「間に合った……!」
「あと2分ー」
激辛ラーメンのお仕置きから一週間後。8月中旬、世間はお盆休み。俺と田中さんは夏祭りに来ていた。
「何でこんなに遅いのー?」
「お婆さんが道に迷ってて、それで案内してて……」
「また人助けー?」
「だって、誰かが困ってる姿とか見たくないし見過ごせないから……!」
これだけは絶対に譲れない。人を助けられないなら一生後悔するし、死んだ方がマシだ。
「別にダメとは言わないケド、少しは待ってる人のことを気にした方が良いと思うよー」
「ごめん、田中さんからしたら迷惑だよね。次からはもっと早めに家を出るようにする」
普段から家を出る時は早めに出ている。そうすれば不測の事態が起こっても時間に余裕ができるから。今回は思ったよりも時間がかかったためギリギリになっちゃったけど。だったら、より早めに家を出るしかない。暇な時はスマホいじっていればいい。
「あ、田中さんのその浴衣ってさ、自分でアレンジしたの?」
「せっかく夏祭りに行くならやっぱり浴衣だからねー。それに、自分の好みに合わせてアレンジしたらもっと可愛くなりそうだったからー」
「うん、似合ってる。田中さんって感じで良いと思うよ」
「だよねー」
浴衣であっても田中さん特有のパンキッシュなスタイルは損なわれていない。浴衣をこんな感じにアレンジできるとは思わなかった。そもそもそんな発想すら無かった。何が何でも自分を貫こうという気概、田中さんの凄い点だ。
「にしても、田中さんが来てくれるなんて驚いたよ。田中さん、夏祭りとか賑やかなのは苦手だと思ってたから」
「こーいうのは嫌いじゃないよー。あと、漣を一人にするのは少し可哀想だなーって思って」
「それは偶然だよ偶然! 友達みんな予定が合わなかったんだ……」
お盆休みに入ると、みんなはさっさと旅行したり帰省したりで東京を離れていった。そのため男友達とは誰とも時間を合わせることができなかった。そんな中、この日が大丈夫だったのが田中さんだけだった。
「ここで話してるのも時間が勿体ないからさっさと行こーよぉ」
「そうだね」
二人で屋台の方へ向かっていく。
※※※
「田中さんは何か寄りたい店とかある?」
「じゃあ、あれとかー」
そう言って、金魚掬いの屋台を指を差した。
「金魚掬い……分かった」
思い返してみると、意外と金魚掬いの経験は少ない。小学生以来か。久しぶりにやってみたいかも。
「懐かしいな。誰が一番多く捕まえられたかで勝負してたっけ」
「だったら勝負しよーよぉ。勝ったら頼み事を何でも一つ聞くってことでー」
「それは負けられないな……!」
実のところ、あまり自信は無い。昔からこういうのは不器用だった。金魚を掬えたことが無い。だからいつもドベだった。姉さんによくヘタクソだって言われてたな。
でも、高校生となった今なら或いは。不器用なのは変わらないけど、加減を知らないような歳でもない。金魚の1匹2匹くらい簡単だろう。
そんな感傷に浸りながら並んでいると、俺らの順番が回ってきた。店主からポイとお椀を渡される。
「勝負開始ー」
田中さんの声を皮切りに、金魚掬い勝負が始まった。
「今の俺なら……!」
もう何も知らない子どもじゃない。こうして見てるだけでもどうすれば簡単に掬えるかは分かる。
まず、ポイの紙が破れないように斜めから水に入れる。こうすれば水の抵抗を極力減らすことができる。次に壁際の金魚を狙う。ポイと壁による挟み撃ちだ。最後に、小さく動きの少ない金魚を掬う。暴れられると紙が破れてしまう。尾びれに注意しつつ金魚を乗せ、お椀に入れる。
「よし!」
初めて金魚を掬えた。年甲斐もなくガッツポーズをした。続けて壁際の金魚を中心に掬っていく。2匹目、3匹目、4匹目、恐ろしいほど簡単に取れる。金魚掬いってこんなに楽しいんだな。
「あっ……」
5匹目をポイに乗せたところで紙が破れてしまった。でも、今まで1匹も取れなかった人間が4匹も取れたのは大きな成長だ。十分誇っていいと思う。
「ふふー、私の勝ちー」
しかし、現実は甘くない。田中さんのお椀には10匹の金魚がいた。次元が違う。どんな方法で掬ってるんだ?
