【完結】隣の席の田中さん   作:儚夢想

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第18話 そんなの、ありえない

「「……」」

 

 何も喋れなかった。背中合わせになって、ただひたすら何とも言えない雰囲気を噛み締めた。

 ────どうしてこうなった。多分田中さんも同じことを考えてるはずだ。

 文化祭が終わって1週間後の土曜日。俺と田中さんは男装・女装コンテストの優勝景品である温泉旅行券を使って都内の温泉に来た。

 家族会議の結果、『漣以外の家族はみんな忙しいから友達と一緒に行きなさい』という結論に至った。何人か誘ったけどことごとく拒否された。そんな訳で、最後の手段として田中さんを誘った。どうせ断られるだろうと思ったらまさかのOK。今でも理由は分からない。

 

「……本当に同じ部屋なのー?」

「部屋が1つしか空いてなかったんだからしょうがないよ」

 

 本来、部屋は別にする予定だった。ただ、選んだ旅館が人気だったのが良くなかった。予約こそできたものの、この部屋以外は埋まっていた。だから同じ部屋にするしかなかった。

 

「流石にこれはー……」

「気まずい、かな……」

 

 これは不慮の事故、そう言い聞かせても意識せずにはいられない。思春期の、それも異性の人と一緒に温泉だなんて経験は当然無い。友達とは言え田中さんは女の子だ。思うところはある。今になって恥ずかしくなってきた。

 

「とりあえず何か食べようよ。昼ご飯まだでしょ?」

「そーだねー」

 

 腹ごしらえと気晴らしのために部屋を出た。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「「いただきます」」

 

 旅館内の食堂にやって来た。貰った温泉旅行券は日帰りだけど、ランチもディナーを食べ放題。こんな豪華な待遇なのに実質無料なんだから恐ろしい。

 俺と田中さんが選んだのはラーメン。正直旅館の雰囲気をぶち壊す気満々の注文だけど、ラーメンが食べたい気分だったから仕方が無いと割り切る。食べ放題だから別に問題無いという理論だ。

 

「うまー」

「最近は寒くなってきたからあったかいのが身に染みるね」

「だねー」

 

 しっかりとした旅館の料理だけあってクオリティは高い。麺のコシがしっかりしてる。その上スープの味の主張も程よく、あっさりしていて飲みやすい。チャーシューも脂がのっていて美味しい。これが無料で食べられるという事実に震える。

 

「漣、一味取ってー」

「うん……いや、ちょっと待って」

「どーしたのぉ?」

「それ、俺のラーメンにかけるつもりだよね」

 

 田中さんが辛い調味料を使う対象は基本的に俺の料理だ。今までだって何度もやられた。これ以上騙されてたまるか。

 

「いやいやぁ、もっと体をあったかくしたいだけだってー」

「主語が無いのが怪しいんだけど?」

「えー、疑うのぉ? まみみは1番の友達だよー?」

「そういう言い方してもダメなものはダメだよ。取るなら自分で取って。普通に届くでしょ?」

「……まみみ、傷ついちゃったかもー」

「その手には乗らないよ。内心ウッキウキのは分かってる」

「ホントに、そーいうつもりなんか無いんだケド……」

 

 田中さんは俯いた。あれ、ホントにその通りだった? だったら悪いことしちゃったかな。

 

「……ごめん、言いすぎた。はい、一味」

「あ、手が滑ったー」

 

 渡した瞬間、一味が俺のラーメンにドバッと投下された。滑ったなんてものじゃない。明らかに意図的な犯行。結局こうなるのか……!

 

「た、田中さん!」

「ふふー、今日もリアクション絶好調ー」

 

 思わず叫んだ。それを見て田中さんは笑う。最早2人でいる時のお約束のような展開。

 

「やっぱりイタズラ目的だよね! うん、分かってた!」

「分かってても引っかかってくれるなんて漣は優しいねー」

「優しさで引っかかった訳じゃない!」

「でも、騙されたのは事実だよねー?」

「うぐっ……!」

 

 正論すぎて何も言い返せない。

 

「とりあえず早く食べてよー。まみみ特製一味マシマシラーメンだよー」

「……臭いで鼻が痛いんだけど」

「漣への愛情を込めた逸品だから美味しいかもよー? どーぞ召し上がれー」

 

 まあ、どんな形であれ自分で頼んでおいて残すのは失礼極まりない。粗末にしないためにもここは食べるしかない……か。意を決して、一味が乗った麺を口に入れる。

 

「ゲッホゲッホ、辛……!」

「やっぱり漣と何か食べる時はこれが無いとダメだよねー」

「これ何度目?」

 

 これからも田中さんと一緒に何か食べに行くたびにやられるの? 拷問か?

