ショッピングモールと直通している地下駅の端、人気のない小さな待合室にて一人。銀髪少女はとなりの椅子にリュックを下ろし、自らは椅子の背もたれにべったりとくっついていた。
「百合……百合……あぁ、百合……」
うわごとのように呟きながら天井を見上げる姿はどこか激務後の社会人を思わせる。心配になったのか、リュックからぬいぐるみが顔を出した。
「消沈中すまない、トラジストが出たらしい。東でだ」
どうやらとどめを刺しに来ただけだったようだ。しかし温情はあったようで、ピクリと反応を返した大樹を見て、だが、と続ける。
「そのだな……無理をする必要はないぞ。無線を聞く限り切羽詰まっているわけではなさそうだった。おそらく手を出さずとも解決するだろうし、今から向かっても間に合わないかもしれない。だから今日は帰ってゆっくり休もう」
しかし大樹は椅子から背中を引っぺがすとそのまま素早く立ち上がる。
「行きます。疲れているならパパッと行って、パパッと終わらせてパパッと帰る。そうすりゃいいんですよ。もし間に合わなくても、とりあえずロボットはいつでも来れるよってことをアピールしますから」
と言ってマートンをリュックごと持ち上げる。
「さ、案内お願いします」
「……相当疲れているだろう。いいのか?」
「かまいません」
「……道中、聞きたいことがある。いいか?」
そう言ってマートンは小さな透明の石──純魔石──がついたリストバンドを取り出す。このリストバンドには視覚を誤魔化すための触媒が仕込まれており、見えなくなることで線路を降りて行くところを誰にも見られないようにと用意したものだった。
「いいですよ」
大樹はそれだけ言うとリストバンドを受け取って左手首にはめ、調子を確かめるように軽く手首をスナップさせる。手元に小さな火花が咲いたかと思えば、それが散るころには大樹はリュックサックと共に姿を消していた。もちろん、どこかにテレポートしたわけではなく単に見えなくなっただけではあるが。
放棄された区間に入り、移動手段はバイクに移っていた。マートンが話をしたいと言っていたからであろう、電動で静かに地下を潜っていた。
「それで、何か聞きたいことは?」
大樹は背中のリュックに語りかける。
「ああ、単刀直入に聞こう。なぜそんなに協力的なんだ?」
「えっ、どういうことですか?」
あまりに突飛な質問だったために、大樹は思わず振り返った。すぐに向き直ったが、危ない運転である。
「いや、君はいきなり魔法少女になって戦うという突拍子もないことに巻き込まれたんだ。当時と比べて幾分冷静になったから言えることだが、本人の同意を得ずに戦わせようとしたんだ。正直、幾分かの恨み言が飛んできてもおかしくなかったはずだ。
しかし、君は簡単に受け入れた。百合の間に挟まってしまうかもしれないという、君にとっては今生最も恐ろしいであろう状況になるリスクを承知したうえで」
言外に続く“どうしてだ? ”の声を聴いた大樹は、少しの間、んー、とうなり声をバイクの駆動音と重ねた後に、
「まぁ、一言に集約するなら、もったいないから、でしょうですかね」
とあっさりとした返答をする。
「もったいない?」
「はい、ほら、マートンさん言ってたじゃないですか。一人暮らしで暇そうで大量の魔力を持っていたから魔法少女にしたって」
「そうだな」
「それが一つ目です。実際、暇していたのは事実ですし。そんな僕に他人が求めている力が、それこそ人を守るにたりえる力が眠っていて、それを引き出してくれたのなら、使わないのは失礼なうえにもったいないっていうことです」
「なるほど……それで、二つ目のもったいないとは?」
「面白そうだから乗らなきゃもったいない、ということです。マートンさんは自分の理論を否定されて、悔しかったから証明して見返そうと思ったということだったので、これは面白いことになるんじゃないかなって」
「より遠回りなプランを示したのはそのためだったのか」
「いえ、それは三つ目です」
「三つ目?」
「はい、これは完全に我欲ですね……すなわち、百合を眺めないのはもったいない」
「あー、察しはついたが説明を頼む」
