修学旅行4日目。学校の昇降口前。
楽しい時間というのはとても早く過ぎる。未だに東京に戻って来たという実感が無い。正直のところまだ沖縄にいたかった。
……もう少しすれば親が車で迎えに来る。そうすれば、ちょっとの間田中さんとはお別れだ。そういう意味でも惜しいと思う。
「本当にもう終わりなんだな……」
「そーだねー」
「田中さんは修学旅行、どうだった?」
「あんまりそれっぽいことできなかったなーって」
「うん、それはホントごめん……」
原因は十中八九自分の暴走。俺の独善で田中さんを振り回した。信念を貫くために犠牲にしようとした。それは許されることじゃない。
「……でも、最後の方はちゃんと楽しかった。言いたいこと言えたし、聴きたいこと聴けたから」
「楽しめたなら良かったよ」
「それでもやっぱり、4日間ずっと一緒にいたかったって思うケドー」
「うぐっ……」
この話題、間違いなくしばらくは擦られる。何もかも俺が悪いから受け入れるしかない。田中さんもそれを理解して俺を咎めてるんだろう。
でも、そうしてくれるのはありがたいことだ。今後同じことを繰り返さないよう自分自身を戒められるから。そのたびに、田中さんのことを大切にしようと思えるから。
「……あ」
1つの考えがいきなり降りてきた。
今回修学旅行っぽいことをできなかったなら。きっとこうすればいいんじゃないか?
「どーしたのー?」
「いつかさ、2人で沖縄に行こう」
「2人で?」
「今回できなかったことを2人でやるんだ、色々と」
「……それ、デートの誘いってことー?」
「デ、デート!?」
そんなことまるで意識してなかった。今までだって何回も田中さんを誘って出かけたんだから。でも……確かに。
「まあ、そう……なのかな?」
「おー、認めたー。ちょっと前の漣だったら絶対否定してたのにー」
「事実は事実だし……」
好きな女の子と一緒に何かを楽しむ。これはもうデートだ。でも、不思議なことに今まで全くそうだと思わなかった。どうしてだ?
「ふふー、デレデレー」
「あ、当たり前でしょ! だって……!」
「まみみだから、だもんねー」
「人の心を読むの止めてよ!」
「そうやってすぐ表情に出すのが悪いと思いまーす」
これ俺が悪いの? いや、絶対悪くないでしょ。田中さんに近づかれたらそりゃ照れるでしょ。
そうやってやり取りしてる時。ポケットに入れてあるスマホから通知音が鳴った。
『学校到着したよ!』
通知は姉さんからのものだった。姉さんもついてきたのか……。
「うちの車、来たみたい」
「……それじゃあ、また来週」
「うん、じゃあね」
手を振って田中さんと別れる。
これでもう家に帰るだけ。修学旅行もいよいよ終わり。そんなことを考えて車の方へ向かう。
「漣、お疲れ!」
「姉さん……? 何でここに?」
「別に問題無いでしょ? 細かいことは気にしない気にしない!」
車の助手席には姉さんが座ってた。母さんは運転席にいる。
「ホント……?」
笑顔で答える姉さん。けれど、何か引っかかる。
見た目だけなら何てことない普通の表情。でも、俺には分かる。こういう時の姉さんは……何か企んでる。この場に来る必要なんて無い。なのに、なぜ来た?
「私、気になることがあるんだ~」
「気になること?」
「あの時の紫の髪の女の子、漣の友達でしょ?」
「え、まあ、うん……」
田中さん目当てだなこれ。間違いない。うわぁ、嫌な予感……。
「せっかくだからうちに乗せてってあげなよ!」
「え」
「母さんもいいでしょ?」
「構わないわよ。私も話したいわぁ、漣の友達と」
「だってさ!」
……マジか。これって、もしかして……俺と田中さん、姉さんと母さん。4人で話さなきゃいけないってことか……?
