【完結】隣の席の田中さん   作:儚夢想

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第21話 根底にあるもの

「……本田、今日はホテルで休む」

「は?」

 

 修学旅行2日目。今日の予定はタクシー班行動。だけど、何もする気になれない。

 

「体調が余計悪くなってさ。身体的にも精神的にも昨日よりキツいんだ」

「マジで言ってんのか!? 今日は待ちに待った海だぞ! 水着だぞ!」

「ホントにごめん。どうしても無理なんだ」

 

 昨日の出来事で心が完全に壊れた。田中さんと最悪の形で仲違いしておいて自分だけ楽しむなんてできない。それが貴重な修学旅行の1日であっても。

 

「……明日までには必ず治せよ」

「ああ」

 

 本田の言う通り、最低でも普通に動けるレベルにはこの身体を回復させる必要がある。だって、田中さんを傷つけて、謝罪もせず、逃げて。そこまでしておきながら、俺はまだ罪滅ぼしの1つもしてない。せめて修学旅行が終わるまでには謝らなきゃいけない。だからと言って、それで許されたくないし、元の関係に戻りたくもない。それでも、そうしないと俺の気が済まない。

 

「んじゃ、お前の分まで楽しんできてやっからよ。ついでに先生に報告しとくぞ」

「迷惑ばかりかけて悪いな」

 

 そう言って、本田は部屋を出て行った。

 てっきり強制的に連れ回されるかと思ってたけど、そんなこともなかった。普段の言動に反してしっかりすべきところはしっかりしてる。何だかんだ良いヤツでありがたい。

 

 何はともあれ1人になれた。隠す必要が無くなったからほんの少しだけ気が緩んだ。とは言え、何かができるほどの体力もメンタルも無い。こういう時は死ぬほど運動して何も考えないようにしたいけど、残念ながらそれすらできない。どうすればいいか。

 

「……ん」

 

 扉をノックする音が聞こえた。誰だろ。順当に考えたら先生か。本田の報告を聞いて俺の体調を確認しに来────。

 

「ッ!」

 

 目の前にいる人物を視認して、すぐにドアをバタンと閉めた。

 いや、ありえないだろ。何で田中さんがいるんだよ。こんなの予想できるか。ここ男子部屋だぞ。 

 

「何を言わずにドア閉めるのは酷すぎでしょー」

 

 そりゃそうだよな。いくら驚いたからって言っても失礼が過ぎる。再度ドアを開けて、廊下に出る。

 

「……何の用? もう外に出なきゃいけない時間だよ」

「体調不良って言って休んだ」

「サボったってこと?」

「漣がいないんじゃ楽しくないし」

「それって本田達に迷惑なんじゃないかな?」

「本田にも先生にも許可取ったケド」

 

 随分と用意周到だな。理解できない。俺にそこまでする義理なんて無いだろ。何考えてんだ。

 

「どうして……?」

「漣と話したいから」

「話すことなんて無いよ。昨日言ったことは全部事実だ。俺達の関係は切れた。もう友達でも何でもない」

「それでもいいから話したい」

 

 ……いつにも増してグイグイ来る。きっと、自分の気持ちに素直になったんだ。柄じゃないって思いながらも覚悟を決めて、俺の所に来てくれたんだ。

 

「……分かった。でも、今は田中さんの顔を見たくない。話すなら、ドア越しで」

 

 それなのに、俺はまだ覚悟が決まってない。現にこうして、田中さんを見ようとしない。どうしても俯いてしまう。あんなことをしておいて、顔向けなんてできない。

 こんな状態で罪滅ぼしだと? 謝るだと? ふざけるなよ。これじゃあ一生経っても不可能だろうが。

 

「そんなにまみみを傷つけたのが辛い?」

「ッ……!」

 

 最初から、それを訊いてくるのか……!

