【完結】隣の席の田中さん   作:ハカナ

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第16話 田中さんとの文化祭

「とても楽しかったです!」

「そう思っていただけたなら幸いでございます。それではいってらっしゃいませ」

 

 客として来てくれた女子生徒に一礼して見送った。

 ……やっぱり恥ずかしいなこれ。2日目になってもあんまり慣れない。一応顔に出ないくらいには上手くなったけど、内心ではどうしても恥ずかしさが消えない。本業の人たちって凄いんだな。心の底から尊敬する。

 

「時間は……」

 

 腕時計を確認する。針は11時を差していた。ここから2時間の休憩だ。この時間に田中さんと文化祭を回る約束をしてる。ようやくやって来たこの時間。昨日がアレだった分、今日はとても気分が良い。この調子で早く準備を済ませようと控え室に入った。

 

「本田、休憩入る」

「そのことで話がある。少しいいか?」

「どうしたんだ?」

「悪いけど30分延長できねぇか? 思ったより客が多くてさ、少しでも人手があると助かるんだ」

 

 教室を覗くと全ての席が客で埋まってた。そのせいか、執事係とメイド係は慌ただしく動き回っている。確かにこの状況なら人手は多い方が良い。俺がこのまま仕事を続ければ、みんなの負担が減る。断る理由は無い。でも、1つだけ問題がある。

 

「俺は構わないけど、田中さんはどうなのか……」

「田中がどうかしたのか?」

「今から一緒に文化祭回るって約束してるんだ」

「だったらそっち優先しろ。俺たちが何とかしてやるよ」

「それだとお前や他のみんなが辛くなるだろ」

 

 田中さんと文化祭を楽しみたい気持ち、できれば仕事に専念したい気持ちが半々。自分の都合を優先して誰かにいらない負担をかけさせるのは嫌だ。かと言って、田中さんとの約束を無視するのも良くない。

 

「ちょっと待ってくれ。田中さんに確認取る」

「いや、だからそっちを優先しろって言ってんだろ?」

「お前の言いたいことは分かる。でも、この状況なら俺がいた方が少しはマシになる。だったらやらなきゃダメだって思うんだ」

 

 助けられるのに助けない────そんなふざけた真似はできない。俺の道理に反する。ただ、今回は田中さんが絡んでるからそういう訳にもいかない。確認は必要だろう。

 現状を放ってはおけない。とは言え、約束ごとには厳しい田中さんだ。きっとダメだろうなって思いながらチェインを開いて、連絡を入れる。

 

『ごめん、30分だけ仕事延長したい』

『別にいいよー』

 

 ……特に何も言われずに許可をもらった。え、どういうこと?

 

「別にいい、だってさ」

「マジかよ」

「正直俺も驚いてる」

 

 絶対に却下されると思ってた。俺から誘っておいて、俺の勝手な都合で約束の時間を延ばされて、田中さんからしたら堪ったものじゃないに決まってる。

 

「おい、理由聞いてみろ」

「ああ」

 

 本田に促されてチェインを続ける。今までの田中さんなら確実にダメって言うはず。待ち合わせの時間に遅れたり、ギリギリだったりしたら不機嫌になる田中さんらしくない発言だ。一体何があったんだ?

 

『どうしてOKしたの?』

『どうせ誰かを助けたいからでしょー。漣がそうしたいならまみみから言うことは何も無いんでー』

 

 昨日の田中さんが言った『もしまみみが、その……漣の彼女だったら、人助けを最優先したって問題無いケドー』って言葉を思い出した。あれってホントにそういう意味なのか? でも、『1番大事なのは人を助けること。それ以外は2の次』なんて考えを田中さんが認める訳ないだろ。俺にとっては何よりも正しいことだけど、他の人にとっては異常なことだ。だからその後に『冗談ですー』って言ったんだし。かと言って俺を勘違いさせようみたいなイタズラ目的で言った感じでもなかったんだよなあ。ダメだ、分からない。田中さんは何を考えてるんだ?

 

「なあ、これってどういう意味だと思う?」

「お前に呆れたか、或いはお前の気持ちを尊重したか。どっちにしろ、田中に借りを作ったってことだ」

「そうだな……」

 

 文面だけ見れば本田の言う通りだ。昨日の出来事のせいで深く考えすぎて答えを出せなかった。ここに本田がいてくれて助かった。

 この借りは大きい。だから、何があっても返さなきゃいけない。仕事が終わったらすぐに謝ろう。それが俺にできる田中さんへの罪滅ぼしだ。

 

「ま、田中からの許可があったんならしょうがねぇな。頼むぞ」

「もちろん、頼まれたからにはいつも以上に全力でやってみせる」

「あ、そうだ。休憩時間も30分延ばすからな」

「そんなことしたら延長の意味が無くないか?」

「そうすれば田中と回る時間がプラマイゼロになるだろ? お前に助けられた分、代わりに俺が働いてやるよ」

「……ありがと。お前が友達で良かった」

「おう! これからも任せろ!」

 