「……そんな訳だからさ、訊いてみなよ」
「やらなきゃダ────」
「ダメ」
姉さんの食い気味の返答。これ、マジなヤツだ……。
悲しいことにこのプレッシャーには勝てそうにない。言われるがままにチェインの通話ボタンを押した。
……どうせ後々やるかもしれないことだ。それが早まったと考えれば、まあ……できなくはない。それでも恥ずかしいことに変わりはないけど。
「もしもし」
『何ー?』
「田中さん、俺ん家の車に乗る?」
『いーのー?』
「大歓迎だよ。けど……」
『けどー?』
「変な質問されるかもしれないから気をつけてね」
『あー……』
姉さんには俺達が一緒にいるところを1回見られてる。それも、手を繋いでるところを。あれからそれについて質問されてはないけど、今日はされる可能性が高い。
『でも、それで良い反応だったら親公認ってことでしょー?』
「まあ、それは確かにそうだけど……」
『漣もその気だから誘ったんじゃないのー?』
「いや、母さんと姉さんが乗せろって言うから……でも、覚悟はしてるよ」
『なら全然問題無いじゃーん』
『それはまあ、うん……』
車内の雰囲気がヤバくなることに目を瞑れば、だけど。
「じゃあ、校内の駐車場で待ってる」
『りょーかーい』
通話は切れた。
「楽しみだなぁ~。一体どんな子なんだろうなぁ~」
「うわぁ……」
これもう絶対イジられる。こういう時の姉さんは本当に手がつけられない……。
※※※
「私は漣の姉で三峰結華。気軽に三峰って呼んでね! よろしく!」
「……田中摩美々です。よろしくお願いします」
車を駅に向かわせてからすぐのこと。姉さんが田中さんに挨拶する。
ここからは、地獄になるかもしれない。喧嘩にでもなったらどうすればいいんだか。まだ駅まで多少時間があるのに、既に胃が痛い。
「早速だけどさ、まみみんから見て漣ってどう見える?」
「まみみん……?」
「姉さんは人のことをあだ名で呼ぶ癖があるんだ。特に深い意味は無い気にしないでね」
……というか。
「姉さん、どうして最初にそれ訊くの? おかしくない?」
「そりゃあ気になるに決まってるじゃん。ただでさえ女運が悪くて恋愛嫌いの弟がこんな可愛い女の子連れてきたらさ」
「そうよ、そういうのは絶対ありえないと思ってたわ。だから親として何が何でも訊かなくちゃいけないの」
ここに味方はいないんだな……。
「そーですねー……漣は、人助けバカですねー」
「あ、やっぱり? いっつもそうなんだよね。困ってる人を助けられる人間で在りたいって言って突っ走っちゃうの」
「はい。そのためなら多少のルールは破るし、自分を犠牲にするし……その癖人にはルールを守れ、自分を大切にしろって言うんですよねー。ほんと困ってますー」
「これはこれは……その様子だとうちの弟がすご~く迷惑かけたみたいだねぇ」
「やめて、その顔やめて」
「ふっふっふ……」と笑う姉さん。俺の行動や内心が手に取るように分かるらしい。
十分反省してるとは言え、家族の前でこれを言われるのは心に来る。みんなの視線が痛い。公開処刑だろこんなの。
「でも、漣は誰にでも優しくて、困ってる人を絶対に放っておかない。何があっても助ける。そういうところ……すごく良いと思います。私も、沢山助けられました」
「……!」
……田中さんにとって、俺はちゃんと人を助けられる人間として映っているんだな。
何だか、照れ────
「漣?」
「え、何? 姉さん」
「そんなに驚かないでよ。後で1度話したいなって思っただけだから。ね?」
「目が笑ってないんだけど!?」
「ね?」
「……はい」
その笑顔に対して恐怖を感じた。綺麗、という感想よりも先に。
……弟は姉に勝てない。悲しいけどこれが現実。不思議なことに本当にこの人にだけは勝てる気がしない。なぜか否定しきれない。姉って怖い。
「ぷっ、くく……!」
「田中さん?」
「いや、家族にもこんなにからかわれてるだなって……」
「だって凄く良い反応してくれるんだもん。1度味わったらやめれないよ」
「分かりますー。何回やっても飽きないんですよねー」
「気が合うね、私達」
「みたいですねー」
2人は握手する。今まで漂っていたよそよそしい空気が途端に消えた。
……ヤ、ヤバい。仲良くなってくれたのは凄く嬉しいんだけど、それはそれとしてマズい。だって────
「で、漣」
「な、何……?」
「まみみんのことどう思ってるの?」
「え、えぇ……!?」
この2人は相性が良い……!
