めぞん一刻 二次小説 眠れぬ夜   作:今津晶

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第1話  サクラ迷路

一刻館の玄関先に枯れ葉が舞い散る季節。ピンクのセーターを着た響子が管理人室で実家の母親と電話で話していた。

 

「お母さん、何考えてんのよ。いいかげんに春香を返してよ」

 

「いいじゃないの。ずーと待ち続けてようやく抱くことの出来た初めての孫なんだから」

「お父さんなんか嬉しさのあまり、暇さえあればあちこちに見せびらかしに行ってるのよ」

 

「もう、春香は玩具じゃないんですからね。それにああ見えてとっても気難しいの。やっぱり私じゃないと・・・」

 

「あら、あんたよりとっても素直でいい子よ。あんたを育てた私が言うんだから間違いないわよ」

「それに子供の・・赤ん坊の扱いは、あんたより心得ているつもりだけど」

 

「あのねえ。そう言う問題じゃあなくて・・・とにかく春香を受け取りに行きますからね。それにそっちも大変でしょ?」

 

「ご心配なく。五代のお婆ちゃんもしばらくこっちにいるし、みんなで賑やかにやってるわよ。春香もここが気に入ってるみたいだし・・・」

 

すると響子の母に代わって電話口に五代の祖母が現れた。

 

「響子さん、まあいいでねっか。おれも一度、じっくりとひい孫のめんどうをみたいと思っていたんだて」

「おれの冥途の土産に、しばらくひい孫を預からせてくんなせ」

「それに、おめさんも管理人の仕事と春香ちゃんの世話で働き詰めらね~か。たまには裕作と二人してゆっくりしなせ」

「どっかに裕作と遊びに行って楽しんだらどうらな~・・・」

 

とたんに五代の祖母に代わり再び響子の母が電話口に現れた。

 

「そうよ、響子。お婆ちゃんの言う通りよ。あんたも、もう若くないんだから今のうちに楽しんでおかなくちゃあ」

「それじゃあ、響子。春香の事は心配しないでいいからね・・・」

そう言うと響子の母は電話を切った。

 

「あっ・・・お母さん」

響子は受話器を置いてふうーっと溜め息を吐いた。

 

 

響子の実家では春香を抱いた響子の父親が顔をくしゃくしゃにして微笑んでいた。

 

「ほら見てごらんよ。春香の眉毛、俺にそっくりじゃないか」

「春香、春香はおじいちゃんが大好きだよなあ。ああ、かわいーな春香は」

 

「あなた、顔が土砂崩れ起こしてますよ。もうずっとあなたが独占しているじゃありませんか」

「私にも抱かせて下さいな」

響子の母が響子の父から春香を奪い取った。

 

「春香、春香が好きなのは、おばあちゃんよね。ほら、春香が笑ったわ。んまぁ~笑うと響子の小さい頃にほんとそっくりね」

 

「この口元の感じは裕作の小さい頃にそっくりら。でもほんとにお人形さんみたいらな」

「響子さんみたいにきっと美人になるらろ。ず~と春香が大きくなるのを見ていたいらな~・・。でも無理らろな・・・」

 

五代の祖母が響子の母に抱かれる春香を覗き込みながら言った。

 

「そんな、お婆ちゃん。春香がお嫁に行くまで元気でいてもらわないと」

 

響子の母が答えた。とたんに響子の父が血相を変えた。

 

「は、春香がお嫁に行くだと。何を言っとるんだ。春香はお嫁になんか行くもんか」

「なあ、春香。おじいちゃんと、いつまでも一緒にいるんだよな」

 

響子の父が響子の母から春香を再び奪い取った。すると響子の母も再び春香を奪い取ろうと手を出した。

その様子を側で見ていた五代の祖母がつぶやいた。

 

「こりゃあ、おれがず~と見ておらんと大変らな~。まだまだ死ぬわけにはいけねえろ・・・・」

 

 

一刻館の管理人室で響子は鏡台を眺めながら、いつものようにPiyo Piyoエプロンを着けていた。

響子はふと鏡台で自分の顔を見た。

 

「もう28歳、若くない・・か・・・・」

 

