「おぉ……映像でも迫力十分だったけどぉ、近くで見るとなおすごいねぇ」
目の前に並ぶ白い巨岩に三岳桜は感嘆の声を漏らした。彼女は他でもないこのロボットについて調査をするために障壁の外まで赴いていた。
「触り心地はっとぉ、う~ん、やっぱり無茶苦茶固いねぇ」
「危ないよ、姉さん」
ロボットの脚をコンコン叩く桜を引っ剝がしたのは、妹の美月だ。魔法少女としての戦闘を終え、大急ぎでここまで走ってきた。
「あぁ、美月、前線は大丈夫なのぉ?」
「うん、大体終わった。……でも、どうしてこんなところに?」
美月は目の前のロボットを見上げる。単眼の青白い光が軽く目に入り、顔をしかめて逸らした。
「えっと、たぶん私のせいです……」
美月の疑問に答えたのは穂高茜だ。
「私の魔法でみんなを回収しようとしたら、どうやらロボットが急に担ぎ出したみたいで……」
茜はロボットから少し離れたところでたむろするチームメイトに視線を向ける。彼女らの一人が視線を受け取り、頷きを返す。
「くっついてきたってこと?」
「はい」
「ふ~む、その話、詳しく聞かせてほしいなぁ」
桜が食いついた。茜は今回の警備には研究員が同行することは聞いていたので、特段驚くことなく詳細を話す。
「ほうほう、回収する旨を伝えたら、とぉ」
「はい、突然目の前のロボットが何か言って、そしたら無線の向こうが……」
茜は唐突に会話を打ち切り、何もないほうを向く。つられて桜も美月も同じ方向を向くと、遠くに何かが飛んでいるのを認めた。
「ああ、もう!」
鳥にもドローンにも見えないその物体の正体を、茜は看破したようだった。素早く飛び出すと、大きく息を吸い込む。そして、
「なんなんですかぁぁぁ! ミナせんぱぁぁぁぁい!」
と、叫んだ。そこに来て、桜と美月はその物体がこちらに近づいてきているのに気付いた。その輪郭は人のものだった。
「わーはははは! アカネぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! キャッチたのむぞぉぉぉぉ!」
ミナ先輩、と呼ばれたその飛翔体は大声をあげながらこちらに飛び込んでくる。茜が呆れながら魔法を応用して受け止めようと意識を傾けたその時、
「うわぁ⁉」
「姉さん!」
桜と美月の近くにいたロボット──黒帽子付き──が動き出す。驚いた桜がバランスを崩し、それを感知した美月が素早く受け止める。
ドスン、ドスン、と質量を大地にぶつけながら走り出した巨人は、茜のそばを高速で通り抜けていく。
「えっ⁉」
驚いた茜が次に見た光景は、腕を大きく広げてしっかりと立つロボットの後ろ姿だった。それはまるでここに飛び込んで来いと主張しているようだった。
「おおお! サイコーだぜあんたぁぁぁ!」
その意をくんだ飛翔体──正式名称、早坂ミナ──は手足を大きく伸ばし、自身の存在をアピールする。そしてロボットのボディに飛び込んだ。
「うぉぉぉ⁉」
ミナを受け止める寸前、ロボットはミナの背中に片手をまわし、身体のほとんどを隠すように包むと、そのままの勢いで後ろに倒れ込む。そして空いたもう片方の手と両足を器用に支えにして、一回、二回、三回と後転を披露した。
「やっぱすげぇよあんた!」
そっと降ろされたミナは、その腕を叩いて友人をたたえる。しかし、興奮の余韻に浸っていたために、迫りくる一人の少女に気づけないでいた。
「ミナ先輩……」
「おっ、やべ」
茜の発する怒りの気に当てられたミナは、即座に逃走を試みる。ところが、茜が少し息を吐くと、次の瞬間にはミナは茜に自ら飛び込む構図になっていた。茜が瞬間移動したのではなく、ミナが瞬間移動させられたのである。そのまま茜に受け止められると、がっちりと肩をつかまれた。
「自分を飛ばすのは危ないからだめってあれほど言いましたよね?」
ミナの魔法はバットに当てたものを自在に飛ばす能力である。それはミナ自身も例外ではない。ただ、長距離を短時間で移動するためにかなりの速度を出すため、失敗すれば大惨事は免れない。
「いやー……ロボットがまた出たって聞いて……我慢できなかったわ」
防衛隊の寮では警備に出ている部隊の無線を聞くことができる。現場の状況を確かめ、増援の必要を確認するためのシステムなのだが、利用制限はなかった。
「ほら、でもさ? ここで説教はちょっと周りに迷惑かなーって思うんだけどさ?」
「……すいません、桜さん。少し時間をいただきます」
「あぁ、いいよぉ」
「ひえーっ」
茜は掴んだ肩から圧力をかけてミナを正座の姿勢に押し込む。既に上下関係は入れ替わっていた。
「面白そうだしぃ、しばらく眺めてみよっかぁ」
桜は軽く笑いながら傍観を宣言した。
「うん、私も見てる」
「あはは、そっかぁ。……ところで美月ぃ」
「なに?」
「いつまで抱きしめているのかなぁ? もう大丈夫なんだけどぉ……」
「本当に大丈夫? まだちょっと膝震えているけど」
「そうなのぉ? そっかぁ、じゃあもうちょっと頼むよぉ」
「……うん」
「それでぇ、ロボットの事なんだけどぉ」
茜の説教が一段落ついたのを見計らって、桜が声を掛ける。既にミナは意気消沈であった。後美月も離れていた。
「はい、なんでしょう。桜さん」
「ちょっと手伝ってもらっていいかなぁ?」
そう言いながら茜をミナを受け止めたロボットの目の前まで連れていく。
「なんでもいいから適当に命令してみてぇ」
