「方角あってますか⁉」
「しばらく直線! 大丈夫だ! 飛ばせ飛ばせ!」
使われなくなった地下鉄のトンネルを、二人乗りの特別急行が駆け抜けていく。銀髪少女とぬいぐるみは大型の脅威が東に現れたとの一報を盗み聞きし、これまでの生涯で一度も乗ったことのない流線型の風防が目立つバイクを無免許、私服、ノーヘルメットでかっ飛ばして向かっていた。幸い、バイク側が制御を助けてくれるので素人でも乗りこなすことができている。
『目標が戦闘区域に突入! 交戦を許可する!』
マートンの胸元の無線機から開戦の合図が響く。それを聞いた大樹は焦燥にかられ始めた。
「始まった! まだですか!」
「次の駅でそろそろのはずだ! 備えろ!」
ヘッドライトが照らす先、右手に空間を認めた大樹は素早くハンドルを切る。それを鋭敏に感じ取ったバイクはひとりでに前輪を持ち上げてホームのふちに引っ掛けると、そこを支点にしてこれまでの勢いを受け流すようにして後輪を持ち上げ、丁度これまでの進行方向から180回転するようにしてホームに着地した。
「うっとっと」
「縄はついてないな! さっさと開けるぞ!」
ぬいぐるみは素早く鉄扉に駆け寄って、両手を器用に使いサムターンをまわす。ガチャリという音がしたのを確認すると、そのまま力の限りで押し始めた。
「ふぎぎ……」
「マートンさん! どいてください!」
「えっ? おわっ!」
そこに、バイクに乗った大樹が高速で突っ込んできた。速度を落とさないまま後輪を高く上げ、振り回して側面を扉に叩きつける。衝撃的を受け止めきれない鉄扉は、鈍い音を響かせながら道を明け渡した。
「さあ、行きますよ!」
「ちょくちょく物騒になるな! 君は!」
跡形もない更地に出た二人は、再び方角を頼りにかっ飛ばす。やがて、遠くの高層ビルの隙間から黒々とした怪獣が顔を出しているのを視認した。
「見えたっ!」
その一言だけを放った大樹は、雲一つない星空に意思を投げ捨てる。夜空に散らばった意思は星明りを吸い込むように肥大化し、周囲の空間を喰い破るように実体を作り出した。やがて、廃ビルの群れの頭上から、幾重もの流星が降ってくる。
≪fortress:殲滅を開始します≫
トラジストには様々な大きさと特殊能力が確認されている。最小でも人間大であるそれらは、基本的にはサイズが大きくなればなるほどより対処の難しい脅威となる。中でも30メートルを超すトラジストは“大型”と強調して区別しておく必要がある力量を持っており、取り巻きとして大量の小型トラジストがついてくることも含めて一層の警戒と対応を迫られる。
しかし、とあるフェーリ曰く「まだ全然まし」ということらしい。
「まさか復帰戦がこんなビッグゲームになるとはなー」
東の1担当、チームカシワのメンバー、早坂ミナはバットを素振りして調子を確かめながら地平線から生えてくる怪物を眺めていた。
「ミナ先輩!」
「おー! アカネ! 久しぶりだなー!」
ミナは近づいてきたチームシラカバのリーダー、穂高茜の頭を左手でわしゃわしゃと撫でまわす。茜は抵抗することなく揺らされていた。
「怪我は大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃなかったらここにいねーわ。それより、アカネのほうこそ大丈夫か? 結構悩んでるみたいじゃん」
『目標が戦闘区域に突入! 交戦を許可する!』
茜が返事をする前に、指示が与えられた。
「おおう、んじゃ、後でな」
「あっ、はい」
そう言葉を交わして、離れていく。ふと、茜は振り返り、
「無茶はしないでくださいね!」
と、くぎを刺した。
「わーってるよ!」
これはわかっていない。ミナ先輩は気にせず突っ込む人だ。茜は心の内で心配を深めた。
ミナのバットは当てると好きな方向に好きな威力で飛ばすことができる魔法そのものである。そのため、遠くから打ち込むことで安全に攻撃することができるのだが、
「ほぅーら!」
あいにく、ミナは安全よりも興奮を求める性質であり、同時に地味よりも派手を重んじる気質であった。するとどうなるかというと、
「さーさー! もっと飛び込んできなー!」
トラジストをギリギリまで引き寄せて打ち返し、後続を巻き込んで吹っ飛ばすやり方を好むわけだ。ひどいときは、魔法のバットを使わずに蹴り飛ばすこともある。危ない。茜が心配するのも納得である。
「こんなもんかぁー⁉もっとでっけーの来いよ!」
しかもあろうことか、ミナ本人は物足りないと来た。痛い目を見て入院しても懲りない彼女は目の前のトラジストを粗方かっ飛ばすと、周囲を見回して大物を探す。
