「ああ、管理人さん、戻っていたのかい。あ、これはどうもこんにちは」
一刻館の玄関から顔を出した一の瀬が斗志久を胡散臭そうに横目で睨みながら響子に声を掛けた。
斗志久は軽く一の瀬にお辞儀を返しただけで自分の黒い手帳の鉛筆を抜き出して何やらしげしげと眺めていた。
「そうだ、管理人さん。さっき八神さんが来てねえ。管理人室に忘れ物したからって言うんで、八神さんを管理人室に入れさせてあげたんだけど別に構わなかったよねえ」
「何だか八神さん血相を変えて。よっぽど大切な物だったみたいだったから・・・」
「八神さんがですか?そりゃあ別に構わないですけど・・・」
響子はいつもだったら八神の事だから、忘れ物にかこつけて裕作のいる時に一刻館にやって来るのが普通なのにと思いながら一の瀬に答えた。
すると手帳を見ていた斗志久がふと思いついたように響子に訊ねた。
「あのう、つかぬ事を伺いますが、その八神さんって方は女子大生の方なんでしょうか?」
「え?斗志久さん、八神いぶきさんをご存じなんですか?」
「あ、いや。別に知っている訳じゃないんですけど。女子大生なのかなと思って・・・何でもないです」
斗志久は再び自分の黒い手帳をしげしげと眺めていた。
しいの実保育園の裕作は子供達を寝かし就けた後、保母の同僚達とお茶を飲んで休んでいた。裕作は頭を掻きながら黒木に話し掛けた。
「黒木さん、僕そろそろ休みを戴こうかと思うんだけど・・・」
「いいよ。五代君、私が産休で休んでいた時、ずっと私の分まで頑張ってくれたからね。休みを取ってしばらくゆっくりしなよ」
「ど、どうも・・・それじゃあ、そうさせて頂きます」
「ところで五代君。今朝は凄いリムジンで出勤してきたけど、一体あれはどういう事なの?」
「あ、あれですか?話せば長くなるんだけど・・・昨日の晩、あのお騒がせ娘の八神が酔い潰れたボーイフレンドを一刻館に連れて来て・・」
「そのまま二人とも一刻館に泊まっていったんですが、そのボーイフレンドって言うのが億山という凄い金持ちで、今朝は僕と八神がそいつの手配したリムジンで御礼に送ってもらったという訳です」
「ふうん。八神さんも相変わらずだね。だけど、億山・・・億山・・・何か聞いたことのある名前だね。あ、ああ!思い出した。億山って、ここの土地を買収しようとしている会社の名前だよ」
黒木が驚きの声を上げた。それを聞いた保母達も黒木の周りに集まって来た。
「え、ええ?!しいの実保育園って無くなっちゃうんですか?ど~しよ。新しい仕事、見付けなくちゃいけなくなるわ」
「ほ、ほんとですか?しいの実保育園が無くなるって・・・・」
裕作も唖然とした表情で黒木の顔を見詰めた。黒木は真剣な表情で裕作に言った。
「まだ噂の段階だけどね。億山グループの都市開発計画事業部のTeam億山とかいうセクションの者が、しいの実保育園の土地を買いたいって来たらしいよ」
「何でも多目的スポーツ・クラブ・ハウスを建てたいって話らしいけど。しいの実保育園の運営も割と厳しいみたいだし、ひょっとするとひょっとするかも知れないね」
「そ、そんな・・・」
裕作は膝を落として俯いた。黒木は唇に手を当ててしばらく何か考え込んだ後、思い出したように言った。
「そう言えば、億山グループの会長の息子がTeam億山の事業部長をやっているらしいんだけど、私の知り合いのやっている保育園にその息子の元恋人だったという女性が子供を預けに来てね」
「どうもその子供、その息子との間に出来た子供らしくて、何でもお金で手を切らされたみたいだよ。女癖が相当悪いやつみたいだね。その事業部長・・・」
