乾杯! のFMに着想を得て書きました。
飲み会でネムノキちゃんが酔いつぶれちゃう短いお話しです
残業で祝勝会に参加しそこねた団長の部屋にネムノキちゃんがやってきます。
その無防備な可愛さに団長が思わずーー!?



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はこばれて眠り姫

夜更け――

 

書類仕事にめどが立ち、一つ大きく伸びをする。

固まっていた身体がコキコキと音を立てながらほぐれ、血の巡りは雪解け水を得て加速する清流のような心地よさで腕から指先へと抜けていく。

ああ、もうこんな時間だったか。

まもなく日付の変わりを示す時計を見て少し残念に思った。元々諦めてもいたが。

 

今日の害虫討伐は予定より手こずった。報告のあった害虫自体は問題なく討伐出来たが、他の害虫の存在が痕跡から明らかだった。その調査と発見及び駆除までも行ったため、どうしても報告書の内容が増える。

帰還後、討伐に参加した花騎士達は「祝勝会だ!」と宿舎の一室を確保。もちろん誘われたが、この理由により「行けたら行く」と伝えることが精いっぱいだった。

それでも参加に一縷(いちる)の望みをかけて集中してはいたが、見立て通りの結果だったようだ。

 

さて、明日に回してもいいが、このまま終わらせてしまってもいい。そう思っていた時だった。

「団長様、まだ起きていらっしゃいますか?」

控えめなノックと共に、クチナシの声がした。

宴会後にしては珍しく落ち着いた声だなと思いつつも、いつも通りに入室を促した。

「失礼します。さ、入って」

クチナシはヘザーを伴っており、そのヘザーはドアを開けてもらう形で、誰かをおぶって入ってきた。その姿を見て、少なからず驚いた。

「……ネムノキ、か?」

声をひそめたわけではなかったが、名前を呼ばれても反応はない。

ひとまずソファーを勧めると、ヘザーとクチナシは二人がかりで丁重に彼女を横たえた。

いくら丁重に扱っても、体を動かされたら少しぐらい気が付くはず。しかしネムノキはまったく目をさます気配がなかった。

苦しそうにはしていないが、顔は高熱を出しているかのように赤い。

「潰したのか? どうやって?」

「無理やり飲ませたみたいな前提で言わないでください」

ヘザーが小声で抗議した。

「だってなぁ、ちょっと信じられなくてな。あぁ、お前たちじゃなくて」

ネムノキはしっかりした性格だ。かつてはロータスレイクの女王を務めていただけはあり、芯の強さもだが、相対する人の腹黒さや頑固さ……そういったものにも臆することなく対処する強かさも備えている。

自分の身の処し方もわきまえており、人前で正体をなくすほど飲み、酔いつぶれるようなみっともない真似はしない。

無理な酒を勧められそうになったなら、のらりくらりとかわす処世術くらい心得ている。

……そのはずだった。

「ちょっと盛り上がりすぎちゃいまして」

「今日はクレソンさんがいたでしょう? 料理がそれはもう美味しくって!」

「それに良い果物も手に入ったんですよ」

美味しいものに上機嫌になるネムノキの姿が目に浮かんだ。しかし、それだけではまだ飲み過ぎに結びつかない。

質問を織り交ぜながら、二人から代わるがわる説明を受ける。

 

祝勝会は、プロの料理で皆が良い心地になったこともあり、討伐での互いの活躍をたたえ合う非常に良いムードだったようだ。そこでサラセニアやオジギソウの体質の話が出た。

報告になかった害虫の痕跡発見から、その調査と討伐には二人の能力には特に世話になった。

オジギソウは高い感知力で害虫の居場所の特定に。特定した後はサラセニアの吐息でおびき寄せ、一網打尽にした。この二人がいなければ、討伐までは至らずに後日討伐か、他の騎士団に引継ぎをしたことだろう。

互いの能力を褒め合う中で、ネムノキの水の力も注目された。水を生み出し、自在に操るその力を、ネムノキ自らは決してひけらかす事はしないが、請われて披露したようだ。

その時ふとホップが疑問を口にした。

 

「ねえムギ、この水をお酒には変えられる?」

 