「っ……」
言葉が詰まる。家族の前でそれを言うのはあまりにも恥ずかしい。どんな反応をされたか分かったものじゃない。
……けれど。昨日田中さんに言ったことは嘘でも偽りでも何でもない。そもそも、俺はそれを示すために田中さんを誘ったんだ。だったら────ここで行動しなきゃ意味が無い。
「俺は、田中さんと一生一緒にいたいって……そう思ってる」
どうせ後で言うんだ。なら、今言っても何も問題は無い。寧ろ、話せと言われたんだから話すべきだ。正直に、ありのまま。
「この気持ちは間違いなく……ずっと変わらない。人を助けられる人間で在りたいって気持ちと同じくらい大切だから。それに、俺に大切な誰かの隣にいたいって思わせてくれたから。これは……田中さんじゃなきゃありえなかった」
沈黙が訪れた。田中さんは顔を俯かせ、姉さんは目をパチクリさせて固まってる。母さんの表情はこの位置じゃ分からないけど、恐らくは姉さんと同じような反応をしてるだろう。
……やっぱこうなるよなぁ。この何とも言えない空気、自分まで恥ずかしくなってくる。俺が撒いた種ではあるけれど。
「……駅、着いたわよ」
沈黙の中、母さんが呟く。直後、走っている車が止まった。気がつけば、駅の近くにある駐車場だった。長かったような、短かったような、不思議な気分だ。
「ありがとうございましたぁ」
「これくらいどうってことないわ。困ってるならいつでも助けになるから」
「うん、母さんの予定が合えばいつでもオッケーだよ」
「私をダシにしてイチャつく気?」
「ないよ!」
隙あらばイジってくる。ツッコミが追いつかない。
「摩美々ちゃん。漣のこと、よろしくね。この子は真面目で優しいけど、その分すっごく頑固で不器用なの」
「はい、知ってます。だから面白いと思ったんで」
そして、少し間を置いて────
「それに、こんなめんどーな人間の隣にずっといれるのは……私しかいないと思うんで」
次は、間を置かず────
「それでは。本当にありがとうございました」
そう言って、田中さんは母さんにお辞儀をして、駅の方へ向かっていった。
……疲れた。予想以上にイジられたな。姉さんも母さんも、何なら田中さんも一切手加減してこなかった。どんだけ楽しかったんだよ。
でも、何よりも嬉しかった。田中さんが応えてくれたのが。こういうことはあまり言わないのに。この場でそれを言ったってことは、特別な感情は少なからずあるってことだから。
「凄い信頼されてるね。驚いちゃった」
「見た目は大胆だけど、とても良い子ね」
「もちろん。だって、俺に大切な人と一緒にいたいって思わせてくれた子だから」
「漣も凄いねぇ。やっぱり、好きな人がいるって幸せなんだなぁ」
「え」
そう言われて、心臓が跳ね上がりそうになった。
「ちょっと待って? 何でバレてるの? 俺、田中さんが好きって1回も言ってないんだけど?」
「あんなこと言う時点でそれ以外ありえないから。そもそもそれを見せつけたかったんじゃないの?」
「いや、そういう訳じゃ……心読むのやめてよ」
「分かりやすい漣が悪い。もうはっきり言いなよ~」
「紹介は……したかったかなぁと……」
「えらい! よく言えました! 流石私の弟!」
よしよしという勢いで頭をぽんぽんされる。
……今日は姉さんの手のひらで転がされっぱなしだな。段々情けなくなってきた。
「まみみんが義妹になったら絶対楽しいだろうな~」
「気が早いって姉さん。俺と田中さんはまだ高2だから」
「でもさ、その気はあるんでしょ?」
「田中さんにその気が無いとダメだよ」
「否定はしてないよね、それ」
「……」
「お~?」
「姉さん、これは、その……違うから!」
邪な気持ちは無い。絶対に無い。無いったら……無い。
「いやぁ、その顔で結婚する気が無いってのは無理でしょ~」
「直接言わないでよ! ぼかしたのに!」
「私は大歓迎よ? 初恋の女の子と結婚だなんてロマンチックじゃない」
「母さんも乗らないで! 言っておくけど、俺らまだ付き合ってないからね!?」
「「え……?」」
「息合わせなくていいから!」
姉さんはいつものこととして、母さんも割りとこういうのに乗っかってくる。やっぱ親と子は似るものなのか?
「嘘でしょ? あれで付き合ってないの?」
「ホントだって!」
「プロポーズ同然のことを言っておいて?」
「まだ告白もしてないよ!」
「一生一緒にいたいって思ってるのに?」
「まだ好きとは言ってないから!」
「じゃあ、言おう!」
「ノリが軽い!」
反射的にツッコんだ。何を思ってそう言ってるんだ? 姉さんといい、母さんといい、人の恋はからかうものだとでも思ってるのか? いつかやり返すぞ。
……とは言え、姉さんの言葉は事実だ。的を射ている。解決すべき問題を教えてくれる。実際、小さい頃からそれには何度も助けられた。ちゃんと信頼できるし、納得できる。あれで付き合ってないのはおかしいと言われたら、確かにその通りかもしれないと思った……というか、思ってしまった。
となると、やるべきことは理解した。田中さんに直接「好きだ」と伝えること。つまり────告白。
田中さんはきっと、俺の言葉を待ってる。だから……勇気を持って前へ踏み出さなきゃいけない────。
これで修学旅行編は終わりです。そういう感じは殆ど無かったな……とメチャクチャ反省してます。
話もそろそろ終盤というところですが、リアルがアホみたいに忙しいので次回の投稿も1ヶ月くらいかかるかもしれません。何はともあれ、年内の完結を目指して頑張ります。