「も、もしかしてそいつの名前、億山京也って名前じゃないですか?」
「そう言えば、そんな名前だったような気がするけど。どうしたの?五代君、青い顔しちゃって・・・ま、まさか?!」
「八神さんのボーイフレンドってそいつの事じゃないだろうね?そうだとしたら八神さん、大変な目に遭わされるよ、きっと」
「な、何て事だ・・・八神に知らせてやらなくちゃ」
裕作は膝をぎゅっと掴みながら呆然とした表情で呻いた。
女子大の午後の講義を受けている敦子の側の席に、悦子と麻美が近寄ってきた。悦子が敦子に訊ねた。
「ちょっと敦子、八神はどうしたのよ?」
「さ~ね。五代先生でも追いかけ回してんじゃないの。午前の講義の途中から姿が見えないのよ」
「だって五代先生も保育園で仕事中でしょ?何、考えてんのかしら」
「いい加減に八神も五代先生から卒業して、健全な恋愛をすればいいのにね~」
「八神って結構良い女だし、せっかく億山さんって玉の輿が向こうから近寄って来ているのに勿体無いわよ。さっさと関係しちゃえばいいのに・・・」
敦子が両手を重ねてあごの下に持っていきながら羨ましそうに言った。
麻美が唇に指を当てながら呟いた。
「八神。男、余ったら分けてくれないかな~」
「あんたもプライドがない女だね~。でも、ほんと分けて欲しいよね」
敦子、悦子、麻美は同時に大きな溜め息を吐いた。
八神は一刻館を出て、自宅のアパートに戻ってシャワー浴び、服をニットのドレスに着替えた後、大学をさぼって渋谷にある三鷹さん経営のスポーツ・クラブに来ていた。
「これから本格的に五代先生を誘惑するんだもん。やっぱり、ちゃんとケジメを付けないといけないよね・・・」
スポーツ・クラブの受付で待っている八神の元に、背広姿の三鷹さんが階段を下りて近付いて来た。
「八神君、こんな時間にどうしたの?君、大学じゃないのかい?」
「こんにちはー、三鷹社長。ご無沙汰しています。えへへ、大学さぼっちゃった」
「三鷹社長は、やめてくれないかな。三鷹でいいよ」
「でも三鷹さん、三鷹スポーツ・クラブのオーナーでしょ?」
「オーナーと言っても、大したもんじゃないよ。まあ、ここじゃ話も何だから、そこの喫茶店に入ろうか」
三鷹と八神はビルの一階の喫茶店「ぴぐも」のドアを開けて中に入った。
「それで大学をさぼってまで、わざわざ僕に会いに来るなんて、どんな事情があるのかな?」
三鷹はコーヒーのカップを机に置き、八神の様子を伺うように訊ねた。
相変わらず三鷹の真っ白な歯がキラッと光り輝いていた。八神はちょっと上目使いに三鷹の顔を見詰めながら話し始めた。
「恋愛経験が豊富な三鷹さんに、折り入ってご相談したいことがあるんです」
「ち、ちょっと八神君。何かと思えば恋愛相談かい。それならもっと適切な人に、適切な時に聞いた方がだね・・・」
「それが三鷹さんじゃなくちゃ駄目なんです。これは私自身のケジメと、管理人さんに関わる問題なんです」
「え?何の事かなあ?僕には、さっぱり意味が分からんが。響子さんがどうかしたの?」
「確かに管理人さん自身の問題が最も大きいんですけど、それはともかく、まず自分自身のケジメを付けなくちゃいけないと思って」
「何だか複雑な事情のようだね。まあ、僕が力になることが出来ればいいんだが、もっと分かりやすく話してくれないかな」
三鷹は疑心暗鬼の表情で再びコーヒーのカップを口に運んだ。
八神はしばらく間をおいて真剣な表情で三鷹の顔を見つめながら言った。
「それでは単刀直入にお聞きします。三鷹さん、管理人さんにどんな風にして振られちゃったんですか?」