 

「大丈夫だってー。完食したら甘い物食べさせてあげるからー」

 

 田中さんはそう言って俺の背中をさすってきた。うわ、何だこれ。妙に心地良い。謎の安心感が湧いてくる。

 

「田中さん、ちょっと……」

「人の善意は素直に受け取るべきだと思うケドー?」

「そうじゃなくて、その、恥ずかしいから……!」

 

 高校生にもなってこういうことをされるのは気が引ける。甘えてるだけで何とでもなった昔とは違うんだから。

 

「へー、漣にもそーいう感情あるんだぁ」

「そういう感情ってどういう感情?」

「秘密ー」

 

 田中さんは何を考えてる? そういう感情って何なんだ? 背中をさするって行為は人を安心させるための行動だ。となると、甘えたいって田中さんに思われてる? いやいや、俺はそんなこと絶対に思ってない。この年になってそんなのは許されないだろ。

 いくら考えを張り巡らせても、田中さんは止める素振りを見せない。それどころか────。

 

「ちょ、頭……!」

「こーしたらもっと嬉しいでしょー?」

 

 頭を撫でるのは流石にマズいって……! ていうか、どうして田中さんはそんなにノリノリなんだ? イタズラ目的にしても俺の身体に直接触るようなことは殆どしないのに。

 

「その、人の目とかあるから! ここ店だから! やるならせめて部屋とか!」

「じゃあ、人目の無い場所なら大丈夫なんだぁ?」

「ちがっ、それは言葉の綾で……!」

 

 もっと強く否定しろ。ハッキリ言え俺の口。女子高生に頭撫でられたいとかどんな変態だよ。人の道を踏み外れるな。

 

「ふふー、また1つ漣の弱点はっけーん」

「これ以上俺の尊厳を破壊しないで……!」

「いっそ破壊してあげた方が面白いかもねー」

「そんな訳ないってば!」

 

 いつも以上に積極的だな今日の田中さん。さすったり撫でたりするの相当気に入ったんだな……。何だかとてもヤバいものを目覚めさせた気がする。

 

『道に迷ってるお婆さんを案内してあげたの?』

『うん、ちゃんと助けられたよ! ヒーローみたいに!』

『そっかそっか、漣はエラいね~』

『えへへ! ありがとう、お姉ちゃん!』

 

 ……そう言えば、小さい頃に姉さんがよく頭撫でてくれたっけ。凄く嬉しかったなあ。自分はちゃんと理想に近づけてるんだなって実感が湧いた気がして。

 ああ、だから強く否定できないのか。頭を撫でられるのは良いことだって考えが根底にある。自分の頑張りが報われたっていう他ならない証明だってことを理解してる。それを田中さんに見抜かれた訳だ。何と言うか……田中さんが怖い。姉さん並みに読心の精度が高くなってないか?

 

「こういうのは止めてね田中さん」

「考えなくなくもないかなー」

「それって考えないってことじゃ……」

「それよりも、早く食べないと冷めちゃうよー?」

「あっ、そうだ……!」

 

 上手く丸め込まれた。とは言え、このままラーメンを放置しておく訳にはいかない。無駄にしないためにもちゃんと完食しないと。

 

「辛っ!」

 

 ……どうあがいても田中さんのイタズラからは逃げられそうにないなあと思った。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「あ、漣」

「田中さんも上がったんだ」

 

 温泉から上がって廊下に出ると田中さんに鉢合わせた。

 

「……!」

 

 お団子ヘア、浴衣、ノーメイク。いつものパンキッシュスタイルとは違う、ナチュラルなスタイル。攻撃的な感じではなく、穏やかで慎ましい感じ。普段とのギャップが凄い。あまりの可愛さに思わず見入った。でも、このまま顔を凝視するのは良くないよな……。

 

「どーしたのー? まみみの顔をジッと見てー」

「あ、いや、別に……」

 

 え? 隠す意味あるか? 普通に『綺麗だね』って言えばいいだけだろ。何やってんだ俺。

 

「それよりも、温泉凄かったね」

「露天風呂だもんねー。風も景色もすっごく良かったぁ」

「だよね!」

 

 何でこんなに慌ててるんだ? やけに体が熱いし。何か今日の俺おかしいぞ?