「どこだ、どこだー? ……んぉ?」
その時、ミナは、いや、ミナだけに限らずその場にいた魔法少女達は、空から降ってくる無数の隕石に気付いた。
『チームヒイラギ! 記録よ!』
『クスノキ、高台をとれ、撮るぞ、撮るぞ』
『チームシラカバ! えっと、えっと、鼓膜に注意!』
同様の経験をしたことのある3チームは素早く対応した。予め受け取っていた映像機材を起動して服に引っ掛け、見晴らしのいい場所の確保を始めた。
ほかのチームは狼狽した。戦闘中に隕石が降ってくることなんて想定していないのだから、当たり前である。
そして、一人単独行動をしていたミナはというと、
「……いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
意気揚々と隕石に突っ込んでいく。もはや何も言うまい。落下地点を素早く確かめ、隕石が真上にあるのを確認すると、躊躇なくバットを振り上げ、
「チェストぉぉぉぉぉぉぉ!」
タイミングよく振り下ろす。隕石が地面に着く直前、地面すれすれのところで当たると、そのまま平行に飛翔した。ミナの身長を優に超える巨岩は、数え切れない小型のトラジストを蹴散らすと、後ろに控えている大型トラジストの足首に直撃した。30メートルの化け物のバランスは崩れ、片膝に当たるであろう部位をついた。
『何やってるんですかミナ先輩⁉』
「はっはっはぁー! ストラーイ……あれ? バットだからホームラン? ま、いっかー。とにかくナイスショットー!」
ミナ先輩、ご満悦である。ふと、今更になって自分が何を飛ばしたのか気になった彼女は、巨岩のほうを見る。岩だと思っていたものには手足がついており、ゆっくりと立ち上がっているところだった。やがて、完全な二足歩行に移行したそのロボットはミナのほうに振り向くと、右手の親指だけを立てて、ミナのほうに突き出した。サムズアップである。ミナも同じく親指を立てて返す。
やるじゃん、と言葉を発しようとした時、耳がつぶれそうなほどの爆音が響き渡り、身体を衝撃が突き抜けていった。
「おわぁー⁉」
さすがに命の危機を感じたのか、全速力で退却するミナ。後ろを振り返ると、黒一色であったはずの巨大な化け物が大量の白色に塗りつぶされており、至近距離からレーザーだの爆発だのを受けて悶えていた。
「ほえー、なんだあれ」
「ミナ先輩!」
そこに、先輩の無茶に耐えかねた茜がやってくる。
「おー、アカネ、ありゃなんだ?」
そんな心配をよそに、ミナは茜に問いかけた。
「その話はあとです! 早くチームのところに戻りますよ!」
「そうせかせかしなくてもいいじゃねーか。もっと見学しようぜ、ほら」
ミナが指をさした先には、レーザービームで切れ目を作った化け物の腕を、二体ほどが力を合わせて根元から引っこ抜くロボットがいた。既に30メートルの黒い塊は早々に〆られて解体作業を受けており、分解された部品も徹底的に潰されスクラップに変わっていた。
「あんなに早く大型をボコせるロボットなんだ。見て損はないだろ?」
「後で録画した映像見せますから! 一度下がれって指示も出てるんですよ!」
「へーへー、わかった……ん?」
茜に引っ張られるようにしてさがっていくミナの目は、解体にいそしむロボットたちの左手に位置する高層ビルの根元に、チラチラと白っぽい何かがいるのを認めた。
「んぉー?」
しかし、まばたきをすると、既にいなくなってしまっていた。
「わかってないじゃないですか! 大体、先輩は指示を聞かなすぎなんですよ!」
既に茜はぷんすこし始めていた。これ以上引き延ばすのはさすがにダメだろう。
「おー、悪い、いやほんとに悪い……」
平謝りしながら、茜についていく。こうなったアカネはなかなか止まらないぞと経験から導き出したミナは、今になってようやく反省の気持ちを拾いだした。
先ほど、魔法少女のバットの餌食となり、弾丸としての役割を果たしたロボットは、そのバットを持った魔法少女が、別の魔法少女に引きずられるようにして去っていくのを、その青く光る単眼で眺めていた。そのロボットは他のロボットが行っている解体に参加することはなく、また他のロボットも働かないことを咎める様子はなかった。
結局、二人の魔法少女が建物の向こう側に消えるまで視線を向け続けていた。なぜ、そのロボットは魔法少女を眺めていたのか。少なくとも今の時点では、彼らを呼び出すことのできる銀髪少女本人にもわからないことである。
多機能フォームで入力した内容がなかなか反映されなくて困っていたりします。何か良い対処法を知っていらっしゃる方がいましたら教えてください。