めぞん一刻 二次小説 眠れぬ夜   作:今津晶

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第2話  想い出に出来ない

八神いぶきは盛り上がらなかったコンパの帰り、数人の友人達とボーイフレンドの億山京也に誘われて新宿のしゃれた感じのショットバーに来ていた。

エレガントでスポーティな白のスーツを着た八神は、友人達のおしゃべりの輪から離れて、一人カウンターに座ってカクテルを飲んでいた。

すると八神の隣の席に、彼女とお揃いの白のスーツ、黒シャツに白ネクタイ姿の京也が座った。

 

「こじんまりとしたいい店だろ。俺、お酒の店と女を見るセンスには自信があるんだ」

京也はそう言って八神を横目で見ながら左手を伸ばし、彼女の肩に手を掛けた。

 

八神の背中まで伸びた軽くウェーブした長い髪が京也の腕に掛かって揺れた。

彼女はゆっくりと自分の左手を上げて肩に持って来ると京也の左手を抓った。

 

「気安く触らないでよ。女の気持ちを察するセンスは無いようね?」

 

「いいじゃないか。俺は、いぶきの許婚なんだから。もうすぐ、結婚するんだし・・」

 

「だ~れがあんたなんかと。父の得意先の息子だって言うから、父の顔を立てて付き合ってあげてるだけよ?」

「結婚なんてそれこそ、じょ~だんじゃないわ。」

八神は口を尖らせて京也を睨み付けた。

 

京也は八神を無視し、慣れた感じでバーテンダーに「ドライマティーニを」と告げ、少し間を置いて言った。

 

「それから、こちらの素敵な女性に例の美味しい奴、作ってあげてよ」

 

「例の美味しい奴って何よ?」

 

「情熱的な恋のカクテルさ」

京也は八神に微笑むと、彼女には分からないようにバーテンダーにウィンクした。

 

バーテンダーは複雑な笑みを浮かべた。京也が頼んだのはレディキラーカクテルだった。

八神を酔わせて正体を無くさせ、ホテルに連れ込もうというさもしい魂胆だった。

 

ショットバーのスピーカーから10C.C.の「I'm Not In Love」が流れる中、しばらくの間奥に引っ込んでいたバーテンダーが両手にカクテルを持って戻って来た。

 

「どうぞ・・」

そう言うとバーテンダーは、八神と京也の前にグラスを置いた。

 

その様子をじっと見ていた八神が京也に訊ねた。

 

「煙草、持ってる?」

 

「俺、女性が同席する時はエチケットとして絶対に煙草吸わないし持たないの知ってるだろ?それに、いぶきが煙草吸っているところ、見たことがないけど・・・」

 

「煙草を吸いたい気分なのよ。私のコートにあるから取って来てくれない?」

 

「はいはい。お姫様の仰せの通り・・・・」

 

京也は席を立つと少し離れているショットバーの入口に向かって歩き出した。

 

八神は京也が自分に背を向けたことを確認すると、素早く京也の席の前に置かれたドライマティーニを一気に飲み干し、

自分の前に置かれたグラスの中身を空になった京也のグラスに全部移し換え、元通りグラスを京也の席の前に置いた。

 

八神は唇に人差し指を立てて、呆然としているバーテンダーに向かってウィンクした。

 

「いぶき、コートに煙草なんて、どこにも無かったぞ。」

京也が不機嫌そうな口調で言いながら席に戻ってきた。

 

「そ、そう。じゃあもういいわ。このカクテル、美味しかった」

 

八神が答えると京也はちょっと驚いた表情をしながら、彼女の前の空になったグラスを見詰めて内心でほくそ笑んだ。

 

「じ、じゃあ。もう一杯どう?」

 

「あんたこそ、全然飲んでないじゃない。私のペースに合わせてよね」

 

「ああ、分かった」

京也は八神の顔をじっと見詰めながら自分の前のグラスを持ち、一気に飲み干した。

 

京也は空になったグラスを置くと同時に、そのままカウンターに顔を伏す形でばたんっと大きな音をたてて倒れ込んだ。

 

「ばあーか!」

八神は頬に手を当て、ぶすっとした表情で呟いた。

 

ショットバーのスピーカーからはポール・デイヴィスの「I Go Crazy」が流れていた。京也が飲み干した空のグラスには、微かに八神の口紅の跡が付着していた。

八神は自分の前の空のグラスを人差し指で軽くはじくと、ふうーっとため息を吐いた。

 