「はは、田中さんには勝てないな……」
やっぱり、根っからの天才なんだよなぁ田中さんは。俺が敵う相手じゃない。4匹で喜んでる中、倍以上の10匹も取ってるなんて……。この店が金魚を持ち帰らないタイプの店で良かった。そうじゃなかったら祭り荒らしで出禁になってた可能性あるぞ。
「じゃあ、ちょっと待っててねー」
田中さんが並んだのはたこ焼きの屋台だ。てっきり無茶な要求をしてくるのかと思ったけど……何を考えてるんだ? 何かイタズラしようと企んでるんじゃ……。
「はい、漣の分」
手渡されたのはソース、マヨネーズ、青のりが乗ったたこ焼きだった。見た目は変わったところは無い。匂いはソースと青のりが強くてマヨネーズの方は薄い。総じて普通のたこ焼きだ。おかしいところは何一つ無い。
「ちょっとー、露骨に警戒しないでよー」
「いや、何があるか分からないし。特に田中さんのは」
でも、田中さんのことだ。絶対に何かある。種も仕掛けも無い、なんてことはまずあり得ない。
「……そーだよねー。私からもらった食べ物なんて食べたくないよねー」
田中さんが俯く。明らかにへこんでる。流石に疑いすぎたか? 食べ物を使ったイタズラは多いから、てっきり今回もそうだと思った。
「嫌なら別に────」
「あ、いや! 全然そんなことはないんだ。ごめん」
今回は何も無いだろう。純粋に俺のためにたこ焼きを買ってくれたんだ。なら、その厚意を無下にするべきじゃない。
「辛っ!」
期待裏切られるの早すぎない? このマヨネーズ、からしマヨネーズだ……! ソースと青のりの匂いが強くて全く分からなかった。何かあると警戒してもしなくても俺は田中さんに負けてた。行動を起こさせた時点で結果は決まってた。
「ふふー、私の頼み事、聞いてくれてありがとー」
「え?」
何も頼まれてないんだけど?
「“まみみのイタズラに引っ掛かって欲しい”って頼み事ー」
……なるほど。どうりで何も言わずに行動を起こした訳だ。そんなこと頼まれたくない。
「これは心臓に悪いよ田中さん!」
「引っ掛かった漣が悪いと思いまーす」
これは完全にしてやられた。俺を断れない状況に持っていくことが田中さんの狙いだったんだ。あんな表情されたらノーとは言えない。何かを頼まれたら断りたくないという俺の性質を把握していたからこそ可能な芸当だ。
「こういうイタズラはズルい……」
「ならぁ、これからもっとしてあげるねー」
「止めてくれると嬉しいかな……人の良心に訴えるイタズラはあんまり良くないよ」
誰かの曇った表情は見たくない。とりわけ田中さんのは嫌だ。罪悪感がヤバいし、何だか見ちゃいけないものを見てる感じで気分が悪くなる。止めさせなくちゃいけない。
「それよりさ、次行こう。俺、射的やりたい」
話を切り替えて、まだやってない射的に誘う。しかし。
「あ……」
田中さんの表情がおかしい。なぜか耳を触ってる。何かあったのか?
「どうしたの?」
「え、いや……」
「あれ、ピアスの片方が無い」
よく見ると、田中さんが耳に付けているピアスが片方だけ無い。落としたのかもしれない。
「探そう」
だったらやることは一つ。無くしたのなら、探せばいい。
「でも、ピアス小さいし、人多いし……見つからない」
「それでも、だよ。俺も手伝うからさ」
「別に大したものじゃないから……」
口ではそう言うものの、動揺を隠せていない。周囲を見渡している。きっと、無くしたら困るものなんだろう。
「田中さん、諦めきれないって顔してるよ」
「……!」
「だから絶対に見つけよう。まだ無理だと決まった訳じゃないんだ」
可能か不可能か、そんなことは重要なことじゃない。こんな姿を見せられて放っておくことなんてできない。何としても、見つけ出してやる────!