 

「……ごめん」

「謝る気はあるんだ」

「俺のやったことは悪いことだからね。当然だよ」

 

 頭で考えるよりも先にその言葉は出てきた。でも、これは違う。こんなんじゃ謝ったことにはならない。自分のやってることは逃げだ。心を安定させたいがための苦肉の策だ。

 

「こんな謝り方で許すと思ってるの?」

「別に許されたい訳じゃない」

「何で?」

「それが最良の判断だったって思えるようにしなくちゃいけないから」

 

 自分の信念を貫き通すために田中さんを踏み台にしたんだ。そんなことをして許されるはずがない。

 

「だから、助けて、助けて、助けて……じゃないと、そうした意味が無い」

 

 俺はそう在らなきゃいけない。人を助けられる人間として、人を助けなきゃいけない。そうやって、人を笑顔に幸せにしなくちゃいけない。

 これは義務だ。俺は大切なものを犠牲にした。だから、それ以上の価値をその信念に見出さなきゃいけない。

 後悔なんてしない。しちゃいけない。後悔は、田中さんに対する冒涜に他ならない。

 

「だったら、まみみのこと助けて」

 

『────漣君は私だけを助けて』

 

 以前、同じようなことを言われた。でも、あの時とは条件が異なる。それは、俺が田中さんを特別な存在だと認識してること。田中さんは俺の歪んだ部分も含めて受け入れてること。そして、互いに傍にいたいと望んでいること。

 あの子の言葉と違って、田中さんの言葉を否定する理由は無い。けれど、それは客観的にであって、主観的にではない。だから────。

 

「……できない」

 

 田中さんの言ってることは、元の関係に戻りたいってことだ。それはできない。自分のしたことには責任を取らなくちゃいけない。

 

「そうしないと意味が無いって言ったのはどこの誰?」

「俺だよ」

「分かってるじゃん。じゃあ助けてよ」

「俺にそんな権利は無いんだ」

 

 大切に想ってる子よりも顔も名前も知らない誰かを優先する────俺の言ってることはそういうことだ。それが正しいはずがない。でも、それを正しいって思えるよう全力を尽くすのが俺の使命だ。それに、1度犠牲にしておいて元通りなんて虫が良過ぎる。それは今まで犠牲にしてきたものに対する裏切りだ。やっぱり、田中さんを助けることはできない。

 

「……漣ってさ、面倒だよねー」

 

 田中さんの言う通りだ。俺は昔からそうだ。頑固で、融通が利かない。これが欲しいって素直に言えない。自分自身でちゃんと納得できなきゃ素直に認められない。これを面倒と言わずして何と言うか。

 

「まみみを泣かせて、こんなことさせておいて……ほんと最低って感じー」

「そうだよ、俺はそういうヤツだよ。だからもう放っておいてよ」

「やだ」

 

 もう構わないで欲しい。俺は面倒で最低最悪で酷いことをした破綻者だ。田中さんには俺に対してもっと怒って、罵倒して、拒絶する権利がある。

 

「────だって、まみみは悪い子だから。欲しい言葉は言ってあげない」

 

 ……意地でも俺を許すつもりだ。でも、解せない。俺の歪さを肯定する理由はただ俺が好きだからなのか? もっと深い理由があるんじゃないか? どうしても引っかかる。田中さんをそこまで積極的にさせる理由は何だ?

 

「とりあえず、今日はもういい。今の漣に何言っても無駄だから」

「諦めるって選択肢は無いの?」

「無い。どっかの誰かとは違って」

 

 別に諦めた訳じゃない。俺はただ、優先すべきものを優先しただけだ。そうだ、諦めてなんかない。仕方なかっただけだ。絶対に違う。

 

「……明日は絶対休まないで。休んだら……どうなるか分かるでしょ」

 

 直後、会話が途絶えた。ドアを開けると、もう田中さんの姿は見当たらなかった。

 

 明日までこの場所に引きこもってたら俺達の関係は本当の意味で終わる。一生元に戻らない。

 でも、俺はそれを望んでる。そうすれば人を助けられる人間として完成する。迷いを捨てられる。これからずっと、人を助けられる人間で在り続けることができる。それは何よりも幸せなことだ。

