「七緒君、そっち頼むよー」
「はい、すぐに!」
シブヤ公園の屋外ステージで音響機材のチェックを行う。あのスタジオで何度も助っ人として呼ばれていたからか、今回も手伝いをしていた。
音響機材のチェックといえど、屋内と屋外では響きが違う。実際にイオリさん達に聞いてもらったりもしながら調整を行っていた。
しかし、ミオさんの姿はどこにもない。このライブでSTANDOUTは正式にメジャーデビューを発表し、プロの世界へ旅立っていくというのにだ。
「やあ、いつもありがとう」
「イオリさん」
作業がひと段落したからか、いつものように声をかけてくるイオリさん。志歩さんも来ているけど、真っ先に声をかけたのは僕の方だった。
「志歩さんならあちらですよ」
「いや、君に話があって来たんだ。ミオのことでね」
いつも余裕を見せる彼女だけれど、今日は瞳が揺れている。その目は以前ミオさんの件で相談された時と同じ目だった。
「あの時連れ戻してくれたんだってね。ありがとう」
「いえ、当然のことをしたまでです」
ミュージシャンが自分のライブを投げ出すなんてことは、あってはならない。他人に言えた義理じゃないけど、だからこそ追いかけたというのもある。
「それで、ミオさんは?」
「まだ来てないよ。いや、もう来ないかもね」
ひどく寂しそうな顔で語る彼女は、まるでここまで来たから止まれない列車のよう。いつもらしくない彼女に、僕は発破をかけてみた。
「ミオさんが本気でプロになる気が無いにしろ、イオリさんはどうなんですか」
「私は……あの子が覚悟を決めてくれれば、って思うよ」
「なら……」
「でも、私達はもう待てない。ここまで来たからね」
揺れる覚悟に、僕は以前の景色と同じものを見る。仲間の不調とプロへの切符。僕ほど深刻ではないにしろ、状況は同じようなものだった。
そんな彼女に、僕は自然と口を開いていた。
「そうやって無理に進んでいたら、いつか僕達みたいにガタが来ますよ」
「……わかってる。だから何があったのか聞かせて欲しかったんだけど、時間切れみたいだね」
時計に目をやり、遠くで見つめている志歩さんへと歩いていく彼女。相変わらず背中は小さいままで、引き止めることはできない。
イオリさんがこちらに顔を出していたのは、そういう理由だったらしい。
僕に何があったのか聞きたがっていたのも、代わりのベーシストを頼んだもの、志歩さんとの状況を教えてくれたのも。過去にしくじった苦味を知る僕に止めて欲しかったからだ。
そんな彼女の期待を裏切って、僕はひたすら望まぬ方へと導いてしまった。これ以上、僕の言葉は届かない。
でも、何かあるはずだ。僕以外に止めてくれる誰か。志歩さんは……まだ自分の答えに迷っている。止めるにはあまりに心もとない。他に、この状況を知る誰かが居てくれたら。
「すみません、通してください!」
「しかし、ここは関係者以外立ち入り禁止で……」
僕の後ろの方でここには居ないはずの声がする。振り返れば、一歌さん達がスタッフの人達に止められていた。スタッフの人も熱心なファンだと思って対応に困っている。
そうだ、彼女達ならこの状況を打開できるかもしれない。僕は思わず彼女達の元へと駆け寄った。
「あ、なーくん!」
「七緒君、お願い! 志歩ちゃんと……」
「志歩と、話がしたいの!」
彼女達の願いは誰よりも真剣で、真っ直ぐなものだった。それを叶えない道理はない。
「すみません。この人達は応援の方々で、僕が呼んだんです」
「そ、そうだったんですね。ではどうぞ」
「ありがとうございます」
嘘も方便というし今回は大目に見てもらおう。そのまま入口を過ぎた彼女達に志歩さんの場所を教える。
「ありがとう七緒君」
「いえ、それより今は志歩さんのところに行ってあげてください」
ライブが始まるまであともう少ししかない。それでも話がしたいと駆け込んできた彼女達に、僕は不要だろう。見送る背中に、僕は健闘を祈った。
◇
それからしばらくして、スタッフさん達が騒ぎ始めていた。なんでもSTANDOUTの前座に全く無名のバンドが演奏することになったという。
その名前はLeo/need。イオリさんたっての希望であり、何よりミオさんが来ていないことによる時間稼ぎの意味もあった。
「しっかし、無名のバンドなんてどうすりゃいい」
「もう客は入ってるし、調整の時間なんてないぞ」
急遽とはいえ手を抜くことができない以上、頭を悩ませるのも無理はない。しかしそんな彼女達の音を知っている人は誰もいなかった。
「あの、Leo/needの方なら僕が立ち会ったことがあるのでお手伝いできると思います」
「そ、そうか。ならやってくれ!」
以前ライブスタジオで音出しをした時のことを思い出す。加えて僕のスタジオで何度も収録に立ち会ってきた。少なくとも彼女達の音をこの場で知るのは、僕しかいない。
他のスタッフの人達に協力してもらって、数字だけの調整を終える。ただこれが、僕に出来る精一杯。
「後は頼みますよ、皆さん」
壇上に上がる彼女達を袖から見守る。彼女達のライブは、彼女達の手にかかっていた。
「──♪ ──♪」
出だしはいいものとは言えなかった。一歌さんの声は小さいし、咲希さんの音も震えてるし、穂波さんのリズムも弱い。唯一志歩さんだけがいつもの調子だった。
これだけ大きいステージに、観客だって初めてではあり得ない人数。途端に会場は白け始め、3人もその空気に飲まれつつあった。
「やっぱり、ダメか……」
本来なら段階を踏んでこういうステージに立つものだけど、勢いだけではどうにもならない。このまま潰れていく彼女達を見たくなかった。
音色が遠ざかっていく中で、僕はただ俯く。しかし、まだ彼女達の音は止まっていなかった。
「──! ──!!」
それは、一歌さんが見せた一筋の光。静かな夜に駆け抜けていく流星のよう。
彼女の心からの叫びがバンドを照らした。呼応するように咲希さんが穂波さんが調子を取り戻し、輝きを増していく。
そして志歩さんにもその光は届いていた。
「さっきより良くなってきたな」
「ああ、前座って聞いてたけど、悪くない」
スタッフさん達の反応も良好。そのまま消えることなく輝く4人は一つの光になって、曲の終わりまで駆け抜けていく。
「本当に、一歌さんはすごいな。」
そんな輝きに、僕はただ目を細めていた。
IFルート
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咲希
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穂波
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志歩