「おはよう、レナ」
「……うん、おはよう」
お父さんはキッチンで洗い物をしていた。
時計を見ると針は8時を指してる。いつもならとっくに学校へ行っている時間だ。
それなのにこんな時間に起きた。……昨日、お父さんに迎えに来てもらった後、わたしは自分の部屋に閉じこもった。わたしに起こった色んな事とその疲れのせいでこんなに寝てしまったのかもしれない。
「朝ごはんできてるから、しっかり食べてね」
テーブルにはトーストと目玉焼き、サラダ。いつもの朝食が並べられていた。
「……いただきます」
力の入らない手でパンを掴んで、それを一齧りする。なんだか今日はトーストがいつも以上に熱く感じる。喉を通らない。いつもはペロッと平らげちゃうのに。わたしの体がわたしに入ってくるものを拒否しているようだった。他の料理にも手を付けてみるけど、皆おんなじ。
「……ごちそうさま」
結局。わたしは料理のほとんどを残したまま、朝ごはんを食べるのをやめちゃった。
「レナ……」
わたしの様子を見て、お父さんがキッチンからわたしの方へと向かってくる。
「……慎也くんの事がつらかったんだね。」
「……」
お父さんにはわかってた。
わたしが昨日泣いた理由も。こんなに遅く起きてきたのも。朝ごはんがあまり食べられないのも。全部。
「今日は大事を取って休もうか。健康じゃないのに学校に行っても仕方ないから」
「お父さん、ごめんなさい……」
「レナが謝ることはないよ。またレナが元気になるまでお父さん頑張るからね」
それからお父さんは学校へと電話し始めた。
ここに居ても仕方ないと思ったわたしは自分の部屋に戻ろうと決めた。
わたしは自分の部屋に行く。昨日帰ってきたままなげっぱなしの制服と鞄。
そして、机の上に置かれているのはデッキケース。あの時、エヴォから受け取ったものだ。
わたしの部屋に置いているものが、昨日の出来事が夢じゃないってことを思い出させていた。
「どうして……あんなことになっちゃったんだろう……」
誰もいない部屋でわたしは言葉を漏らしていた。
すると、わたしの耳に音が聞こえてくる。何かが窓を叩くような音だ。……小鳥かな。相手にするのがイヤになっているわたしはそのままベッドに倒れ込もうとする。
「レナ!レナ!開けて!」
「エヴォ……?」
それは昨日初めて出会った妖精、エヴォの声だった。どうしてわたしの家が分かったんだろう。少しの疑問と熱を持ったまま、わたしは窓を開けることにした。
「ふぅ……ありがとう」
「どうしてわたしの家が分かったの?」
「キミにあげた力を感知していたら、ここに辿りついたんだ」
「そうなんだ……。今日は何をしにきたの……?」
「キミの友達……上條くんについて話をしにきたんだ」
「あのあと、しーくんはどうなったの!?」
「病院に搬送されて、緊急手術を受けて一命はとりとめたよ」
よ、よかった……。将軍さんの言ってたことは本当だったんだ。
「だけど……」
エヴォの顔が下を向く。まるで何かを言いたくないみたい。
「つらいことになるかもしれないけど聞いてほしい。今の彼は……植物人間のような状態になっているんだ」
植物人間……?くわしくは知らないけど、ドラマとかでよく聞く言葉だ。
「ウソ……な、なんでしーくんがそんな状態になってるの!?」
「多分、バトルフィールドに生身でいたのが原因だと思う」
「バトルフィールドが原因ってどういう事……?」
「あの空間はバトルスピリッツを執り行う為に必要なマナで満ち溢れているんだ。マナっていうのは自然界にある魔力。ボクたち妖精にとっては人間でいうところの空気。けど……人間はマナの多くあるところに居続けると危険な事になる。上條くんの場合マナの過剰摂取で倒れたんだ。将軍はその事を知らなかったみたいだね」
だから倒れたまま、目を覚まさなかったんだ……。
「けど、治るんだよね!?元気になるんだよねっ!?」
わたしはエヴォに問いかけた。しーくんがきっと目を覚まして、わたしの前に姿を見せてくれるって事を。
けれど、エヴォの顔は上がらないままだった。
「残念だけど……今の人間界の医療技術では治せないんだ」
「……!」
そんな。守る為だと思っていたのに……。わたしがしーくんを危険な目に遭わせたの……?
けど、おかしい。だって……!