三鷹が驚いて口からコーヒーをぶっと吹き出した。
三鷹は慌ててポケットからハンカチを取り出すと机の上の零れたたコーヒーを拭き取った。
「あ、いやあ、ごめん、ごめん。突然だったもんだから・・・一体どういう事かな?」
「本当は昨日の晩、管理人さんに直接聞くつもりだったんですけど結局聞けなくて、今日の午前中に事態が一変する状況が発生して、管理人さんに聞けなくなっちゃったんです」
「き、君ねえ。そ、そんな事を響子さんに聞いてどうするつもりだったの?」
「だって三鷹さんって凄く素敵な方だし、全てに於いて条件が揃っていたし、管理人さんともお付き合いが長かった訳でしょう?」
「あの管理人さんが、どんな風に三鷹さんを振ったのかと思って・・・」
「そ、それと八神君のケジメと、どういう関係があるのかな?」
「まず第一に、過去に三鷹さんと管理人さんの関係が、結果として五代先生と私自身の運命を左右していたという事実があります」
「第二に、現在、私は成り行きで仕方なく付き合っている男性がいるんですが、どうしても別れる必要があるんです」
「彼は全てに於いて条件が揃っていて、私の方も心のどこかで迷っていたんだけど、今日の午前中に起きた出来事で、彼と別れる決心が着いたんです」
「そして第三に、これからの未来、私は厳しい逆風に耐えながら愛の嵐の海を航海して行かなくちゃいけないんです」
「そう荒海に乗り出してしまったからには、もう引き返せないのよ・・・私って、ほんと罪な女だわ・・・」
八神が両手を合わせて天井を見上げ、自分の世界に入っているのを、三鷹は呆れた表情で眺めた。
「まあ何だかよく分からないけど、八神君って一途と言うか、生真面目と言うか、曲がりくねった人生を一直線に突き進まなければいけないと思い込んでるタイプみたいだね」
「え・・・私がですか?」
「そう。何となく似ているよ、響子さんに」
「ま、まさかあ。私があの管理人さんに似ている訳が無いじゃありませんか。三鷹さん、おかしいですよ」
「そうかな。八神君が気付いていないだけじゃないのかな?」
「私はあんな女じゃありません!」
八神は響子の裕作に対する裏切り行為を思いだし、つい声を張り上げてしまった。三鷹が驚いた表情でいぶきを見た。
「や、八神君、響子さんと何かあったの?どうせ五代君に関する事だろうけど・・・あんまり響子さんを困らせちゃいけないよ」
「な、何でもありません。それより三鷹さんと管理人さんの事、教えては頂けないのでしょうか?」
八神は真剣な眼差しでじっと三鷹を見つめた。三鷹は頭を掻いた。
「ま、参ったなあ。響子さんと僕との関係は、振ったとか、振られたとか、そんなんじゃ・・そういう関係では全く無かったんだよ」
「だけど、結果的に管理人さんは、五代先生を選んだ訳でしょ?」
「響子さんの心の中には、最初から五代君しか居なかったんだよ。響子さん自身、その事に気付いていなかったんだ。恋愛沙汰について、大変失礼ながら・・こんなことを言って表現するのは非常識かも知れないけど、本当に””鈍い””女性だと思う」
「だから僕は悔しいけれども、それを気付かせるきっかけを作っただけに過ぎないんだ。まあ、八神君の事だから、そんなことはずっと前から分かっていたとは思うけどね」
((そう、私もずっとそう思い続けてきた。三鷹さんだけでなく、私自身もそれを気付かせるきっかけを作ったんだと・・・))
((だけど、本当は信じたくないけど・・・管理人さんが、五代先生を裏切っていることを知ってしまった今となっては・・・))
