最終話 その2人は輝き続ける星のように
どこを見渡しても人、人、人。人しかいない過密状態の公園内。
わずかな隙間を見つけて、そこを縫って前へ進む。人とぶつかることなく、人混みを抜けた。
──春休み、4月初頭。冬の寒さは過ぎ去って、桜が満開の時期。周囲には数多くの桜の木が並び、空には桜吹雪が舞う。風は温かくて、とても心地いい。
今日は田中さんと花見デート。公園内にある銅像で待ち合わせ。予定の時間よりは5分ほど早い。ちゃんと間に合った。
そして──。
「田中さー……」
銅像のすぐ近く。紫髪でツインテール、パンキッシュな衣装を身に纏った女の子。見間違えるはずがない。田中さんだ。
だから、声をかけようとすると──。
「ッ!」
田中さんが、180以上はあろう長身の、この場所には似つかわしくないスーツを着た男に話かけられてる。
その瞬間を、見てしまった。
「──人の彼女に何してるんですか?」
そこからの行動は自分でも驚くほど早かった。
気がつけば、スーツの男の肩を掴んでた。
「彼女!? てことは君は……!」
「彼氏です」
「すまない! そうだとは知らず……!」
「用が済んだならどこかに行ってくれると助かります」
「君達には本当に申し訳ないことをした! 言い訳になるけど、ナンパ目的で話しかけた訳じゃないんだ!」
直後、「俺はこういう者だ」と言って1枚の紙を差し出してきた。
「283プロダクション……?」
「ああ。俺はそこでプロデューサーをやってる」
「聞いたことない事務所ですね。本当に実在してるんですか?」
「うちは芸能事務所としてはまだ無名でね。聞いたことがないのも当然だよ。でも、これから誰もが聞いたことがある有名な事務所に成長させてみてる」
それなら仕方ない。だけど、それだけじゃ確証は無い。
「なぜ彼女をスカウトしたんですか?」
「ひと目見て、アイドルの素質があると思った。独特の雰囲気があって綺麗で、これ以上魅力的な子を見つけるのは難しいと思った。だから、声をかけたんだ」
確かに田中さんは魅力的だ。スカウトしたくなる気持ちはわかる。でも──。
「アイドル業界は戦国時代と言われてるほど熾烈と聞きました。それでも成功すると信じていますか?」
アイドルは実に多種多様だ。色々なアイドルが彗星のように現れては消えていく。テレビでよく見るのはほんの一部のトップアイドル。姉さんがそう言ってた。
「……確かに君の言う通りだ。今はアイドル戦国時代。必ず成功する保証は無い」
「なら──」
「けれど、成功するって信じてる。もちろん俺1人の力じゃ無理だ。283のみんなが一丸となって初めて達成できることだと思ってる。
今はまだ困難も多い。それでも、俺はプロデューサーとしてできることをやって、貢献する。
──だって、誰かに夢と希望を与えるアイドルは何よりも素晴らしいから。だから俺はその支えになりたいんだ」
視線を1ミリも逸らさず、スーツの男は言ってみせた。
本物だ。アイドルにかける想いは。姉さんと同じくらいアイドルが好きなんだ、この人は。
それに、誰かに夢と希望を与える存在に憧れてるところは俺と共通してる。俺はそれがきっかけで、誰かを助けられる人で在ろうと努力してる。そして、この人はプロデューサーになった。
多分、というかほぼ間違いなく似た者同士だ。
夢、希望、理想、信念。それらを大事にしていて、それを信じて行動し続ければいつか実を結ぶ。そうだと確信してる。
「……そうですね。誰かに夢と希望を与える存在は素晴らしい、その考えは俺も同じです。
貴方はちゃんとした人みたいです。先程の無礼な真似は謝ります。本当にすいませんでした」
「そこまでかしこまらなくて大丈夫だ。こんな場所でスーツ着てるなんて怪しいって自分でもわかってるから。認めてくれてありがとう」
「でも、最終的な答えを出すのは彼女です。押しつけがましい物言いはやめてくださいね」
「原石を見つけてつい興奮を抑えきれなくて……ごめん」
プロデューサーさんは頭を下げる。
「今日のところはこれで失礼するよ。2人の時間をこれ以上潰す訳にもいかないから。
ああ、そうだ。返事は名刺に書いてあるアドレスか電話番号に連絡してほしい。その後は2人で直接事務所に来てくれると嬉しいかな」
「それじゃあよろしく」と言ってプロデューサーさんは足早に去って行った。
「……凄いことに巻き込まれたね」
「ほんと、面倒だよねー」
「面倒なんだ……」
「別にアイドルに興味無いしー。あの人にそう言った」
「プロデューサーさん、諦めてないみたいだけど」
「うん、いきなりまみみに話しかけてくるなんて、まるでどっかの誰かみたいー」
「……」
十中八九俺のことだろう。田中さんも俺とプロデューサーさんが似た者同士だって気づいてるらしい。
「それよりも早く行こー」
田中さんに袖を引っ張られる。
「……」
いつも通りに見えるけど、その姿にどこか違和感を感じた。
視線が手に持つ名刺に視線に向いてる。
アイドルに興味は無いって言ってたけど、意外とそんなこともないのか……?
