第24話 好きな女の子には笑顔でいてほしい
「どうしよ……」
「なんでそんな顔してるのー?」
放課後の教室。ノートや教科書をバッグに詰めてると、隣にいる田中さんに話しかけられた。
「進路調査票、明日までなのに提出できてないんだ……」
「あー……」
12月。期末テストも終わって、後は冬休みを待つだけ……という訳にはいかず。
近日中に三者面談が待ってる。そのために必要な進路調査票が明日締切なのに、まだ出せてない。何が何でも今日には結論を出さなきゃいけない。正直ヤバい。かなり焦ってる。
「意外ー。漣のことだから初日に出してると思った」
「それが全然決まらなくてさ。どうしようかなってずっと思ってて」
「いや、もう“人を助けられる人間”って決まってるじゃん」
「ちょっと違うかな。それは“なりたい”、っていうより“在りたい”だから」
「何が違うのー?」
「なりたいっていうのは、未来の自分の理想の姿。在りたいっていうのは、今の自分の理想の姿……俺はそう思ってるよ」
「あんまり違わなくないー?」
「俺にとって、将来どういう大学に行くとか職業に就くとか、そこまで重要じゃないんだ。俺はただ、人を助けられる人間で在りたい。そのために、今やるべきことをやる……それだけだよ」
“人を助けられる人間で在りたい”という自分の在り方は今もこれからも変わらない。前へ進むことを止める気は無いし、絶対に諦めない。この信念を全うできるなら、何であろうと問題無い。
「まぁ、だから悩んでるんだけど……」
「結局振り出しじゃーん」
「あはは、ホントにどうしようね……」
自分は意外にも将来について考えてないらしい、というのをこの進路調査で理解した。どう在るべきかは明確でも、何になりたいかがうやむやなのは死活問題だ。早めに解決しなきゃいけない。
けれど、泣いても笑っても締切は明日。これがキツい。その場しのぎの回答に意味なんて無い。だから、ちゃんと考えて、ちゃんと答えを出さなきゃいけない。きっと、夏休みの最終日まで宿題をやらずに地獄を見る人ってこんな感じで焦ってるんだろうな……。
「考えすぎでしょー。まだ1年あるんだし」
「でも、この冬を越えたら俺達はもう高3で、受験生だ。せめて志望先くらいは決めておかないと……」
「ほんと、真面目ー……」
はぁ、とため息をつく田中さん。絶対呆れられたなこれ……。
「そう言う田中さんは提出したの?」
「したー」
「ホント!?」
「めっちゃ驚くじゃーん」
「だって、田中さんって提出書類はいつも締め切りギリギリに提出するし……」
「私だってギリギリじゃない時くらいあるんですケドー」
「ごめん。でも、だったら尚更早く決めなきゃ……!」
田中さんにできるなら、俺にもできるはず。焦らず、冷静に。そうすれば、必ず答えは出せる。
とりあえず家に帰ろう────そう田中さんに伝えようとすると、
「実はぁ、今日は漣と一緒に行きたい所があるんだよねー」
俺が口を開く直前、田中さんが口を開いた。
「……俺と、一緒に?」
この状況で? 今日中にやらなきゃいけない事がある状態で?
「流石に無理だよ。今は何が何でも進路を考えなきゃいけないから……!」
「別にその後からでも遅くないってー」
「そうかもしれないけど、俺はこういう時はちゃんと考える時間が欲しいんだ。だから……!」
「……」
田中さんは見るからに不機嫌な表情を浮かべる。さっきの言葉は嘘じゃないんだろう。
でも、俺には今やらなきゃいけない事がある。それは人生を左右する可能性だってある。そんな重要な事を放っておく訳にはいかない。ここは、ちゃんと断らないと……!
とは言え、田中さんの提案を否定する気も無い。だから、最大限譲歩はする。
「今日は無理でも、明日なら大丈夫だよ。そんな訳だから、俺は先に帰────」
「悪い子からは逃げられませんよー」
ガシッと、強めに腕を掴まれた。
「実はぁ、明日は大事な用事があるから今日の方が都合が良いんだよねー」
「……その用って?」
「お気に入りのブランドの新しい服を買いに行くー」
「それは……確かに大事だね」
ファッションに関心のある田中さんなら絶対に外せない用事だ。売り切れたらいつ再入荷するか分からない。だとすると、今日の方が良いのは言うまでもない。進路について考える時間は減るけど、寝る時間を割けば何とかできなくもないだろうし。
「……じゃあ、分かった。田中さんの用事の方が大事だよ」
「ふふー、言質取ったぁ」
「げ、言質って……?」
「実はさっきのは嘘ー」
「嘘、なのか……!」
まんまと騙された……!