響子は自分の生活を振り返っていた。昼間、夫の裕作が職場の保育園に行っている間、管理人室に一人きりになる。

しかし相変わらず一刻館の管理人としての仕事に埋め尽くされ、自分自身の事を考える余裕はほとんど無い。

それでもやっと・・ようやく手に入れた幸せだった。

未亡人だった自分が・・・新たに愛する男性と巡り逢えて再婚をして待望の子宝にも恵まれたのだ。何か不満などがあるはずが無い。

夫は結婚する前よりよりも結婚した後のほうが遥かに自分のことを大切にしてくれているし、乳児の世話も元々上手くて積極的に手伝ってくれる。

常に本気で響子を愛して大事にしてくれていて気恥ずかしくなる程だ。そんな夫と愛する娘との家族水入らずの生活が今後も続いてくのだ。

このままただ歳を取っていくとしても、これが自分にとっての最高の幸せなんだと自分に言い聞かせた。

 

「さあ、頑張ろう」

響子は背伸びして声を出した。

 

 

響子が惣一郎の餌を持って玄関の扉を開けた時、惣一郎が犬小屋の側で一匹の白い雌犬とじゃれあっていた。

 

「ばうっ!ばうっ!」「きゃん!きゃん!」

 

響子は不思議そうに雌犬を眺めた。赤い首輪をしていて飼い犬である事は間違いなかった。

 

「どこから迷い込んだのかしら...見掛けない犬ね。あなたどこから来たの?」

 

響子が雌犬に話しかけ、惣一郎の餌を犬小屋の前に置いた。

 

とたんに尻尾を振りながら惣一郎と雌犬が餌に近づき、二匹で仲良く餌を食べ始めた。

すると一刻館の外で人の名を呼ぶ男性の声が響子の耳に入った。

 

「サクラ~。サクラ~。どこにいるんだい?早く出ておいで~」

 

「きゃん!きゃん!」

とたんに雌犬が餌を食べるのを中断して吠え始めた。

 

その声が聞こえたのか、見知らぬ男性が一刻館の入口に顔を出した。

 

「ああ、サクラ。そこにいたのか!」

男性が嬉しそうに雌犬に声をかけた。

 

その見知らぬ男性はすらっとして背が高く、とてもハンサムだった。

年齢は響子と同じくらいで、ブルゾンのジャンバーを着て、片手にコンビニの買い物袋と犬の紐を持っていた。

男性は響子の方に近づいた。

 

「すみません。うちのサクラがお邪魔しているみたいで」

男性が秋の陽だまりの様な笑顔で響子に微笑みかけた。

 

響子はその爽やかで暖かい笑顔に魅せられた。

 

「あ、どうも。あなたの犬でしたの。サクラちゃんって名前なんですか?」

 

「ああ、なんだか変でしょう。亡くなった女房の名前だったんです」

「みんなからも止めろって言われるんですけどね。うやむやのままになっちゃって・・・」

 

「まあ、亡くなった奥様の・・・」

響子が驚いた表情で男性の顔を見つめた。

 

男性はかがみ込んでサクラの頭を撫でながら、ふと惣一郎の犬小屋を眺めた。

 

「惣一郎さん・・この犬、惣一郎って名前なんですか?」

 

「え、ええ。亡くなった前の主人の名前なんです。何だかあなたと似てますね?」

響子が男性に微笑みかけた。

 

男性も微笑み返したが、響子が前の主人と言ったのを聞いて少し残念そうな表情をしていた。

 

「私は百千万の万と書いて、万(よろず)斗志久と言います」

「最近時計坂に引っ越してきたばかりでこの辺のことは知らないんですが。奥さんはずっとここに住んでるんですか?」

斗志久は一刻館を見渡しながら響子に訊ねた。

 

響子は少し恥ずかしそうに答えた。

 

「私、ここの管理人をやっているんです。管理人を始めてもうすぐ10年になりますわ」

「私、五代響子と言います。主人と娘と三人でここの管理人室に住んでいます」

 

響子は見ず知らずの男に、素直に自分の事を話している自分自身が信じられなかった。

何故だか知らないが斗志久には相手を素直にさせる不思議な魅力があった。斗志久はずっと珍しそうに一刻館を眺めていた。

 

「だけどいいなあ、古くて風情があって。こうした建物ってもう東京には無いと思っていたけど」

「やっぱり管理が行き届いているからかなあ。」

斗志久は言いながら横目で響子の顔を眺めた。

 

