君と一緒に歌いたい   作:kasyopa

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少年は旧友を助けたい

 新学期も始まって、お店としては閑散期が続いていた。卒業や就職活動、転勤といった大人から子供までひっくるめて忙しくなる時期は、必然的に客足が遠のいてしまう。

 

 そんな時期だからか、宮女の方でも動きがあった。

 

『合唱祭?』

『うん。それで準備とか練習で忙しくなるから、しばらくこっちに来れないかも』

 

 咲希さんから聞いた会話を思い出す。神高はそういったものを一気に秋で消化するから、校風の違いが出ていた。そういうわけでLeo/needのみんなが店を訪れることもないだろう。

 

「課題でもするかな」

 

 裏に学校の課題を広げて淡々とこなしていく。特別苦手とする科目はないし、淡々と熟せばなんとでもなる。ただしその量を一人で太刀打ちするためには、時間がかかりすぎた。

 

 そして時報のように店のベルが鳴り、お客さんが入ってくる。

 

「いらっしゃいませー」

「あっ……」

 

 もはや定型文と化した言葉で対応すると、そこに居たのは灰色がかった緑のロングヘアーが特徴的な少女。神高の制服に身を包んでおりその容姿に何となく見覚えがあった。

 おどおどしながらも受付がこちらだと気付けば寄ってくる。

 

「あの、ここでカラオケと録音が出来るって、ネットで見たんですけど」

「はい、できますよ。カラオケ料金に追加料金で、このくらいになりますが」

「なにこれ……流石にこれは安くない? あっ、すみません」

 

 一瞬彼女の素が見えた気がするが、詳しくは突っ込まないでおこう。それに相手も僕がクラスメイトだとわかっているはずだ。

 

「まあ母さんが若い人向けに作った料金設定なんで気にしないでください」

「そう、なんだ。ならこっちの方で。時間は……1時間でいいかな」

「わかりました。ではスタジオに一番近い部屋をご案内しますね」

 

 スタジオの利用方法等も合わせて説明する。案外呑み込みが早く、機械にも強いためかすぐに説明が終わった。

 

 案内を終えてカウンター裏に戻ればすぐに歌声が聞こえてくる。曲は有名なミュージカルの挿入歌をはじめとしたあらゆるジャンル。

 先ほどまでのオドオドした雰囲気からは想像もつかないほどの澄んだ声で店内を彩っていた。

 

「人は見かけによらないね」

 

 特に歌ともなれば様々なジャンルで埋め尽くされている。その中でどれを選び取るのかも、それをどのように歌い上げるかも自分の勝手だが個性は出る。

 

 歌い方で大きく分けると2つ。1つは、原曲の歌い方に寄せて歌うこと。もう1つはあくまで自分の歌い方を貫く人。

 彼女の場合は紛れもない前者であり、その技量たるやプロと勘違いするレベルだった。

 

 そんな歌に聞き入っていればあっという間に時間が過ぎ、再び少女がカウンターに現れる。

 

「そういえばあなた、たしか同じクラス……だったよね」

「はい。衛藤七緒といいます」

「そう。私は草薙寧々……このお店、悪くなかった。また来るかも」

「ありがとうございます」

 

 草薙なんて珍しい名字だなと思いつつ、彼女の背中を見送ってから母さんに片付けを頼む。それから何事もなく時間が経過して日も落ちかけた頃、ひとつの団体が店を訪れた。

 

「やあ、また会ったね」

「……店番してるんですから当然です。それで、今日はどうしたんです」

「そんな顔しない。今日はちゃんと練習しに来たんだから」

 

 イオリさんを先頭においた、STANDOUTの面々だ。この前の煽りを受けて神経質にならない方がおかしいだろう。

風格といい演奏技術といい他のガールズバンド、いや同年代のバンド全体で見ても、確実に一線を画す存在だ。

 

「ほらイオリ、口説くのもいい加減にしないと嫌われるぞ」

「ごめんごめん。いつもの部屋、空いてる?」

「はい。いつでも使えますよ」

「ありがとう」

 