 だけど、何もせず逃げることでその目的を達成するのは違う。真っ正面から向き合って、ちゃんと謝って田中さんに無理だと伝える。その方が後腐れが無い。

 明日、伝えられることは全部伝えよう────。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 部屋の中にいてもムシャクシャするからホテルの外に出た。許可の無い外出はルール違反だけど、じっとしていられるほど心の余裕は無い。何でも良いから刺激が欲しかった。

 そんな訳でやって来たのは国際通り。俺と同じ修学旅行で来たであろう男女を中心に沢山の人で賑わっている。

 とりあえず何かやろう。店は沢山あるし、暇は十分に潰せる。まずは家族へのお土産でも買おう……と思ったけど。

 

「あっ……」

 

 財布が無い。部屋に置いたままだ。衝動でここまで来たから準備のことなんて何も考えてなかった。

 ……ダメだな、計画も無しに行き当たりばったりなんて。本格的に頭がおかしくなってきたかもしれない。

 財布を忘れたんじゃ何もできない。取りに戻ろう。そう思って、振り返ると────。

 

「ッ!」

 

 路地で泣いてる男の子が見えた。しかも、1人で。見た目からしてまだ小学生かどうかも怪しい。何かあったに違いない────そう確信すると、その子の元へ勝手に足が動いた。

 

「どうしたの? 大丈夫?」

「お母さんが、いなくなっちゃった……」

 

 迷子か。こんなに人が多い場所だ、そうなっても不思議じゃない。この年の子じゃどうにもならないよな。

 

「なら、お母さんが来るまで俺が傍にいるよ」

「いいの?」

「うん、だから俺にできることがあったら何でも言ってね。頑張って、君を助けてみせるよ」

 

 そうだ、俺は人を助けられる人間で在らなきゃいけない。だから助けないとダメだ。じゃなきゃ、田中さんを傷つけた意味が無い。

 

「お兄ちゃん、もしかしてヒーロー?」

「え?」

「お兄ちゃんはぼくを見つけてくれたでしょ。みんなはぼくのことなんて知らんぷりなのに」

「いや、俺はそんな大層な人間じゃないよ。でも、1人で泣いてる君を見て助けなきゃって思った。困ってる人を放っておくことなんてできないからさ」

「じゃあ、やっぱりお兄ちゃんはヒーローだ!」

 

 ついさっきまでの泣き顔から一転、子どもの表情は明るい笑顔になった。

 何だか他人な気がしない。幼い頃の自分を見てるみたいだ。内気で泣いてばかりで、でもヒーローを見て笑顔になる。そんな経験があったのを覚えてる。

 

「ぼく、ヒーローになりたいんだ」

「どうしてそう思ったの?」

「だって、人を助けるヒーローってすごくカッコいいでしょ?」

「……うん、そうだね」

 

 だから人を助けられる人間で在りたいと望んだ。目指す理想はほんの少し違うけど、この子と俺は根本的に同じだ。

 

「ねぇ、どうしたらお兄ちゃんみたいなヒーローになれるの?」

「……違う、違うよ。俺はヒーローなんかじゃない。だって、俺は助けられなかったんだ。大切な子を、泣かせちゃったんだ……」

 

 いや、子ども相手に何言ってんだ俺。ここで田中さんは関係無いだろ。これじゃただのヤバいヤツだろ。通報案件だぞ。

 でも、事実であることに変わりは無い。ヒーローならみんなが望んだ最良の結果を得られる。でも、俺は自分が望んだ最良の結果すら満足に得られない。その差はあまりにも大きい。これでヒーローなんてとんだ笑いものだ。

 

「だったらもう1度助ければいいんだよ。泣かせちゃっても次は笑顔にすれば2人とも幸せでしょ?」

「確かにそうだけど、でも……」

 

 子どもらしい何1つ含みの無いありのままの感想。現実を何も知らないからこその無自覚な言葉の暴力。必ず理想通りになると信じて疑ってない。それが1番良いんだから当然だ。何も間違ってない。だから返答に困る。

 

「一真!」

「お母さん!」

「良かった……こんな所にいたのね」

 

 急に何だと思ったらこの子のお母さんか。何事も無く解決できて安心だ。

 