八神は三鷹の強い言葉に頷く振りをしながら、そう自問自答していた。
「?・・八神君、ちゃんと聞いてる?」
「え?!・・はい、勿論です。そのもっと詳しく伺いたいんです」
「そう・・。うん、そうだな。響子さんのことが五代君も僕も真剣に好きで張り合った恋敵なんだけれども・・・僕と五代君では接する気持ちが全く異なっていて、それが原因だろうと今になって分析じゃないけど理解できたよ」
「接する気持ち、ですか?」
三鷹は爽やかな表情から笑顔を消して真剣な眼差しで語り始める。
「うん、具体的に言えば・・僕のことだけど、凄く響子さんのことが好きで本当の恋人になりたい、結婚したいと本気で思っていたのは事実だよ。だから・・・両親を無理矢理に引っ張り出して響子さんと強引に見合いする機会も作ったしね」
「自分としては真面目に申し込んでいたんだけれどもそれは・・僕はね、響子さんに『亡くなった御主人のことを忘れて僕と新しい生活を築いて幸せになりましょう』と何度か言っていた。・・けれでも五代君は・・・僕とは考え方が違っていたんだ」
「響子さんが亡くなられた御主人のことを大切にして忘れてしまいたくない気持ちを・・・彼女のご両親さえ否定して再婚を望んでいたのに、五代君だけがそれを否定したりせずに全て包み込んで彼女を大事にしたいと考えて・・彼はずっと接していたんだ」
「響子さんが一途な女性ならば、それを変えない・・変わらないでいいってね。・・・だから響子さんの本当の心とか気持ちを理解して分かってあげられたのは残念ながら五代君だけだったんだよ。・・僕にとって不運なことにね」
「どちらが正しいかどうか、それは・・それを決めるのは僕でも五代君でもなくて、音無響子さんという女性が自分自身で選んで決めることで・・・結果として響子さんは僕ではなく五代君を恋人に、生涯の新しい伴侶に選んだ」
「結局はそういうことで、ただそれだけだよ。もっとも5年以上の年月が必要だったのだから簡単なことではないけれどもね。・・・どうかな?これで僕が響子さんにどうして””振られたのか””が、多少なりとも分かってもらえたかな?」
「・・・・はい、あ・・あの、ホントにありがとうございます、三鷹さん。こんなこと自分の内面だけにしまっておきたいような話をして下さって、感謝します」
少し寂しそうな、それでもほんの少しだけ笑顔になり三鷹は更に返答し語ってくれる。
「それからね、付け加えるならば・・僕は何度も響子さんとデートはしたけれどレストランやコンサートとかね。彼女はそんな場所でとても映える素敵な女性でエスコートするだけでとても光栄だし嬉しかった」
「僕が楽しかったのは当然だけど、少なくとも響子さんも苦痛ではなく楽しんでもらえていたとの自信はあった。だけど結局それはね・・社交辞令というか他所行きの面つまり、外面しか響子さんは僕に見せてくれなかった」
「翻って五代君はどうだったろう?確かに同じアパートに住んでいたということはあるけど、五代君に対しては響子さんは内面を見せていたんじゃないかなと思う。例えばある程度又聞きになるけど、頼りないし危なっかしい五代君に本気で説教とか」
「或いはそう、五代君に誰か他の女性が接近すると・・すなわち君とかね、八神君。そんな場合は露骨に嫉妬して怒って痴話喧嘩とか何度も派手にしていたでしょ?つまりね、響子さんも五代君に対して昔から凄く本気だったんだよ」
「本気で気になる男性だから頼りないって面倒を見るし、響子さん以外の女性と交際までいかなくても一緒に過ごすだけで嫉妬してしまうとかね。誰でも好きな異性を独占したい気持ちって湧くもんなんだよ・・男女関係なく誰でもね」