 本田の善意に感謝しつつ、仕事に励んだ。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 ────走る。全速力で走る。仕事を終えてすぐに待ち合わせ場所の休憩室へ向かった。少しでも早く行って、少しでも田中さんと一緒にいられる時間を増やす。そう思って廊下を左に曲がった。

 

「あ、漣じゃん。そんなに焦ってどしたの?」

「姉さん……!」

 

 声をかけてきたのは結華姉さん。隣にいる女子はきっと友達だろう。思わず足を止めた。

 

「……ごめん、今急いでるから後で!」

 

 無視するようで後ろめたいけど、今は何よりも田中さんの方が重要だ。たとえ相手が姉さんであっても時間を割いてる暇は無い。いくら休憩が30分延長して実質的な自由時間は変わらないとしても、30分遅れたという事実が既にある。だから、ここで立ち止まってる場合じゃない。

 姉さんらを背にしてまた走り出した。次の曲がり角も左に曲がって、そこからすぐ右手にある教室。そこが、待ち合わせ場所の休憩室だ。ドアを開けて、田中さんの前で足を止める。

 

「ハァ、ハァ……お待たせ、田中さん……!」

「待ちくたびれちゃったぁ」

 

 今までと違って田中さんは不機嫌そうな表情じゃない。だからと言って許されたことにはならない。そうだ、俺のやることは変わらない。

 

「ホントにごめん! 俺の勝手なワガママに巻き込んで……!」

「別にもう慣れたんでー。ていうかぁ、そこは『ありがとう』でしょー」

「ん……そうだね。ありがと、田中さん」

 

 俺は田中さんの恩情で仕事を延長させてもらったんだ。謝るよりも礼を言う方が適切だった。そんなことにも気づけないとか人としてダメすぎる。こういう場合は言葉よりも行動だ。その方が田中さんとしてもきっと分かりやすい。

 

「ねえ、俺にできることってあるかな? 田中さんにお礼がしたいんだ」

「だったらまみみの言うことに従ってもらおうかなぁ。漣は執事ってことでー」

「何で執事?」

「だってぇ、そんな格好してるんだしー」

「なるほど、分かった。それが俺にできることなら」

「そこは『お嬢さまの仰せのままに』が良かったなー」

 

 随分な無茶振りだな。でも、田中さんがそう言うならやらない理由は無いよな。

 

「じゃあ……お嬢さまの仰せのままに」

「……!」

 

 田中さんは目を見開いて何も喋らない。どういう感情なんだこれ。

 

「……まみみの前で絶対にそれしないでー」

「でも、やれって言ったのは田中さんだよ?」

「そうだケドー……! でも、これ以上はダメぇ……!」

 

 田中さんの頬が赤くなった。しかも耳まで真っ赤になってる。もしかして共感性羞恥か……!? そんなに最悪な出来だったのか? うぅ、恥ずかしさが顔に出ないようになるまでかなり練習したのに……辛い。

 

「……とにかくー、早く行こー」

「袖引っ張らないで……シワできるから……!」

 

 不機嫌そうな声を上げた田中さんに無理やり連れてかれた。この時の顔は見えなかった。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「あ、これとか面白そうじゃーん」

「え……」

 

 田中さんが指差したのはお化け屋敷だった。

 

「まさか怖いのー?」

「い、いや、全然大丈夫だよ」

 

 正直お化け屋敷は苦手だったりする。小さい頃に姉さんと兄さんに連れ回されて以来トラウマになった。死角から驚かされるのがどれほど怖いか。正直もう二度と入りたくない。あれから時間は経ったから少しはマシになってるけど、それでも怖いものは怖い。理想を言えば入りたくない。ただ、正直に言ったら田中さんは嬉々として俺をお化け屋敷に入れるに違いない。だったら悟られないようにした方が精神的に多少はマシだ。

 数分間並んで待っていると、俺たちの順番がやってきた。受付担当の男子が「それでは楽しんでください!」と笑顔で送ってくれた。これから恐怖体験する人にそんなこと言う? 余計に怖くなるから止めて欲しい。

 

「おぉ……」

 

 入場。生徒や一般客で賑わってた廊下とは違って、部屋の中は薄暗く、音も聞こえない。段ボールとか黒いビニールとは手作り感はあるものの、雰囲気はしっかり出てる。

 でも、あまり怖くはない。幼い頃に死ぬほど怖がってたのが嘘みたいに心は落ち着いてる。ただ暗いだけなら何も問題無い。となると、俺が最も恐れるべきは死角からの襲撃。それさえ警戒すれば────。

