めぞん一刻 二次小説 眠れぬ夜   作:今津晶

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第4話  欺きの秋

一刻館の玄関で響子は靴を履いている裕作にカバンを渡しながら訊ねた。

 

「今晩のお帰りは、いつ頃になるかしら?」

 

「いつもと同じだけど、なんで?」

 

裕作は結局、朝もバタバタして昨日の昼間の事が聞けなかった事を悔やみながら響子に答えた。

響子が少し間をおいた後、裕作に言った。

 

「ううん、何でもない。それじゃあ、行ってらっしゃい」

 

「行ってきます」

 

裕作は寝不足の暗い表情をしたまま玄関から外に出た。すると裕作に続いてドタドタと八神と京也が玄関から外に現れた。

二人は昨晩のお揃いのスーツにコートを羽織った姿のままで、見た目は朝帰りの恋人同士そのものだった。

 

「いっけない。大学に遅れちゃうわ」

 

八神が腕時計を見ながら呟いた。彼女がふと玄関先の裕作を見た時、裕作は玄関先に立ったまま一刻館の入口の方を呆然と眺めていた。

一刻館の入口の前に一台のリムジンが停まっていた。

リムジンのドアの側面には「Team億山」とロゴが描かれていた。京也が笑いながら裕作と八神に説明した。

 

「僕が手配しておいたんですよ。ここからだと車がないと辛いから」

 

そう言うと京也はリムジンの運転手に合図した。すると運転手が出てきてリムジンの後方のドアを開いた。

 

「さあ。五代さん、職場の保育園までお送りしましょう。昨夜のホンの御礼です。それから、いぶきは女子大までね」

 

「あ、ありがとう・・・」

裕作が呆気に取られた表情で京也に答えた。

 

だが八神は京也に向かって、きっぱりと断った。

 

「何考えてんのよっ。こんな車で、しかも昨日と同じ格好で大学なんかに行ったら・・」

「みんなからどんな誤解を受けるか分かって言ってんの?だいたいリムジンで大学に来る女子大生が、どこの世界にいるのよ!」

 

「いぶきは、ほんと心配性だなあ。分かったよ。まずいぶきのアパートまで送るから、いぶきが着替えた後に女子大まで送ることでいいだろう?」

 

「あんたがお気楽すぎるのよ。私のアパートまでで、結構です」

 

八神は裕作の腕を取ると、京也を無視してリムジンに向かって歩き出した。

 

「さあ、五代先生。急ぎましょ、遅刻しちゃう」

 

京也はやれやれと言った表情で首を振りながら、二人の後を追いリムジンに向かった。

その様子を玄関から伺っていた響子に、1号室からのそのそと現れた一の瀬が声をかけた。

 

「八神さんと凄い金持ちのボーイフレンドかい。あんたも気苦労が絶えないねえ」

 

「はあ」

響子は困った顔をして溜め息を吐いた。

 

 

八神は京也のリムジンで自宅まで送ってもらって着替えるつもりだったが、車が朝の渋滞に巻き込まれ、結局自宅で服を着替えることが出来ずに

そのまま女子大まで送られてきてしまった。

何とか遅刻を免れて女子大の朝の講義を受けている八神に、敦子が近寄って来た。

 

「おっはよ~、八神。驚いた~、昨日と同じ格好じゃないの。堂々と朝帰りで大学に来るなんて大胆ね~」

「昨日の晩は億山さんと、どこ行ったのよ?もしかしてラブホテルかな~?」

 

「いやらしいわねっ。何をバカな事言ってんのよ。昨日の晩は一刻館に泊まったんだから」

 

「え~、何よそれ?一刻館に億山さんと泊まったわけ?五代先生と管理人さんに、八神と億山さんのアツアツぶりでも見せつけたかったの。やるわね~」

 

「な、何を言うかっ。あいつの家なんか行ったこと無いし、私の部屋に泊めるなんてとんでも無いし、しょ~がないから一刻館に連れていったんじゃないの!」

 

八神は、ぶすっとした表情で敦子に言った。敦子はいぶきに微笑んだ。

 

「へえ~。それで一刻館でやったわけだ。八神って、やっぱり大胆ね~」

 

「やってないつ~にっ!」

 

