一悶着あったスタジオで僕と志歩さんの二人きり。そこで僕は自分の隠してた過去を明かすことにした。
「僕は確かに『SuicidE RaiD』のメンバーを率いてました。みんなと同じ、4人の小さなバンドでしたけど」
構成も変わらない。僕がボーカル兼ギターで、キーボードの女の子1人、ドラム・ベースの男子が2人。年若いながら、全員がプロになることしか眼中にないのが何よりの特徴だった。
「だからバンド名も
「そうだったんですね」
「はい。色々困難にぶつかる事も多かったですが、その分鍛えることができました」
プロになるためならなんでもやった。練習で無茶したこともあったし、ライブもこっそり見に行った。お情けで出させて貰った事もあった。
そうして腕を上げていき、このまま行けばプロになれると誰も疑わなかった。しかし、異変が起こる。
「いつもの練習で、キーボードの子の様子がおかしかったんです」
紅一点のキーボーディスト。その子が小さなミスをした。それこそ、聞き間違いとも思える些細なミス。他2人は気付いてなかったけど、僕にはわかった。
でも彼女は普段から明るくムードメーカーであった為、僕も聞き間違いだと思って流してしまった。それが、全ての始まりだった。
「彼女のミスはその時だけに留まらず、むしろひどくなる一方でした」
最初は誤魔化せていた違和感も次第にひどくなっていき、最初は気付いても流していた他の2人からは罵倒を受けるようになっていた。
深まる溝に、ムードメーカーだった彼女の笑顔は消えていく。
「でも、そんな時にワンマンライブの話が来たんです」
ある意味スカウトにも近い話で、僕達は二つ返事で受けた。深まっていた溝も、ワンマンライブの話題によってなんとか持ち堪えていた。
「それでも、彼女のミスは減らなかった。だから聞いてみることにしました」
二人きりで相談出来る場所と時間を作って、彼女の言葉に耳を傾けた。練習がキツイなら言ってくれればいい、協力するからと。
そして同時に今のうちに解決出来るなら元の関係に戻れると。みんなでプロになれると思っていた。しかし知らされたのは、予想もしない現実。
「その子は、病気だったんです」
「病気……」
社交不安障害、というらしい。彼女も最初は違和感程度だったらしいが、明らかにおかしいと感じて医者に診てもらい、発覚したそうだ。
その事実を僕は2人に伝えようとして、止められた。ワンマンライブが終わるまでは待ってほしいと。終わったら自分から全て話すのだと。
「それで、衛藤さんはどうしたんですか」
「彼女を信じました。でも、結局ダメだった」
ワンマンライブという舞台は彼女にとって病を進行させる毒でしかなかった。他の2人は何も知らず、舞台を降りるという選択肢はない。
ここで真実を告げれば、全ての責任が彼女に向かう。そんなことはあってはならない。
これは、こんなことになるまで放置し続けた僕の問題だ。
「だから、諦めることにしたんです」
そう決めた時の2人の反感はすごい物だった。
『どうしてここでやめるんだよ!』
『そうだぞ、ここで成功すれば俺達は──!』
昔の仲間達の声が聞こえる。問い詰める2人は怒り顔だ。その後ろで、不安そうに僕を見つめる1人がいる。そんなみんなに対して僕は、ただ首を横に振るだけ。
そんな言い合いが続いて、ただただ時間が過ぎていく。やがて諦めがついたのか仲間達はこういった。
『わかったよ。じゃあここで終わりだな』
『お前がそんなやつだったなんて、思ってもみなかったよ』
2人が呆れて帰っていく。取り残されたのは僕ともう1人だけ。
『ごめん、ごめんな……』
その1人もただその場に崩れ落ち泣いていた。気にしないで、と声を掛けられたらよかったかもしれない。でも僕は、なにも言えずただその場に立ち尽くすだけ。
「そのままバンドは空中分解、キーボードの子は無理が祟って入院しました」
「他の2人は?」
「音信不通です。まあ、仕方ないですけどね」
「………」
バンドを組む以上いつか訪れる解散の危機。理由は人それぞれだけど、問題の先延ばしで瓦解した現実は彼女にとって辛いものだろう。
刺激が強かったのか、しばらく考えてから口を開いた。
「こんなこと、私にだけ話してよかったんですか。普通なら一歌に」
「志歩さんだからですよ」
好きな人にこそ人生相談すべきだ、と言いたげな彼女に割り込み話を続ける。これは志歩さんに聞いてもらわないと意味がない。
「今、STANDOUTからスカウトされてますよね」
「っ! どうしてそれを」
「リーダーのイオリさん、僕の知り合いなんです。そして何より」
告白するタイミングは、ここしかない。
「僕が、志歩さんを紹介したんです」
「っ!」
反応を見るにイオリさんは伏せていたようだ。それでもいつかバレる日はくる。それならいっそ、今言ってしまう方がよかった。
納得できないのも当然。今まで寄り添ってきた人が急に裏切るようなことをしたのだから。
志歩さんも何度か相談したこともあったし、冗談を言ってくれるくらいには信頼してくれていた。それを仇で返す形になっている。
「ごめんなさい」
遅過ぎた謝罪の言葉。許してくれなくてもいい。ここで縁が途切れてもいい。これも僕の罪なのだから。
「……帰ります。今まで、ありがとうございました」
志歩さんは楽器をまとめて足速に出ていく。僕は引き止めることも見送ることもしなかった。
これで彼女との、いや、彼女達との関係も終わりだ。一歌さん達と知り合う前の関係に戻るだけ。
「うう、ああ……」
それなのに、どうしてか涙が止まらなかった。
◆
<志歩>
スタジオを出て走る。少しでも早くあの場所から離れたかった。あんな風に考えてる人に音楽を教わっていたこと自体、いい気がしない。
考えるのはこれからのこと。みんなにどう説明すればわかってもらえるだろうか。
一歌も、咲希も、穂波も、彼のことは信頼している。だったら、いっそこの事を話してしまえば。
「でも……」
それは私がスカウトされてる事を明かすことにもなる。そして同時に迷っていることも。
移籍の話は一度断ったけど、こっちの心を見透かしてるみたいに彼女は何回も現れる。衛藤さんの話が出てこない辺り、もう自分の意志で引き入れようとしてるんだ。
多分、衛藤さんの紹介がなくてもいつかは見つけられ、声をかけられていたかもしれない。
「はぁ、はぁ……」
息が上がり速度が落ちる。スクランブル交差点までやってきて、徐々にペースを落とした。長い赤信号を待つ間、ふと思い出してカバンの中のチケットを見た。
彼女が私に聞いてもらう為に歌うと言った、ライブのチケット。本当に断るなら捨ててしまえばいい。見に行かなければいい。
なのに、私はそれができない。
『それならきっと、一番大事な事を選ぶ前に立ち止まれますよ』
「(プロになる為には、いつまでも立ち止まってちゃいられない)」
『いつだって選ぶっていう責任を背負わなきゃいけないんですから、その時くらい自分に嘘は吐きたくないじゃないですか』
「(みんなと演奏したい。でもプロになりたい。だったら私は、どっちを選べばいいの?)」
前に聞いた衛藤さんの言葉は、結局自身の過去でしかない。それなのにどうしてか頭から離してくれなかった。
IFルート
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咲希
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穂波
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志歩