「美月、美月ぃ」
「んぁ、姉さん?」
東の1地区防衛隊の寮の一室で、三岳美月は姉の桜にゆすられて目が覚めた。
「ごめんねぇ、目覚まし、勝手に切っちゃったぁ」
「うぅ、うーん……」
上体を起こして、頭をゆっくり左右に揺らして眠気を散らす。そうしてわずかに容量を取り戻した脳から、今日は警備の日だ、と伝えられた。
「出発の準備してたら起こすの忘れちゃったからぁ、ミーティングまで時間がないよぉ」
「うん、うん? 出発?」
「そう、外に出るのぉ」
「外? 買い物に行くの?」
「違うよぉ、美月についていくんだよぉ」
「うぇ?」
飲み込みきれないままさらに押し込まれた情報に、美月は目を丸くした。ゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、口を開く。
「えっ、姉さん外に行くの?」
「もちろん、ちゃんと許可は取ったから安心してぇ」
「許可? どこの?」
「どこって、政府だよぉ。もう、寝坊助なんだからぁ」
そう言って桜は美月を引っ張って、引っ張って、引っ張って……
「だめだぁ」
放した。だが意図は伝わったようで、美月はベッドから降りて立ち上がる。
「ともかく、急がないと」
そう言って美月は自分の準備に取り掛かる。
「姉さん、先行っていいよ」
「いいやぁ、待ってるよぉ」
「……もしかして、道がわからない?」
「えへへぇ、いっつも美月の案内付きだからねぇ」
「じゃあ、私がいなかった日はどうしてたの?」
「しらみつぶしだねぇ」
「……机の下の引き出しにキャラメルあるから」
「ん~? おぉ、本当だぁ。もらってもいいってことぉ?」
「うん」
案内図を作ることを決意した美月であった。
今日出動するチームが集まるミーティングで、改めて桜の同行が伝えられた。目的は、いま一番の話題となっているロボットを現場で調査するためである。これからしばらくの間、具体的にはロボット軍団について何らかの情報が得られるまで、障壁の外に出る魔法少女に同行する。
障壁の外に非戦闘員が出るのは珍しいことではあるものの、ないわけではない。当然、それに伴う護衛を考慮した行動手順もチームごとに用意されている。
「姉さん、復唱」
「またぁ? えっとぉ、移動の際には常に美月のそばにいることぉ、トラジストが現れたらまず逃げることぉ、その時は必ず魔法少女に随伴を頼むことぉ、だよねぇ?」
チームクスノキのリーダーである三岳美月はミーティングを終えた後、巡回警備中に、その行動手順を研究員である三岳桜に何度も確認していた。それは非常にわかりやすい身内への心配だった。
「心配なのはわかるけどぉ、何度も確認する必要はないと思うよぉ。さすがに、命にかかわるようなことはわきまえてるつもりだしぃ」
「だって、姉さん結構ぬけてるところあるから」
「う~ん、言い返せないなぁ」
でもぉ、と続けて、
「困った時は美月が何とかしてくれる、でしょ?」
と、微笑むのだったのだった。それを直視した美月は、まぶしいとでもいうように目をそらす。
その時、二人の間に雑音が割って入った。
『こちらチームシラカバ! 偵察ドローンがトラジストを捉えました! 座標は──』
「姉さん」
息を吐く。
「おうともよぉ。大活躍、期待しているからねぇ」
桜は一人の魔法少女の先導を受け、一団から離れていく。それを見届けた美月は、大きく「チームクスノキ、行くぞ」
どうやら相当気合が入ったらしい。芯のある声で一言指示を出すと、チームを引き連れて戦場へと向かった。
魔法少女、特に防衛隊をサポートする体制はかなり整っており、偵察ドローンはその代表である。これは単純に警備の目を増やすだけでなく、配置換えの隙を減らす効果もある。
しかし、ドローン本体に迎撃能力はない。初期には実弾や爆発物を搭載したモデルも配備されていたものの、トラジストに対する効果が雀の涙程であったため、またフェーリの魔石技術を利用するよりも魔法少女に任せたほうが効率も実績も良かったために、ドローンは索敵能力に特化する方向になった。
「チームクスノキ、合流した」
「はい、トラジストはまだ先です」
「了解」
がれきの山の上で美月を迎えたのはチームシラカバのリーダー、穂高茜であった
「チームヒイラギはどうですか?」
『悪いけど、もう少しかかるわ』
「わかりました。では、美月さん」
茜は右手を差し出す。美月はそこに左手を被せる。ほんのりと温かさが流れてくると、その手のひらに三日月の記号がついていた。
