記憶はない。人間性も若干ない。元気しかない。 作:ささかま
わたしに名前がついた時
今日もわたしは元気でしたが、現在物凄く元気になりました。
先程取り急ぎわたし固有の呼び名を着ける事になり、シロになりました。
ここにはレヴナントはわたししか居ないので、不便は無いかと思いましたが、いざ個人としての名詞を人に付けて貰うのは、嬉しいです。
記憶がなく個人としての輪郭が曖昧なわたしを、形付てもらったようで、凄く嬉しいです。
わたしはシロです。
わたしの名前はシロです。
最初に言い出したのが誰なのかは分からない。
皆が皆、口には出さないながらも気になってはいた。
最初にレヴナントを発見し処遇がはっきりするまでは、と連れ帰って来たしのぶは『好きに呼べ』と言うのをそのままに『レブナントさん』と呼んでいた。ここには彼女以外にレヴナントが居ないから不便は無いが、それは犬を『犬さん』、猫を『猫さん』と呼ぶ様な、余りにも温度の無い呼びかけ。
レヴナント本人はそう呼び続けられる事に、特に気にも留めていない。蝶屋敷を訪れる者に誰彼構わず、
「はじめまして! こんにちは! わたしレヴナント!」
と例の大声で挨拶をしに行くので、名前が無い事は気に成らない様子だ。ちなみに、その大声と勢いで、死体然としたあまりに体格の良い女に迎えられた人物は、大いに狼狽えたり、腰を抜かしたりした。
しかも腕も足も、おまけで胸元も遺憾なく剥き出しにされている為、健全な年若い男の脳を大いに揺さぶった。例え動く死体の様でも、声と形は確かに女性だったのだから、仕方がない。
勿論その露出面の多すぎる服を何とかしようかともしたが、男物でも間に合わない程の背で、直ぐに用意出来なかったのだから、それも仕方がない。
異国の軍事に利用された鬼、の様なもの、という理解には皆戸惑い、警戒し、距離を取った。が、当人があまりに呑気に明るく、強烈な距離の詰め方をしてくる。
そして記憶が無い故にか、あまり賢く無さそうな言動と、幼児の様な素直に頷く態度に危機感か削がれた。
好意的に接してくる、理解し得る言葉を話感情を持った人型に強い態度を取り続けるのは、中々に難しい。その個人に明確な憎悪を抱いて居れば別だが、現在レヴナントは大ぶりな挙動で屋敷に若干の破損を齎すか、時々鬱陶しくなる程話しかけて来る事以外の害もない。
むしろ、意外な事に器用な様で、教えれば大抵の事をこなして見せる。
何度殺されて戦線に戻れ、人類を守れ、と遺体を弄り蘇らされた存在なのだと知れば尚更、邪険に出来なく成っていた。
しのぶはふと気になり、レヴナントという呼称の意味を調べようと思い立った。
医学や薬学に明るい彼女は、研究の為に外国語の書籍にも手を出して居たが、どうも目にした記憶が無かったもので、気に成ったのだ。
ぱらりと辞書を片手に調べた『revenant』。 帰って来たもの、という意味があるらしい。それも特に、亡霊や幽鬼の様な、墓穴や黄泉の国から戻って来た、という意味合いで。
それを知ってしまうと、余計にレヴナントという呼称で呼ぶのは躊躇われた。
殺伐とした、鬼を屠り続ける鬼殺隊に属して居てもそこまで情を無くしては居ない。
そのような経緯により、すっかり馴染んだ大きく白い犬染みた吸血鬼に、仮でも何か個人名を付けて置こうと言う事になった。
しかし当人がどう呼んでも構わない、と言うせいで名づけの取っ掛かりもなく、普段の様子を思い起こしどうしても思考が拾った犬的名称へ逸れていく。
歌ったり踊ったり、無意味に飛び跳ねたり、知らない人間を見れば笑顔いっぱいに挨拶しに飛んでいく。基本的に人が大好きなのでは? という行動を取る落ち着きのない犬である。少なくとも、野生ではない。
苦肉の策として、その話題が出た当日蝶屋敷に居た者全てに好きな物を紙に書いてもらい、運任せに一枚引くという力技が採用された。
