“今回の騒動の原因を断定するには資料不十分。各地区の人員に小型の映像機材を配布して続報を待つ”
それが、トーキア政府の出した回答であった。
現場で対応に当たり、中央で行われた政府の報告会に証人として呼ばれた東の1地区所属のチームヒイラギ、クスノキ、シラカバには突然の休息日が与えられることとなった。
多くの魔法少女がそのまま都心の娯楽施設で羽を伸ばす中、チームクスノキのリーダー、三岳美月は一人郊外を歩いていた。やがて右手に広がる並木の隙間から日光を跳ね返すガラスの壁がせりあがってくる。美月はガラスから放たれる光線に顔をしかめると、速足でその壁に向かった。
前面ガラス張りで立派な清潔感を醸し出しているトーキア総合魔法研究所はその実、一歩踏み込めば無秩序をそのまま体現したかのような光景を見せる。屋内なのに雪が降っていたり、大理石の床にサトウキビが生えていたり、挙句の果てには受付カウンターが目に毒なほど七色に光っていたりする。
美月は今日は一段とひどいなと思いつつ、発光する受付に平然とたたずむ女性に話しかけた。
「三岳美月です。姉の桜はいますか?」
「はい。いますよ。今日は一日研究室にこもるぞ~とか言ってました」
「ありがとうございます。……あー、その、お疲れ様です」
「いえいえ、いつものことですから」
とてもまぶしい笑顔だった。
三岳と書かれたネームプレートを確かめ、ドアをノックする。
「姉さん、入るよ」
それだけ言うと、躊躇なくドアノブをまわす。中をのぞくと、壁、床、天井、あらゆる面に大量の紙が張り付いた部屋の隅に置かれたデスクでパソコンとにらめっこしている女性が一人いた。都市政府直属であるこの研究所の研究員で美月の姉、三岳桜である。美月に気づいた様子はない。
「姉さん」
「おぅ、美月かぁ。来るなら連絡してくれてもよかったのにぃ」
「急に休みになったから。はい、差し入れ。キャラメルもあるよ」
「うほぉ~、ありがとぉ。よくできた妹だぁ」
そう言って桜は立ち上がり美月に近づいてキャラメルを受け取ると、そのまま頭を撫でた。背は桜のほうが頭半分ほど高い。
「それで、姉さん」
「何かなぁ?」
「ちょっと、聞きたいことがあって」
「うんうん」
そう切り出して、美月は先日遭遇したロボット軍団について、まだ原因は分からないことも含めて話した。
「ミサイルやらレーザーやらをまき散らしながらトラジストを蹴っ飛ばして回る大型ロボットの群れ……なるほど、面白いねぇ。それでぇ? 私は機械には詳しくないよぉ?」
「いや、そうじゃなくて、もしこれが魔法少女の仕業だったとしたら、その子はどれくらいの力をもっていると思う?」
「ん~、断定はできないけどぉ、まぁ、少なくとも常識外れではあるかなぁ」
桜は少し口をつぐむと、
「戦力としての有用さとは別として、魔法少女が使える魔力の強さは規模、すなわちどれぐらい複雑な魔法をどこまで遠くに飛ばせるかで量るわけでぇ、そうして見ると行使者が近くに見当たらないのに戦場全体に過剰な戦力をばらまける……うん、化け物だねぇ。ただ、これが仮定どおり魔法少女の魔法だとしたらぁ……」
「したら?」
「そんな魔法を使う子を見たことがないっていうのが問題だねぇ。仕事柄、トーキアにいる魔法少女には絶対一度はあったことはあるはずなんだけどぉ……」
そう言って桜は自分のパソコンに向かいファイルを開き、流し見る。所属魔法少女総覧と書かれたそのファイルにはトーキアで活動する魔法少女全員の顔写真と名前、そして能力が載っていた。
彼女の研究テーマは魔法少女の成長──行使できる魔力量が後天的に増加し、それに伴い魔法の規模が拡大すること──であり、その成長を確認、観察するために桜は魔法少女と積極的なコンタクトを取っていた。
「うん、やっぱりいないやぁ」
「ないと思うけど、ほかの都市から来た可能性は?」
「そうだったら今頃大騒ぎだよぉ。都市間移動が許されるほどすごい魔法少女なんて希少と有名の塊なんだからぁ。そもそも、そういう立場は隠れるほうが問題になるからねぇ」
「じゃあ、新しい魔法少女?」
「だねぇ。ただ、そうなると筋金入りの問題児ってことになるねぇ」
「問題児?」
「だってそうでしょ? 美咲達は“魔力障壁”の外で戦ったんだから。普通は政府から直々に渡されるストラップがないと外に出れない以上、その子は何らかの抜け道で外に出たわけでぇ……一番可能性が高いのは純魔石を利用したテレポートなんだけどぉ、それも民間での使用は禁止されているからぁ……そうなると今度はそれの製法やら入手方法やら使用方法やらを知っている政府所属のフェーリが加担しているわけでぇ……まぁ、いっかぁ。何も確定していないのにそこまで考える必要もないしねぇ」
そう言って桜は美月のほうを向く。
「ただ、面白い話ってことは確かだからねぇ。また何か動きあったら話に来てねぇ。こっちでももうすぐ都市全域の魔力調査が入るからねぇ。何かあったら教えるからさぁ」
「うん、ありがとう。それじゃあ」
美月はそれだけ返すと、きびすを返してドアノブに手をかけ、
「……それにしてもぉ、この話がしたいからってだけでここに来たのぉ?」