 それだけ言って彼女達はスタジオの中へと消えていく。そんな時不意に見えたベースの子──ミオさんの表情が少しだけ気になった。

 

「血相は問題ないし、精神的な問題かな。なにかあった時のための準備くらいはしておこう」

 

 そんな疑問を疑うよりも早く、厨房で自腹を切って簡単な菓子を作り始めた。こったことはできないが、こういうのはやるかやらないか、という問題だと思っている。

 

「っと。こんなもんかな」

 

 そして出来上がったのはクッキー。突き詰めれば10~15分程度で出来る。バンド相手に喉が乾くものを用意するのも酷だが、その辺りは併設されているドリンクバーでなんとかしてもらおう。

 

 しばらくすれば休憩の為に彼女達がスタジオから姿を現した。イオリさんを除いた他の面々は大なり小なり疲れを見せている。その中でもやはりというべきか、ミオさんの疲れが顕著だった。

 

「あの、ミオさん。良かったらこれ、どうぞ」

「えっ、私……?」

「疲れているときは甘いものが効きますから」

 

 小さなバスケットに詰められたクッキーを差し出す。彼女は戸惑いながらも、善意を無下にできないらしく1枚手に取った。

 

「あ、ありがとう、ございます」

「あ、ミオばっかりずるい、私も食べるー」

「はいはい、皆さんの分もありますから大丈夫ですよ」

 

 彼女が受け取ったのを見て他の2人にもたかられる。その辺りは予想済みのため数だけは豊富にしておいた。

 

「ほんと、この辺りは変わってないね。むしろ丸くなったんじゃないかな」

「なにが言いたいんですか」

 

 クッキーを置いてカウンターに戻れば、ペットボトルを下げたイオリさんが近づいてくる。その表情には常に笑みがあった。

 

「思ったことを言っただけだよ。まあでも──私達以外に勘づかれたとなると、限界かもしれないね」

 

 どこか遠い目でメンバーを見つめるイオリさん。その視線の先には未だ落ち込むミオさんの姿があった。

 

「少し話せる?」

「まあ、いいですけど」

 

 勧誘の甘い笑みではなく、どこか冷たい視線で訴えられた僕は母さんに店番を任せる。防音の聞いたスタジオに二人きりで入り、マイクが入ってないことを確認した。

 

「それで、話って何ですか」

「君の知り合いにベースがうまい子、いないかな」

 

 それはあまりにも単刀直入だった。メジャーデビューを控えたバンドのリーダーが、自分のメンバーではなく外へと目を向けている。それはつまり、メンバーの入れ替えを意味していた。

 

「……本気で言ってるんですか」

「本気じゃなきゃ、君にこんな話しないよ」

 

 真剣な目が僕を捉えて離さない。彼女のことはよく知っているし、これが嘘ではないことも。

 

「今の私達に必要なのは、本気でプロを目指す子なんだ。残念だけど、今のミオにはその気がない」

「だからって、僕は音楽を辞めた身ですよ」

「でも、裏方の仕事は続けてる」

「母さんか……余計なことを」

 

 以前母さんとイオリさんが世間話をしていたのを思い出す。そこで僕の現状を聞き出したんだろう。

 

「どうかな。私のお願い、聞いてくれる?」

「お願い……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな僕に対しての願い事は、よく効いた。

 僕の知り合いで、イオリさんと張り合えるような人は。

 

『私もバンドをやるなら本気でやりたい』

 

「……いますよ。一人だけ」

「流石、話がわかる。なんていう子かな」

「日野森志歩さん。僕の手伝ってるライブハウスで助っ人をやってる人です」

 

 ダメだとわかっていても、言葉を連ねる。

 

「でも、今は幼馴染みとバンドを組んでて……」

「なるほどね。なら、実際に行って聞いてみるよ」

 

 望んだ答えを得られた彼女は踵を返す。そんな背中に向かって最後に残った理性が釘を刺した。

 

「……あんまり、追いかけないでくださいよ」

「それは分からないかな。私が惚れるかどうか、それだけだよ」

 

 振り返った彼女は、いつも通りの甘い笑みを浮かべていた。

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