「じゃあ、どうしてわたしは無事なのっ!?わたしもあそこにいたのに!」
「……キミはボクと契約したことで妖精の力を手に入れて、マナを自らの力に変換できるようになってる。だから平気でいられたんだ」
「……っ!」
こみあげてくる思いを止められない。目の前の
「なんで…なんでわたしだけ無事なの……。しーくんを助ける為にバトルしたのに……」
「しーくんを危ない目にあわせて……苦しい思いまでさせて……!!」
「こんなの……魔法少女になった意味がないよっ!!」
手に持っていた枕をエヴォに投げつける。ポフンという音と共に、ぶつかった枕はそこにむなしく落ちた。
エヴォは顔を下にしたまま上げようとしない。
「……帰ってよ」
その言葉をつぶやいて、わたしはエヴォを見つめる。
「お願いだから帰ってよ!魔法少女の力なんていらないよ!!」
「……それは出来ないよ。キミはもう力を手に入れてしまった。力っていうのはいつも一方通行なんだ。手に入れた力に返す場所なんてない」
じゃあ。どうしようも。ないじゃない……。
「けど……キミにはまだ希望が残されている!キミが手に入れた力があれば!」
希望……なにそれ。きぼうなんてないよ。だって……わたしのせいで。しーくんは。誰かを守れない力なんかに意味なんてないよ。
「キミの力を使って……奇跡を起こせるんだ!上條くんを救えるんだ!」
しーくんを守れなかったわたしをエヴォは引き留めようとする。エヴォがこれ以上何かを言っても、わたしはエヴォを家から追い出す気でいた。
けれど……『上條くんを救える』。その言葉にわたしの意識は強く惹かれていた。
「救えるって……どういうこと」
わたしは無意識の内にエヴォに質問していた。
「それにはボクがこの世界に来た事と関係しているんだ。……レナ、キミには聞いて欲しい。ボクがこの世界に来た理由を。」
エヴォが小さな羽でベッドから目の前にある机の上に移動する。そして、黒い目がわたしをまっすぐ見つめてきた。
「改めて自己紹介させてもらうね。ボクはエヴォ。妖精界に君臨する王の使い魔さ」
「王の使い魔……?」
「正確には先代の王だけどね。ボクの居た妖精界は今大変なことになっている。ボクの仕えていた王が突然消えてしまったんだ。そんな混乱の最中、新たな王が誕生した。その新しい王は
「バトルスピリッツを象徴するそれぞれの色。その強大な力を持つ六枚のカード。その名も
「……けど、そのカード達がしーくんを助けるのに何の関係があるの?」
少しイライラしながらわたしは言葉を返した。いきなり王だとか世界ネクサスだとかそんな話をされても困るんだよね。妖精界の事情なんて、しらないよ。
「とっても関係あるよ。『世界ネクサスを全てを集め、鍵を使った時……。六つの世界は繋がれて、どんな願いでも叶う奇跡が起こる』。妖精界の伝説さ」
どんな願いも……?それって……。
「レナ、キミの予想通りさ。どんな願いも叶えられる。もちろん……人間界の医療では治せない一人の男の子を救うことだってできる」
「……!!」
「だからお願いしたいんだ。ボクと一緒に世界ネクサスを集めてくれないかな。キミがカードを集めてくれれば、奇跡の力はキミにあげるよ」
世界ネクサスと呼ばれるカードを一緒に集めて欲しいというエヴォの頼み。しかも、わたしに願いを叶えさせてくれる。たしかに今のわたしにとってこんなにうれしい話はないけど……。
「エヴォは奇跡は要らないの……?叶えたい願いはないの……?」
「ボクは先代王の使命を果たせれたらいい。奇跡に興味はないよ。それに奇跡を叶えるのは一度きり。キミが願いを叶えてくれれば、今の王の野望も止めることが出来る。新しい王はその奇跡の力で妖精界を支配しようとしているんだから」
今の妖精の王は悪い事に使おうとしてるってコトなんだ……。だからエヴォも必死で集めようとしてる。
「キミや上條くんを巻き込んでおいて、虫のいい話だってことは分かってる。けど、ボクは……ボクの使命を果たしたいんだ」
「貴方の使命って……前の王様の?」
「先代王が消える前にボクに言ってくれたんだ。『もしも自分の元から世界ネクサスが離れた時……エヴォ、お前に回収を任せたい』って。ボクは先代王に託されたんだ!だから……その使命を最後までやりとげる!その言葉を聞いた時から最後までやり遂げるって決めたんだ!」
「……!!」
エヴォの言葉で気づいた。……そうだ。わたしが決めた事なんだ。しーくんを助けようと思ったのも。魔法少女になろうとしたのも。バトルスピリッツをやろうと思ったのも。なのに、逃げようとしてた。ここで逃げたら、しーくんは二度と戻ってこない。
『レナ、最後までやろうと思った事は最後までやりな。最後までやんなきゃ、アンタ一生後悔するよ』
思い出した。この言葉は……お母さんの言葉だ。大切な仕事をする時、いつもわたしに言ってくれていた言葉だ。エヴォが前の王様の願いを最後までやり遂げるのなら……わたしは。しーくんを助ける事を最後までやり遂げる。それがわたしの決意……!!
