【完結】隣の席の田中さん   作:儚夢想

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第22話 また、よろしく

「あいつ……!」

 

 修学旅行3日目。美ら海水族館。

 あまりの人の多さで本田ともう1人の女子とはぐれてしまった。急いで本田に連絡を取って返ってきた言葉に、思わずツッコんだ。

 

『せっかくだから水族館デート楽しんでこい』 

『修学旅行だし2人きりでいたいだろ? 昨日は外出れなかったしな』

 

 内容を見るに、本田は俺達を心配してるんだろう。何せ4人のうち2人、つまり半分が休みだったんだから。

 普段の俺だったら悪態をついてたかもしれない。でも、今の状況では願ったり叶ったりと言える。どうにかして田中さんと一緒にいれる時間を作りたかったけど、班行動である以上それは難しい。しかし、偶然にも本田はその時間をくれた。これは繊細一隅のチャンスと言っても過言じゃない。もちろんそれに乗らない手は無い。すぐに礼の言葉を返して、スマホをポケットにしまう。

 

「「……!」」

 

 田中さんと目が合って、すぐに逸らした。

 身体が強張る。思うように喋れない。覚悟を決めたはずなのに、田中さんと一緒にいると心が不安に支配される。これから先ダメだった場合のことが頭を駆け巡る。まだ、恐れがある。

 だからと言って行動しなきゃ何も変わらない。怖かろうが何だろうが、そうすべきだと思ったならそうしろ。今までも、ずっとそうしてきただろ!

 

「……田中さん、外に出よう。ここじゃ何も話せない」

 

 今の気分で水族館を見て回っても楽しめない。というか、今日の自分は驚くほど心が動かない。目玉であるジンベエザメを見ても「本当にデカいんだな」としか思わなかった。普段の俺なら「凄いなぁ」とか笑顔で言ってるはずだ。

 何より、田中さんに謝ることができない。こんなに人が多い場所じゃ息が苦しい。落ち着いて田中さんと話せない。まずは2人きりになれる場所に移動する必要がある。本田達には多少の迷惑をかけることになるけど、目の前に助けるべき人がいる以上やむを得ない。幸い時間はまだ残ってる。何かあっても予定時間にはホテルにちゃんと戻れる。仮に過ぎたとしても先生らに怒られるだけで大した問題にはならないだろう。

 

「……分かった」

 

 田中さんは頷いた。俺の意図を汲んでくれてる……と信じたい。

 

 

 

   ※※※

 

 

 

 やって来たのは水族館の近くの海。透き通る青い海も、暮れなずむ空の下では茜色に輝いている。

 ここの海は水族館の近くでアクセスが良いはずだけど、運が良いことに周りには誰もいない。おかげで無駄な音はせず、邪魔なものも無い。最高の条件だ。ようやく、その時が来た。だから────。

 

「────ごめん! 田中さんに酷いこと言って、突き放して」

 

 誠心誠意、頭下げる。

 

「怖かったんだ。人を助けられる人間で在りたいって信念を貫けなくなるのが。その信念以外を同じように大切にしたら最良の結果を得られないのが。必要以上に田中さんと親密な関係になって気持ちを傷つけるのが。だから、まだ割り切れるうちに『それは無理だ』って言って、関係を絶とうとした」

 

 でも、その見通しは甘かった。俺達は互いを大切に想っていて、それは切り離そうとしても切り離せるものじゃなかった。本当に、俺はバカだ。

 

「どう考えても俺が悪いし、許されることじゃない。でも……もう1度田中さんと仲良くなりたい」

 

 虫が良い話なのは分かってる。でも、やっぱりこれが1番良い。俺はいつだって最良の結果を求めて全力で行動する。そのためなら妥協はしない。たとえその過程でどれだけ傷ついても、惨めったらしくなっても関係無い。ただ、すべきことをするだけだ。

 

「……」

 

 沈黙。1秒1秒が尋常じゃないくらい長い。その間、一昨日、昨日の田中さんとの会話がフラッシュバックする。同時に、「自分を許すな」、「お前に田中さんと一緒にいる資格は無い」と俺自身を責め立てる声が頭に響く。

 

「……」

 

 田中さんは尚も口を開かない。時間が経つたびに罪悪感で押し潰されそうになる。その声に従った方が絶対に楽だという考えが頭をよぎる。

 でも、それは間違ってる。今俺がすべきことは目の前の現実を見ることで、田中さんを助けること。逃げることじゃない。そんなことをしたら本当に田中さんとの繋がりを失うことになるし、人を助けられる人間で在ろうとすることも許されない。だから、俺は決して逃げない。

 そう、これは罰だ。田中さんによる罰だ。試してるんだ俺を。だったら、尚更逃げる訳にはいかない。

 

「……頭上げて」

 

 その言葉を言われるまでに何分経ったか分からない。恐る恐る頭を上げる。直後、田中さんはずいっと近寄って、視線を合わせてきた。

 それから数秒、無言のまま見つめ合う。目を逸らず、真剣に。

 

「漣ってさ、本っ当に面倒だよねー。しかも変人だしー」

「うっ……」

 

 2度も言われるとは思わなかった。しかもより強めに。更に変人も追加された。割りと心に刺さる。

 

「人にはルールを守れって言う癖に自分は破るし、自分を大切にしろって言う癖に自己犠牲するし、何も犠牲にしたくないって言う癖に犠牲にしても構わないなんて思ってるし、ほんと意味分かんない」

「はは、そうだね……」

 