それが魔性の言葉だった。

魔力で生み出された水を、別の魔力でお酒にできるのか?単純に興味が出る。

液体を酒に変える力がある花騎士ムギ。酒造の仕事もしているため、その能力が大っぴらになることは避けているが

「やってみるね~」

と、二つ返事だった。既にお酒が入っており、興味が勝ったのだ。

ネムノキの水をグラスに注いでもらい、手をかざすと、場がにわかに静まった。

グラスの水は見た目には変化が現れない。ややの間があって後、ムギはほんの少しを口に含んだ。口の中でしばらく転がしてテイスティング。やがてゴクリと喉が鳴った。

 

「じょうずにできました~!」

 

注目に応えるように、高らかに宣言した。

「どれどれ?」とサラセニア。

ムギの残りをぐっとあおり、ゴクゴクと喉を鳴らす。

「ぷっはー! これは正真正銘、死んでも飲みたいムギ・ブルワリーの一杯! サイッコー!!」

それはそれは、心底美味しそうに叫んだからもう止まらない。

酒好きたちがこぞって私も私もと、グラスを手に集まった。

ネムノキが水を生む。ムギが酒に変える。そして飲む。 美味しい!!何杯でもイケるわ!

水を生む、酒に変える、飲む。 本当ですね~

生む、変える、飲む。 美味しい。ほらほら、ネムノキさんも。

生む、変える、飲む。 わぁ……本当に美味しいです!

 

ネムノキが頬に手を当て、うっとりとしたように美味しいと言ったものだから、今度は普段お酒を飲まない人たちも、どんなものなのか気になって100%花騎士産のお酒を求めだす。

そこにヘザーとクチナシが果物やジュースを用いて、飲みやすいカクテルを作り出したからさらに止まらない。

特にネムノキは水を生み出したり、色んなカクテルを味見したりと大忙し。

みな美味しい料理と無尽蔵に湧き出る美酒に酔いしれ、酔いが回り

……次第に酔いつぶれていった。

気が付けばなかなかに死屍累々(ししるいるい)

動ける者から介抱と片付けをはじめ、潰れた者を少しずつ部屋に返して行った。

 

 

「という訳なんです」

美味しいものについついはしゃいでしまったネムノキの姿が目に浮かぶ。

お酒も進み、魔力も使い、疲れてしまったのだろう。

一人ではうまく寝付けないと言っていた彼女が、飲み会の中で眠ってしまったのは良い兆候のようにも思える。

「どうして部屋に帰さなかったんだ?」

「部屋に鍵がかかっていたので、やむを得ずです。団長なら、間違えませんよね?」

ヘザーの言葉の最後には少し圧を感じたが「まぁな」と、軽く受け流した。

これが他の花騎士だったなら、勝手にカギを拝借して部屋に戻しただろう。

が、流石にネムノキ相手では(はばか)られる。

ネムノキ自身が一介の花騎士として扱ってくれるよう願い、彼女がロータスレイクの信仰の象徴である【眠り姫】その人であるという、いとかしこき身分も大っぴらにはしていない。

だが、騎士団に身をおく以上、無配慮というわけにもいかない。長く籍を置き、信頼している副団長には、暗黙の了解で動けるようには事情を話している。

クチナシとヘザーもそういった副団長だ。

服をまさぐって持っているだろう鍵を探す事も、勝手に部屋に入る事もしづらかったのだろう。たとえ入ったとしても、部屋を出ようとすれば鍵をかけずに出るか、逆に鍵をかけて閉じ込めることになってしまう。

「それでは、後はお願いしますね。私たちはまだ片付けが残っていますので」

そう言って団長に貴人を任せ、部屋を辞そうとする二人に言葉と別の思惑を感じ「ほどほどにな」と返す。

クチナシはバレたか、という感じに舌を出してからヘザー共々礼をして部屋を出た。

片付けた後、飲み足りない分を二人で飲むに違いなかった。

 

 

さて……

 

静かになった部屋で改めてネムノキの様子を見る。

寝息は静かで小さく、寝顔もしかめておらず、安らか。

顔全体は熱を出したかのように赤みがかっているが、悪酔いするまでは飲まなかったようだ。

少女と変わらぬ小さな体はソファの上に綺麗に収まっており、整った顔立ちはあどけなさも残して可憐で美しい。こんな場所だが【眠り姫】の呼び名に頷ける寝姿だ。

強いて難点を上げるとするならば、足元まで伸びるさらやかな薄空色の髪が、半分ほどソファから落ちてだらしなく見えてしまう事か。

「姫君には相応しい場所で眠っていただかなければ」

誰もいないのを良い事にキザな言葉を口にし、ネムノキの体に手を伸ばした。

華奢な体を持ち上げると「ん……」と小さく声が漏れた。

ネムノキの可憐な寝顔が、あどけなく無防備に、すぐ近くにある。

みずみずしい目元、かたちの良いくちびる。

それはキスをせがむ表情そのもので。

童話の王子のように、眠り姫のくちびるに吸い込まれていった――

 

(――団長なら、間違えませんよね?)