「……わたし、やるよ。しーくんを取り戻すために。だから、貴方に協力させて!わたしもそのカードを集めるのを手伝うよ!」
「レナ……!!」
わたしの言葉を聞いたエヴォは顔と小さな羽を上げる。彼の目からは涙があふれていた。
「ゴメンね、エヴォ……。わたし、あなたにひどいコト言っちゃった」
「気にしないでよ。ボクの方こそ、レナを妖精界の事情に巻き込んでいるんだから」
「これからわたし達友達だね」
「……うん!ボクの……初めてできた人間の友達だ!」
こうしてわたしは目の前の
そう思いながら仲直りを終えた後、わたしはエヴォに一つ質問をすることにした。
「ねぇエヴォ。何であなたは将軍さんに追いかけられていたの?」
そう。同じ妖精界の仲間のはずなのに追われている事。わたしはその事をずっと知りたかったんだ。
「ボクが世界ネクサスを繋げる『鍵』を持っているからさ。それこそが王のカード。これを狙ってアンガー将軍はやってきたんだ」
王のカード。将軍さんとのバトルの時、わたしのピンチを助けてくれたカード。そのカードがさっき話してた『鍵』なんだ。
「でも、将軍さんは帰ったからもう大丈夫なんじゃ……」
「いいや、彼も尖兵にしか過ぎない。アンガー将軍を最初に送りだしてくるなんて彼らも本気なんだ」
「彼ら……?それって将軍さん以外にも誰かいるってこと!?」
「その通り。ボクらが相手にしなくちゃならないのはアンガー将軍だけじゃない。今の王に従う軍……
唐突にエヴォから話された将軍さん以外の敵。いきなり軍って聞いて想像もつかない。
だけど……わたしが大きななにかと戦わなくちゃいけないってことだけは……なんとなくわかったんだ。
★★★
時は少々遡る。アンガー将軍は妖精城の会議室へと向かっていた。
すると、通路の奥から金属のような音が少しずつアンガーの方へと近づいて来た。
「将軍、お疲れ様です」
「むっ、カルトであるか」
将軍の目の前に現れたのは ヒトの形を象った水銀。カルトと呼ばれる彼は自身の浮遊魔法によって地面から数センチ程浮いており、また滴り落ちる液体の流れを静止魔法で止めることで、その身を辺りに振りまくことなく自身の形を人型にとどめていた。
「聞きましたよ、皇のカードが目覚めたようですね。」
「耳が早いであるな」
「伊達に青の部隊は率いていませんよ。それに……目覚めさせたのがニンゲン。それも女の子供だというのだから驚きですよ。貴方のような実力者が負けてしまうとは」
「竜音レナ。あの人間にはバトルスピリッツの才能があるのである」
その言葉を聞いたカルトは顔に手を当てると、少しのため息を吐き、困った顔をした。
「……才能ですか。自分としては早めに潰しておきたいところなんですがね……生憎エヴォがいる以上そうにも行きそうにはありませんか」
「……」
「おっと、ここで時間を食っていては神父に怒られますね。急ぎましょうか、将軍」
「うむ」
歩く速度を上げ、彼らは会議室へと進んでゆく。途中、警備に当たっている骸骨の兵士達がカラカラと音を立てながら二人に礼をした。
(今日の警備は紫の軍であるか……当然、ヤツもいるというワケであるな)
アンガーはある人物が会議に参加していることを予測しながら、会議室の扉を開いた。
重い扉を開けた先に円状のテーブルに六席の椅子が並べられ、そこには既に3人の妖精が座っていた。
「遅れてしまってすまないのである」
「いえいえ~お二人の到着を楽しみにまっていましたよぉ~」
にこやかに笑顔を返すのは猫の姿をした獣人。その笑顔から連想できる可愛らしい姿をしており、その身に纏う紺色のローブが彼女の可愛らしさをより一層引き立てていた。
「来たか。アンガー将軍、追跡の任務ご苦労だったな。君自ら人間界に出向いてくれた事、感謝しよう」
アンガーとカルトの前に現れたのは白髪の神父。その場にいるだけで存在感をもたらす彼は笑みを浮かべながら、二人を歓迎していた。
「これも任務であるからな。やることはやったのである」
アンガー将軍はふと奥にいる影を一つ見る。両腕を高く挙げながら辺りを回り、何かを叫んでいた。
「
|Wie ihr auch lacht und lügt,《どんなにお前たちに笑われても、嘘をつかれても、》