「うん、このお兄ちゃんが助けてくれたんだ!」

「どうもありがとう。貴方が優しい人で助かったわ」

「いえ、困ってる人を助けるのは当然のことですから」

 

 これは果たさなきゃいけない義務だ。どうってことない。

 

「このお兄ちゃんヒーローなんだよ!」

「ふふ、確かにこうしてこの子を笑顔にしてくれた貴方はヒーローかもしれないわね」

「……そんなことないです」

 

 こんなどうしようもないヤツを持ち上げないで欲しい。それに、俺は『ヒーローで在りたい』んじゃない。あくまでもヒーローのように『人を助けられる人間で在りたい』だ。この子にとっては同じようなものだろうけど、俺からしたら違う。

 

「お兄ちゃん、諦めないでね! 負けないでね!」

「……!」

 

『────たとえ今は君1人守るのがやっとでも、諦めない! 運命に負けたくないんだ!』

 

 ふと、テレビの中のヒーローのセリフが頭をよぎった。どんなに辛くても、苦しくても、諦めたらそこで負けだと。諦めなければ、運命は切り拓けると。そのヒーローはそうやって運命と戦って、そして勝ってみせた。大切な存在も、世界も、全て救ってみせた。

 その姿がカッコよくて、憧れた。そうやって自分の命すら顧みずに誰かを助けることは何よりも素晴らしくて、美しくて、尊い────と。だから、俺は人を助けられる人間で在りたいと思った。

 

「……そうだね。頑張ってみるよ」

 

 結局、俺は諦めてただけなんだな。それを認めてたくなくて、向き合うべき現実から逃げてた。でも、俺が憧れたヒーローなら絶対にそんなことはしない。諦めないで何度だって立ち上がる。だから、逃げることでなく、諦めないことで信念を貫き通す。その方が、絶対に正しい。

 高校生にもなって、年端もいかない子どもに気づかされた。情けないな……。

 

「それじゃ。もうお母さんとはぐれないでね」

「うん! ありがと、ヒーローのお兄ちゃん!」

「改めてありがとう。この子を助けてくれて」

「はい!」

 

 手を振って親子と別れる。2人とも晴れやかな笑顔だった。

 その姿を見て、思わず頬が緩んだ。幸せそうにしてるこの2人を見れたことが心の底から嬉しい。これからもずっと変わらず、良い関係でいることを願う。

 

「────ッ!」

 

 ────そうか。そういうことだったのか。

 俺が人を助けられる人間で在りたいのは、犠牲にしたものを無駄にしないため、なんて罪悪感から生じた義務とか使命なんかじゃない。

 そして、ただ憧れただけ、という訳でもない。俺は諦めずに人を助けるヒーローに憧れた。でも、それはそう在りたいと思ったきっかけに過ぎない。あの時、俺の理想とヒーローの理想が結びついた。だから、今の今まで自分の信念は憧れから来るものだと勘違いしてた。

 そうだ。俺の根底にあるのは、みんなに笑顔で幸せでいて欲しいという純粋な願い、想い、望み。その理想を実現するために、俺は『人を助けられる人間』で在りたいんだ────!

 

「……ありがとう、君はもう立派なヒーローだよ」

 

 田中さんと仲違いして、自暴自棄になって、大切なことを忘れかけた。でも、それを思い出させてくれたのは今母親と手を繋いで歩いてるこの子だ。もし会えてなかったら、俺は自分の信念まで見失って、最後まで本当の気持ちに気づかないままだった。感謝してもしきれない。正真正銘、俺を救ってくれたヒーローだ。

 

「……やることは、決まった!」

 

 俺は諦めてた。田中さんを助けられないって、無理だって決めつけてた。でも、最初から諦めて、負けを確信してるヤツに人を助けられる人間で在る資格なんて無い。どんなことがあっても諦めない────それで初めてその資格があるって言えるんじゃないのか? 心からみんなに笑顔で幸せでいて欲しいと望むなら、助けるべきなんじゃないのか? 田中さんは俺に助けを求めた。だったらそれを無視する道理なんて無い。

 覚悟はできた。あとは、田中さんに謝るだけだ────。

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