 

念を押したヘザーの言葉が脳裏をよぎり、危ういところで理性を取り戻した。

これから眠り姫を寝室へ連れ込むが、決してやましい事はない。

ソファでは、いつ寝返りをうって落ちてしまうかわからない。

彼女をベッドに横たえ、自分はソファででも眠るつもりだ。

最初からそうするつもりだった。そうだろう?

心の中で、自らの劣情に説教をしながら、ネムノキを寝室へと運んだ。

 

眠りを妨げぬよう、そっとベッドに体を降ろし、毛布を掛けてやる。

「……んぅ……」

またしても小さな声が漏れ、先ほどよりも切なげな寝顔にドキリとさせられたが、それ以上起きる様子は無かった。

これ以上変な気を起こさないよう、さっさと離れるが吉だ。

シャワーでも浴びて早く寝てしまおう。

自分にかける用のタオルケットを持ち出し、部屋を出ようとした時だった。

 

「パパ」

 

その口からは聞き慣れない言葉に思わず振り返った。

「さみしいです……パパ」

ベッドの眠り姫の手が何かを求めるように宙をさまよい……やがて落ちた。

胸が締め付けられ、気が付くと、彼女の側に戻っていた。

落ちた手を握り、もう一方の手で頭を優しく、何度も撫でながら。

「……ぉとうさん……」

切なげだった表情が安堵の笑顔へと変わり、こちらも知らずのうちに微笑んでいた。

 

(――団長なら、間違えませんよね?)

 

何も間違えていない。

余計な一言を告げる脳内のヘザーとその横でジト目でこちらを見ているクチナシを追い出し、ネムノキを撫で続けた。

優しく、少しずつゆっくりと。時がおだやかになるのを感じられるまで。

 

夢を操り、水を操る彼女は、害虫との戦いでその運命を特に数奇にさせられた人だ。世界に害虫が出現し、その戦いの中で類まれな力を見出され、女王に取り立てられた。このために父と会えなくなったと話してくれたこともある。

戦いに敗れ、眠りに落とされ、千年。目覚めた彼女を待っていたのは、従者の面影を残す人々と、乱心した補佐官。いまだ害虫の脅威が残る世界。

様変わりした世界は決して夢想でも異世界でもない、敗北した現実と確かに地続きであると確信できるものだった。

ネムノキは変化を恐れない。悲しまない。すべては水のごとく流れゆくものと捉え、受け入れる。そうあろうとしている。

その生き様は強く尊いと思う。だからといって、過去に対して何も感じないわけではない。

(一人だと、ちゃんと眠ることができないんです。昔も、今もそう。特に今は昔よりひどくって……団長殿、お願いします。一緒に眠ってください。あなたしか頼る人がいないんです。どうか、お願いします)

かつてはそう懇願されたこともあった。凛とあろうとする彼女には見られない、すがるような声色で。

眠りに落ちる時は、誰にとっても無防備に無意識に還る時だ。その瞬間、昇華しきれなかった感情に襲われてしまうのだろう。

ネムノキは強い。でもその運命は、華奢な少女にはあまりにも重い。一人で受け止め切れるほどの完璧な強さではない。いや、むしろ完璧に受け止め切ったなら、それはもしかしたら「強さ」とは呼べない別のものなのかもしれない。

時折こうしてこぼれる感情に触れれば、自然と強く支えたくなるのだ。賢人ラエヴァもそうだっただろうか。

 

ネムノキの安らかな寝顔を見届け、寝室の明かりを消す。

布団に入り、再び彼女と手をつなぐと、きゅっと握り返してきた。

今日はこのまま、隣で眠ることにしよう。

自分にはネムノキのように夢に干渉する力はないが、彼女が見ているだろう夢の中で、せめて優しい父親役が出来ているとよいが――

 

深い眠りに落ちる前、薄空色の髪の小さな女の子が、父親と幸せに過ごす夢を見た気がした。

 

 

 

   終わり


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