しばらくして八神はスーツのポケットからパスケースを取り出して開いた。

パスケースの中で若々しい裕作がいぶきに微笑みかけていた。

彼女は気分が塞いでいる時、いつもパスケースを開いて裕作の写真を眺めていた。

そうすると落ち込んだ気分が洗い流され、自分を取り巻く暗闇が吹き払われた気分になるのだ。

 

裕作がそばにいてくれる限り、どんな試練も乗り越えさせてくれる。道に迷っても、あの優しい笑顔で正しい道を教えてくれる。

 

「五代先生・・・」

八神は安堵の微笑みを浮かべた。

 

すると突然、彼女の左隣の席に友人の敦子が座って、カウンターに倒れ込んでいる京也を横目で見ながらいぶきに話しかけた。

 

「どーしたのよ、億山さん?」

 

「さあね、邪な事を考えていて天罰が下ったんじゃないの。もっとしゃんとした男、いないのかしら。まったく、やんなっちゃう」

 

「八神のようにガードが堅すぎると、男に嫌われるわよ。もっとも八神は指定席の億山さんがいるから関係無いかあ?」

 

「こんな奴、指定席なもんですか」

 

「あら、億山さんって凄いお金持ちだし、結構格好いいし、八神にべた惚れだし、条件揃ってるじゃないの」

 

「条件が揃えばいいってもんじゃないわよ。大事なのはハートよ、ハート!」

 

八神は自分に言い聞かせるように答えた。そう私のハートからはまだ五代先生は消えていない・・・。

敦子は八神の傍らのパスケースを横目で見ながら言った。

 

「まーた五代先生?いいかげん期限切れの男なんか忘れちゃったらどう?」

八神は敦子を睨み付けた。

 

「五代先生は、無期限なの!あんたのように定期的に次から次へと男を使い捨てにする女と一緒にしないでよ」

 

「ちょっと八神、人聞きの悪いこと言わないでよね。定期の方が無賃乗車する女よりマシでしょう?」

 

すると二人の所に友人の悦子がやって来て、二人の肩を叩いた。

 

「へえー。敦子は無賃乗車したことがないんだあ~」

「そ、それって毎回、お、男に体を許してるってこと?」

 

友人の麻美もやって来て興味津々な表情で話に加わった。敦子が微笑みながら答えた。

 

「そ~いうこと。アレも男と女のコミュニケーションのひとつでしょ」

 

「やだな。そんな割り切った考え方・・・」

 

八神は自分の前の空のグラスを見詰めながら呟いた。敦子が大笑いしながら意固地な彼女に話し掛けた。

 

「な~に言ってんのよ、八神。おたくが昔から一番積極派だった癖に。女子高の時、五代先生にあんなに過激に積極的に迫ってたじゃない?」

 

「相手によるのよ、相手に・・・」

 

八神は隣の京也をちらっと一度見た後、自分の前の空のグラスを再び人差し指で軽くはじいた。

 

ショットバーのスピーカーからは、カーペンターズの「Close To You」が流れていた。

するとショットバーのドアが開いて一組のアベックが店の中に入って来た。男の声は八神の聞き覚えのある声だった。

 

「ここさあ、こじんまりとしてしゃれた感じの店だろ?俺って自分で言うのも何だけど、抜群にセンスいいからさあ」

 

「そんなこと言って、あたしを酔いつぶして何とかしようと思ってんじゃあないのお?」

 

「な、何を言ってんだよ。そんなんじゃないって。あれ?君は・・」

 

坂本は八神を見付けると、隣の女性をそっちのけで彼女の側に近寄った。

 

「君は確か、八神さんじゃなかったっけ?」

 

「ご無沙汰しています。八神いぶきです」

八神が坂本に軽くお辞儀して挨拶した。

 

坂本は彼女の頭の先から足の先まで見下ろして言った。

 

「へえー。見違えちゃったねえ、しばらく見ないうちに凄い美人になっちゃって」

 

「やだわ、坂本さんったら。美人は昔からですよ」

 

八神は坂本に微笑みながら答えた。途端に坂本の連れの女性が坂本と八神の間に割り込んで叫いた。

 

「な~によ。あんたの知り合い?あんた、まさかここで待ち合わせしていたんじゃないでしょうねえ?ふざけないでよ!」

 

連れの女性は坂本の頬をばしっと叩くと、すたすたとショットバーから出て行ってしまった。

八神は口に手を当てて思わず笑った。

 

 

夜も更け、一刻館の管理人室では開放された裕作と響子が遅い夕食を食べていた。

 

「お代わりは?」

 

「もうお腹一杯、美味しかった。ところで春香、どうしてるって?」

 

裕作がテレビのスイッチを入れながら響子に訊ねた。

 

