「……大樹、その……」
「黙ってください」
「……」
ロボットが大物の解体に勤しんでいるすぐ横のビル。その根元から真剣な表情で覗き込む銀髪少女は、容赦なくぬいぐるみの言葉を遮った。少女の視線の先には、バットを持った長身の魔法少女が別の魔法少女に怒られている様子があった。
「あれが……百合なのか? その、仲睦まじいかというと微妙な感じなのだが……」
「百合ですよ、ありゃあ。良いですか、仲睦まじいっていうのはまあ要は親密な間柄なわけですよ。
ですが、親密だからと言ってすべてが順風満帆な関係に終始するわけじゃないんです。ちょっとした意見の相違なんて日常の中で当たり前にあるんですから。それが見られない関係というのはどちらかあるいは両方が何らかの我慢を抱えて従属しているか、はたまた互いが互いの思考を正確に理解できるほどの長く濃い特殊な付き合いなわけです。
まぁ、それは一旦置いときまして、問題はそういった小競り合いになった時の対応です。初対面だったり、顔見知り程度の関係だったらどうでしょう。おそらく、探り合いに徹する程度で終わりです。相手の性格なり地雷なりを把握していない以上、うかつに踏み込んで傷を負うのは嫌ですからね。
しかし、彼女らはどうでしょう。……素直、そう、素直に喧嘩をしているではありませんか。何が原因なのかはあいにく聞き取れませんが、少なくとも相手に対して素直に感情表現をしているように僕には見えます。
特段の大喧嘩、すなわち破局につながるような酷い言い合いをしているわけでもないようですから、お二方の間には“この人なら素直に言っても大丈夫だな”という信頼が根底に流れているとみて間違いないでしょう。その信頼こそが親密さ、仲睦まじさの表れであるわけでして、すなわち百合といって差し支えない関係性なわけです」
「……あー……そうか、それを距離感って言うんだな」
「そういうことです。距離感が近ければ近いほど素直な感情表現ができるわけです。そしてそれは様々な状況から推測することが……おおっと」
突然、大樹はビルの陰に張り付く。
「どうした」
「すみません、見られかけたので」
そう言った大樹は再び覗き込む。既に二人の魔法少女はこちらに背を向けていた。
「気づかれたわけではなさそうです」
「そうか、気をつけろよ。ばれるわけにはいかないからな」
「わかってますよ」
大樹はところで、と一拍置き、
「今回、結構な大物を仕留めたわけですけど、これで政府は気づいてくれますかね?」
と、マートンに聞いた。二人の目的はただ魔法少女を助けるだけの善行だけではなく、力を見せびらかしたいという自慢だけでもなく、あくまでマートンをかつて嘲笑した人々を翻弄して仕返しをしようといういたずら心が中心なのである。大樹にはそれに加えて私欲が混じっているのだが。
「大型のトラジストを圧倒したんだ、見過ごすわけがないだろう。本格的な捜索が始まるには時間がかかるだろうが、少なくとも謎の存在として認知はされたはずだ」
「つまり……準備はほとんど終わったと言ってもいい?」
「そうだな、魔法の使い方も問題はないし、旧都地下鉄という脱出と移動にとても便利な交通網も手に入れた。これからはそれらを思う存分活用して政府の捜索を潜り抜けながら、秘密の何某として魔法少女たちの戦いにロボットを送り込み、より存在感を出す段階というわけだ」
「秘密の魔法少女、本格始動といったところですかね……なんだかワクワクしてきました」
「秘密の魔法少女……確かにそうだな! よぅし! 秘密の魔法少女君! 頼むぞ!」
「はい!」
“秘密”の一言に男心をくすぐられた大樹の返事は、小声であったが大変元気が良いものであった。
「……さて、そろそろ本当に帰ろうか。二日間駆け回ったからな、すごく疲れただろう」
「二日……そっか、まだ二日か……」
それを聞いた大樹は、まだ自分が魔法を使えるようになって二日しかたっていないことに思い至った。それとともにマートンに叩き起こされたあの瞬間から急速に加速したこの二日間を振り返る。
「そうか、魔法少女なんだ、今……」
それと同時に、自分の身体が変わったという感覚がようやく立ち上がってくる。今更どうしようと思うことはなかった。実際、既にこの身体に対する違和感はほとんどなくなっていたので、そんなに心配になることでもないかと思い至った。何か困ったことがあった場合はその時々で向き合えばいいと、言わば楽観的な思考をしていたのである。そうだ、と同調するかのように、大樹の腹が声をあげた。
「お腹がすきましたね、途中どこかに寄って何か買ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
