【完結】隣の席の田中さん   作:儚夢想

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第2話 さりげない気遣いができる子を悪い子とは呼ばない

 転校から翌日。今日は雲が一つも無い綺麗な快晴だった。昨日あれだけ降った大雨が嘘なんじゃないかと思うくらいだ。空気も温かくてこれぞ春と言わんばかりの陽気で気持ちいい。

 あと、窓の外から見える幾本もの桜がとても美しい。きっと校庭に植えられている桜だろう。これも故郷福島の田舎高校では見ることのなかった景色だ。ほんの一ヶ月くらい前は森だの山だのただひたすらに緑一色で退屈だった風景が、今では高層ビルやマンションが並んだ華やかな風景に変わった。こちらの方がよっぽどマシに見える。これなら毎日外を眺めてたって飽きないかもしれない。そう考えると、やはり窓際の一番後ろの席が羨ましく感じる。あの場所ほど外を眺めるのにうってつけな場所は無い。自分が転校生であること、そして苗字が三峰であることを考えると最初からその席にありつける可能性はどう足掻いても無い。少し悲しい。

 ひたすら外を眺めていると、朝のホームルーム開始を告げるチャイムが流れる。それと同時に、彼女は現れた。

 

「あ、おはよう田中さん」

「……」

 

 え、スルー? マジ? ホントに? その対応はドライ過ぎない? 昨日の今日で仲良くなれるとは思ってないけれど、これはかなりダメージがデカいなぁ。無視されるのは精神的に来る。

 

「あ、これー」

 

 田中さんは突然思いだしたかのように、手を持っている折りたたみ傘を俺の机の置いた。昨日貸した傘だ。

 

「おかげで濡れずに済みましたぁ。ありがとうございますー」

「うん、こちらこそありがと! 役に立てたなら嬉しいよ!」

 

 田中さんはちゃんと傘を使ってくれたらしい。それが嬉しくて、つい顔が綻びる。誰かが良い気分だと自分も良い気分になる。やっぱり人助けはやらなくちゃダメだよな。

 ただ、それ以降田中さんとの会話は特になかった。何を喋ればいいのか分からない。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

「なあ、漣って田中と仲良いのか?」

 

 昼休み。同じクラスの本田に誘われて一緒に昼食を食べることになった。質問してきたのは、そんな時だった。

 

「いや、全然。昨日傘貸しただけでそれ以上のことは何も」

「あ、だから今朝お前に傘渡してたのか……って、待て。昨日ってそれ実質初対面だよな?」

「うん、そうだよ。でもさ、昨日田中さんが傘忘れて困ってたんだ。だったら助けなきゃって思って」

「お前、良い奴だけど何か変わってるな」

「良く言われる」

 

 変わった奴と言われても、自分では全くそう思ってない。きっと、そういう行動を躊躇いなくできる奴は珍しいっていう意味で言ってるんだと勝手に思ってる。実際気恥ずかしくてやろうと思ってもできないことって意外とある気がするな。よく分かんないけど。

 

「田中って顔は良いけど何か近寄れないんだよな。見た目は派手だし、露骨に話しかけるなオーラ放ってるし。それを気にせず話せるお前は凄ぇよ」

「いや、俺だって田中さんに話しかけるのは勇気いるよ。何なら無視されることもあるし、そうなると辛い」

「そうだよな、田中とは去年も同じクラスだったから分かるぜその気持ち。俺も何回か話しかけてみたんだけどダメだった」

 

 田中さん、誰にでも同じような対応なんだな。言われてみれば、確かに田中さんが友達と一緒にいるイメージは無い、実際、一人で黙々と弁当を食べている。

 

「でも、仲良くなれたらいいなー、とは思うよ。折角同じクラスになったんだからさ。何かの縁的な?」

 

 幸い隣の席だし、話そうと思えば話すことはいつでもできる。田中さんが嫌がらなければ、だけど。ずけずけ来る奴は絶対に好きじゃないよな。だったら適切な距離で話せれば何とかなるか? でも適切な距離なんて分からないし……仲良くなるためにはどうすればいいんだ?