※※※
ピアスを探し始めてから約1時間。色んなところを探したけど、見つかる気配は全く無い。
「はぁ……」
ため息をつく田中さん。完全に落ち込んでる。その表情を見ると心が痛くなる。
「やっぱり無理じゃ────」
「いや、そんなことないよ。まだ終わっちゃいない」
諦める訳にはいかない。ここで心が折れてしまえば、こうしている意味が無い。一体何のための俺だ。人のためになれない俺に価値なんて無い。
「もうすぐ花火が始まる。みんなそっちの方に行ってて探しやすくなってる。だから、頑張ろう」
周囲の人たちは花火大会の会場に向かっている。そのため、屋台に人はあまりいない。これなら多少は探しやすい。
ここら辺もあらかた探した。まだ探していないところに行こうと足を動かすと────何かが当たった。それは甲高い金属音を伴うものだった。もしかして……そう思って拾い上げる。
「ん……?」
ピアスだった。すぐに田中さんが付けているピアスを確認する。形が同じだ。間違いない。これは彼女のピアスだ。
「見つけたよ、田中さん!」
「え……?」
「ほら、これだよ!」
「あ……!」
田中さんにピアスを手渡すと、それをギュッと握り締める。その表情は笑顔だった。
「よかった、もう見つからないかと思った……!」
「見つけられたのは田中さんが諦めなかったからだよ。俺はそれに応えただけ」
田中さんの強い意思がこの結果を手繰り寄せたんだ。俺はそのサポートをしただけにすぎない。でも、少しは役に立てて良かった。田中さんのピアスを見つけられて、笑顔も見られた。うん、やっぱり人の笑顔を見ると俺も嬉しい。何物にも代え難い、最高の宝物だ。
「漣、その……ありがとう。これ、私のお気に入りだから」
「だったら、尚更見つけられて良かった。やっぱり、絶対に手放せないものってあるからさ」
どうせいつかは無くすけど、それでもずっとこの手で掴んでいたいものがある。俺なら人を助けようという心、田中さんなら……ファッション? とにかく、どちらも自分自身を動かす力で、それが無いなんて考えられない。そういう根幹に関わることなら、絶対に諦めちゃダメだ。
田中さんと話していると、ヒュ~っと音が鳴る。直後に、大きい炸裂音が続けて鳴った。
「あ、花火始まっちゃったか……!」
想像以上に時間が進んでいたらしい。花火に間に合わなかったか。
「田中さんはどうする? 会場まで行く?」
「いや、大丈夫かなー」
田中さんは首を横に振る。そして────
「だってぇ、ここで二人きりで見た方が楽しいしー」
「っ……!?」
田中さんが腕にしがみついてきた。凄く顔が近い。10センチあるかないかの距離だ。こうして間近で顔を見ると、飛んでもなく整った顔をしてるのがハッキリ分かる。それに、腕に柔らかい感触が当たる。心地良いけど、落ち着かない。これ……胸だよな? その事実を理解すると、急に全身が熱くなってきた。特に顔がヤバい。蒸発しそうだ。
「た、田中さん、離れて……!」
「…………」
危ない、こんなことされたら堪ったものじゃない。遂にこんな大胆なことまでするようになったか。慌てて田中さんの腕をほどく。
これは流石にアウトだ。色仕掛けなんて良くない。そもそも俺を困らせたいならここまでする必要なんか無い。それが分からない田中さんじゃないだろうに。
「田中さん……?」
当の田中さんは、そっぽを向いてこちらを見ようとしない。いつもなら俺の顔を見て笑ってるはずなのに。イタズラじゃないのか?
「とにかく、色仕掛けはダメ! 絶対にダメだから! もうこんなことしちゃいけないから!」
何はともあれ、こういう行為は良くない。厳しめに注意する。
そこまでさせるような理由は何だ? 俺の面白い顔をもっと見たいから? いや、だったらこの反応はおかしい。それ以外に何か理由があるのは間違いない。……何だか、嫌なことを思い出した。
「……花火を見よう、花火を。今日のメインなんだから」
過去のことを今気にする必要は無い。考えるのは止めよう。田中さんに限ってそういう意図は絶対に無いはずだ。
空を見上げる。赤、青、黄色、緑……色とりどりの花火が打ち上がっては消えていく。ほんの数秒だけ咲き誇る光の花。輝かしくも儚いそれらは、どこまでも綺麗で素晴らしい。自然に笑みがこぼれた。
「田中さん、花火ってどう?」
「……正直、バンバン鳴ってうるさいだけだと思ってたけど、案外悪くないかなー」
「なら良かった。こんなに綺麗な花火だからさ、田中さんと見れて良かったよ」
花火を一人で見るには綺麗すぎてもったいない。だからこそ、それを共有できる友達がいることが嬉しい。田中さんとは友達として色んな嬉しさ、楽しさを共有していきたい。できればずっと、これからも────。
摩美々の浴衣は夕つ方まみみチックのやつです。Trueエンドコミュ大好き。