「えっ、私がですか?」
「うん」
ロボットと桜を交互に見る茜は、やがて小声でつぶやいた。
「ミナ先輩を持ち上げてください」
≪────≫
ロボットは雑音を返すと、両手をミナの脇に差し込み持ち上げる。
「お、お、おぉー! たっけーなー!」
そのまま腕が届く限界まで上げた。ミナは調子も持ち上がったようだった。
「さて、次だねぇ。ロボット君、今手に持っている人を下ろしてくれるかなぁ?」
桜ははっきりと声に出した。しかし、ロボットは無反応だ。
「あれ……どうして。桜さんの声が聞こえなかったわけではないはず……」
「……んじゃあ、次ぃ、美月、お願いねぇ」
美月も同様にお願いをしたが、やはり無反応だった。
「それじゃあ最後ぉ、ミナさん、お願いできるかなぁ」
「んっ、私?」
急に名指しされたミナは自身を持ち上げている巨大な手を叩く。
「よーし、もう十分だ、おろしてくれぃ」
≪────≫
すると、ロボットは反応を示し、皆をゆっくりと地面まで下した。
「やっぱりぃ、茜さんとミナさんの指示はちゃんと聞くねぇ」
「姉さん、どういうこと?」
「特別視されているんだぁ。たぶんロボットの中ではぁ、二人と私には何らかの情報的差異があるんだろうねぇ。そしてそれはおそらくぅ……」
そう言いながら桜はロボットの目の前に立ち、片手をあげる。単眼がわずかに動き、桜をとらえる。
「私の名前は桜って言うんだぁ、よろしくねぇ」
しかしロボットは無反応である。
「……あれぇ、おかしいなぁ。てっきり自己紹介の有無だと思ったんだけどぉ……」
専門外のことは難しいねぇ、とこぼしながら頭をかく。その後、美月にも同様に自己紹介をさせたが、同様に聞き入れた様子はなかった。二人で並んでやってみても、結果は同じく無反応だった。
「う~ん、いったん保留だねぇ。じゃあ、次ぃ、茜さん、ロボットが話せるか、といったところだけどぉ……正直、試すまでもないよねぇ」
桜は軽くため息をつく。
「発声はできるけどぉ、全然聞き取れない。まるで、聞いたことのない言語の本を無理やり読んでいるような状態だねぇ」
ロボットの声は、抑揚がまるで制御されていなかった。男性のような野太い声になったかと思えば、女性のような柔らかく高めな声に変わる。そこにザーザーと鳴るノイズも合わされば、発言の意味を確かめるのはとても難しいことだった。
「まぁいいかぁ、とりあえず、何らかの条件で制御できることがわかっただけで充分収穫だねぇ。次はぁ、その条件を探ることかなぁ。茜さんもミナさんもいないところで暴れられたらたまったもんじゃないからねぇ」
そう言いながら腕時計を確かめる。そろそろ時間がかかりすぎと言いたくなる時間だった。
「それじゃあ今日の調査はここまでぇ、協力ありがとぉ」
その一言が合図となり、チームシラカバとチームクスノキは通常の巡回に戻るために戻っていく。それぞれ、チームシラカバの茜はミナを連れて、チームクスノキの美月は桜を連れて。
ロボット軍団はそれぞれの背を見つめるやがてどちらも見えなくなった時、そのうちの一体がかすかな、自らに問いかける時のような細いノイズを放った。
≪Sa────tuk────ly?≫
空へと昇るいくつもの筋を背にしながら、銀髪少女とぬいぐるみは地下鉄駅へと向かっていた。
「なあ、大樹」
「はい、なんでしょう、マートンさん」
「一つ試したいことがある。大樹の魔法についてだ」
「僕の魔法ですか?」
「ああ、シンプルに言えば、カメラをつけて生放送することはできないかということだ」
「なるほど、そういえば考えたことなかったかも……でも、生放送ですか? 一体何のために?」
「我々自身が確認するためにだ。それと、証拠映像にもなるしな」
マートンの提案を要約するとこうなる。
一つはロボットの動作の確認。ロボットのコントロールができない以上、せめて現地でどう動いているかを把握するようにしたいということ。
二つは魔法少女の動向の確認。防衛隊の魔法少女が今どこにいるかを把握することができれば、それを避けるように動くことで発見のリスクを減らせるということ。
三つは今後のための証拠映像。計画が順調にいけばいずれ研究者の前で詳細を話すことになる。その際に自分たちがあのロボットを呼び出しているということの証拠を持っておく必要があった。
「後それから、大樹はローリスクで百合を眺めることができるぞ」
「やりましょう!」
四つ目の理由により、この提案は即決された。
その後、数時間の試行錯誤の結果、カメラ付きのドローンとそれをまとめて管理できるモニターを用意することができた。基本は自立制御で管理されるが、ちゃんとモニターにはコントローラーがついており、必要な時には大樹の意思を反映できるようになっていた。
「しかし、よくそこまで頭が回りましたね」
「君にこの前見せてもらった配信のおかげだ! ふははは!」
できることが増えるというのは素直にうれしいもので、二人とも上機嫌だった。
そこには彼らの計画が狂いなく進んでいるという安心感も含まれているのだが、百合の花園はゆっくりと、しかし着実に近づいていることに、彼らはまだ気づいていない。
前回、今回と大樹マートン組の出番が少なくなってしまいました。消費ペースの関係上ネタを使うスピードが圧倒的に早い組です。今後は前話のような防衛隊組だけに焦点を当てた話もぼちぼち出てくるかも。