「ああ。僕ねえ、一応これでもカメラマンなんです。こうした古い建物って興味があるんです」

「もちろん美しい女性にも興味があるんですけど」

斗志久は響子をじっと見詰めた。響子が思わず俯いて顔を赤らめた。

この男性が言わずとも響子が魅力的な女性であることは誰もが一目見れば明白で納得だ。

化粧などせずとも目鼻立ちからして麗しい美貌の女性であり器量もスタイル抜群なので若い女性の美しさが溢れている。

夫の裕作が常日頃から愛して止まないはずである。結婚して1年半だが夜の営みでも新婚気分が全く抜けないのも当然だ。

 

その時突然、響子が大きな声を出した。

 

「あっ。だめっ・・いけません!だめっ、だめっ。だめだったら・・」

犬の惣一郎が立ち上がって斗志久のズボンに寄りかかっていた。

 

「だめっ!だめだったら惣一郎さん!」

響子が慌てて惣一郎を斗志久から引き離した。

 

「ご、ごめんなさい。ズボン、汚しちゃって・・・」

 

響子が深々とお辞儀して斗志久に謝った。斗志久は笑って答えた。

 

「いいんですよ、犬のやることですから。こういった事はホントに慣れています」

 

「で、でも。あの、ちょっと家の中に寄っていって下さいな。早めに汚れを落としておいた方が跡に残りませんから」

 

「いやあ、そんな。全然気になさらないで下さい」

斗志久が頭を掻いた。

 

すると又、惣一郎が斗志久に寄りかかり手に持っていたコンビニの買い物袋をはたき落とした。

惣一郎は買い物袋をくわえて犬小屋に戻ると、サクラと一緒に袋の中の食べ物にかぶりついた。

 

響子が俯いて斗志久に謝った。

 

「あのう、もはや何とお詫びしてよいやら....」

 

「き、気にしないで下さい。い、犬のやることですから....」

そう言いながら斗志久も顔がわずかに引き攣っていた。

 

響子が顔を上げた。

「と、とにかく、家の中に寄っていって下さい。このままじゃあ、申し訳なくて・・・」

 

「そうですか。それじゃあ、お言葉に甘えて。少しだけお邪魔します」

 

斗志久は答えると、サクラの首輪に紐をつけて紐の端を惣一郎と同じ犬小屋のくいに結びつけた。

惣一郎とサクラは仲良く食べ物にかぶりついていた。響子と斗志久は一刻館の玄関の中に入っていった。

一刻館の二階では、響子と斗志久のやりとりの一部始終をずっと伺っていた四谷が二階の窓にへばりついていた。

 

 

管理人室の中で斗志久はズボンを脱いで響子から渡された裕作のズボンに着替えた。

斗志久が管理人室の扉の外で待っている響子に声をかけ、響子が管理人室の扉を開けて中に入ってきた。

 

「あら、やっぱり主人のズボン、ちょっと丈が短かったですわね。少しの間ですから我慢して下さいね」

 

響子は斗志久のズボンを受け取ると、水に濡らした布でズボンを拭き始めた。

 

「そんな。わざわざ、すみません・・・」

斗志久はズボンの汚れを落とす響子の後ろ姿をじっと見つめた。

 

響子が布を持った手を動かすたびに背中に掛かった長い綺麗な髪が揺れた。

背中から腰にかけての緩やかなカーブがとても優雅で、その肢体の見事な女らしさを余すことなく醸し出していた。

胸部の膨らみも自然な豊かさが見て感じ取れて魅力的であり、更に柔らかそうなお尻もかなり艶めかしかった。

斗志久はふと管理人室の中を見渡しつ呟いた。

 

「娘さん、学校ですか?奥さん、大きなお子さんを持っている様には見えないけど」

 

「ええ、まだ小さいんですよ。今は実家に預けているんです。万さん、お子さんは?」

 

「万だと呼びにくいでしょう。斗志久でいいですよ。子供はいません。サクラと暮らしたのは半年余りだったので・・・」

 

「あっ。御免なさい、変なこと聞いちゃって」

 

響子は汚れを落とす動作を止めて目を伏せた。斗志久は笑いながら響子に答えた。

 

「いいんですよ。気にしないで下さい。どうせ男手一人じゃ、子供を育てるのも大変だったでしょうから」

「それに子供がいない方が何かと気が楽です。女性ともお付き合いし易いですしね、ははは」

 