「そういう嘘はつかない方がいいって言ってるはずなんだけどなぁ……」
「ああでも言わなきゃ賛成してくれないでしょー」
「そうだけどさ……それでも、あんまりやるべきじゃないって思うよ」
「漣にしかやらないしー」
「確かに俺だから問題は無いけど……でも、悪意には悪意で返されるってこともあるから。それはちゃんと覚えてほしいな」
「私悪い子なんでー。迷惑かけるのが仕事なんでー」
あくまでもそれに徹するんだな……。まぁ、らしいと言えばらしいけど。
「……今日は目一杯遊ぼう。俺の問題は……その後考える」
「意外とノリノリじゃーん」
「既に言ったことを撤回するのもどうかなって思うし。それに……俺も田中さんと一緒にいたいから」
田中さんにも何か考えがあるんだろう。だったら、それを信じることにする。少なくとも、本当に悪意で行動する子じゃない。悪いようにはならない。
とりあえず、今日は田中さんに振り回されることが確定した。
※※※
田中さんに連れられてやって来たのは爬虫類専門のペットショップだった。
「ちょうどモンドとエンツォの餌が無くなりそうだったんだよねー」
「なるほど。確かにそれは早く買わないとダメか」
「そういえば、漣って意外と虫とか爬虫類に抵抗無いよねー」
「うん、元々福島の田舎にいたからね。虫とか爬虫類はいっぱい見てきたから問題無いよ」
「そーいうのはイタズラの定番なんだケドなー。ちょっと残念ー」
「え……」
普通に触れるから良かった。もし苦手だったら絶対怖かったろうな……。
「……ん」
目的地である餌のコーナーの途中にあるヘビのコーナー。そこで、足が止まった。
「急に止まってどうしたのー?」
「いや、ヘビを見てたら懐かしいなーって……」
「懐かしい?」
「小学生の頃さ、ヘビを飼おうとした時期があったんだ。でも、母さんが爬虫類苦手で許可が下りなくて」
「あー……」
「だから、野生のヘビを捕まえたんだ」
「え」
小学生特有の暴挙だな、と話してて思う。同じ話をされたら俺も田中さんと同じ反応をする。
「捕まえて家に帰るところまでは問題無かったんだけどね。でも、偶然母さんに見つかっちゃって。それで、元の場所に戻してこいって凄い剣幕で怒鳴られて、俺は絶対に飼いたいって譲らなくて」
「へー、漣でもそういうことするんだぁ」
「本気だったからさ。家出してでも飼ってやる、なんて思ったよ」
「うわ、ほんとにやりそー」
「流石に諦めたけどね。ヘビだって元の場所から勝手に引きずり出されて不機嫌だったろうし。それに、最後まで折れなかったら母さんとの仲が悪くなってたかもしれないし」
「っ……ふーん、漣らしいねー」
田中さんにしては珍しい歯切れの悪い返答。それと同時に、ほんの一瞬視線が逸れた。
一見楽しそうに話してるように見えるけど、明らかに違和感があった。何か引っかかる事でもあったのか? 爬虫類が好きな田中さんの前でヘビを雑に扱うような話をしたのがマズかったか?
「……そろそろ餌買わないー?」
こうして次の行動に移ろうとしてるのは、田中さんなりの配慮だろう。平静であることを取り繕ってても、どこか落ち着きが無い。
最悪だ。俺のせいで良い雰囲気が壊れた。変に勘ぐるのは良くない。
「心配しなくていいから」
「え?」
「別に気にするほどのことじゃないから心配しなくていいって言ってるんだケド」
田中さんは田中さんで俺の様子の変化に気づいてる。お互いに考えてることが筒抜けらしい。でも────
「気にするよ」
「いや、だから……」
「悩みがあるなら話してほしい。それで田中さんの助けになれるなら、俺は何だってやるよ」
好きな女の子には笑顔でいてほしいと思うのは当然な事だ。俺を信頼して話してくれるなら、どれだけ嬉しいか。自分の心の内を打ち明けるのが苦手な田中さんだからこそ、尚更だ。
「……漣って家族とすごく仲が良いよねー」
「え、うん」
家族? ヘビの話じゃないのか?