ダメだ、道が見えてこない。

 

「……お前、ホントに変わってるよ」

「呆れられてる?」

「いや、マジ尊敬してる」

 

 え、全然そうは聞こえないんだけど。そんなに俺変な奴なの? わりとショックなんだけど。

 

「ま、とりあえず頑張れよ。俺は応援してるぞー。何か力になれることがあるなら遠慮せずに言ってくれていいからな」

 

 本田に肩を叩かれた。励ましのつもりかな。ノリが良くて話しかけやすいし、本田みたいな性格の奴が友達にいると本当にありがたい。けど、時々何言ってるか分からない。俺からすればお前も大概変わってると思うよ、うん。

 そんな訳で昼休みが終わり、授業へ移る。古典だった。教科書を机の中から取り出そうとする。

 

「えっ」

 

 しかし、教科書は無かった。机の中を再度確認しても見つからない。続いて、バッグの中も確認する。ここにも無い。

 

「マジか……」

 

 教科書忘れた。何度確認しても無い。朝忘れてないかチェックした筈なのに。何で初っ端なこんなドジ踏むんだろう。これから先が思いやられるなぁ。とりあえずこの状況を打破するため他の方法が考えるしかない。

 それなら、と隣の田中さんの机を見る。しっかりと古典の教科書が置かれていた。しかし、最初から人の教科書を借りるだなんて迷惑行為だし失礼では? そう思うと借りようという気は起きなかった。これはどうにもならない時の最終手段だ。

 まあ、今日は最初だからオリエンテーションだ。きっと持っていなくたって問題無い筈だ。きっとそうだ。そうに決まってる。授業が進まないことを祈ろう。

 

「……簡単な紹介はこれで終わりです。それじゃあ早速授業を進めていきます。教科書の八ページを開けて下さい」

 

 いや、普通にやるのかよ! 何でこういう時に限って……! これじゃあ祈った意味が無いだろ! でも、まだ問題は無い。指名とかされなければ教科書が必要になることはない。慌てるな。

 

「宇治拾遺物語の児のそら寝ですね。では、みんなに読んでもらいましょうか。えっと……」

 

 うわ、指名来た! ことごとくの祈りが天に届いてないんだけど! 頼む! 止めろ! 来るな! 来るなホントに! 教科書忘れちゃったの! 許して下さい!

 

「まずは三峰君。最初の今は昔、のところからお願いします」

「え、あ……はい」

 

 それは、俺にとって有罪判決に等しい宣告だった。余りにも残酷な宣言だった。何で? 何でそうなるの? こんなにピンポイントで来ることある? 俺が教科書忘れたからってイビりに来てる? おかしくね? いや、うん、まあ、原因は教科書を忘れた俺にあるんだけど。全面的に悪いのは俺だけど。どうすればいいんだこんなの……と思っている中、何か硬いもので肩を叩かれた。

 

「……これー」

 

 田中さんが古典の教科書をこちらに突き出す。これはそういうことでいい……のか? 他に色々考えたいことはあるけれど、この状況ではそうも言っていられない。

 

「ごめん、ありがとう」

 

 授業中なので、周りに聞こえないように小声で感謝と申し訳なさを籠めた礼を言う。田中さん、こんなさりげない気遣いできるのめっちゃカッコいいな。自分はそういう感じの気遣いはできないから凄く憧れる。何と言うか、俺とは真逆の人だ。

 ……って、今は感傷に浸っている時間じゃないか。目の前のやらなくちゃいけないことをやらないと。そう思って田中さんの教科書を手に取り、八ページを開ける。俺が読むのは児のそら寝の最初からだったか。

 

「今は昔、比叡の山に……」

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 それから。最大の山場を乗り切り、授業はつつがなく進行した。田中さんの助けが無かったらどうなってたか分からない。

 

「あのさ、田中さん」

「なにー?」

「さっきは教科書貸してくれてありがと。ホントに助かったよ」

 

 救いの手を差し伸べてくれた田中さんに心の底からの感謝を告げる。

 

「いえー、私はただ借りを返しただけなのでー」

 

 返ってきたのはいつも通りの素っ気ない言葉。田中さんは変に気取った振る舞いをしないから嘘は言ってないと思う。思いたい。

 

「借り……それって傘のこと? そんなこと気にしなくてもいいよ。それより、田中さんって優しいんだね。俺が教科書忘れて慌ててるの気づいてたっぽいし」

 

 でも、俺がギリギリまで言い出さなかったから貸さなかったんだろうな。言いたいことがあるなら早く言えって雰囲気は感じた。そういう面も含めて俺とは真逆の人だなーと思う。というか、田中さんって借りとか貸しとか気にする人なんだ。普段は表に出さないけど、律儀で良い人だな。尚更仲良くなりたい。絶対楽しいじゃん。

 

「……私は良い子じゃなくて悪い子ですー」

 

 田中さんは少しの間を置いて、明らかに不機嫌そうな顔で自らを“悪い子”と言い直す。あんなに綺麗な気遣いができる人を悪い子だとは思えない。あえて自分でそう自称するってことは何かあるのかな。褒めたらあからさまに嫌な顔になったし。褒められるのが地雷ってどういうこと? どう接すればいいの? 田中さんについてはまだまだ分からないことばかりだ。

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