四条貴音と悪魔の男   作:unko☆star

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BATTLE.3

夕食時なこともあって店は混んでいたが、鬼龍が店員に一言二言告げるとすぐに奥の個室に通された。

「ここの店主は俺の昔の部下でな。金はかからんから好きにやってくれ」

メニューを見ると、酢豚・油淋鶏・担々麺といった大衆的な料理の名前がずらりと並ぶ。

 

いくら金はかからないと言われたところで他人に御馳走されることには変わりないわけで、むしろ高級過ぎない場所のほうが変に気がねせずにすむ。

恐らくは、鬼龍もそれを考慮して店を選んだのだろう。

 

 

注文を終えて料理が運ばれてくるまでのあいだに、鬼龍がかつてこの街で暮らしていたこと、いろいろあってしばらく海外にいたが最近戻ってきたこと、今は格闘技の講師を職業にしていることなどを聞かされた。

「どうりで、立派なお身体だと思っておりました」

「まあ、最近は齢のせいで昔ほどの力は無くなっていることを実感しているがね」

 

 

しかし貴音は、単に体を鍛えているからというだけではない、得体の知れない“力”のようなものを鬼龍から感じていた。

これまで幾度となくライブやオーディションで他のアイドルと競ってきたが、ときに目を合わせただけ、すれ違っただけで“ただ者ではない”と直感する相手と出くわした経験がある。

そういった強者たちと同じものを、目の前の男から感じる。

 

(この方なら、もしや…)

自分が今直面している問題に、なにか光明を与えてくれるかもしれない。

放映前のドラマの内容を部外者に話すことなど言語道断であることは承知していたが、それでも相談せずにはいられなかった貴音は、鬼龍にすべてを打ち明けた。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「ふうん、そういうことか」

ちょうど貴音が話し終えたところで料理が運ばれてきたため、お喋りは一時中断となった。

貴音の前には鬼龍の倍はあろうかという数の皿が並べられたが、まるで水を飲むかのような速度でそれらを胃に納めていく。

 

「噂に違わぬ健啖家だな」

「まこと、お恥ずかしいことで…」

言いながら貴音は大根餅にかぶりついた。

たっぷり練り込まれた干しエビの風味がたまらない。

 

 

「悪役は嫌か」

「正直…あまり気乗りしない思いは、あります。演じれば演じるほど、自分が本当に悪人になってしまうような気がするのです」

「なにも悪いことじゃない。人は誰しも悪の素質を持って生まれてくるものだ」

次は鶏のから揚げに箸をのばす。

花椒の痺れるような辛みが後を引き、皿が空になると同時におかわりを注文していた。

 

 

「俺の知る限り、本当に強い格闘家は大体悪人だ。恥や外聞もなく、汚い真似をやってでも勝つという執念こそが人間の才能を開花させる。俺の様にな」

「おや、悪人だったのですか」

「そうとも。逆に俺の双子の弟なんぞは、俺と同じ肉体を持っているにも関わらず偽善とエセ道徳に憑りつかれてつまらん人生を送っている。“最強のモラリスト”などと呼ばれてもてはやされているが、俺には一度も勝ったことが無い」

 

里芋のネギ油炒めが運ばれてきた。

蒸した里芋をたっぷりの油でネギと炒めるだけのシンプルな料理だが、腹溜まりが良いはずイモを大量に、瞬時に食べられてしまう。

 

「何故人間がピカレスクやダーク・ヒーローといった文化を生み出したかわかるか?人の本性は悪であり、誰もが悪に対して憧れを持っているからだ」

 

「悪を嫌うのではなく、受け入れることだ。自身に宿る悪に目を背ける臆病者は凡庸に生涯を終え、悪に飲み込まれて暴走するバカは破滅し、悪を手懐けて才能を開花させる強者が社会を動かす。人類の歴史はその繰り返しなのだからな…」

 

 

――――――

――――

――

 

 

店を出ると、鬼龍がいつの間にか手配していたタクシーが迎えに来ていた。

「何から何まで…まこと、ありがとうございました」

「借りはあと1つ残ってる。なにかあったときにはここに連絡しろ」

「いえ、そのようなことまで…」

遠慮する貴音に電話番号を書いた紙を押し付け、鬼龍は夜の街に消えていった。

 

「すいません、車多いんでちょっと移動しますね」

行き先を告げる前に運転手が車を発進させる。

窓から鬼龍が去っていった方向を確認したが、遠くからでも目立つはずの巨躯はもうどこにも見当たらなかった。

 

 

(悪を、受け入れる…)

先ほどの鬼龍の話を思い返す。

 

(誰にでも、悪の素質が…)

 

もしそれが自分の中にあったとして、果たして“飼いならす”ことができるのだろうか?

扱いきれずに“破滅する”可能性のほうが高いのではないか?

 

(いっそ…“目を背ける”ことのほうが賢明なのでは…?)

 

どうも、相談する前より考えることが多くなっている気がする。

 

 

 

ふと気が付くと、車は駅前からだいぶ離れた場所に来ていた。

「すみません。行き先は――」

「大丈夫ですよ。もう聞いてますから」

「えっ」

ド忘れをしたのかと一瞬焦るが、そのような記憶は無い。

 

 

「まあ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

次の瞬間、運転手が後部座席に身を乗り出し、催涙スプレーのようなものを貴音に吹きかけた。

「あっ…」

目と鼻に鋭い痛みが走り、ぐらりと意識が遠のく。

 

 

 

 

気を失う直前、貴音は車が猛スピードで発進するのを感じた――。

 

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