そんな何気ない日々が続いていた。しかしなにもなかったと言えば嘘になる。
「はあ」
昼休み、買ってきた弁当に箸をつけては戻し、ため息。
考えるのは、スクランブル交差点で見かけた黒髪の少女のこと。あの服装からして宮女の制服だろうけど、情報としてはそれだけ。だからといって宮女に突撃しその少女を探す……なんてことは出来なかった。恋は盲目というけれど、法を犯すまで目の前が見えていない訳じゃない。
しかし、それだけではこの広い街の中で探すには不十分過ぎる。神高生徒である時点で、宮益坂に入り浸っていてはそれこそ不振な目で見られる可能性も高い。
「はあ……」
考えてため息。それを何度も繰り返していれば、クラスメイトからも不振がられる。だがしかし、たった1人だけそれを純粋に心配してくれる存在がいた。
「衛藤、大丈夫か。なんだか調子が悪いみたいだが」
「あ、うん大丈夫。精神的負担っていうか一人押し問答っていうかそんな感じだから」
「……そうか。無理はしないようにな」
そういって再び自分の席へと戻っていったクラスメイト、青柳冬弥。基本無口で髪も紺と脱色した水色のハーフではあるものの、かなり面倒見がよく先生からの信頼も厚い。果てには図書委員の司書と言っても過言ではないほどの知識量と親切さ。彼氏にしたいランキング、なんてものがあれば堂々の1位に輝くだろう。
問題があるとすれば、その気遣いの分け隔てが無さすぎて詐欺師に騙されるのでは? と囁かれるほどである。
現に僕のことを心配しているのか、席に戻っても遠目に観察していた。
「衛藤くーん、ちょっと」
そんな中、次の授業の先生が顔を出す。名指しのためなにかしでかした、と思われるかもしれないがそうじゃない。
「ごめんなさい、実は課題返却のノートが多くって。
よければ運ぶの手伝ってくれないかしら」
「ああはい、大丈夫ですよ。なんなら僕ひとりでやりますんで、先生は授業準備しててください」
「よかった、さすが衛藤くんね。じゃあ後は任せたわ」
昼休みもまだ中頃ではあるが、別に食欲もわかないのでいいだろう。
次の授業は美術。職員室にあるのは大量のスケッチブック。それを別館の美術室まで運び入れる。男の身であってもそのサイズから数回往復は強いられた。
「お、七緒! 今日も頑張ってんな!」
「まあね、次の授業、遅れないようにねー」
「わかってる。そっちこそ運ぶのに夢中で遅れるなよー」
通りがかった中庭ではクラスメイトが昼食をとりながらこちらに声をかけていた。彼らが言った通り、こういった作業は今日だけではない。
ある時は緑化委員の花壇の手入れを、またある時は図書委員の本の搬入を、またある時は掃除用具の調達を、またある時は体育倉庫の整理を。
いつも誰かのお願いの元、『必ず誰かがやらなければいけない作業』を率先して行っていた。それになにより、
そんなことを続けていれば、いつのまにか別の意味で先生や生徒達から信頼を得ていた。内申点も多く貰えているためか成績も平均値辺りをキープすることができている。
「さーってと、もうひと踏ん張り!」
それがこの僕、衛藤七緒という人間だった。
・
・
そんなこんなで放課後を迎えるも、ここに来て昼休みのつけが回ってきた。残っていた弁当を食べきっても、なお満たされない空腹が容赦なく僕を襲っている。むしろ中途半端な食事のせいか余計にお腹が減ったとも。仮にも高校1年生。まだまだ代謝は活発で必要以上にお腹は減っていた。
「街で買い食い、しようかな」
せっかくなのでセンター街まで足を運んでみよう。あそこならファーストフードからなにまで揃っているはずだ。足早にセンター街へと向かい、ファーストフード店に立ち寄ってバーガーとコーラを購入。
適当なベンチに座って頬張る。いかにも体に悪そうな濃いケチャップソースの味を、挟み込まれたピクルスが強引に調和していた。
子供の頃はこういうのでもごちそうだったのが信じられない。しかも企業戦略としてはこれを『思い出の味』とすることで成長してからもリピーターにする、なんて噂話を聞いたことがある。
そんな雑学を思い出しながらバーガーをペロリと平らげ、コーラで喉の乾きを癒していると、不意に元気な声が聞こえてきた。
「ということで、ソフトテニス部に入部が決まった咲希ちゃんと、タピオカでかんぱーい!」
金髪ツインテールの少女がタピオカ片手にはしゃいでいる。もうブームは過ぎ去ったというが、ああして根強いファンがいるのだと再認識。制服からして宮女の生徒のようだ。最近、宮女の生徒をよく見かける気がする。といってもあの時の少女が気になって仕方がないから、だろうけど──
そんなはしゃぐ少女のとなりには、友達と思われる1人の少女が。その人はまさしく、あの時見た黒髪の少女であった。
「っ!! ゴホッ! ゴホッ!!」
思わず呼吸が止まり、飲みかけていたジュースが気管に流れ込む。むせかえるのは当然のことであり、しかも炭酸飲料の刺激と大量に含まれる砂糖による粘性によって症状は悪化していた。
そんな光景にぎょっとして通りがかった人達はみな、足早にその場から去っていく。それもいつものことだ。できるだけ関わらないように問題を棚上げする。それより優先することがあると言い訳をして、現実逃避を図る。
そんなことが当たり前の世界だった。当たり前の、はずだった。
「あの、大丈夫、ですか?」
「ゴホッ……えっ?」
顔をあげれば心配そうにこちらを覗き込む黒髪の少女がいた。そのすぐ傍には金髪の少女もいる。
咳とはまた別に、嬉しさと申し訳なさが込み上げてくる。そんなよくわからない感情で頭がいっぱいになったとき。
「す、すみません!!」
僕は、全力でその場から逃げ出した。家に帰ればベッドに飛び込む。ぐるぐると感情がせめぎあい、やがて逃げ出したことへの後悔でいっぱいになった。逃げなければお話できたかもしれない。名前を聞けたかもしれない。
僕はそんなありもしない妄想を膨らまし、悶絶を続けるだけだった。
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