銀髪少女とぬいぐるみはバイクに収まると、鈍行でビル群にまぎれていった。更地の地下鉄駅に戻るには、少し時間がかかるだろう。
大樹という例外を除いて、魔法少女としての力を持つ女性はその才能を政府の管理のもとで活かすことになる。たとえその能力がトラジストとの戦いに向かないものだったとしても警察、医療、防災、研究、都市開発などで活用できる魔法を持つ者もいるため、政府としてはだれがどんな能力を持っているかを把握しておくに越したことはないわけだ。
それに、魔法という力は一般人が一人で抱え込むには大きすぎる力であるために、放っておけば容易に道を踏み外してしまう。一時期それが社会問題に発展したこともあったために、政府にとっては全員が見える位置にいてほしいのだ。魔法少女としての素質を測る魔力調査が定期的に行われるのもそれゆえである。
「それでぇ? 政府は何て言ってたのぉ?」
「次の魔力調査の結果を見て詳細を決めるって。後障壁の点検もするとか」
「あ~、じゃあ魔法少女の仕業ってことにしたんだぁ」
「とりあえずはね」
美月と桜の三岳姉妹は研究所の近くにある静かな喫茶店でくつろいでいた。自室の隅で丸まっていた桜を見かねた美月が引っ張り出したのだ。話題は当然、あのロボット軍団のことになり、美咲は中央での報告会で出されたばかりの情報を話すことになった。
「姉さんの方は何か言われた?」
「ん~、今のところは何ともだねぇ……あ、店員さぁん、えぇと、えぇと、平べったいほうの糖分くださ~い」
「……ホットケーキ二人分ってことです。お願いします」
「おぉ~、それだ~、ありがとねぇ」
「そろそろホットケーキとケーキの区別をつけるようにして……わからないにしても糖分でひとまとめにするのはダメだと思うよ、姉さん」
「だってぇ、食べる機会なんてほとんどないからぁ」
「……そしたら、今度から会うときは全部ここにする?」
「うぇ、それはやだなぁ。どうせくつろぐなら部屋から一歩も出ないほうがいいなぁ」
「わかった。その代わりに差し入れのキャラメルはなしだね」
「ごめんなさいぃ、頑張って外出るからキャラメルはなくさないでぇ」
「ならいいよ」
会話はそこで一旦途切れ、元の話題に戻る。
「……もし、魔力調査で出てこなかったら?」
「そうだねぇ、地道に聞き込みとかぁ、張り込みとかぁ、一筋縄では行かない話になるねぇ」
「そっか……大変になりそうだな……」
「……もし、そうなったらぁ、ちょっとついて行ってみようかなぁ」
「姉さんが?」
「面白そうだしねぇ」
美月は心の底から驚いた。自分が介入しなければ自室で干からびてしまう姉が自分から動きたいと言い出すとは。
「キャラメルはとらないけど?」
「ものでつられなきゃ動かないと思っていたら大間違いだぞぉ。桜お姉さんは興味関心も立派な原動力なのだぁ。でなきゃ研究者になんてなってないよぉ」
「でも、姉さんの研究って、魔法少女の成長でしょう?」
「まさかぁ、あれだけの規模になる魔法が先天的に生まれると思う? 確認されてないだけって言われると否定できないけどねぇ。
まぁ、どっちに転んでも珍しい出来事だからぁ、見逃したくはないのよぉ。もし成長で得た魔法だったなら私の研究の糧になるしぃ、そうじゃなくても研究者の間で引っ張りだこになるのは確実だからねぇ。一度、この目で直接見てみたいのさぁ」
「そっか、じゃあそうなったら伝えるね」
「お願いねぇ。あ、そうそう、その時は美月の家に泊まらせてもらうからねぇ」
「なんで?」
「この辺じゃあ障壁の外まで遠いしぃ、洗濯するのも面倒だしぃ、自炊もできないからぁ」
「私に任せようって?」
「わかってるじゃないかぁ、妹よぉ」
「自分でやろうとは思わないの?」
「今からだと時間が足りなさそうだからねぇ。できる人がいるならその人に任せるのが一番さぁ」
やっぱりできる限り楽したいんだな、と苦笑いで安心する美月であった。
「ホットケーキ、お待たせしました」
姉妹の間にホットケーキが並べられる。バターが乗せられた上にメープルシロップがかけられたシンプルな一品だった。それをほおばった桜は言葉をこぼす。
「……美月ぃ」
「……何、姉さん」
「美月の家の近くに喫茶店はなぁい?」
「あー、ないね、残念だけど」
「……ついてくって話、やっぱなしでぇ」
「あんなに自信満々だったのに?」
「だってぇ、この、え~っと、そう、ホットケーキ。ホットケーキがおいしいからぁ。これは代えがたいなってぇ」
「ものにつられないんじゃなかったの?」
「うっ……でもぉ……」
「……どうしてもホットケーキが食べたいなら、私が作れるようにするから」
「ほんとぉ?」
「本当。だから私の家に来よう?」
「ならいいよぉ。ありがとねぇ」
お菓子を手作り出来たらもっと喜ぶかな、と内心で練習することを考える美月であった。