた。思いがけず、便利な移動手段を見つけることができた。