少年は少女を心配したい
いつものように学校を終えて、ほんのり夕日に染まった道を歩く。今日は予定もないからゲーセンにでも行ってみようか、なんて考えているとスマホが震えた。画面には母さんの名前。
『七緒か、今学校終わったところだろ? お使いを頼みたくてな』
「断っても頼むんだろ」
『わかってるじゃないか。買って来て欲しいリストはメッセージで送ってるから、じゃ』
いつも嵐のようにやってきては去る人だ。メッセージに送られていたのはお使いリストの写真。晩御飯の食材まるまる買い忘れたんじゃないかってくらいの量だった。いや絶対これ面倒だからって投げたやつでしょ。
予定を変更してスーパーまでのルートを割り出す。あまり混雑にならないよう願いつつ、買い物へと駆り出していった。
「安いよ安いよー! 今なら豚バラが100円だ!」
「ちょっと横から取らないでよ!」
「アンタがとろいのがいけないんでしょう!?」
しかし平日の夕飯前に混まぬことは決してなく、悲しいかな主婦達の壮絶なセール品争いに巻き込まれてしまった。日に日に増す物価高騰の波も相まって、激化の一途を辿っている。
「なんでこんな時に限って……うわっ!」
さらに特売品がよりにもよって指定されたリストの一つ。男性はおろか一部の女性にすら負ける体格の僕に、乱戦地帯へのエントリーは許されることもなく弾き出されてしまう。その後、主婦達が去っていった場所に何も残ってはいなかった。
「うう、買えなかったじゃダメだろうしな」
ドヤされることは別にいいけど、晩御飯のおかずが一つ減るのは男としてあんまり嬉しくない。いや、焼肉みたいに『肉食え肉!』ってぶん投げてくるのはあんまり好きじゃないけど。
とりあえずスマホで近隣店舗を探してみれば、宮益坂の方へと案内される。少し時間はかかるけど争奪戦は終わっているだろうと思いつつ、再び別のスーパーに向けて歩き出した。
◇
「なんとか買えた、けど」
大きな買い物袋を両手に下げつつ、重みに負けそうになりながらも帰路に着く。値段で勝負している行きつけのスーパーとは違い、こちらは高級志向。学生が日ごろ持ち歩く額でギリギリ届くかといったところ。
でもそれより気になることが一つ。通りがかかる人達の視線が僕の方へと降り注いでいた。
「神高男子がこんなところ歩いてたら目立つよね」
視線の主になるのは灰色の制服に身を包んだ女の子達。あれは宮益坂女子学園の制服で、こちらにはあまり縁がない。逆を言えば彼女達にとって神高の制服も馴染みがないから、自然と目を向けてしまうんだろう。
場違い感がすごいので早く帰って受付の手伝いでもしよう、と足を早めて。
「あ、七緒くんだ!」
知っている人物に声を掛けられた。揺れる金と赤のグラデーションの髪が夕日を浴びて輝く少女、天馬咲希さんだ。隣には頭ひとつ抜けた背の高い少女、望月穂波さんがいる。二人も部活帰りだろうか。
無視するのも良くないから、挨拶だけでもとこちらから駆け寄る。
「天馬さんに望月さん。こんばんは」
「こんばんは。えっと、衛藤さんは買い物ですか?」
「はい、母さんに頼まれてしまって。普段は別の所で買ってるんですけどね」
「もー、二人とも固いよー。七緒くんも、アタシの事咲希って呼んでいいんだよ?」
社交辞令な挨拶に対し咲希さんが頬を膨らませている。初対面こそ見かけによらず礼儀正しい人だなと思ったけど、今となっては元気いっぱいな明るい女の子。Leo/needのムードメーカーだ。
「名前で呼んでいい」と言われても軽々と親しげにするのも礼儀知らずというものなので、やんわりとお断りする。
「すみません。まだ名前で呼ぶのには早いかなって」
「全然早くないよ! 風邪で倒れちゃった時もお世話してくれたし、練習見てくれてるし!」
「でもちょっと馴れ馴れしいっていうか」
「アタシは気にしないんだけどな〜……あ、もしかして」
何か思いついたかのようにだんまりした後、急にニヤニヤし始める咲希さん。何だかこのノリ、志歩さんの時にも見た気がする。
「名前で呼ぶのはいっちゃんだけって決めてたり?」