その声は高らかに。そして、激しく会議室に響き渡っていた。
(やはり来ていたであるか……少佐)
「やれやれ……彼の悪い癖だな。私が呼びかけよう」
神父の男は「彼」に近づき、その肩を叩く。
「トビー。アンガー将軍とカルト大尉が見えたぞ。やめたまえ」
眼鏡をかけ、黒いジャケットに身を包んだ小太りの男。神父の呼びかけに気づいた彼は耳からイヤホンを外し、アンガー達の方を見た。
「……おお、失礼した。ついつい聞き入ってしまってね。時間が経つのを忘れてしまう」
「全くトビー少佐も飽きませんね。人間界の代物がそんなに楽しいんですか」
先程と変わらぬ笑みを浮かべ、トビーと呼ばれた男は意気揚々と答える。
「私が心から残そうと思った文化だ。愛着が湧くのも当然というものだよ、カルト君」
高く挙がった手と万遍の笑み。自身の喜びを表現せんとばかりの態度で、トビーはカルトに返事を返す。
もっとも、カルトにとってトビーの仕草は見慣れた光景である為、やや呆れ顔で彼を見つめる事になった。
「さて……君たち席に着け。会議を始めようではないか」
神父の言葉に従い、アンガーは赤の席。カルトはその隣の青の席へと座る。彼らが座るのは各々が指揮する色の席。
妖精軍はそれぞれバトルスピリッツの六色のように、軍団が別れている。そして、この場にいる者達はその軍のリーダーであり、どの妖精も屈指の実力を持つ者ばかりなのだ。
「これより我ら軍団長による会議を執り行う」
「やはりアイツはいないのであるか……」
「アイツ……ああ、技術局のお坊ちゃんの事ですか。何でも異世界に旅行中だとか。まったく……いい身分ですよ。休暇中だった俺の部下も呼び戻してるというのに、あの男は自由すぎるんですよ」
カルトは露骨に不快な顔を見せた。この場に居ない緑属性を操る妖精。彼は自分の父から仕事を継いだものの、当人はその任をまっとうするどころか放棄しているような素振りで異世界への旅行を繰り返しているのだ。この場に居ないどころか協力する素振りもない為、軍に所属する様々な妖精は彼を嫌っているのだ。
「そうですよね~。……あの人の想いなんてまるでないんですから」
黄色の席に座る獣人もカルトに同調し、言葉を繋ぐ。彼女はにこやかに笑いながらもその瞳には少しの陰りが見えていた。
「この場に居ない者の事などほおっておけ。我々の計画についての話を始める」
白髪の神父はこの場に居ない者は蚊帳の外であると告げ、会議を進行する。
「我々が人間界でやるべき事。それは世界ネクサス……そして皇のカードの回収である」
「再確認すると~確かバトルスピリッツのそれぞれの色の力を宿した凄いカードですよねぇ〜」
「その通りだ。これらのカードは人間界に散らばっている。そしてその『鍵』である皇のカードはエヴォと遭遇した竜音レナが握っているワケだが……」
「『六枚の世界と皇の鍵が揃いし時。新たな世界の扉は開かれ、共に奇跡は起こる』か……」
トビーはホワイトの言葉を遮るように言葉を漏らす。そして─。
「アハハハハハッ!アハハハハハハッ!!アハハハハハハッ!!!」
突如、トビーは両手を高く挙げながら会議中に響き渡る声で高笑いをする。
「失敬。いやはや……夢のある話じゃないか。伝説とはこうあるべきものだよ。そうは思わないかねェ……我らが指揮官、ホワイト神父」
「君はどこまでもロマンチストなのかはここでは置いておくとしよう」
「指揮官殿はつれないな。まぁいい。それで私達へどのような命令を下すのかね」
そっけない返事とトビーの言葉から一呼吸おき、ホワイトは命令を告げる。
「竜音レナの実力を図りたい。赤の軍を除いた残り四色の軍団長は自らの軍から一人ずつ彼女に向かわせろ。
その命令が発せられた時、軍団長達の表情が一変する。
彼らが
「了解しました~。黄の軍団長、ミーヤ。この任務頑張りますねぇ~」
「同じく青の軍団長、カルト。すぐさま人員の掌握及び出撃要因の選別に入ります」
「私も二人と同じく任務を全うさせて頂こう。戦果を期待しておいてくれたまえ」
白髪の神父は三人の軍団長の言葉を聞き、静かに笑みを浮かべる。それは彼らに密かに期待する指揮官としての喜びからくるものだろう。そして残った将軍に向け、神父は語り掛ける。