「それが、もうしばらく実家で預からせて欲しいっていうのよ。父も母も春香に相当お熱みたい」

「それにゆかりお婆ちゃんがね、冥途の土産にしばらく面倒を見させて欲しいって・・・」

 

「婆ちゃん、いくつ冥途の土産を作るつもりなんだ。そのうち天国の税関で没収されるぞ」

 

「うふふ。そうかもね」

 

「でもまあ。お義父さんやお義母さんにとってみれば、待望の初孫だし、格別の想いがあるのかも知れないね」

「ご迷惑でなければ、しばらく預かって戴くことにしようか?」

「それに、響子もここのところずっと働きづめで忙しかっただろ?たまにはゆっくりした方がいいよ・・・・」

裕作は先程の朱美の言葉を思い出しながら響子に言った。

 

「そうだ。久し振りに、二人っきりでどこか遊びに行こうか?僕もそろそろ休みを取りたいって思っていたところなんだ」

 

「ど、どうしたの急に?あなた、昨日までは春香がいなくて寂しいから・・早く連れ戻せって言ってたじゃないの?」

 

「そ、そうだったかな・・・」

裕作は頭を掻きながら答えた。響子は不思議そうな表情を浮かべながら夕食の後片付けをしていた。

 

裕作は響子の後ろ姿を見ながら話し掛けた。

 

「きょ、今日の昼間さあ・・何か変わったこと、無かった?・・・・」

 

「何か変わったこと?別に、無かったけど」

 

「そ、そう。ならいいんだ・・・」

裕作が俯きながら暗い表情で呟いた。それっきり裕作と響子は黙り込んでしまった。

ただ誰も見ていないテレビが他愛も無いお喋りでテレビの中の観客を笑わせていた。

 

 

やがて裕作はふと玄関先の物音に気付いて顔を上げた。玄関先で聞き覚えのある男の声が怒鳴っていた。

 

「五代、五代!出て来て手伝え!ちくしょう、今日は何て日だ。飲みに出るんじゃなかった。」

 

「さ、坂本さん、御免なさい。坂本さんまで付き合わせちゃって。」

 

今度は裕作の聞き覚えのある女の声がした。裕作は響子と顔を見合わせた。

 

「あれ、八神さんと坂本さんの声じゃない?」

 

「ああ、間違いない。一難去って又一難か・・・」

 

裕作と響子は管理人室の扉を開けて管理人室から飛び出すと玄関に向かった。

玄関にはすでに一の瀬と四谷が来ていて玄関先を呆然と眺めていた。

裕作が慌てて靴を履いて外に出ると、八神と坂本が京也の両脇を抱えて玄関先に立っていた。

 

「八神と坂本。一体どうしたんだ?」

 

「ど~したも、こ~したもあるもんか!こいつ、酔いつぶれてやがって」

「しょ~がないから、ここまで連れてきてやったんじゃないか」

 

坂本がずり落ちそうな京也を抱えながら裕作に怒鳴った。裕作はぽかんと口を開けていたが、気が付いたように坂本に言った。

 

「そいつ、誰なんだ?俺は知らんぞ」

 

「私の友達なんです。億山京也と言います。ちょっと飲み過ぎたみたいで」

 

八神が京也を抱えながら、ちょっと恥ずかしそうに答えた。坂本が又怒鳴った。

 

「いいから、とにかく手伝え!なんで俺がこんな目に遭わなくちゃあならんのだ」

 

それはこっちの台詞だと思いながら、裕作は二人に近寄り肩を貸した。

 

「八神、おまえの友人なら、何でこいつの家に連れて帰ってやらないんだよ?」

 

「そ、そんなあ。私、こいつの住んでいるマンションなんか、行った事無いですよ」

 

「だからってなあ。なんで一刻館に連れて来るんだよ。八神の部屋に泊めてやればいいじゃないか?」

 

「ご、五代先生!な、なんて事を。私達、そんな関係じゃありませんっ!」

 

八神は口を尖らせて怒鳴った。裕作は真っ赤になって怒っている八神を横目で見ながら微笑んだ。

裕作、坂本、八神は京也を抱えて一刻館の中に入った。一の瀬が京也を背負っている裕作を見て呟いた。

 

「相変わらず、次から次へとよく苦労をしょい込む男だね~。」

 

「はあ。ほんとに・・・」

響子は一の瀬と顔を見合わせて首を振り、ふう~っと大きな溜め息を吐いた。

 

すると四谷が八神と京也を交互に眺めながら、彼女に訊ねた。

 

「八神さん、今夜も一刻館にお泊まりですかあ?」

 