「ええ、私が百合に挟まれたくないというのは、百合という事象を崇めるほどに好きだからというのは言わなくてもわかるでしょう。あの時、マートンさんを脅してテレポートさせた時、最初はどうやって挟まらないようにするかで頭がいっぱいだったわけです。もしそこから抜け出せなければ、今頃拒絶していたかもしれません」
「だが違った。思いついたわけだな」
「そうです。自分が挟まるまでの猶予期間を先延ばしにして、かつ自分は特等席で百合を眺めることができる。そして、マートンさんにとってもより派手な仕返しができる。つまり、あのプランには三分の二で私欲が入っていたわけです。だから、その、こちらこそごめんなさい。今更ですけど」
「かまわないさ、つまり、お互い様だったということだろう?」
「ええ、今日二回目のお互い様ですね」
銀髪少女とぬいぐるみはそう自覚したとたん、なんだか自分たちが滑稽な存在に思えてきた。どちらとも知れず含み笑いを漏らすと、トンネルのそこらじゅうに潜む静寂で反響してまた彼らの内に戻り、横隔膜でまた跳ね返る。増幅した笑いはいつの間にか、ヘッドライトの光よりも遠くに響く、腹の底からの大笑いに変わっていたのだった。
トーキアの防衛を担当する魔法少女は必ずチームに所属することになる。チームを構成する最初のメンバーは魔法少女のための訓練学校の同期から選ばれ、何らかの原因──衰えや病気、怪我、或いはそれ以上のもの──で欠員が生じない補充されることはない。
そのため、魔法少女同士の友情──或いは愛情──は、訓練学校での上下間の交流が薄いのも手伝って、基本的にチームの中ではぐくまれる。
しかしながら、訓練学校でたまたま生まれた先輩後輩の関係が、たまたま同じ方角の同じ区域に配属されたことによって維持されるということも稀にではあるが存在する。これを運命ととるか、はたまた偶然ととるかは、当人たち次第である。
がれきの街の中で小規模なトラジストの群れを確認し、特段の混乱もなく排除した東の1地区の面々は、それぞれ動かなくなったトラジストの処理を行っていた。
「んおぁー、暇だぁー」
そんな中で黒の帽子を深くかぶった背の高い魔法少女、早坂ミナはバットを掲げて伸びをしていた。ものを飛ばすことしかできない彼女の魔法は死体の処理には使えない。なのでこうして暇を持て余しているのである。
「あのロボットまた落ちてきてくんないかなー……でもあいつら、野球とかできんのかな?」
一旦暇だと思い至れば、それを何とかして解消しようと何らかの刺激を求めるのは道理であり、そんな時に想像するのは決まって大仰なものである。少なくとも彼女にとって今思いいたる最大の刺激は、それこそあの時のロボットであった。
「最近北とか西とかに出てきたっていうのはよく聞くから、あれっきりなんてことはねーんだよ、多分。な! アカネ!」
「な! じゃないんですよ。まったく、ミナ先輩が退屈しているのはわかってますから、せめて後処理中ぐらい我慢してください」
突如振られた話を冷静に切り返した穂高茜は、この後駄々をこねる先輩が抱き着いてくるだろうと予見して身構えた。しかし、いつまでたっても飛んでこない。いつもなら、と思いながら振り返るとミナはどこか遠くに目を凝らしていた。
「ミナ先輩?」
「おーぅ?」
「どうしたんですか先輩」
「いやー、ほら、あれ、あのシルエット」
そう言ってミナが示した先から砂ぼこりが近づいてくる。二人とも思い当たる節は同じであった。茜はいそいそと映像機材を取り出そうとする。そして、ミナはというと。
「うぁーははは! 待ってたぞー!」
そう叫んで全力疾走である。
「あっ、ちょっと! 先輩! もう!」
茜も後に続き走るが、先輩のほうが足が速い。追いつくころにはすっかりばててしまっていた。
「はぁ、はぁ、先輩……」
「アカネ! こういう状況を願ったりかなったりとか言うんだろうな!」
「なんで全然疲れてないんですか……」
「そんなことより見ろよほら! 近くで見るとすげぇな!」
二人の前には巨岩のようなボディに手足がついたロボットが直立していた。胴体が大きな影を作って見下ろしてくるためか、圧迫感が強い。
「ようよう! 元気そうじゃねえか!」
しかしミナは気にせず話しかける。ロボットの単眼がミナを捉えて、その青白い光でミナの顔を照らす。
「ずいぶん気さくに話しかけるんですね……」
