記憶はない。人間性も若干ない。元気しかない。   作:ささかま

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ほんの少し、気味が悪いと思った。


シノブちゃんです

 

 直射日光下で無意味に動き回る真っ白な物体は、地味に目に悪い。木陰へ移動し座れば大人しく横に来る。それでもまだ木漏れ日に白さがちかちかした。

 腰を下ろしても随分と大きい。白い虹彩がずいいと近づく。

 

「それで! なんでしょう!」

 

 相変わらず変化の無い声量に眉間の皺が深まる。

 

「……そうですね、まずレブナントと言うのは貴女の様な存在の総称ですよね? 貴女のお名前を聞いてもいいですか?」

 

 にこっとした表情のまま、コロコロ表情の変わっていた白い顔が固まる。虹彩まで白に塗り固められた瞳だけが斜め上を見上げたままで静止する。

 体格や、その顔立ち、手帳内に数種類の言語が入り乱れる有様から、流暢に話しては居るが日本語での意図が伝わらなかったのかもしれない。

 

「私は胡蝶しのぶという名前です」

 

 そんな考えから自身の胸に手を当て名乗ると、静止していた死体の顔がまた動き出す。

 

「シノブちゃんですね! 手帳に書いてない事は覚えてないので! わたし……、わたしの名前分かりません! 適当に呼んでください!」

 

 再始動した死体の相変わらずな高光度の笑顔に、しのぶの表情が誰が見てもひくついた。

 あまりにもお互いの緊張感と、温度が違う。

 

 事の発端はとある報告だった。

 

 藤襲山に鬼を喰らう幽鬼がでた。

 

 なんていう話だ。ただ、鬼は共食いだってする。限られた範囲に複数放っておけば、そういう事もあるだろう。

 だが報告者は皆、どこか釈然としない顔をしていたという。あれは鬼の様には見えない……、だが鬼を喰らい、人には見えない、と。

 その印象から『幽鬼』と表現されたらしい。

 

 状況ははっきりとしないが、万一最終選別の場に不釣り合いな程、強くなった鬼が出てしまっては困ると言う事で、藤襲山へ向かったしのぶがあっさり見つけたのがこの終始笑顔の『吸血鬼』だった。

 

 山中を一生懸命に爪を真っ黒にしながら穴を掘っていた。

 色素の無い、女とは思えない程の背丈をした人影だった。

 警戒し刀の柄へ手を置きながら気配を殺し接近するしのぶへ、先に声を掛けてきたのはその真っ白な人影だった。

 

「こんにちは! わたしレヴナント!」

 

「あ、はい。こんにちは。えっと……そこで何を?」

 

「暇すぎて穴を掘って埋めるだけの遊びしてます! めちゃくちゃ虚しい! 虚無をうみだしています!」

 

 穴掘りをしていた死体が大きく手を振り、動作に負けないくらいの大声で笑いかける。どすどすなんて擬音がしそうな程に大股で寄って来る。良く懐いた大きな犬に近い表情だ。

 呆気に取られる程の快活さに、何者なのかと誰何すれば、いかにも重要そうな事が綴られた手帳をあっさりと手渡してきた。

 

 余りにも露出面の多い真っ白な洋服に、白過ぎる死人の肌。白銀にキラキラと輝く襟巻が足元に届きそうな長さで垂らされていた。

 あんまりにも異様な出で立ちで、鬼でないにしても怪しさしかない。それなのに、行動や性格に緊張感を抱けない。

 渡された手帳を読み進める間の余白に、暇を持て余してい無意味にぐるぐると回っている程だ。

 

 まるで子供のようだ。

 

 実際子供なのかもしれない。

 厭に精密で薄ら寒さを覚える、研究者が綴ったかの様な『大崩壊』や『化け物』『吸血鬼』に『欠陥』、『暴走』『討伐』『赤い霧』などに関する客観的で淡々とした記述。

 それと同じ筆跡で綴られた、記憶が何もないと、また次に忘れてしまった時の為にこれを読めと書き連ねた、日付さえない稚拙な記録。

 その記述の通りに、何も、生前どころか蘇生した後どうやってこの国に来たかの記憶もないという。これまでの経験がごっそりと無いのなら、何が危険かの判断基準すらない。

 それは幼児と変わらない。

 むしろ本物の子供よりも力がある分質が悪い。 

 

 手帳に記された疑問点を尋ねれば、いつまでも経っても調整の効かない声量ではきはきと返されるが、書かれた以上の事は分からない。

 ただ、日付の無い日記に記されていた『堕鬼』とは、やはり藤襲山に放たれていた鬼の事だったようだ。

 そして鬼を喰らう幽鬼というのもこの死体の彼女なのだろう。

 

「あれ食べちゃだめでした!? 養殖でもしているなにかだった!? ごめんなさい!」

 

 鬼の養殖とはいったい……。

 寄生生物を遺体に入れてまで戦わせた価値観の国の人間の発想はなんとも奇天烈だ。

 手帳の内容と、当人の発言からのおよその推測を導き出したしのぶは難しい顔で考え込む。さて、一体この生物をどうするべきか……。

 

