君と一緒に歌いたい   作:kasyopa

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少年は事態に備えたい

 それからしばらく街を散策しても黒髪の少女に会えることはなかった。そんな休日のある日、開店時間の10時に合わせて3人のお客さんがやって来た。

 

「あの、予約しておいた日野森ですけど」

「ああはい、伺ってま、す……?」

 

 そのうちの1人は常連の少女だった。ある時急に予約の電話が入り、その際に名字を知った。

 

 いつも通り受付を済ませる為にカウンターで接客をしてると、その後ろで店内を見渡す2人の少女に目を奪われる。いつか街中で見たタピオカミルクティーを飲んでいた2人。

 といっても金髪の少女は黒髪の少女の傍にいた声の大きい子、程度にしか認識していないけど。

 

 黒髪の少女はギターケースを、金髪の少女はシンセのケースを背負っている。常連のお客さん、日野森さんはいつも1人の為、連れの人がいることも驚きだけど、その2人があの2人だと言うことも驚きだった。

 

「あの、手続き」

「あ、すみません! すぐしますね!」

「ねえいっちゃん、あの店員さんってこの間の」

「うん。私も思った。たぶんあの時の人だね」

 

 焦ってゴタゴタしながらも、なんとか受け付けを終えて返す。あまりにも気が動転していたためか、不審に思われたかもしれない。

 

「ありがとうございます。ほら2人共、行くよ」

「あ、うん」

「………」

 

 日野森さんは特に気にすることなく、2人の少女を連れてスタジオへと入っていった。ただ金髪の少女は少しばかり上の空。どこか顔が赤く、こころなしか息も上がっているようで。

 

「もしかして体調、悪いんですか?」

「え? あっ! なんでもないんです! 待ってよいっちゃん、しほちゃーん!」

 

 思わず声をかけていた。かけないわけにはいけなかった。先行く2人の名前を呼びながら、彼女は急ぎ足でスタジオに入っていく。心配するだけ、声をかけるだけ無駄だったかもしれない。それでも不安は拭い去れない。こんなことが『前』にもあったから。

 

「準備だけ、しておこうかな」

 

 そう言って僕は事務所の冷凍庫に冷却シートを突っ込んだ。

 

 

 

 やがて、3人によるセッションが聞こえてくる。かなり有名な初音ミクの曲だが、演奏するには少々難易度が高い。

 

 ベースの音はいつものように安定感があり、こちらを安心させてくれる。しかしギターとシンセ。この2つはまるで違う。まるでベースに置いていかれないように食らいつく演奏。必死さと共に危なっかしさが聞き取れる。これではいつミスしてもおかしくない。しかしそんな心配などどこ吹く風。曲はそのままラスサビの終盤へと差し掛かる。

 

 もう少しで終わりといったところで、誰かが倒れる音が響いた。

 

『……! 咲希!』

『咲希、大丈夫!? もしかして具合良くないの!?』

「っ、ああもうっ! 母さん、受付任せた!!」

 

 演奏は中断され、2人の少女の声が防音扉越しに聞こえてくる。

 

 返事も待たずにさっき冷やしておいた冷却シートと、椅子においてあるクッションを引ったくってスタジオへ。そこには案の定床に座り込む金髪の少女と、それを心配する2人の少女がいた。

 

「あ、店員さん……」

「すみません勝手にお邪魔して。これ、使ってください」

 

 冷却シートとクッションを差し出しつつ、駆け寄って少女の容態を見る。

 

「大丈夫ですか。どこかぶつけたりは」

「だ、大丈夫です。ただの風邪で……すみません、ご心配、お掛けしちゃって」

「意識は大丈夫。外傷も目だったところは無し。っとすみません、すぐ布団かなにか持ってきますね」

「え、布団?」

「それより店員さん、救急車を呼んでください」

 

 部屋を後にしようとした時、日野森さんが真剣な表情でそう告げた。救急車、という仰々しい単語だが、いつもクールな彼女がここまで真剣にお願いすることもない。それだけ今の状況が急を要するということだろう。

 

「わかりました。母さんに頼んで呼んでもらいます。僕は横になれるものを追加で」

「ま、待って! ほんとに、ただの風邪だから、心配しないで。それより、横になれるものがいいな」

 

 心配かけまいとしたのか、それとも本当に大丈夫なのか。その辺りはわからないものの、彼女の願いを叶えないわけにはいかない。僕は自分の部屋へと戻り、布団を担いでスタジオに入る。その様子を母さんが見られたが、後でなんとかする、といって誤魔化した。

 

 

 

「すみません、男物で」

「ううん、ありがとうございます。落ち着いてきました」

「よかった。では、僕はこれで」

「あっ」

 

 そう言ってスタジオを後にする。顔色もよくなっていたので、これ以上心配することはないだろう。

 

 受付に戻ると、ニヤニヤしている母さんの顔があった。

 

「七緒ったら結構やるねぇ、どさくさついでに女の子を男の布団に寝かせるなんて」

「あの状況を見ててよく言うよ。それより、受付変わってくれてありがとう」

 

 僕が安堵した表情を浮かべていたからか、冗談混じりに声をかけてくる。ある意味これでやっと平常運転、とも言える合図なのだからバカにできない。

 

「ま、そんなことはどうでもいいさ。それより、七緒もやっぱり昔と変わってないね」

「昔って、なんの話」

「ほら、あんたのバンド仲間が「うるさい」はいはい。私は車の準備でもしてくるかな」

 

 過去を掘り返されそうになって遮る。その後、3人は大事をとって母さんの車にのせられ店を後にした。

 その日の夜はすぐに布団を洗って、僕は店にあるソファで寝ることになったのは、また別の話。

 

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