「うふふ、ほんの冗談よ。な~んだ。そ~ゆうことなら私に言ってくれれば、億山さんを私の部屋に泊めさせてあげたのに・・・・」

 

「あ、あんたねえ・・・・」

 

八神は頬に手を当てて敦子を睨み付けた。敦子は八神を睨み返して言った。

 

「八神さあ、な~んもやらせないで男を縛ろうな~んて、良くないと思うんだけどなあ?」

 

「わ、私は別にそんなこと考えてないわよ。あいつなんか、全然関係無いんだし。あいつが一方的に私を好きなだけなんだから」

「だいたい私は五代先生、一筋なのよ。これでも真剣なんだから」

 

「まーた五代先生?やっぱり期限切れは、期限切れよ。ど~にもならないじゃない。もう他の女性と結婚して子供までいるんだからさぁ」

「不倫でもする覚悟があれば別だけど・・・それって犯罪行為よ」

 

「いいのよ。この一途さが大切なのよ。たとえかなわぬ恋でも、一人の男性を愛し続けるの・・・私って、なんて健気なのかしら・・・」

 

「はあ?駄目だこりゃ~」

敦子は首を振りながら八神から離れて行った。

 

八神はふと思い出した様に、スーツのポケットに手を入れた。

そしてちょっと驚いた表情で側に置いてある折り畳んだコートのポケットをまさぐった。

そこにある筈の裕作の写真の入った大切なパスケースが見当たらなかった。

 

 

京也は裕作と八神を送り届けた後、リムジンの後部座席で煙草に火を点け、薄紫の煙を肺一杯に吸い込んだ。

 

「いぶきのやつ、本当にガードが堅いなあ」

京也は暗い表情で呟いた。

 

「だが、今度こそ押し倒してみせる。それにしても、あの一刻館の管理人、ちょっと何とかしたくなる・・なかなかイイ女だったなあ」

京也はふうーっと煙草の煙を吐き出した。

 

 

一刻館の玄関先で響子は犬小屋に結び付けられている惣一郎の紐を解きながら、玄関の前で水を撒いている一の瀬に言った。

 

「それじゃあ、一の瀬さん。惣一郎さんのお散歩に行ってきます」

 

「ああ、行っといで。どうも春香ちゃんがいないと、手持ち無沙汰でいけないねえ。しょうがないから水でも撒いてるけど」

「管理人さん、早いところ春香ちゃんを連れ戻しておくれよ」

一の瀬が答えると、響子は春香って本当に人気者ねと思いながら、一の瀬に微笑んだ。

 

響子は惣一郎と一刻館の外に出ると、時計坂を上がり始めた。冷たい風が吹き付けると、響子は寒そうに両手を口に持ってくると息を吐き掛けた。

しばらくして響子は、へっへっと息を吐きながら前を進む惣一郎に引っ張られながら、時計坂の中腹の葉の枯れ落ちた並木道に差し掛かった。

響子がふと坂道の前方を眺めると、遠くにサクラに引っ張られながら坂道を上っていく斗志久の後ろ姿を見付けた。

響子は微笑むと坂道を上る足を早めた。

 

 

八神は女子大の講義を抜け出して、時計坂に戻って来ていた。

一刻館の管理室に泊まった際に、裕作の写真の入った大切なパスケースを管理人室に置き忘れてしまったことに気が付いたのだ。

八神は時計坂を下りながら昨日の晩の様子を思い起こしていた。

 

「きっと洋服箪笥にスーツを引っ掛けた時に落としたんだ・・しまったなぁ」

 

葉の枯れ落ちた並木道は、樹木の切れ間から覗いた秋の陽射しが、八神の影を細切れに道端に映し出していた。

冷たい風が八神の髪を弄ぶと、彼女はコートの襟を抑えた後、寒そうに両手を擦り合わせた。

 

すると八神の方に向かって、可愛い雌犬に引っ張られながら男性が坂を上って近づいてきた。

その見知らぬ男性はすらっとして、素敵なルックスの持ち主だった。

その時、八神の聞き覚えのある女性の声が男性の後方から聞こえてきた。

 

「斗志久さーん」

 

惣一郎に引っ張られた響子が微笑みながら斗志久の背中に呼び掛けていた。

八神は思わず立ち止まり、道端の近くの樹木の後ろに身を隠した。

 

(か、管理人さん。斗志久さんって誰なんだろう?親しそうに名前を呼んだりして・・・???)

