バキィッ!!!
貴音の意識が完全に失われる直前、どこかからガラスが割れるような音が響き、首を絞めていた手が離れた。
せき止められていた血液が一気に脳に流れ込み、横隔膜が収縮して大量の酸素を肺に取り入れる。
「げほっ!ごほっ!ごほっ!」
「大丈夫ですか!?ゆっくり息を吸って!」
せき込む貴音を何者かが抱き起し、楽に呼吸ができる姿勢を取らせる。
「はーっ、はーっ…」
ぼやけていた視界が徐々にはっきりしてくると、見知らぬ坊主頭の男の顔がそこにあった。
左目に眼帯を付け、右の頬とまぶたに大きな傷跡があるのが見える。
「やめろオオ!」
突如聞こえた悲鳴のほうに顔を向けると、喜太郎が体長1メートルはあろうかという大型犬に右腕を噛まれ、必死で振り払おうとしていた。
殴っても蹴っても犬はびくともせず、それどころか逆に喜太郎に飛び掛かって押し倒してしまう。
ちょうど、先ほど貴音がされていたのと同じような体勢で喜太郎に跨った犬は、頸動脈に牙を突き立ててトドメを刺そうとする。
「殺すなっ!デゴイチ!」
間一髪、眼帯男の声で犬が静止した。
喜太郎を睨みつけ、不満そうな唸り声を上げつつも、しぶしぶこちらに戻ってくる。
全身が真っ白な毛に覆われた犬だったが、口元は返り血で真っ赤に染まっており、妙に生気のない瞳と合わせて不気味な印象を貴音に抱かせた。
ふと、プロデューサーとの会話が脳裏に浮かぶ。
――なんでも、スタジオのそばで死体が見つかったとかで…それもひとりふたりじゃないとか…まるで猛獣に食い殺されたみたいだとか――
「えらいぞ。よく我慢できたな」
2、3度犬の頭を撫で、今度は眼帯男が喜太郎に詰め寄る。
着ているパーカーの背中には大きな星とそれに絡みつく龍のイラストが描かれ、アルファベットで“DRAGON STAR”と綴られている。
「その声…キサマ、
「どうもお久しぶりです。ちょっとイメチェンしたんで俺だとわかってもらえるか不安だったんですけどね」
眼帯男――長岡龍星がゆっくりと歩を進め、喜太郎は尻を床に着けたままズリズリと後退するも、やがて壁まで到達して逃げ場が無くなってしまう。
「お…お前、鬼龍を恨んでたんじゃないのか」
「別に、戦いたいと言っただけで恨んでるなんてことはないですよ。たしかにあの人はクズだけど、だからって無関係の女性を見殺しにする理由にはならないし…」
龍星が腕を伸ばし、喜太郎の額に人差し指をぴたりと当てた。
「それに…俺としても不本意だったんですよ。あの時、あんたにもボルキアにも仕返しできないで終わっちゃったの」
次の瞬間、額に当てた指が
「あっ」
一瞬、なにが起きているのかわからないといった顔をした喜太郎だったが、みるみるその顔が恐怖に染まっていく。
しかも、何故か身動きが全くとれなくなっていたため抵抗することもできない。
ずぶっ。 ぐにゅっ。 ぐちゅっ。
ひき肉を混ぜるような音を立てながら、どんどん指が入っていく。
やがて指の付け根に到達しても止まることはなく、手の甲、手首を経て腕までが頭の中にのみ込まれた。
ぐちゃっ。 ぐちゃっ。 ぐちゃっ。
「やめほっ、やめへっ」
酸欠の金魚のように口をパクパクさせ、声にならない声を出す喜太郎。
それを見た龍星は、とびっきり邪悪な笑みを顔に浮かべ――
「幻魔・“脳潰し”!」
「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
断末魔の叫びが轟き、貴音は思わず両手で目を覆った。
およそ現実的ではないことばかり目にしてきたが、いくらなんでもこれはあり得ない。
素手で人の頭を握り潰す人間など、存在するはずがない。
しかし、現に今、目の前で――。
「すみません。見ないように注意するべきでしたね」
ぽん、と龍星に肩を叩かれる。
「安心してください。死んでませんから…ちょっと怖がらせてやっただけです」
「えっ」
恐る恐る目を開けると、喜太郎は白目をむいて失神しているだけで、頭部には傷ひとつない。
ピクピクと小刻みに痙攣していることからも、生きていることは間違いなかった。
「あの、本当に…?」
「外傷は負わせていないから大丈夫です。
言いながら龍星はスタンドからタブレットを取り外し、カメラの部分を貴音に向けて叫んだ。
「終わりましたよ!」