君と一緒に歌いたい   作:kasyopa

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少年は未来を示したい

 

 スタジオに戻った頃には、すっかり日は落ちてライブも終わってしまった。これではお手伝いの意味がないし、オーナーさんに大目玉を食らう事になるだろう。

 

 しかしスタジオの前ではLeo/needの4人とイオリさんが何か話しているところだった。

 

「私達なら、あなたと一緒に夢を追える。あなたと同じ道を目指せる。だから──」

「い、イオリちゃん……!」

 

 それは紛れもなく志歩さんに対する口説き文句であり、首を突っ込む場面ではない。しかしミオさんはあえて話を遮った。

 

「ミオ。それに……ナナオ君が連れ戻してくれたのかな」

「悪趣味が過ぎますよ、イオリさん」

「……わかった。でもこれだけは言わせて」

 

 彼女は話を繰り上げ、来週末にあるライブのことを教えてくれた。しかもそこで正式なメジャーデビューの発表をするそうだ。それ即ち、勧誘している志歩さんへの最終勧告。

 その後彼女はミオさんの謝罪を最後まで聞くことなく、その場から立ち去る。ミオさんも追いかけるようにその場から消えていった。

 

 残された4人と1人の間に気まずい沈黙がこの場を支配する。望まぬ形にはなったが、これで志歩さんが勧誘を受けている事を全員が知ることになった。

 

「で、でも志歩ちゃんが断ればいいだけだよね? そうだよね、しほちゃん」

「それは……わからない」

 

 志歩さんはずっと「誰かの心に響く演奏がしたい」と言い続けてきた。だからこそ自分にさえストイックに突き詰めてここまで進んできた。その夢を、大事な幼馴染み相手とはいえ諦めきれない。

 

「私は、プロを目指したい。でも、みんなは目指せる?」

 

 プロとアマチュアの違いは大きい。いつだって投げ出せる趣味とは訳が違う。志歩さんは元よりそれに向けて走ってきた。

 しかし他の3人は今まで考える時間すらなかったと思う。

 

「それでも、しほちゃんと一緒にやりたいよ!」

「その気持ちは嬉しい。けど、その気持ち()()じゃ続かない。プロになるっていう、覚悟がないと」

「覚悟……」

「みんなには、その覚悟があるの?」

 

 プロになればこれまでのように遊びに行ったりすることが出来なくなる。学園生活よりも優先しなければならない時も来る。その辛さを淡々と述べる志歩さん。

 言っている本人が一番辛い問題だと分かっていながら、出すことをやめられない。いずれ来るであろう漠然とした不安は、ここで確かなものになってしまった。

 

「「「………」」」

 

 覚悟はある、とおいそれ口に出来ないまま口を閉じてしまう。その素直な沈黙こそが無の証明になった。

 

「……困らせちゃってごめん」

 

 まるで遠くの存在になってしまうように、そのまま志歩さんは街灯の向こうに消えてしまう。取り残された3人は、悔しそうに涙を浮かべていた。

 

 

 志歩さんが覚悟を問いかけてから暫く時が経った。あれからもLeo/needのみんなはこの店を訪れてない。

 それもそのはず、僕の関与するところはもうどこにもない。火の粉を撒き散らしたクセして今日ものうのうと店番を務めていた。

 

「今日も、暇だな」

 

 今までの日々は何だったのかと言わんばかりの静寂と、春の心地良さが合わさって眠くなってくる。

 最近こそ落ち着いたものの、何かと激動の日々が続いて疲労が溜まっていた。

 

「……くん」

 

 うつらうつらと舟を漕ぎながら受付票に目を落としている。誰かが呼んでいる気がするけど気のせいだろう。

 

「……君?」

 

 視界の隅で見慣れた制服が動いていた。お客さん……かな?

 

「七……君」

 

 綺麗な黒い髪が揺れ、見慣れた一歌さんの顔がそこにあった。後ろには咲希さんも穂波さんもいる。ああ、これは夢だ。3人がこの店を訪れるわけがない。

 突っ伏そうとした時、細い指が僕の顔に触れた。指先の皮膚は厚くなり、少し硬いけど優しい手。ギター奏者特有のその感触は、まさしく一歌さんのものだった。

 

「七緒君!」

「ひゃい!」

 

 触覚と聴覚を同時に刺激され跳ね上がる。目の前の夢は未だに覚めず、次第に現実だと脳が訴えかけていた。3人とも僕の声に驚き、そして笑っていた。

 

「だ、大丈夫? 七緒君」

「なーくんびっくりしすぎだよー!」

「ふふっ、ご、ごめんね」

「い、いえ。でもどうして皆さんがここに?」

 

 無理やり眠気を覚ましつつ、ひとまずスタジオへ案内する。いつもは練習に取り掛かるが、3人はそれどころではなかった。

 

「七緒君。プロになる覚悟をするって、どういうものなのかな」

「覚悟、ですか」

 

 難しい質問だった。言葉で説明出来るものでもない。僕もかつてはプロを目指していたけど、具体的な方法はわからなかった。ただそれでも、信じて疑わなかったことは事実。

 その為ならどんなことでもすると誓った。でも、それは最初から定めていた時の話。今の彼女達にとってこの答えは重すぎる。

 

「ミ……知り合いの人は『音楽とこの先もずっと向き合おうと思えるか』って言ってたんだ」

「それは、流石の答えですね」

「ただ、七緒君の話も聞いてみたくて。こう言うのは、人に聞くものじゃないってわかってるんだけど……」

 

 穂波さんの件でも聞いてはいたが、彼女達に音楽を教えている人は僕よりもずっと先輩のようだ。それも、かなりの経験を踏んでいるとみる。

 その上で僕に助言を求めてくれるのは嬉しいと思う。本来ならそんな資格なんてないはずなのに。

 

「そうですね。覚悟を言葉で表現のは難しいです」

「七緒君でも、そうなんだ」

「だって僕、みなさんと同い年なんですよ? 人生経験も、そんなに変わりません」

「そっか……すっかり忘れてたな」

 

 相談役というのも難しいものだ。僕は他の人より演奏が上手いだけの高校一年生にすぎない。むしろ『音楽と向き合う』ことを教えてくれた人にもっと追求すべきだと思う。

 だけど、願われた分は叶えないといけない。それが僕の在り方だった。

 

「今は覚悟なんて大層な言葉、使わなくていいんですよ」

「えっ?」

「前に言いましたよね。自分のやりたいことを選べば、後から後悔はしないって」

 

 焼きそばパンに例えたあの日の言葉を繰り返す。後から後悔しないということが、どういうことなのか。

 

「どうすれば、プロという険しい道を歩いていけるか」

 

 咲希さんに言った言葉を繰り返す。歩く道のりは長くても、一緒に楽しめる誰かがいる。

 

「辛い時でもこの人となら大丈夫って思える誰かが、いるはずです」

 

 穂波さんに言った言葉を繰り返す。寄り添う相手を選ぶ権利は、誰にだってある。

 

「Leo/need。みなさんにとっての未来に、誰が必要ですか?」

「「「それは──」」」

 

 その答えは、いつも頭上に輝いていた。

IFルート

  • 咲希
  • 穂波
  • 志歩
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