 

八神は木陰に隠れたまま、じっと響子と斗志久の様子を伺った。

斗志久が立ち止まり響子の方を振り向くと、秋の陽だまりの様な笑顔で響子に微笑みかけた。

 

「やあ。響子さん」

 

「サクラちゃんのお散歩ですか?」

 

「ええ。響子さんも惣一郎さんの散歩ですか?」

 

「はい。今日は寒いですけど晴れて良かったですね」

 

響子と斗志久は並んで坂道を上っていた。惣一郎とサクラも、へっへっ、はっはっと息を吐きながら仲良く並んで歩いていた。

すると斗志久が何か思いだしたように、突然立ち止まった。

 

「あ、そう言えば、管理人室に手帳を忘れちゃって」

「ほら、管理人室でズボンを脱いだ時、御主人のズボンに履き替えたでしょう」

「あの時に、自分のズボンから手帳を取り出して、お借りしたズボンのポケットに入れ直したたまま忘れてしまって・・・」

 

「ああ。あの時・・・それじゃあ、まだ主人のズボンのポケットに入ったままになっていますわ」

「お散歩の帰り道にでも一刻館に受け取りに寄って下さいな。」

 

「どうも、そそっかしくて。そうさせて頂きます」

 

道端の近くの樹木の後ろに身を隠した八神は、二人の話を聞きながら口に手を当てて、信じられないと言った驚きの表情を浮かべていた。

 

((な・・何?どういうこと・・・?あの男の人、管理人室でズボンを脱いだって・・・まさか、管理人さんがあの男の人と・・・な、何て事・・・))

 

その時、惣一郎とサクラがじゃれて、響子と斗志久の周りをグルグルと駆け回り始めた。

ばうっばうっ、きゃんきゃんと二匹が駆け回るにつれて紐が響子と斗志久の体に巻き付き、二人は体をぴったりと寄せ合う形となった。

 

「きゃっ!」

響子が思わず斗志久に抱き付いた。

 

それが木陰に隠れた八神からは響子と斗志久が抱き合ってキスをしているように見えた。

八神は思わず声を出しそうになって、慌てて口を手でおさえた。

 

((か、管理人さんが、五代先生のいない間に男の人と・・・こそこそと・・・、あんな事しているなんて・・・))

((管理人さんがあんな女だったなんて・・・見損なったわ。な、何がそんな真似をしたら、許さないよ。自分のことは棚に上げて・・・))

 

八神は響子と斗志久が紐を解き、笑いながら通り過ぎるのを見届け、二人の姿が見えなくなったことを確認すると、樹木の後ろから呆然とした表情で道に身を現した。

 

『ゆ、許せない!五代先生を裏切っていたなんて!そっちがその気なら・・・』

『私は五代先生を本気で誘惑するわよっ!ええ、そうですとも、これは犯罪行為じゃないわ』

『五代先生を嘘で塗り固められた偽りの愛の牢獄から救い出す為ですもの・・・これは正当防衛よっ!』

八神はそう独り言を宣言するように呟くと一刻館に向かって坂道を駆け出した。

 

 

八神が一刻館に到着すると、一刻館の玄関先で一の瀬が水を撒いていた。

 

「あれ?八神さん、また戻って来てどうしたんだい?それに、幽霊でも見たような顔をしちゃって」

 

「な、何でもありません。昨日の晩、管理人室に泊まった時に忘れ物しちゃって」

「おばさん、勝手に管理人室に入って忘れ物を取って来ていいですか?」

 

「そうだねえ。管理人さん、いないけど。八神さんなら別に構わないだろうねえ」

 

「じゃあ、ちょっとお邪魔します」

 

八神は玄関に入ると靴を脱ぎ、慌ただしく管理人室に駆け込んだ。

管理人室の扉を開けて中にはいると、部屋の中を一度見渡して乳白色の洋服箪笥の前に立った。

八神は、ふう~っと一度大きく深呼吸すると洋服箪笥の扉を開けた。腰を屈めて洋服箪笥の底の奧を覗き込むと、思った通り彼女の真っ赤なパスケースが転がっていた。

 

