そのまた別の日。僕は帰りにまたもファーストフード店に立ち寄った。そこで衝撃的なものを目にすることとなる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まり、あっ」
「……どうも」
そこにはチェーン店特有の統一された制服を身に纏い、レジで接客対応をしている一歌さんの姿があった。
出来ることなら会話をしたい。しかし今日は平日の夕方。シブヤの一等地に店を構えているここでは、学生や仕事上がりのサラリーマンでごった返していた。現に今でも後ろには他の客が今か今かと待ち構えている。
「とりあえず店内でハンバーガーとコーラのMで」
「はい、ハンバーガーお1つにコーラのMサイズですね。他にご注文はございませんか?」
徹底したマニュアルによる定型文だが、彼女の澄んだ声で読み上げられるだけでも得をするというもの。
いや、練習に付き合ってる際に何度も聞いているのだが、こうプライベートな一面ではまるで違って聞こえるのだから恐ろしい。
気を取り直してメニュー表に目を移しても特にこれと言ったものはない。期間限定メニューも定番メニューも大して興味を惹かれるものはない。
そんなことを考えていると、ふと右下の隅に小さく添えられた文字が目に入った。
『スマイル 0円』
普段ならどうでもいい文言だが、今目の前にいるのは星乃一歌その人である。自分が一目惚れした相手であり、いつもどこか憂いを携えた少女。
咲希さんや志歩さんに向けて笑みを浮かべることは練習中に何度も拝めていたが、僕自身に向けられたことは一度もない。尊敬の眼差しに似たものを感じたこともあるが、それとこれとは別である。
そんな彼女の笑顔を、合法的にかつ無償で提供してもらえる。しかも接客の際に自動発生するマニュアル染みた笑顔とは別。注文。そう、オーダーすることが出来る。他でもない自分だけの為に。
しかし好きな相手だからこそ迷惑をかけさせたくない。彼女のシフト時間はわからないが、こんなピークタイムに無理させてしまっていいものか。
このメニューと呼べないメニューも、店の雰囲気や売りをアピールするための装飾品に過ぎない。つまり店員から見ればこんなものを頼まれる時点で面倒だし、なんなら満場一致で存在を抹消したいくらいの代物だろう。
頼む客も店員からのフィルターを通して見れば、よほどの変人……つまり不審者に限りなく近い存在となる。一歌さんだからこそ、僕はそんな風に思われたくない。男としての威厳を守るためには代償も必要だ。
いわゆる限界勢特有の思考を頭を高速回転させ、結論が出た。後はその結論を導くために選択するだけ。
「あとスマイルで」
「はい、スマイルですね。……えっ?」
ダメだった。目の前にいる彼女の笑顔が見られるなら、どんな代償でも払うべきだと気づいてしまった。僕だって男だ。好きな人の笑顔は見たいし、出来る限り眺めていたい。それが第二次成長期を終えてもなお尽きぬ男の性というものだった。
「え、えっと……スマイル、ですか……」
一歌さんもめちゃくちゃ戸惑っている。彼女からすれば僕は貸しスタジオの店員でギターを教えてくれる存在。それ以上でも以下でもない。言うなれば生徒と教師のような間柄。本当に知り合い程度の関係だからこそ、相手のノリがわからずスルーしていいか迷っている。
それこそ日頃一緒にいるであろう、咲希さんや志歩さん相手ならこうはいかないだろう。
しかし僕はその時知らなかった。彼女が予想以上に追い詰められていることに。そのため、彼女が導き出せる答えは1つしかないことに。
「こ、こちらでよろしいでしょうか……?」
「っ!! はい、十分です。ごちそうさまでした」
ぎこちないながらも笑顔を浮かべる一歌さんに心臓を撃ち抜かれ、お金を支払い横にそれる。なんとか持ち直した彼女は次の客をさばいていた。
後ろに出来ていた列は自分が並んだ時よりも延びており、そこでようやく彼女が断らなかった理由を察する。
どうやら僕という客を早くさばくために行った致し方ない行為だったのだろう。
その後別の店員から注文した品を受け取り、出来る限り一歌さんが見える位置で食事をとりはじめた。嬉しさと申し訳なさの2つの感情があの時以上に複雑に絡み合い、味なんかわかるわけがなかった。
・
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バーガーを食べ終えコーラを飲み終えた後も、時おり注文を頼んでは席を保持し続け彼女の接客する様子を眺めていた。
スマイルを頼むよりも不審者なことをしている気もしなくもないが、そんな不安を感じるよりも先に彼女は奥へと消えていく。お疲れさまでした、と聞こえてきてたので上がりの時間だろう。
スマホで親からの連絡がないことを確認しながらも、ジュースで膨れた腹を落ち着かせていた。別に僕は付き合っているわけでも彼女を待っているわけでもない。
強いて言うなら一歌さんの働いている姿を見ていたかっただけだ。しかしここで出ていっては変な噂が立っても悪い。いや、立つ方がおかしいのだけれど。
そんなことを考えながら、一通り客をさばききった店内を眺めつつ溶けた氷で喉を潤していると。
「えっと、衛藤君。となりいいかな?」
「えっ? あっ」
私服姿の一歌さんに声をかけられる。どうやら従業員専用の出入口は店内にあったらしい。その手には紙コップの乗ったトレイがあった。気の利いた答えを返せず硬直しているとそれを同意と受け取ったのか、おもむろにとなりの席へと腰かけた。
その時不意に彼女の長い髪が揺れ、シャンプーの香りが鼻を撫でる。女物特有のフローラルな香りだったで理性が消し飛びそうになるが、飲み物に口をつけてなんとか誤魔化す。先ほどは失態を晒したが、2度の失敗はない。
「あの、よかった、よね?」
「あ、はい。もちろん」
僕が思考回路にばかり意識を向けていたせいで沈黙が生まれてしまい、結果として一歌さんを不安にさせてしまった。
「それで、どうしたんですか。僕になにか用事でも?」
「うん。バンドのこと、なんだけど」
俯いてカップの水面に写る自分を見つめる彼女。どうやらかなり参っているらしい。少し前のスタジオでも、音に集中できていなかった。ここまで顕著に表れていると流石に気になる。
「もし良かったら話くらいは聞きますよ。話した方が楽になれるっていいますし」
そんな彼女の憂いた表情から、今までの下心を振り払った。元気付けることは今の僕には叶わないだろう。でも、気を紛らわすことは出来る。話を聞くことは出来る。そう思い声をかける。
「ありがとう、じゃあちょっとだけ」
その一言を皮切りに彼女は語りだす。自分と幼馴染みとのすれ違いの物語を。
IFルート
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咲希
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志歩