「困ったら無線で言ってください。範囲内ならサポートします」
「……わかった」
茜の魔法は支援に特化している。人や物体の表面に記号を張り付け、記号を持つもの同士で行き来させる能力である。この魔法を利用した迅速な配置転換と離脱ができるゆえの広範囲の遊撃こそチームシラカバの強みだ。
ただし、茜の魔法の射程距離はそこまで広いわけではなく、チームを超えた広い範囲で使うのは難しい。それでも、保険はかけておいたほうがいいのだ。
『リーダー! 来ました!』
「はい、チームシラカバ! 散開!」
茜の号令で散らばっていくシラカバの面々。それを見届けた美月は静かに指示を出す。
「……チームクスノキ、行くぞ」
チームクスノキには茜のような能力はない。なのである程度まとまって、全員が全員をすぐに援護できる位置を保って進む。実際、わざわざちらばらなくても問題なくトラジストを排除できる魔法の射程の長さこそ、チームクスノキの特徴だった。
「……来た! みんな、頭上に気を付けて!」
隕石に真っ先に気づいたのは、戦闘にそれほど関わらない茜だった。すぐさま、全体に向かって注意を促す。だが、一番注意すべきだったのは他ならぬ茜自身だった。
「えっ? わっ、わわわ⁉」
なんと、茜のちょうど目の前に落ちてきたのだ。びっくりして動けなかった茜は、押し出された空気の壁をもろに受けて尻もちをつく。
「いたた……」
『リーダー! 大丈夫ですか!』
「うん、平気……ん?」
目の前に大きな、黒光りする手が差し出される。手首、ひじ、上腕とたどれば、ずんぐりとしたボディにたどり着く。
「あっ、ありがとう、ございます」
差し出された手に自身の手をのせる。すると、ロボットは無骨な見た目に反してやさしく引っ張り、茜を立たせる。
「あっ、それ……」
目線が高くなったことにより、ロボットのボディに何かが乗っかているのを発見した。真っ白なロボットと対照に黒いそれは、以前ミナが出会い記念として渡した帽子であった。
それを指摘されたロボットは緩慢な動きで周囲を見回す。
≪────────≫
そして、ノイズをこぼした。
「えっと、ごめんなさい、聞こえないです……」
茜はロボットに近づき、片耳に集中する。
≪Whe──s──Mina?≫
「みな……ミナ先輩の事ですか?」
かろうじて聞き取れたミナという単語をオウム返しすると、ロボットの単眼がわずかに縦に角度を変える。肯定の意思表示なのだろう。
「えっと、今はいません。非番なので……」
それを聞いた、単眼の示す光が弱くなり、さがっていく。茜はこれを落胆の意思表示だと解釈し、なんだか謝らなくてはという感覚に襲われたとき、
『リーダー! 回収お願いします! こっちはもうめちゃくちゃです! ひぎゃあ⁉』
爆発音まみれの悲痛な訴えが溢れる。それと同時に、目の前にいる巨人は敵と認めた存在を問答無用で薙ぎ払う火薬庫であることを思い出す。
「わかりました! 回収します!」
そう言って魔法を行使しようとしたその時、再びロボットがノイズを吐いた。
≪────≫
『うわっ⁉ な、なんだぁ⁉』
無線越しにせかされる茜は平静を意識し、魔法を行使した。
「チームシラカバ、回収します!」
『リーダー⁉ ちょ、ちょっと待ってください!』
時すでに遅し。あちらこちらで閃光が起こり、それぞれ一筋となり茜のもとに集う。
「大丈夫です、か……」
仲間だと思って視線を向けたら、なぜか巨大なロボットだったのなら、誰だって困惑するだろう。
「うぅ……リーダー……」
そして、本来ちゃんと立っているはずだった仲間たちはというと、そのロボットに担がれていたり、お姫様抱っこされていたり、手のひらに座らせられたりしている。
「えっと、どうして?」
「よくわかんないです……とりあえず回収されるまでの間距離を取ろうと思ってたらいきなり担がれて……」
「えぇ……」
それを聞いて茜の困惑はよけい深まった。
「あっ、でも、みんな無事だと思います。ですよね?」
チームメイトはそれぞれ思い思いに健康無事をアピールする。手のひらに座っている少女は両手を上げ、お姫様抱っこされている少女は手を振り、担がれている少女は手足をバタバタさせる。
「じゃあ、とりあえず、おろしてもらいましょうか」
ロボットはすんなりとおろしてくれた。そしてそのまま仁王立ちに移る。
「えっと、どうしましょうか……」
目の前にずらりと並ぶロボット軍団に、さらに困惑する茜だった。