 

「都内でこれは凄────」

 

 明滅。視界がぼやけて世界が歪んで見える。更に体に力が入らない。足元がふらつく。このままじゃ前のめりに倒れ────!

 

「ちょっとー、大丈夫ー?」

「……あ、ありがと」

 

 その直前に田中さんが俺の腕を掴んだ。間に合わなかったら頭を強打してた。

 

「ごめん、温泉でのぼせたのかもしれない。わりと体が重い」

「……ほら、肩」

 

 田中さんが肩を貸してくれた。疲れを癒すための温泉なのに余計に疲れてるな。これじゃあ本末転倒だ。

 

「何から何まで田中さんにお世話になりっぱなしだね、俺」

「別に、これぐらい何ともない」

 

 そう言って、田中さんは頬を赤く染める。少しして、再び口を開いた。

 

「……それに、たまには誰かを助けるのも悪くないって思っただけ」

「え……?」

 

 人を助けるのも、悪くない……!? もう半年近く田中さんと一緒にいるけど、そういう考えは持ってる風には見えなかった。そんな田中さんが、人助け……!?

 

「……何で笑ってるのー?」

「ああ、嬉しくてさ。田中さんがそう思ってくれたのが。人を助けるっていうのは世界をより良くする。その心を持って行動すれば人を笑顔に、幸せにできる」

 

 そうすれば世界平和が実現する。全人類が幸福になる。今はまだ遠い未来の話かもしれない。だとしても、『人を助ける』って信念を持ち続けていればその時は必ずやって来る。

 

「それを田中さんにも知ってもらえたならこんなに嬉しいことは無いよ」

 

 助けて、助けられて。こうして自分も救われてる。やっぱり、この気持ちは間違いなんかじゃない。誰に何を言われても、俺は絶対に人を助け続ける。俺にとって、1番大事なこと。これだけは何があっても絶対に変わらない。

 ……にしても、何だか心臓が異常にバクバクしてる。気分が良いから? 湯上りで体があったまってるから? だったら特に不思議なことじゃない。なのに────何かを見落としてる気がする。もっとこう、根本的な。これは直観で、根拠なんて無い。けれど、とても重要なことなのは間違いない。時として直観は何よりも正しい。だから、何か理由があるはずだ。

 

「……ねえ」

「ん?」

「ねえ、これからどーするのー?」

「あ、ごめん。色々考えてて……」

「人の話はちゃんと聞いてよねー」

 

 田中さんはちょっと拗ねてるのか、頬を膨らませてる。自分の都合で人を無視したのは良くない。悪いことをしたな。

 

「えーっと、これからの予定は……このまま夕食をとって帰るつもり。でも、この身体の調子じゃちょっとキツいかも」

「だったら部屋で少しだけ休むー?」

「うん、そうする」

 

 田中さんの気遣いがありがたかった。その言葉に甘えて、部屋に戻った。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「はぁ~」

 

 部屋に戻ってソファで横になる。ふかふかで気持ち良い。

 

「はい、水」

「ありがと」

 

 自販機で水を買って来てくれたらしい。何の変哲もないペットボトル。見た目からして仕掛けは無い。部屋にはイタズラに使えそうな道具も無い。いつもなら何かしらあるけど、今回ばかりは何も無い。きっと、体調が悪い俺に配慮してくれたんだな。

 

「田中さんって優しいよね」

「え……」

「ずっと思ってたんだけどさ、何で自分を『悪い子』って言ってるの?」

 

 田中さんは自分を悪い子と称してイタズラや多少のルール違反をする。それが叱られること、構ってもらうことが目的なのは分かってる。もしかして、それを悪いことをするための理由にしてるってことか? いやでも、そういうことをしてもちゃんと謝るしな。やっぱりどう考えても『良い子』では……?