 やはりと言うか、凄く怒ってる。ここまでボロクソに言われたのは初めてだ。俺がそうするのはそれが正しいと思ったからで、特におかしいとは思わない。でも、田中さんからすればそれは異常以外の何物でもない。

 

「でも、漣を許さないなんて思ってない。一緒にいれないのは嫌だから。それに……漣が人を助けるとこ、もっと見てたいから」

「え……?」

「漣はいつも全力で、必死に頑張ってて、そんな姿を見て……羨ましいって思った」

「羨ましい?」

「私、なりたいものとかやりたいことが無いんだよねー。どんなこともそこそこ以上にできるから頑張ろうだなんて思わないしー」

 

 田中さんは夢や理想なんて大層なものは抱いてない。これからの目標といったものも無い。何をやっても満足できるレベルで物事をこなせる。必要以上にやっても意味が無いと考えてる。こういう部分は間違いなく俺とは真逆だ。

 

「足りないものなんて無かったし、別にそんなものいらなかったのに……でも、ちょっとだけ欲しいって思った。ふふ、漣のせいでおかしくなっちゃったぁ」

 

 俺のせいと言うわりには全く嫌そうじゃない。寧ろその逆に見える。俺と一緒にいる時間が悪いものじゃなかったって分かって安心した。

 それに、田中さんが在るべき姿について考えるきっかけになったのは嬉しい。人間の1番の原動力は想い、望み、願いだ。それらを追い求めるなら、助けないって選択肢は絶対に無い。

 

「そんな漣だから、許してあげる」

「……本当に良いの?」

「条件付きだケドー」

「条件?」

「目、瞑ってくれるー?」

「うん、分かった」

 

 田中さんのことだ、きっと何か考えがあるんだろう。そう思って目を閉じると────。

 

「────ッ!?」

 

 直後、口の中に何かが入ってきた。間髪入れず、口内をかき回される。

 何だ? 何が起こった? 唇に柔らかいものが当たって、田中さんは俺の頭に手を回して……これって、そういうことか!?

 鼻の先端がくっつくぐらい密着して、舌を絡め合わせる。息づかいと鼓動を感じながら、なすがままに田中さんの行為を受け入れる。現状を理解したら、心身共にとんでもない勢いで熱くなってきた。冗談抜きで頭がどうにかなる。これ以上はマズい────そんな時、田中さんもそれを察したのか、口を離した。

 

「……まみみをおかしくした責任を取ってもらう。これから先私が困ったり、悩んだりしたら助けて。これが、条件」

 

 目を開いて、真っすぐ見つめ合って、田中さんはそう言い放った。「拒否権は無い」と主張してるのがありありと見れ取れる。それに対して、俺は放心するばかりで言葉が出ない。

 

「ふふー、顔真っ赤ー」

「ちょっ、いきなりそういうこと言わないでよ!」

「言われたくないなら我慢したらー?」

「無理だって!」

 

 こんなことされて動揺しないはずがない。何たってファーストキスだぞ。それも完全に不意打ち。心の準備もクソもない。

 本気だ、田中さんは。さっきの行為はイタズラでも何でもない。打算的な考えでやった訳でもない。純粋な想いから生じた行動だ。普段は間違ってもこんなことしない。だからこそ、尚更そうだと確信できる。

 

「まあ、その……やってみせるよ。それで田中さんの隣にいれるなら」

「これからもいっぱい漣に迷惑かけて困らせるケド、それでもいいのー?」

「もちろん、全然構わない。俺は田中さんと一生一緒にいたいから」

 

 答えは出てる。ここまで俺のことを求めてくれるなら、それに報いない道理は無い。何より、俺自身が田中さんを求めてるんだ。これは義務でも使命でもない。自分自身の内から湧いた想いだ。

 

「え……」

 

 瞬く間に顔を真っ赤して、目をぱちくりさせてツインテールをいじり始めた。ここまで取り乱してる田中さんを見るのは初めて見た。

 ていうか今気づいた。こうやって髪を触るのは決まって恥ずかしがってる時じゃないか? 何を考えてるか顔に出づらいけど、無意識に行動で表現してたんだな。今の今まで気づかなかった……。

 

「……それ、仕返しのつもりー?」

「いや、俺はただ思ったことを言っただけだけど……」

「そーだねー。漣はそーゆーヤツだったねー」

 

 そっぽを向かれた。おかしいことは何も言ってないはずなのに。

 

「ま、言質は取ったから。『俺はまみみと一生一緒にいたい』って」

「ああ、撤回する気は無いよ。覚悟は決めてるから」

 

 それは出任せの言葉じゃない。田中さんと一生一緒にいたいって気持ちに嘘偽りは無い。大切にすると決めた以上、これからは自分の気持ちに正直でいたい。

 

「ありがとう田中さん。だから、また……よろしく」

「……こちらこそ」

 

 感謝を伝えると同時に、和解の証として田中さんと握手する。その手はとても温かくて、自分の心も温まる。こうして誰かの温もりを感じて、心の底から安心できるのは、ひとえに田中さんに対して強い想いを抱いているからだ。きっと────いや、間違いなく、田中さんほど心を預けられる人は未来永劫現れない。だから、何があっても、いつもまでも大切にしたい。それがどれだけ難しいことであっても、俺は絶対に諦めない。本当に、田中さんには感謝するばかりだ────。




いつも読んでくださりありがとうございます。
面白いゲームが多過ぎて少しサボり気味でしたが、それでもモチベーションを維持できているのは読んでくださっている皆さんのおかげです。完結を目指して頑張ります。
お気に入り、感想、評価等お待ちしておりします。
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