「だから最初から最後まで僕は響子さんにとってそんな風な対象の男性とは見てもらえなかったんだ。とどのつまり、振られるどころか振られる以前の問題だったんだ」
八神は思い当たる節が有り過ぎて何も言い返せない。そうじゃないと反論したいが自分が好きになった男性である五代裕作と音無響子という女性の恋愛関係には誰も・・三鷹ですら全然全く入り込めなかったのだと自嘲している。
そして既にもう彼らは夫婦関係で子供までいるのだ。果たして本当に自分の行動に正当性というべきか、可能性を語る価値すら全くないのではないかという嫌で考えたくない結論まで浮かんでしまっている。
だが・・諦めてしまっては全てが無だ、ゼロだとの個人的な利己的な感情がくすぶるのが・・・・どうしても止められない。
自分の現在の心理状態とは裏腹に三鷹に再度お礼だけを述べてしまう。
「三鷹さん・・・本当に申し訳ありません。あたしなんかにそんな・・・赤の他人に言いたくない筈の色んな話を教えて頂いて・・重ねて御礼どころかお詫びしたいくらいです。ごめんなさい」
「うん、八神君なら理解してくれると思ったから正直に話せたんだけどね。・・でも、今はもう響子さんと五代君は結婚して1年半くらいか。・・もうお子さんも生まれていて幸せなはずだけど八神君にはそう見えないし感じないのかな?」
「五代君にとって恋愛対象となる女性って響子さんだけだし、それは響子さんにとっても同じで彼女が愛する男性って五代君だけだよ。雰囲気だけでも君は感じないのかな?八神君がそこまで鈍感とは僕は思わないけど・・」
痛い所を突かれたなと八神は自覚する。
「いやあの・・それくらいは敏感じゃなくても鈍感だったとしても、あの二人を見ていれば分かります」
「・・お互いに相手のことをとっても大切にしていて・・表情とか視線だけでも全然違うし・・本当に相思相愛で、お似合いのご夫婦であることぐらい誰だってすぐに分かります」
「うん、だったらあんまり五代君にもそうだけど響子さんを困らせるのは卒業すべきじゃないか?・・君が本当の大人になりたいんだったらね。子供のままじゃ不幸になること・・八神君も実は分かっているでしょ?」
「はあ・・・それはその、分かっているつもりなんですが・・。あと少しだけその・・ケジメを付けたい事がありまして」
「それは八神君の個人的なことだから、何のケジメかは聞かないけれど・・・独断で動き過ぎるとね、墓穴を掘ってしまって自分が落ちるだけじゃなくて相手や他人も巻き込む危険性を考えた方がいいよ」
「最悪の場合、それこそ後悔してもし切れないことにだって成り兼ねないしね」
年の功で諭すように三鷹は八神に接してくれていた。ここは素直に感謝したいとは流石に彼女も思った。
「はい・・ご親切にありがとうございます。・・忠告として気を付ける様にします。今日は本当にありがとうございました。・・これで失礼致します、三鷹さん」
「うん、それじゃあね。・・・気を付けて・・帰るだけじゃなくて考えて、ね」
深々と三鷹にお辞儀をして礼を言うと八神は喫茶店を後にした。
((このまま動いていいのか不安になってきたけど・・今更、途中で立ち止まれない。・・五代先生が・・・あたしの大好きな人があたしを振り向いて、少しだけでも振り向いてもらえるかも知れない残された数少ない・・最後のチャンスかも知れないんだから))
((それこそ、実行しない後悔こそ怖いわ。・・・当たって砕けろの精神に大人も子供もないわよ!!!))