「まみみの親はそうでもないんだよねー。2人とも仕事で忙しくて、小さい頃からあんまり構ってもらえなくて、でもその分一緒の時は甘やかされて、何やっても褒められて、失敗しても怒られなくて、イタズラしても叱られなくて……」
────あぁ、そういう事か。母さんとの仲が悪くなるって言葉に反応したのか。
でも、それ以上に感じたのは、田中さんの今までの行動に合点がいったという事だ。
なぜ田中さんが“悪い子”で在ろうとするのか。なぜ叱って欲しいと思ってるのか。なぜ褒められるのが苦手なのか。
その理由は、絶妙に拗れてる親との関係。田中さんは、親に自分をもっと見てほしいと強く思ってる。これが1番辻褄が合う。
「でも、2人は忙しいなりに……私と接してくれてる。少なくとも、嫌いだと思ったことはない」
「……安心した」
「安心?」
「少なくとも、仲が悪くないようで安心した」
嫌い合ってるって訳じゃない。寧ろその逆。ちゃんと愛がある。ただ、互いに会話が足りてない。本当の気持ちを打ち明けてない。だから、どこかよそよそしいんだろう。
……いきなり家族の話をされて驚いた。それも、かなり重い話だ。今まで田中さんの過去なんて聞いたことなかったけど、そういう秘密があったのか。道理で話さない訳だ。何はともあれ、最悪は話ではなく良かった。
「……ごめん、だいぶ辛気臭くなっちゃったね」
「うん、漣のせいー」
「ホントにごめん……」
「でも……心配してくれてありがと」
面と向かって感謝を告げる田中さん。慣れてないんだろう、その頬は赤みを帯びていた。
「こちらこそ話してくれてありがとう」
「まあ、漣だから問題無いし」
そう言って、田中さんは微笑んだ。俺に対してここまで話してくれるのが本当に嬉しい。
やっぱり、田中さんは笑顔が1番だ。悩んでる姿は似合わない。こうして互いに笑顔で、常に一緒にいれたらいいなって思う。
それから、お互いに特に喋らずにモンドとエンツォの餌を買って店を出た。
少し歩くと、冷たい何かが頭に落ちてきた。
「雪……」
「もう12月かー。うぅ、寒いのは嫌ー」
気がつけばもう冬だ。東京に来て、田中さんと一緒にいるようになってから時間の進みがとても早い。初めて田中さんと会ったのはまるで昨日なんじゃないかと感じる。
「────あ」
ふと頭の中をよぎった。そうだ、今月は12月だ。あの行事が……ある。
「ねぇ田中さん」
「何ー?」
「クリスマスって、予定空いてる?」
「いや、特には」
「田中さんと一緒に過ごしたいなって思ったんだけどさ、どう?」
「え、それって……」
「デート、になるのかな」
つ、遂にデートって言った……! ハッキリ言って今も、今までも2人きりの時は多かった。実質デートだ。それでも、決して言わなかった。俺と田中さんはそういう関係じゃないから。
しかし、田中さんが好きだって自覚してしまった。だから、きっと、こう言うのが最適なはずだ。
「……い、いい、ケド……」
「ホントに!? ありがとう! 田中さんと一緒のクリスマス、楽しみだなぁ……!」
「その前に進路調査票の提出と三者面談があるケドねー」
「あっ……せっかく忘れてたのに……!」
そうだ、クリスマスの前にはその2つがあった。思い出したら急に冷や汗が流れてきた。寒いのに。
「でも、今日は夜まで一緒って約束だからまだまだ帰さないもんねー」
こんな状況だろうと、田中さんは俺を逃がさない。無論、俺も逃げる気は無い。これはしょうがないことだと思う。
────どうしようもないくらい、田中さんに心を鷲掴みにされてしまっているんだから。
「……うん」
「もーちょっと慌ててほしいんですケドー。てことで、今日の夕飯は激辛料理でーす」
「辛いのは苦手だって言ってるじゃん!」
「そーそー、まみみが見たいのは漣の困ってる顔ー」
「た、田中さーーん!」
「……ふふー」
いつも通りのイタズラな笑顔。いつも通りのからかい。それを見ることが、聴くことが、とても心地良い。田中さんと心が通じ合ってる気がして心が温かくなる。
────あぁ、やっぱり俺は田中さんが好きなんだな。
田中さんと一緒にいる日常がいつまでも続けばいいと、心の底から思う。
申し訳ありません。いろいろあってめちゃくちゃ遅れてしまいました。1ヶ月どころか4ヶ月半でした。次はいつになるんだ……。
もしよろしければお気に入り、感想、評価等、お願い致します。