 恐らく、どこか酷く遠い土地で『大崩壊』と呼ばれる現象と『化物』の出現で、その土地の人間は大きな危機に瀕し、死骸の心臓に寄生する生物を人体に植え付け、人間の生存圏を確保しようとしたのだろう。

 結局彼女の国の人間はぐんと減ってしまい、戦いの後には死なない兵隊と、その成れの果てが残された。

 想像するに、随分と地獄めいた土地だ。

 きっと目の前の、この何度死んでも戦場へ向かう兵隊の一人は、生前も蘇生後も忘れる程死を繰り返しながらこの島国に渡って来たのかも知れない。

 

 最初の思惑は分からないが、今の所この吸血鬼に害意は無いようだが……。

 

「わたしも聞いて良いですか!」

 

 手帳に記された事が全て事実なら……、等と思ったがどうしてもこの、外観とは裏腹に能天気で……失礼な言いようだが全力で間の抜けた、本当に元気しかない生き物だ。

 これが演技だったとしたら恐ろしい。

 

「良いですよ」

 

「シノブちゃんは! 人間なんですか!?」

 

 初対面の人間に対しては余りにも失礼極まりない文面を投げつけられ、一瞬ぐっと息を飲むが、目の前の白いのは形だけが人間のままに、既に人では無いモノなのだ。

 

「……死なない兵隊ではありませんねぇ。レブナントさんの国、ベインですか? そこでは人間はあまり見ないんですか?」

 

 はい! と大きく声とついでに手を上げる。

 

「臨時総督府で本当に少しだけ保護されてるらしいです! ロストがいっぱいなんで! 人間、レヴナントが戦わないと生きてけないよ!」

 

 わたし初めて人間と話しました! 忘れる前は知りませんが! あ、元々はわたしも人間だったのか! あははは! 変なの! と何とも反応に困る言葉と共にじぃっと無遠慮な目で見つめられ、同性とは思えない大きな手で頭を撫でられる。 

 

「そうだ! また死んだら話した事も忘れちゃいそうなんで! 手帳に書いていいですか!」

 

 何とも微妙な気分に止めてください、彼女の手を退ける前に大きな声が飛んでくる。どうぞ、と頷き手帳を返すと丈の短い履物なのもお構い無しに、その場で屈みこんで何かを綴り始めるが、そのお陰で死体然としている癖に温かい手は離れた。

 

「それで! えっと! ロスト、でなくオニって何ですか! 吸血はできて血涙みたいに渇きが収まるんですが! でもロストと違って普通に死んだんですが! 何あれ!?」

 

 そう。日記にも綴られており、鬼を喰うという目撃情報。

 鬼は太陽の光か、日輪刀で首を刎ねる事でしか殺せない。だが実際に捕えた鬼は数を減らし、最終選別で生き残る人間が増え、彼女が目撃されていた。

 隊士でない者が、一晩中、日が昇るまで鬼が再生しない様に破壊し続け殺す様な事象も起こる。死んでも死んでも蘇り戦い続けられると言うのなら、特に武器らしい武器もない彼女も、鬼同士の戦いの様にそんな泥仕合をしていたのかも知れない。

 

 この能天気に子供染みた吸血鬼に話して理解できるのか、若干怪しいがしのぶはこの国の鬼や、その鬼を狩る鬼殺隊について説明してみる。

 まるで子供に言い含める様な口調になってしまったが、レブナントは馬鹿にされたと憤慨する様子もなく、せっせとメモ帳に記しながら頷いて居る。

 

 さて、異国の『鬼』を関する存在はこの国の鬼をどう受け取るのだろうか。

 

「え!? シノブちゃん人間でしょう!? 大丈夫!? わたしが戦おうか!?」

 

 だが反応を伺う前で、一番に食い付いたのがそんな事だった。

 最初から狂いに狂っていた音量調整が等々駄目に成ったらしく、本当に叫んだ。

 

「はい?」

 

 何故今しがた出会ったばかりで、この国にさえ縁も所縁もない彼女がそんな、鬼気迫るほどの勢いで、他人の心配をし戦うなどと言いだすのかさっぱり理解出来ずに呆けたように首を傾げてしまう。

 

「だって人間死んだら死ぬじゃん!」

 

 心底心配そうな顔をして、元気な死者は当然の事を叫ぶ。

 

「人類を脅威から守る手段なんだよ! わたしたちを使って、何度殺されても死なない戦士を作ったんだから! だからね! シノブちゃんも使うといいよ! だってもう、死んでるだから! 自我を失って本当の不死の鬼に成って、大事な人を傷つけないのなら! わたしは何でもいいよ! 何度でも死んで戦うよ!」

 

 相変わらず能天気に、陽気に、明るく、死体の顔は眩しく笑い。

 文化の違いか、躊躇なく抱き着き元気に守るよ! と笑う。

 

 

 

 




そして『鬼』の名を冠する死体は奇妙に温かかった。
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