日がすっかり傾きかけてきた頃、裕作は保育園を少し早退して西新宿にある億山グループの本社ビルの前に来ていた。
見上げるような本社ビルの入口の周りを裕作は、ただうろうろと歩き回っていた。
すると何者かが裕作の背後から裕作の肩に手を掛けた。裕作は慌てて振り向いた。
「に、二階堂?!な、何でお前がここにいるんだ?」
「やっぱり五代さんじゃないですか。何でここにいるかって、それはこっちの台詞ですよ。僕は自分の会社の前に立っているだけですから」
背広姿の二階堂は煙草を吹かしながら平然と答えた。二階堂の胸には、「Team億山」の記章が着いていた。
裕作は呆然とした表情で訊ねた。
「だ、だってお前、地元の建設会社に就職したんじゃなかったのか?それに何で億山グループで働いているんだよ」
「ああ、地元の建設会社が億山グループに買収されちゃったんですよ。それで億山グループの都市開発計画事業部の事業部長というのが大学の同期だった奴で」
「何だかよく分からないうちに東京の本社勤めになっちゃって」
「何だって?!そのおまえの大学の同期の事業部長って億山京也の事か?」
「え、五代さん、京也のこと知っているんですか?」
「知っているも何も、昨日の晩、俺はそいつと一刻館の5号室で一緒に寝たんだ」
「え。五代さんってそういう趣味があったんですか?そ、そうですか・・・それに京也のやつ、女癖の悪いことは知っていたけど、まさか男まで相手にしていたなんて・・・」
二階堂は立ったまま腕組みをして真剣な表情で考え込んでいた。裕作は呆れながら二階堂に怒鳴った。
「な、何を言っとるんだっ!昨日の晩はだな・・・そ、そんな事はどうでもいい。おまえ、京也の事を良く知っているのか?」
「そりゃあまあ、会社の上司の事業部長だし、大学の同期だった訳ですから・・・でも、大学の時からやたら女癖が悪くて、とにかく嫌な奴で、ほとんど付き合いが無かったんですよ」
「それが今では、あいつの会社で働いているんですから、人生なんて分からないもんですね。はっはっは」
裕作は相変わらずなんちゅ~無神経な男だと思いながら二階堂を睨み付けていた。
しかし裕作は、こんな二階堂のような男に無茶苦茶言われる位だから、京也って奴は相当性格が悪い男なんだなと、妙な納得の仕方をしていた。
「だけど流石の僕も、大学の同期の京也が部長だとやりにくくてしょうがないですよ」
「それに自分の勤めている会社のことを、こんな風に言いたくはないけど・・・ここ、結構やばいことをやっている会社ですよ」
二階堂は周囲に誰もいないことを確認し、裕作の耳元に小声で囁いた。
「五代さん、そのうち別の会社に転職するかも知れないから、その時はまた一刻館に住ませて下さいよ」
「いやあ、だけど五代さんに会うなんて、ほんと久し振りで懐かしいなあ。五代さん、相変わらず一刻館で貧乏生活をやっているんですかあ~?」
「余計なお世話だっ!」
「しかし今日は良く懐かしい人に会う日だなあ~。ついさっきもここで八神さんに会ったばかりなんですよ」
「な、何っ!八神がここに来たのか?な、何故それをもっと早く言わんのだっ!」
「あれ?やだなあ、五代さん。京也のことを僕に聞いてたじゃないですか?八神さん、京也の知り合いみたいで、京也に会いに来たみたいでした」
「それで八神、何か言ってなかったか?」
「ええ、何でもケジメを付けに来たんだとか言って、京也と二人で会社のリムジンに乗って、どっか出掛けて行っちゃいました」
「な、何だって?!ど、どこに出かけたんだっ?」
「事業部長だったらスケジュール表とか、連絡先とかで出かけた場所くらい分かるだろ」
「とにかく至急、調べて教えてくれ!」
裕作は両手で二階堂の肩を掴んで揺らしながら必死の形相で二階堂に詰め寄った。
二階堂は裕作の態度に驚き、咥えていた煙草を地面に落として唖然としながら裕作に答えた。
「ど、どうしたんですか?五代さん、血相変えちゃって。京也と八神さんがどうかしたんですか?」
「そんなに知りたければ調べてきますけど・・・」
二階堂が不思議そうな表情で裕作を眺めながら、本社ビルの入口の中に入って行こうとした時、裕作は両手の拳を握りしめ、真っ赤な顔をして呟いていた。
「あの野郎・・・お、俺は許さんぞっ・・・・とにかく、何とかして八神を京也から引き離さないと・・・」
(次回へ続く)