「なっ、ち、違いますよ! どうして一歌さんの名前が出てくるんですか!」
「あはは、七緒くん顔真っ赤だよ?」
「ゆ、夕日のせいです!」
予測可能回避不可能な発言に顔が熱くなる。言い訳のために時間のせいにしておきながらも、仕返しとばかりにコロコロと笑う無邪気な咲希さんの顔を見つめた。
そんな彼女の顔も、火照ったように赤く染まっている。
「あの、天馬さん」
「だから咲希でいいのに、ってどうしたの? すごく真剣な顔して」
「顔、赤いですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
「えっ、そんなことないと思うけど……夕日のせいじゃなかな?」
同じ言い訳に逃げる彼女の顔を見つめながら、なんとか体温を測る方法を考える。両手はスーパーの袋で塞がってるし、このままだと逃げられかねない。咲希さんが倒れるまで練習するくらい無理する人だというのは知っている。
「少し失礼します」
「わわっ!?」
「え、衛藤さん!?」
自分のおでこを咲希さんのおでこにくっつける。馴れ馴れしいとか騒いでたけど、応急処置みたいなものとして許してもらおう。ほんのりと感じる熱が、体調不良を訴えていた。
「やっぱり少し熱があるみたいです。ちょっと待っててくださいね」
そのまま最寄りの自販機で温かいココアを購入し、そのまま押しつける形で渡す。
「スポーツドリンクの方がいいですけど、この時期は寒いので。あったかくして下さいね」
「「………」」
「あの、お二人とも?」
二人は押し付けたココアを自動的に見つめたままフリーズしている。少し強引すぎただろうか。
「あの、天馬さん、望月さん。大丈夫ですか?」
「う、うん! 大丈夫! こ、ココアありがとね!」
「あっ」
先に起動したのは咲希さんだったけど、逃げるように全力ダッシュで消えていく。急用でも思い出したかの勢いだったけど、あのまま早く家に帰って暖かくして寝てほしいと願うばかりだ。
「あの、衛藤さん」
「あ、望月さんも気付かれましたか」
「その、さっきのは少し刺激が強すぎるかなって……」
そういう望月さんの顔もどことなく赤くなっていた。仕方なかったとはいえ、そこでようやくデリカシーの無いことをしてしまったことを後悔し、顔がさらに熱くなる。これもきっと、夕日のせいだろう。
「はわわわ、すごいの見ちゃった……司くんに教えて上げなきゃ!」
そんな駆け出した少女は咲希さんだけでなかったことを、僕達は知らない。
◆
<咲希>
家に飛んで帰ったアタシは帰りの挨拶も無しにベッドに飛び込んだ。目を閉じれば思い出す、七緒くんの顔。
カッコいい顔じゃない。10人に聞けば10人皆が「可愛い」って答えるくらい、女の子に間違えそうな顔付き。おまけにすっごく優しいし、心配してくれる。
「もっと早く知り合ってたら、お見舞いにも来てくれたのかな」
いつか見た夢の中で感じた寂しい想い。後一人増えたなら、もう少しはマシになってたのかな、なんて思っちゃう。でも、過去は変えられない。だからこそ、今を一番楽しみたい。
「でも、七緒くんにも言われちゃったし、今日は早く寝ないと」
それはそれとして、心配させないように今日は早く寝ると決心する。
でも、寝ようとして目を閉じればまた七緒くんの顔が出てきて、結局全然眠れないアタシだった。
完結後も感想を送って頂いた方、読んでいただいた方、本当にありがとうございます。
約2年ぶりの更新で、お蔭様で続編をかこつけることができました。
更新日は水・土の21:00を目安に投稿していきます。
P.S.エイプリルフールは午前中で終わりだよ!!!
IFルート
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咲希
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穂波
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志歩