八神はまず裕作を横目で見て、次に響子の方をちらっと見た後で答えた。

 

「そうですねえ、蛇おじさん。こいつを一刻館に放っておく訳にもいかないし、泊めて頂くことになりそうですねえ。いいでしょ、五代先生?」

 

「え。ま、まあ。仕方ないだろうなあ・・・」

裕作が響子の顔色を伺いながら答えた。四谷は何やら嬉しそうに階段を上って先に二階に消えていった。

 

裕作、坂本、八神は京也を抱えて、四谷の後を追う形でゆっくりと階段を上がり二階の5号室の前まで辿り着いた。

5号室の扉の前では四谷が扉を開けて待っていた。裕作、坂本、八神が京也を抱えて5号室に入った時、

5号室に二つの枕が用意された布団一式が敷かれていた。

 

「ささっ。ここにお床入りを。私の予備の布団ですが、遠慮せずにどうぞ」

四谷が真剣な表情で布団を指し示した。八神が真っ赤になって怒鳴った。

 

「な、何を言っているんですかっ!何でこいつと一つの布団に・・・・いやらしいわねっ!」

 

「おいっ。五代!いつから一刻館でラブホテル業を始めたんだ?」

 

坂本が嬉しそうに五代に訊ねた。五代が首を振りながら坂本に答えた。

 

「そんなもの、やってるもんか。大体だな、こんなでっかい覗き穴のある部屋に誰が泊まるんだ?」

 

裕作は4号室と5号室の間の壁に開けられた穴を指さした。

 

「しかし、困ったなあ。他に用意できる部屋も無いし。やっぱり八神、ここでこいつと一緒に寝るしかないかもな・・・」

 

「ご、五代先生!じょーだんじゃないですよ。私、管理人室に泊めさせて頂きます」

 

八神は口を尖らせて裕作に答えた。裕作は京也を布団の上に卸した後、一息吐きながら八神に言った。

 

「おい、八神。そ、それは困るよ。参ったなあ~」

 

二人のやりとりを眺めていた坂本が、左手の手のひらを右手の拳でぽんっと叩いて言った。

 

「八神ちゃん。俺の所にこない?今晩はちょうど予定が空いたしさあ。今晩会ったのも何かの縁・・・・」

 

「お断りします」

 

八神は坂本を睨み付け不機嫌そうに答えた。するとそこに後を追って駆けつけた響子が5号室に入って来た。

 

「しょ~がないですね。八神さん、管理人室にいらっしゃい」

 

「きょ、響子。いいのかい?管理人室で三人で寝るなんて・・・」

裕作が少し顔を赤らめてもじもじしながら響子に言った。響子は呆れながら裕作に答えた。

 

「何言ってんです。私と八神さんが管理人室で寝て、あなたはこの人と5号室で寝れば済む事じゃないですか?」

 

「はあ、成程・・・だ、だけど。なんで俺がこんな見ず知らずの男と一緒に、同じ部屋で寝なくちゃいけないんだ?」

 

「そんなこと知りませんよ。八神さんに聞いたらどうですか?」

響子もちょっとばかり口を尖らせ、少し不機嫌そうに八神の方を見た。

 

響子、八神、裕作のやり取りを見ていた坂本は、これは早めに退散した方がいいと判断し慌てて言った。

 

「そ、それじゃあ。用は済んだし、俺、もう帰るわ。ご、五代!貸しを作ってやったんだから」

「今度おごれよな。八神ちゃん、また今度ねえ。じゃあ、さいならあ」

 

「ご、御免なさい、坂本さん。いつかこの埋め合わせはさせて頂きます」

八神が深々と頭を下げて坂本に謝った。裕作もふてくされながら言った。

 

「ああ、坂本。今晩は付き合わせて、悪かったなあ・・・・」

 

「どうも坂本さん、すみませんでした。お休みなさいませ」

響子も坂本にお辞儀をして挨拶した。

 

「あ、管理人さん、お気を遣わずに。俺と五代の仲じゃありませんか。じゃあ、ほんとにこれで・・・」

 

そう言うと坂本は5号室から出て行った。

 

5号室では布団の上で延びている京也を取り囲む形で、裕作、八神、響子の三人が対峙し、緊迫した空気が辺りにに立ち込めていた。

4号室と5号室の間の壁の穴から半分身を乗り出した四谷が、三人の様子をじっと眺めながら呟いた。

 

「蛇はなめくじを、なめくじは蛙を、蛙は蛇を、蛇おじさんは退散」

 

そう言うと四谷は4号室に引っ込んだ。

 

 

 

(次回へ続く)

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