夕日差す街並みで語られたのは、話に聞いていた合唱祭についてだった。
クラスのまとめ役として指名を受けた彼女は、クラスの自由曲を決める事になる。しかしそこで意見が真っ二つに割れてしまい、まとめ役としての判断を問われる形になった。
そこでは答えが出せず、色々と相談して回った結果一人の頼れる先輩に出会ったそうで。
「それで相談したら『どんな形の優しさをあげたい?』って教えてくれて」
「素敵な質問ですね」
優しさには色んな形があって、自分の求める優しさを今一度考える事になったそうだ。
「衛藤さんなら、どうしますか?」
「うーん……僕なら自分の一票を責任持って入れるかな」
「そう、ですよね」
しかしそれが出来るのは僕であって彼女じゃない。穂波さんは本当に心からみんな納得する解決法を探している。その優しさが本物であることは、初詣の時に教えてもらった。
彼女が欲しいのは、こんな言葉じゃない。
「このアップルパイみたいに、全部買う! 全部美味しい! って訳にもいかないですしね」
「あ、アップルパイ?」
「例え話みたいなものですよ」
色んな種類があるなら全部試してから好きを選べばいい、なんて出来るのは時間のかからないことだけ。合唱なら練習もあるし本番だって一発勝負。一度決めてしまえば試行錯誤する余裕は残ってない。
「まあ、僕はもうお腹いっぱいで食べ切れないんですけど……」
「あ、ごめんなさい……私がおすすめしたから」
「いえいえ。良かったら食べますか? 相当お好きなようですし」
「えっと……はい」
顔を赤く染めながら残ったアップルパイを頬張る彼女。何故かさっきより食べるペースは遅いものの、しっかりと完食してくれた。
「あの、もしよければ飲み物も如何ですか?」
「え、あ、はい」
さっきのお礼と言わんばかりにカバンから水筒を出して、お茶を入れてくれる。こんな徹底したサポートが彼女らしさを表していた。乾いた喉を温かいお茶が潤してくれる。
「穂波さんはやっぱり優しいですね。特に、こういうところとか」
「こういうところって?」
「至れり尽くせり、っていうんですかね。ちょっと違うかもしれませんが」
「あっ……」
初詣の時も、今回も同じ。もっと言うなら咲希さんが体調を崩した時だって、彼女は率先して動いてくれた。それが穂波さんの優しさなんだろう。
「そっか、そういう形なんだね……」
「見つかりましたか?」
「はい。衛藤さんのお蔭で、前に進めそうです」
「僕は何にもしてませんよ。お礼なら、その先輩に」
安直な答えを投げる僕よりも、答えを導けるだけの過程を示した先輩の方がずっとすごい。
これは穂波さんが自分で見つけるべき答えだったのだろうけど、言ってしまったものは仕方なかった。
「あの、急用を思い出したので帰りますね。ありがとうございました」
「頑張ってください。応援してますよ」
立ち上がり勢いよく駆けていく背中にエールを送る。これでもう迷うことはないだろう。
そんな彼女を見送りながら、頑張る彼女達のために何かしてあげたくなった。
「そうだ。せっかくだし……」
そうして、来る日に備えて僕は買い物へと足を運んだ。
◇
それから数週間後、合唱祭を終えてLeo/needの4人がスタジオを訪れていた。
「それでね、アタシ達が銅賞でほなちゃんのクラスが金賞だったんだよ!」
「ダブル受賞に金賞ですか。おめでとうございます」
「ありがとうございます。でも、衛藤さんの相談のおかげでもあるんですよ」
そう付け加える穂波さんに、なるほどと相槌を打ったのは一歌さんだった。
「私も前に相談に乗ってもらったな。その時は確か、焼きそばパン、だっけ」
「一歌ちゃんも? わたしはアップルパイだったよ」
「そうなるとー、この前のしほちゃんはラーメン?」
「なんで食べ物の話になるの。それに衛藤さんも変な話しないでください」
「たとえ話ですから!」
確かに相談されると相手にわかりやすいように説明することも求められる。
その結果二人の場合は好きなもので例える形になった。穂波さんの場合は不可抗力みたいなものだけど。
「とにかく、合唱祭お疲れ様でした。ちょっとしたご褒美を用意してますよ」
「ご褒美!? なになに?」
「持ってくるので、待合室で待っててくださいね」
カラオケの厨房に戻り、あらかじめ準備しておいたものをオーブンから取り出す。香ばしいパイ生地の匂いが辺り一面に広がった。
「あ、この匂い……」
そして待合室に戻れば、真っ先に穂波さんが反応する。好きなものだけあって敏感みたい。
「お待たせしました。特製のアップルパイになります」
「「わあ〜〜!」」
「まあ、なんとなく予想できてたけど」
「すごい……これ、七緒君が作ったの?」
「はい。初詣の時のお礼と、合唱祭お疲れ様でしたと言うことで」
咲希さんと穂波さんは目を輝かせ、一歌さんは思わず息を呑む。志歩さんはいつも通りクールだった。
冷めないうちに切り分けて、それぞれ一口。
「これ、とってもおいしいです!」
「ホント、なーくんお菓子作るの上手だね!」
「うん、穂波のとは味付け違うけど、結構いけるね」
「まあ、悪くないかな」
「良かった、何回も試作した甲斐がありました」
感無量の言葉をもらい、一安心。これなら新メニューなんかに加えても良さそうだ。まあ、コスパは悪いから父さんと要相談だけど。
「あの、衛藤さん」
「あ、もしかして改善点がありましたか?」
「いえ、そうじゃなくて……わたしも、名前で呼んでいいですか?」
突然の申し出に言葉を失う。いや、呼んでくれることは構わないけど、どういう思い変わりがあったのか。
「えっと、構いませんよ。でもどうして」
「ここまでしてもらったのに、他人行儀だと失礼かな、って思ったので」
「大したことはしてません。頑張ったのはほな……望月さんですから」
思わず心の中での呼称が出そうになるけど、なんとか食い止める。しかし隠せていないようで穂波さんは笑っていた。
「ふふっ、七緒君も名前で呼んでいいんだよ?」
「というか、たまに名前で呼んでるよね」
「そうだね。特に相談に乗ってくれてる時とか」
「あうう……」
知らないうちに心の声が漏れていたらしい。一歌さんの時もそうだったし、これからは気をつけないと。
「なら、僕もこれから名前で呼ばせてもらいますね」
「はい!」
こういうことがあると、演奏だけじゃなくて悩みでも彼女達に寄り添えてると実感する。これからもみんなの願いを叶える力添えが出来たら嬉しい。
「(咲希とも穂波とも打ち解けて、七緒君はすごいな……でも)」
「どうかしましたか、一歌さん」
「ううん、なんでもないよ」
どこか複雑そうな顔をしていた一歌さんだったけど、すぐにアップルパイを頬張って笑顔を浮かべる。それを杞憂と割り切り、今の時間を楽しむのであった。
IFルート
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咲希
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穂波
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志歩