その日偶然訪れるに至った、全く事情を知らない初見の隊士にまで『この紙に! 好きな物を書いてください!』と待ち構えて迫っていた。
一応その『異国の鬼を狩る為の生体兵器』という存在は鎹鴉を通じ、伝達はた(別個体の吸血鬼や完全に殺す方法の無くなった堕鬼の存在への警鐘の為にも)されては居が、随分と想像の斜め上な人格と見た目で、突飛するぎる要求がされる羽目に成った。そして意味が分からないまま、要求通りに綴った。
その結果が『白』である。
犬っぽい名前を避けようとした苦肉の策の結果だったのだが、結局『白』が引き当てられた。
それでも当人は気に入った様で、大喜びに飛び跳ねていた。
「はじめまして! わたしレヴナントのシロです! こんにちわ!」
ついでにまた例の如く音量の狂った挨拶で、前例の通りに偶然命名直後の最も騒々しい瞬間に訪れてしまった風柱に突撃し、勢いのままに衝突事故を起こし跳ねとばしながら名乗た。
ちなみに背丈は白の方が若干大きかった。
わたしがシロになった日
ひとつ前にも書きましたが、わたしはシロという名前になりました。写真の上にも書いておこうと思います。
一応書く前に、本当に白いのがわたしか第三者に並べ見比べて貰いました。
キヨちゃんと、ナホちゃんと、スミちゃんに確認して貰ったところ、白いのが私で問題なさそうでした。
そういえばシノブちゃんもだったけれど、写真見たとき凄いびっくりしてた。こんな残念画質のポラロイドとか若い子には珍しいのかな。
あれ、わたしって何歳だろう。享年で考えていいのかな。
ここの人みんな顔が幼いから、わたし老けて見えたら嫌だな、と思いました。若いとは思います。蘇生したから経った時間も分からないですが。若いよね?
それから皆の好きな物を書いた紙も、挟んでおきます。誰が何を書いたのかは分かりませんが、眺めていてたのしいです。
カナヲちゃんは書けない、と言って居ましたが、皆のが欲しかったので足元でごろごろ転がって好きな物じゃなくても!わたしの印象とか目に入った物の名前とか本を開いて最初に見た文字でいいから!とお願いして何とか書いてもらいました。
この紙は無くなっても、わたしが名前を覚えて居れば忘れません。逆にわたしがまた名前を忘れてもここに一緒に挟んであるので大丈夫です。
わたしは今日もとても元気でしたが、名前をくじ引きした後に初めて会った、名前が難し過ぎるおにーさんの好きな物は聞けませんでした。残念です。
もの凄く投げ飛ばされましたが、名前の字が分からないと言ったら手帳に書いてくれました。いいおにーさんです。でもどのみち名前が長いのでサネミちゃんと呼ぼうとおもいます。
ここは楽しいです。楽しくて、毎日元気です。
乾く事もありません。沢山争う事もなく会話をしてくれる人間がいます。わたしが自我を持ったわたしであることを証明してくれる人間がいます。
きっとわたしの好きなものはわたしと話すをしてくれる誰かなのだとおもいます。
そういう人が居るから、わたし達は自我喪失を恐れ、同胞を蹴落とし足蹴にして、僅かな血涙を巡って争っていたのだと思います。
わたしがわたしで無くなって、ただの渇きに溺れて彷徨うロストに堕ちるのは、確かに恐ろしいです。
そのわたしの抜け殻がわたしの好きなものを壊してしまうのは、確かに恐ろしいです。
わたし達はそれこそを恐れていたのだと思います。
明日時間があれば、シノブちゃんに杭を渡しましょう。まあ杭で無くても、心臓を一息に潰せればいいんですけどね。
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大量の血液に浸り、それが乾き、殆どの頁が読み取れなくなった小さな手帳を胡蝶しのぶはそっと捲る。力減を間違えれば、辛うじて文字が残った紙片まで破け二度と読めなくなってしまう。
これは白の記憶その物だ。
心臓が破壊されれば、日に晒された鬼の様に、日輪刀で首を刎ねられた鬼と同じに、何も残らず灰となって消える彼女の唯一の存在証明。