桜のその一言を背中で受け止め、固まった。
「……あー、その、倒れてないか気になったから……」
「この前来た時もそう言ってたじゃないかぁ。心配性だなぁ。このこのぉ」
脇腹をつつかれる美月の顔は、少し赤みを帯びていた。
「……姉さん、突っつかないで……で、大丈夫なの?」
「そうだねぇ、絶好調だよぉ。夜中のお向かいさんが静かになったからかなぁ、ぐっすり眠れるようになったんだよねぇ」
「お向かいさん?」
「そー、何やってるかは全然知らないんだけど昼夜問わず落ち着きのないフェーリが向かいの研究室にいてねぇ、確か……マートンて名前だったかなぁ。それでぇ、そのフェーリが最近めっきり来なくなったおかげで快眠ってわけさぁ」
当たり前のことだが、トラジストが都市内部に侵入すること、あるいは市民がうかつに外に出てトラジストと遭遇してしまうことはあってはならないことである。その両方の問題を解決するために開発されたドーム状の“魔力障壁”は、一つの都市の最終防衛ラインとして機能すると同時に、都市とその外側とを明確に区別するための境界線としての役割も与えられた。
普段は透明だが、触れると淡い青色で主張するその壁は、通常ならば政府から与えられる機密の加工が施された純魔石のストラップを持っていなければ通ることができない。さらに、必要に応じて自在に拡張することができるため、取り返した土地の安全を確保するためにも欠かせない存在である。
ただし、壁に強烈な負荷がかかると割れてしまうため、魔法少女による防衛が必要ないというわけではない。
「うーん、どうしたもんですかね……」
「むむむ、むぅ」
トーキアの北端、最近魔力障壁の内側に入り、開発が始まったばかりの地区のさらに端で、銀髪少女とぬいぐるみが散歩をしながら頭をひねっていた。
マートンの研究成果をより衝撃的に披露するために、隠れ魔法少女として暗躍することで一致した彼らは、翌日には早速課題に直面していた。
端的に言えば移動の方法である。先日使ったテレポートは一瞬で魔力障壁の外に移動できる優れものなのだが、往復一回程度しか使えないほどに燃費が悪い上に純魔石に合わせる触媒もかなり希少な代物なので、例え調達できたとしてもおいそれと使える選択肢ではなかった。
なので、できる限り用意しやすく、できる限り早く、できる限り人目に触れない方法を模索しなければならなかった。市街地の移動──自宅から魔力障壁のそばまで──はとりあえずいくつかの案が出たので後回しにして、いかにして魔力障壁を静かに突破するかで行き詰っているのであった。
「穴を掘るとかどうでしょう?」
「確かに、魔力障壁は領地拡大のために自在性が求められる以上、地中深くまでは刺さらない構造になっているが……見つかったら簡単に埋められる。それに、障壁が拡張したら掘り直しだ」
「そうですか……」
これまでいくつかの案が出ていたのだが、どれも妥協をするには難しい欠点があった。
ロボットを召喚してこじ開ける──どうしても注目を浴びてしまうので没。
必要なストラップを手作りで再現して通過する──マートンは残念ながらストラップの製法を知る立場になく、また障壁の外に出る必要がなかったので持っていない。没。
ならば、いっそのこと政府から本物をもらう──必要な理由を事細かく述べる必要があり、必然的にばれてしまう! 没!
「せめて魔法を試す場所を確保しなければ……」
それに、大樹とマートンはあのぶっつけ本番以来一度も魔法を使っていないために、自らの魔法がどれだけ応用が利くかを知らない。そのため、好き勝手に魔法を使っても見つからない場所も欲しい。
大樹は既に頭を絞りつくした様子で、話題を変えて気分転換をしようとした。
「どうします? 外に出る方法を考えるのは後回しにして、とりあえず内側で練習できるところでも探しましょうか?」
「そうだな……もしかしたら何かヒントになるかもしれない」
しかし、この話題もかなり頭を悩ませる問題だった。なぜならば、トーキアは人口密度が高く、その分都市内部はどこでも人が密集しているために、あのロボット隠し通せることができそうな場所はなさそうに思えたからである。
「いっそのことうちのアパートの裏に地下室でも掘っちゃいます?」
「穴を掘ることばかり考えているぞ、疲れているな……」
「えー、でも、地上がダメなら地下しかないと思いませんか?」
「まぁ、それはそうだが……」
そこでマートンは動きを止める。
「んで、いっそのこと地下迷路なんか作っていろんな方角に伸ばせば、家から楽ちんに……マートンさん?」
「……なるほど、いけるかもしれない」
「えっ、まさか本当にアパート裏に?」
「いや、そうじゃない。だが確かに地下迷路だ!」
「えっと、どういうことですか?」
「うまくいけば障壁を超えることだってできる! よぅし! 大樹! ついてこい!」
「だから、どういうことですか⁉」
「旧都地下鉄だ! 詳しくは移動しながら話す!」
浮遊するぬいぐるみは意気揚々と移動をはじめ、核心をつかめない銀髪幼女が頭に疑問符を浮かべながら後に続いた。