彼女は転がっているパスケースを拾うと、大事そうにスーツのポケットにしまい込んだ。

次に八神は唇に指を当ててしばらく躊躇した後、意を決したかの様に洋服箪笥の中にある裕作のズボンを探り始めた。

右端に掛かっているズボンから順番に一つずつズボンのポケットに手を当てて、ポケットに何か無いか注意深く調べていった。

 

するとちょうど6番目に探ったズボンのポケットの中に何か堅い手触りがあった。

彼女がポケットの中に手を入れて中の物を取り出してみると、それは小さな黒い手帳だった。

 

「あった。間違いない、このことだわ」

 

八神は恐ろしい物を眺めるように、黒い手帳をじっと見つめた。この手帳こそ、貞淑な人妻である筈の響子が””不倫””をしているという明らかな証拠だった。

彼女は恐る恐る黒い手帳を開いてみた。手帳の表紙の裏には、写真が貼り付けてあった。

 

写真には先ほど響子と一緒にいた不倫相手の男性と、男性に肩を抱かれた若くて美しい見知らぬ女性が写っていた。

きっとあの不倫相手の男性の恋人か奥さんなのだろう。こんな綺麗な女性がいながら、五代先生と春香ちゃんのいる管理人さんと関係を持つなんて・・・

 

「管理人さんも管理人さんなら、あの男も最低の男だわ。本当に許せないっ!」

 

八神は思わず手帳を持った手を握りしめ、危うく手帳がグチャグチャになるところだった。

彼女は、はっと我に返ると手帳をパラパラと捲って何か重要な事が書かれていないか調べた。

 

手帳には毎日の買い物の詳細な内容と、東京都内での打ち合わせの予定、カメラの備品の購入計画、撮影予定などがかなり丁寧に書き込まれていた。

 

「ふーん。カメラマンかあ・・・きっと女のお尻ばかり追いかけて、スケベな写真ばかり撮っているんだわ」

「あの顔はどう見ても、女にだらしない顔だったもんね・・・」

 

手帳の裏表紙には「万斗志久」というあの男性の名前と現住所が書かれていた。

八神は自分のコートのポケットから自分の赤い手帳を取り出した。

自分の赤い手帳を開くと手帳に付属している彼女が通う女子大の名前が入った鉛筆を抜き出した。

 

八神は手帳の鉛筆で、男性の名前と現住所を自分の手帳に書き写した。

更に黒い手帳を捲って、男性のここ最近の予定を、二週間分ほど自分の手帳に書き写した。

彼女は全てを書き終わると大きな溜め息をした後、黒い手帳を元通りのまま裕作のズボンのポケットに戻し、洋服箪笥の扉をゆっくりと閉じた。

 

「さあ。必要な情報は手に入ったわ。こうなったら徹底抗戦だっ!!!」

 

八神は管理人室から出ると、管理人室の扉をばたんっと乱暴に閉じた。

 

 

響子と斗志久は、惣一郎とサクラを連れて一刻館に戻ってきた。

響子は惣一郎の紐の端を犬小屋のくいに結びつけた後、斗志久にちょっと玄関先で待っているように言い残して玄関の中に入った。

 

響子は管理人室の扉を開けて中にはいると、迷わず乳白色の洋服箪笥に近寄り洋服箪笥の扉を開けた。

響子は斗志久に貸したズボンの柄を思い出しながら裕作のズボンを探り、右端から6番目のズボンのポケットの中に手を入れて中の物を取り出した。

 

「これのことね」

響子は小さな黒い手帳を見て呟いた。

 

響子は黒い手帳を持って再び玄関先に出てくると、手帳を斗志久に差し出した。

 

「はい、これ。見付かって良かったです」

 

「どうも、お手数を掛けました。大したことは書いてないんですが、他の人に読まれると恥ずかしいですから。あれ?」

 

「どうなさったんですか?」

 

「いや。この手帳、付属していた鉛筆は無くしたと思っていたけど、今見るとちゃんと鉛筆が付いているので。気のせいだったのかな・・・」

斗志久は不思議そうな表情で黒い手帳をじっと見詰めていた。

 

 

 

 

(次回へ続く)

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