「アンガー将軍。君は事の顛末が終わるまで待機しておいてくれたまえ。もしや、赤の軍団の力が再び必要になるかもしれないからな」
「……了解なのである」
アンガーは若干顔を俯けながら返事をする。その姿は彼にどこか後ろめたい何かがあることを感じさせるものだった。
「諸君、我らが敵だ。くれぐれも注意を怠るなよ。それではこの会議を終了する。解散!」
ホワイトの声と共にそれぞれの軍団長は転位魔法にて己が軍勢へと戻って行った。……ただ一人を除いて。
「トビー、何をしている。君も行動を起こしたまえ。それとも先程の言葉は嘘だったのかね」
「いいや、嘘ではないさ。君に用事があるから残ったのだよ……ホワイト神父」
「私に用だと?」
紫の席から離れ、トビーはホワイトの元へと一歩ずつ近づいてゆく。
「君は実に賢い男だ。過去の戦いにおいても、指揮官でありながら熾烈な前線に出向き、数々の勢力を打ち破ってきた」
「昔の話だろう。今と何の関係があるというのだね」
神父の前に立つ黒い男は眼鏡を光らせながら、口を開く。
「君にしては今回の命令は少しばかり……いや。かなり臆病だと感じた」
「皇のカードに選ばれたから警戒しろ……確かに理に適っている。相手の実力を見抜き、それに対する行動……そして、心構えを持つ。戦いの基本だ。だが、我々からすれば分かりきった相手だ。なのに、その命令はおかしいと私は思った。実力把握はアンガー将軍で十分だと思うのだよ」
「脅威は刈り取り、殲滅するのが君のやり方ではなかったかねホワイト神父。竜音レナを脅威の存在と認定しているのならば、なおさら。出すべき命令は殲滅だろう」
怒涛の降り注ぐ言葉の雨。ホワイトが付け入る隙もなく、トビーの言葉は連なってゆく。
「……何が言いたい」
「フフフ……単刀直入に言おう。君がこの命令を下した理由。それは─」
突如として降り注いだ落雷。それと同時に放たれたトビーの言葉がホワイトの表情を一変させた。
「……流石だな。どうして分かったのかね?」
「単純な事だ。私の思考がこの答えを導きだした。それだけの事さ」
「君はすぐにでも彼女を……竜音レナを殲滅しようと考えているかね?それがたとえ
「いいや、何もしないさ。ただ、その計画に従い、実行するだけ。それが軍人というものだ」
トビーが言葉を終えた時、ホワイトの口角は少し上がっていた。
「素晴らしい洞察力……そして軍人という在り方に忠実だなトビー少佐。いいだろう。君のこれからの活躍に期待するとしよう」
彼からすればトビーから告げられたことについては問題ではない。ただ……目の前の男が優秀であることを再確認したことをホワイトは喜びに感じているのである。
「フフフ………感謝するよ、ホワイト神父」
彼は懐から何かを出し、それを見つめながら一言呟く。手に持っていたものはうねりを上げながら、形どり一本の瓶の形どった。
「極上物のワインだ。計画の成就を祈願し、乾杯といこうじゃないか」
トビーが指を鳴らした瞬間、二人分のグラスが現れる。ボトルの栓を抜いた少佐はグラスにワインを注ぎ、ホワイトへと振る舞う。
「そうだな。君の好意、受け取っておこう。我らの
「ああ。乾杯」
口にワインを含み、トビーは広がる味を楽しんでゆく。
(ああ、今宵も酒が旨い。だが、この酒にはもっと旨いツマミが必要だ。そう……。
これから起こる計画こそトビーにとって心躍るものであることを。彼の本質を刺激するものであることを。
─誰も知らない。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
まずは更新が遅れてしまい申し訳ありません。リアルが多忙だったり、夏風邪をひいたりなど色々ありましたが何とか更新にこぎつけました。
第3話いかがだったでしょうか。物語を左右する六枚のカードと『鍵』そして動き出す妖精軍。これからの展開を心待ちにして頂ければありがたいです。
また作中に登場しましたトビー少佐のセリフに出ました『ラインの黄金』の訳に関しましては、オペラ対訳プロジェクト様(http://www31.atwiki.jp/oper/)より転載いたしました。
また次回お会いしましょう。それでは。