「でも犬に奥様の名前を付けていらっしゃるなんて、奥様のことを本当に愛していらしたんですね」

響子は惣一郎の事を思い出しながら斗志久に聞いた。斗志久は少し間を置いてから言葉を選びながら話し始めた。

 

「ええ。吹っ切らなくちゃいけないんでしょうけど、まだ忘れられないんです」

「僕が忘れたら本当にサクラは死んでしまう。この気持ち、奥さんになら分かって戴けるでしょうけど・・・・」

そう言って斗志久が響子の背中に答えると、響子の肩がびくっと震えた。

 

「あ、すみません。不躾なこと言っちゃって、お気を悪くなさらないで下さい」

 

「いいんですよ。気にしないで下さい」

今度は響子が答えた。響子は答えた後に斗志久の方を振り向き微笑み掛けた。

 

「さあ。汚れはだいたい取れましたから、ズボンが乾くまでしばらく待っていて下さいね。お茶でもどうですか?」

 

「はい。お言葉に甘えて。」

 

管理人室の扉の外では、四谷と一の瀬が扉にべったりと耳をつけて、真剣な表情で様子を伺っていた。

 

 

日が傾きかけてきた頃、斗志久は乾いた自分のズボンに履き替え、サクラを連れて一刻館を後にした。

響子は斗志久を玄関先で笑顔で見送り、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべながら玄関の中に入ろうとした。

 

すると、そこに一の瀬と四谷が怖い顔をして立っていた。

 

「ちょっとお、管理人さん。一体どういうつもりだい?見ず知らずの男を管理人室に連れ込むなんて。」

 

一の瀬が強い口調で響子に訊ねた。

 

「そんな、連れ込むなんて・・私は、ただズボンを汚したお詫びに・・・」

 

「あんた、考えてもごらんよ。見ず知らずの男のズボンを脱がせるなんてさ・・」

「もしもその場で押し倒されて襲われても言い訳のしようが無いじゃないか。」

 

「そ、そんな。斗志久さんは、そんな方じゃありませんっ!」

 

「そんなも、こんなも、あるもんかい。男なんて気を許すと直ぐその気になるんだから」

「それに斗志久さんなんて名前を呼ぶなんて、どうかしてるよ」

「あ~あ、管理人さんは、もっとしっかりしていると思っていたんだけどねえ。あたしゃあ、急に心配になったよ」

 

「一の瀬さん、あんまり変な言いがかりはよして下さい。私は人を見る目はしっかりしているつもりです」

「斗志久さんはきちんとした方です。一の瀬さんが考えているような人じゃありませんわ」

響子はムキになってのノ瀬に答えた。

そこに四谷がぬう~と首を突き出した。

 

「管理人さん、人と言うのはなかなか分からないものですよ。その斗志久さんとやらも、本当はもの凄い変態かも知れません」

 

「もう、四谷さんと一緒にしないで下さいっ。あなたの方が遙かに危険じゃないですかっ。もう、放っといて下さい」

響子は怒りながら二人の間を抜けて、玄関の扉をばたんっと乱暴に開けると中に入っていった。

 

「ありゃあ、相当いかれちゃってるね。こりゃあ、大変な事になったもんだ」

一の瀬と四谷は顔を見合わせながら首を振った。

 

 

やがて日も暮れると、裕作が仕事を終えて一刻館に帰って来た。

裕作はコートの衿を立てたまま、一刻館の玄関の扉を開けて中に入った。

 

「ただいまあ」

 

裕作はカバンを玄関に置いて靴を脱いだ。管理人室から夕食の支度をしていた響子が玄関に迎えに現れた。

 

「あなた、おかえりなさい。お疲れさま」

 

するとどこからともなく、一の瀬、四谷、そして話を聞きつけてやって来た朱美が玄関にどたどたと現れ、裕作の周りを取り囲んだ。

 

「な、何ですか?みなさん、ぞろぞろと・・・」

 

「まあ、いいから。ちょっと、こっちに来な」

一の瀬が裕作の袖を引っ張りながら裕作に耳打ちした。

 

「あんたにとって、とっても重大な話があるらしいよ」

朱美も裕作の袖をつかみ、唖然として立ちすくむ響子を横目に見ながら裕作に囁いた。

 