 

「うわっ!?」

「これでも『まみみは悪い子じゃない』って言えるー?」

「ちょっ、止めてよ膝枕なんて……!」

「やですー。まみみ、悪い子なんでー」

「こんな時ばっかり……!」

 

 間違いない。こういうことをするために自分を正当化してる。一体どこまであまのじゃくなんだ田中さんは……!

 

「ていうか、止めてってどーいうことー?」

「当たり前でしょ! 恥ずかしいんだよ!」

「とか何とか言って実は嬉しいんじゃないのー?」

「……ありえない!」

「その間は何なのー? そんなんじゃ説得力無いってー」

 

 田中さんの膝は柔らかい。でもって、こんな近くで綺麗な顔を拝める。何か良い匂いもする。これほどゼロ距離で触れ合ってるんだから恥ずかしいに決まってる。嬉しくなんてない。嬉しくなんてない。嬉しくなんて……ない。

 

「いやぁ、漣が甘えたがりで助かったぁ」

「な訳ないでしょ」

「だったら立ち上がってみせたらー?」

「ああ、やってみせるよ」

 

 たかだか膝枕くらい簡単に……あれ? 身体が重い。体調の悪さから来る重さと……何だ? クソ、動かない……! いや、動けないんだ……!

 

「全然ダメじゃーん。よわよわー」

「頭まで撫でないで……!」

 

 恥ずかしいと思いながらも、どこか落ち着く。そんな矛盾が強くなると反比例的に全身の力が抜けていく。抵抗する力なんて湧いてこなかった。このままでいい……なんて情けないことを考えてる自分に腹が立つ。

 これも全部姉さんのせいだ。小さい頃からこういうことをし続けてきたあの人が悪い。甘やかされることを拒めないように洗脳するなんて卑怯だ。何があっても絶対に許さないからな姉さん。

 

「……やるなら相手を選んだ方が良いよ」

「えー、漣だからやってるんだケドー」

「は……!?」

 

 何言ってんだよ!? 俺だから!? 意味が分からない……!

 

「漣ならこーいうことしても許してくれるでしょー?」

「いや、それは……!」

 

 俺たちは未成年の男女で、まだ高校生。こんなに身体をくっつけ合うには早すぎる。こんな、まるで恋人同士みたいな────。

 

「え、もっと顔真っ赤になった」

「……別に、そういうの、じゃない」

 

 そうだ、そんな訳ない。俺が田中さんを好きになる訳がない。いや、友達としてはめっちゃ好きだけど。だからと言ってこれ以上の関係には発展しない。俺は恋人なんか作っちゃダメなんだ。1番にはなりえないから。

 

「……でも、まあ、田中さんなら問題無い」

 

 それでも、『田中さんは特別』。そう言えるくらいには信頼してる。友達以上恋人未満ってヤツなのかもしれない。田中さんは俺のことどう思ってるんだろ────。

 

「ちょっ、また頭……!?」

「今のは合意ってことでしょー?」

「~~~~ッ!」

「ふふー、あー面白ー」

「こっちは何も面白くないッ!」

 

 俺は田中さんに恋愛感情なんて抱いてない。どうしようもないくらい顔が熱くなって、胸がドキドキして、イタズラされたり頭を撫でられたり膝枕をされたりするのが嬉しくても恋愛感情なんて抱いてない。そんなの、ありえない。

 

 ……その後、更に体調が悪化して、時間が無いから爆速で夕飯を食べて、腹を壊して。頭も腹も痛くてダルいという最悪の状態になりながらも家に帰った。家まで送ってくれた田中さんには感謝してもしきれない。




 文化祭編終了。ついに摩美々への恋愛感情を自覚した主人公。なお、価値観がバグっているため素直に認められない模様。今回は純粋にイチャラブが書けて楽しかったです。こういうのが書きたかったんだよ!
 話も後半戦に入りました。主人公はどうやってその恋愛感情を認めるのか、心はどう変化していくのか。自分も楽しみながら書いていきたいと思います。
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