「悪い奴じゃなさそうだしな! おっ、そうだ! 自己紹介してなかったな! あっしは早坂ミナ! そんでこっちは……」
そう言葉を切って傍らの茜を抱き寄せる。ロボットは緩慢に片膝をつく、ボディについた単眼がギョロッと動き、茜を照らす。
「穂高アカネ! ま、気軽にミナとアカネでいいぞ!」
「ちょっと待ってください。このロボットしゃべれないでしょう」
「でも伝えておいて損はねぇだろ? もしかしたら面倒だからしゃべってないだけかもしんねぇし」
「ロボットがめんどくさがるんですかね……」
二人が話している間、ロボットはピクリとも動かない。しかし、その間にわずかなノイズを出しており、ミナの耳はその微かなノイズを捉えた。
「ちょっと待った、なんか聞こえる。しゃべってるのかも」
「えっ、まさか本当に面倒だっただけ?」
二人は黙り、ノイズの正体を探る。その出所がロボットだと確信すれば、次はノイズの内容だった。ただ、本当にわずか、それこそそよ風にすらかき消されてしまいそうな小さな音だったために、すべてを聞き取ることはできなかった。
≪────ly────―ka──―in──Li────≫
「りー……だめだ、全然聞き取れねぇ。でもなんか言葉っぽいのは確かだな」
「メモしとかないと……」
「やっぱ喋れたんだなぁ、すげえなこいつ! ……んぉ?」
喋れたという事実に感嘆し、改めてロボットを見上げたミナはまたまたあることに気づいた。
「へこんでる……」
真っ白なボディに、わずかながらへこみがあったのだ。そうあれと想定されて用意されたへこみとは違う、どちらかというと少年のいたずらでできたようなものと見えた。
「もしかして、お前あんときの?」
初めてロボットと出会った日に、一体打ち返したことを思い出す。確かに、バットで思いっきり殴ればへこむだろう。実際ロボットはボディを縦に揺らしている。
「おー! わざわざ会いに来たんだなぁ! ご苦労さん!」
「個体ごとに傷やへこみができるとそのままなんですかね?」
茜の疑問に答える人はいなかった。
「うっし、ほら、ハイタッチ!」
ミナが手を上げるとロボットは彼女らの顔を優に超える大きさで五本指の手を下ろしてきた。そのまま軽く手をくっつける。
「うおぉ! やっぱ硬いな! ほら、茜も!」
「えっ、私もですか?」
「そーだ! ロボットも気を利かせてるんだから遠慮なく、さぁ!」
ロボットは手をゆっくりとずらして、茜の目の前に差し出す。さすがにそこまでくるとのらないほうが失礼なように感じられて、
「たっ、た〜っち」
と、躊躇しつつも手を合わせた。
「あっ、ちょっとあったかい……」
冬には便利かな、など考えながら手を離す。
対してロボットは自らの手のひらを少し眺めると、二人に対して親指を立てる。どうやら満足したということらしい。そしてそのまま踵を返す。
「おーっと、待った待った」
ところをミナが呼び止める。何事か、とでも言いたそうに振り向いたロボットに、
「ほれ! 出会い記念!」
と、帽子が差し出される。見れば、ミナがかぶっていたはずの帽子であった。
「ほれ! ほれ! 遠慮するな!」
「いや、どっちかというと困惑じゃないかと思うんですけど」
ロボットは動きを止めて差し出された帽子を眺めている。しばらくしてようやく手を伸ばしたかと思えば、差し出された帽子を親指と人差し指で優しくつまむと、そのまま頭にちょこんと乗せた。
「おぉ、なんだかかわいくなったな!」
それに胴体を縦に揺らして答えようとするロボットだったが、帽子はどこにも引っかかっていないので危うくずり落ちそうになった。結局ロボットは帽子を落とさないように慎重な歩き方で去っていくのであった。どうやら手で抑えることにはいきつかなかったらしい。
「いやー、楽しかった! 今度会ったらちゃんと話してみてーな!」
「……そうですね会話ができるなら、いろいろと聞けるかもしれません」
『リーダー? どこですか? もう撤収しますよ』
チームリーダーである茜の胸元から心配の声が飛び出す。結局私もさぼったようなものだったのかな、なんて思いながら、満足げな先輩を引っ張っていく茜であった。
一応、土曜午前0時に予約投稿しようと思っていました。失敗しちゃいましたけど。
誤字報告、ありがとうございます。