「五代君、この度はご愁傷様です。まあ、お気を確かに。長い人生、いろんな事がありますから・・・」

四谷も合掌して裕作に静かに告げると、裕作の背中を押した。

 

一の瀬、四谷、朱美の三人は裕作を取り囲みながら階段を登り裕作を無理矢理、二階の5号室に連行して行った。

響子は呆然として裕作が連れて行かれるのを眺めていたが、まあいつもの事だと諦めて管理人室に戻っていった。

 

 

「あははは。響子が?!そんなバカな。もう僕をおちょくるのもいいかげんにして下さいよ」

5号室で昼間の出来事を聞かされた裕作が大笑いしながら言った。

 

「もう、その手には絶対に乗りませんからね。独身時代から散々、その手に乗せられて、本当に散々いいように弄ばれたんだから....」

 

裕作は昼間の出来事を酒の肴にしながら宴会をしている一の瀬、四谷、朱美を順番に睨み付けた。

四谷はスルメをかじりながら裕作に言った。

 

「しかし、今回の場合はちと深刻ですなあ・・・」

「何しろ白昼堂々、玄関先であの管理人さんが、{あっ、だめっ...いけません!だめっ、だめっ}・・な~んて言いながら見知らぬ男と愛の抱擁をしていたんですからねえ」

「私はこの目でしっかりと見ました」

 

「管理人室に連れ込んで、その男のズボンを脱がせたんだよ!」

「あたしゃよっぽど管理人室に怒鳴り込んで、管理人さんを引っ叩いてやろうと思ったんだけどねえ」

一の瀬が片手に一升瓶を持ち、煙草をくゆらせながら真剣な表情で裕作に言った。

 

「女ってさあ、結婚したあと魔が差すってことがあるんだよね~」

「来る日も、来る日も、退屈で同じ事の繰り返し。育児と家事に追い立てられて、気がつくと女の盛りがロウソクの炎の如く消え去ろうとしている」

「ああ、最後にもう一度だけ、もう一花咲かせてみたいっ~てね?」

朱美が両手を合わせて天井を見上げながら叫いた。

 

「バカバカしい。メロドラマの見過ぎですよ」

裕作が頬に手を当て、ぶすっとした表情で朱美を睨み付けた。

 

すると朱美は缶ビールを一口飲んで裕作を睨み返した。

 

「あら、あんた。管理人さんの気持ち考えたことがあるの?」

「管理人さん、育児や家事だけでなく、一刻館の管理人の仕事もず~と続けているんだよ」

「どれだけ大変か考えたことがあるの?それもこれも、み~んな貧乏で甲斐性無しのダメ亭主のせいなんだからねえ」

 

「そりゃあ、響子に苦労を掛けているのは事実だけど・・・」

裕作も流石に言い返す言葉が無くて、俯きながら暗い表情で答えた。

 

「だ、だけど。響子に限って、僕を裏切るような真似は絶対にするはずがないんです」

「僕は響子を信じている・・・」

裕作は拳を強く握り締めた。

 

朱美は缶ビールを飲む手を止め、裕作を横目で見ながら呟いた。

 

「ふ~ん、凄い自信だねえ。だけどさあ、あんたの方こそ管理人さんを裏切るような真似、しているんじゃないのお?」

 

「な、何ですか?僕は後ろ暗いところなんて、これっぽっちも無いですよ」

 

「八神いぶき・・さん」

一の瀬が煙草の煙をふうーっと裕作の顔に吹きつけて囁いた。

 

四谷が腕組みをしながら何度も頷いた。

 

「そうそう、五代君。そう言えば八神さん、相変わらず一刻館に入り浸っていますなあ」

「それに八神さん、今は一人暮らしですからなあ。何時だったか、八神さんがコンパで酔いつぶれた夜でしたか」

「結局一刻館で二次会をした後に泊まり込むことになって、五代君が八神さんを自分の布団に連れ込んで大変な騒ぎになった事がありましたなあ?」

 

「な、何言ってんですか!あれは八神が酔っぱらって、勝手に僕の布団に入り込んだんですよ!」

裕作が四谷を睨み付けながら怒鳴った。

 

「まあ。五代君がそんな態度なら、管理人さんの事をとやかく言う資格はないねえ」

そう言った後、一の瀬、四谷、朱美は裕作を睨み付けた。

 

 

 

(次回へ続く)

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