 

「っ!?」

 

 早速!? まだ入って1分も経ってないのに!? 頭に落としてくるのはズルくないか!? 分かる訳ないだろそんなの! というか、一体何が落ちてきたんだ? そう思って床にある物を見ると────。

 

「えっ」

 

 そこにあったのは血まみれのハンドマネキン。ご丁寧なことに断面まで忠実に再現してる。一瞬で血の気が引いた。グロいのが苦手な人間には刺激が強すぎる。気合いの入れすぎにもほどがあるだろ。もうちょっと控えめにしてよ頼むからホントに。

 

「やっぱ怖いんじゃーん」

「いや、これはアレだから、ハンデだから……」

「じゃあ怖がらないで頑張ってねー」

 

 こんな状況でありながら、田中さんはニヤニヤしている。後ろから俺の反応を見て楽しむ気満々だ。田中さんの要望があるから言う通りにはなるけど、思い通りにはならないぞ……!

 意を決心して歩く。次は絶対に怖がらない。次は絶対に怖がらない……必死に言い聞かせて前を進む。

 

「うわ……いや、これ俺らか」

 

 突き当りを曲がると、正面に姿見があった。部屋の暗さから顔や服装が見づらく、鏡に映った自分と田中さんを幽霊と見間違えた。地味な怖がらせ方がちょっと腹立つ。

 

「今怖がったぁ? 怖がったよねぇ」

「いやいや、こんな場所に鏡があるなんて思わなかっただけで……」

 

 怖がってることがバレないように言葉をひねり出してると────。

 

「わっ!」

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 はぁ!? 誰が肩叩いた!? どこだ!? どこから来た!? 後ろ!? 後ろか!?

 

「ぷっ、ふふふ……そのリアクションはズルいでしょー……!」

 

 あちこち見回す。ここには盛大に笑ってる田中さんしかいない。それ以外に人の気配はまるで無い。

 

「誰が一体こんなことを……?」

 

 対応できないくらい凄まじいスピードで襲ってすぐ逃げたのか? いや、でもこの道は広くない。横幅は人が1人やっと通れるくらいで、正面には数10センチのところに姿見。すぐ後ろには田中さんがいて、俺の間に割って入ることはできない。仮にできたとしても姿見で確認できる。この状況でそんなことができる人間がいるとしたら……ん?

 

「もしかして、田中さんがやったのか……!?」

「いや、どう考えてもまみみ以外ありえないってばぁ……!」

 

 ツボに入ったのか、笑いが止まらない田中さん。俺の反応がよっぽど面白かったらしい。納得がいかない。

 

「田中さんも俺と一緒でおどかされる側だよね!? 何でおどかしたの!? ねえ!?」

「必死に怖いの耐えてるのが、ふふ、面白かったからぁ……」

「俺は至って真剣なんだけど!?」

「だから面白いんじゃーん」

「もし次そういう機会があったら絶ッ対に止めてね! ショック死するから!」

「ショック死って、ふふふ……!」

 

 そう言うと更に笑い出した。そんなに面白いのか……! クッソ、これじゃあ完全に俺の圧倒的ボロ負けだ。やっぱりお化け屋敷なんて二度と行かないからな……!

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「はぁ……」

 

 疲れた。まだ田中さんと一緒になってからそんなに時間も経ってないのに。田中さんの不意打ちに驚きすぎて体力の殆どを持っていかれた。間違いなく人生で1番の絶叫だった。喉が痛い。

 

「怖いなら素直に怖いって言えばいいのにー」

「どうせホントのこと言っても連れてったでしょ?」

「当たりー。でも言わない方が面白いかなぁって思ったからありがとー」

「くっ、屈辱……!」

 

 これじゃあ田中さんにご褒美を与えたみたいだ。実際その通りなんだけど。でも楽しんでくれたなら何より……とは素直に言えない。もっとこう、やり方ってものがあるはずだ。とは言え田中さんらしいと言えばその通りだし、否定する気はさらさら無い。もうちょっと抑えてくれると嬉しいんだけどね。

 

「ん?」

 

 廊下を歩いていると、1人の女子生徒と目が合った。うわ、なぜか凄い勢いでこっちまで走って来た。何なんだ? 変なことをした覚えなんて無いぞ?

 

「君よ!」

「え?」

「君みたいな子を探してたの!」

 

 いきなり手を握られた。靴の色が青いってことは3年生か。ていうかテンション高いなこの人。

 

「ねえ君! 女装コンテストに出てくれない?」

 

 ……は?




 久しぶりに短い間隔で投稿できた気がします。キャラが勝手に動いてくれるとブーストかかる現象は物書きあるあるだと思います。あとワクチンの副反応で学校に行けなかったのも大きいです。これだけで打った意味あるなって思いました(人間のクズ)。

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