※※※
「おはよー」
「おはよう」
温かい日差しが降り注ぐ朝。
駅を出た所で田中さんを待って数分。当の本人がやって来た。
……田中さんがスカウトされてから1週間。あれからそれについて一切話してない。
いきなり話しても困惑されるだけだろうな。朝から気分を悪くさせてしまうかもしれない。
アイドルについて話すのはやめておこう。
「……あれからもう1年だね」
「そうだねー」
今日から新学期。高校3年生になり、いよいよ受験生。何よりも、田中さんと初めて会ってからちょうど1年。
福島の田舎とのギャップに戦慄したのは、今となっては懐かしい。1年もすればこんな光景にも慣れるんだなぁ、と感慨にふける。
「あの日から色々あったなぁ。ここまで1年を早いと感じたのは初めてだよ」
「まみみもー」
「ホント、東京は賑やかで凄いよ。全然飽きないもん」
どこへ行くにもアクセスがいいし、欲しいものは何でもある。とにかく便利だ。
正直、もう田舎で長期間過ごせない気がする。
「良かったねー。東京来れて」
「うん。最初は不安だったけど、田中さんと仲良くなったらそんなもの吹き飛んだ」
「ッ……!」
田中さんが少し目を見開く。
「なるほどぉ。漣はまみみにメロメロってことかぁ」
「メッ……!?」
「ふふー。そっちがその気ならこっちだってやり返すもんねー」
「う……」
付き合ってから早4ヶ月。俺達の勢いは衰えない。
それはもう、心の底から虜になってる。
「……しょうがないだろ、だって、相手が田中さんなんだから」
恋は盲目というけれど、それは正しいらしい。田中さんの隣にいると、田中さんのことだけを見ていたくなる。考えたくなる。それが最高に幸せだという確信がある。
……1年前の俺が今の俺を見たらどう思うんだろう。自分の信念を曲げたと怒るのか。それとも、ちゃんと過去を向き合って乗り越えることができたと喜ぶのか。
「……どうしたの? 俺をジッと見て」
「聞こえてた」
「え?」
「しょうがないだろ。だって、相手が田中さんなんだからって」
「……ッ!?」
漏れてしまった心の声をご丁寧に復唱される。恥ずかしい。すっごく恥ずかしい。田中さんへの想いを抑え切れてないのがバレてる。
「漣はいつもいいリアクションしてくれるねー」
「したくてしてる訳じゃないんだけど」
「なら、才能があるってことかもー」
「才能?」
「まみみにからかわれる才能」
「ッ……ダメだよ? 人をからかうのは」
「わかってまーす」
「本当に?」
「だから漣にしかやらないんだケド」
「……」
これ以上は恥ずかしさで俺が耐えられない。早く学校に行こう、そう言って話を無理やり切ろうとすると。
「……ねぇ」
「?」
「まみみがアイドルになったらどう思う?」
「え……」
田中さんの方から切り出してくるのは想定していなかった。驚いて変な声が出た。
わざわざ俺に訊いてくるってことは、相当悩んでるに違いない。少しでも力になれるなら、力になりたい。
それが、彼氏として、人を助けられる人間として俺が為すべきことだ。
「──ありだと思う」
「え?」
「歌って踊る田中さん……うん、凄くいいよ」
「ほんとに言ってるー?」
「田中さんには誰かを魅了する力がある。現に、俺はどうしようもなく田中さんに惹かれてるんだから」
「夢も目標も無い子がアイドルなんてできないと思うケド。
アイドルってアイドルが好きだったり、憧れてるからそうなりたいって子がなるものじゃん?」
「必ずしもそんなことはないと思うよ。偶然スカウトされたからアイドルになって、やってみたら意外と楽しかった、なんてケースもあるみたいだし」
「なんかやけに詳しいねー」
「身内にアイドルに詳しい人がいるんだ。それで俺もちょっとだけ知ってる」
「ふーん……」
平静を装ってるように見えるけど、何かについて深く考えてる。
やっぱり、アイドルが気になってるよなこれ。
「私がアイドルとして誰かに夢とか希望とか……そういうのを与えられると思う?」
「うん。田中さんならできるよ。
田中さんは可愛いし、綺麗だし、何をやっても上手にできるし。特にファッションに関しては他の誰かには真似できない、田中さんだけのものだって俺は思う。
個性が大事なアイドルとしては、これ以上無い最高の強みだよ」
「自分じゃないのに自信たっぷりだねー」
「田中さんだからね。もしアイドルになって売れなかったら、それは事務所が悪いよ」
「そこまで言われるとむずがゆいんだケド……」
ため息混じりに言う。
恐らくならない方向で考えてはいる。けれど、なりたいって気持ちが無い訳ではない。歯切れの悪い答えが多いのが何よりの証拠だ。
田中さんがここまで悩む姿を見るのは初めてだ。それほど“アイドル”という存在が引っかかってるんだろう。
「……これは参考程度に聞いて欲しいんだけど」
「?」
「迷ってるなら、いっそやった方がいい。その方が後腐れも無くてスッキリすると思うから」
「……」
「でも、あくまでも俺個人の意見に過ぎないし、最後に決めるのは田中さんだ。今のところ、俺はこれ以上は何も言えない」
田中さんから何かを訊かれない限り、俺からアイドルについて話すことはないかもしれない。彼女の意思が最優先だ。
※※※
──あの日からずっと、朝も、昼も、夜も。家でも、学校でも、どこかに遊びに行っても。常に頭の中に“アイドル”の4文字がある。1つのことをこれほど考えたことは滅多にない。
全部あの芸能事務所のお兄さんのせいだ。何を思ったか、私をスカウトしてきた。どうして私に才能があると思ったんだろう。
漣もそうだ。アイドルの私をありだと言った。悪い子のアイドルに需要はない。アイドルは良い子がなるものだから。
「はぁ……」
まさか、こんなことになるなんて思わなかった。
お兄さんは私の意思を尊重するとは言ったケド、全く諦める気が無い。
少し話をして、話を傍から聞いてすぐにわかった。あれは漣と同じタイプだ。自分の理想や信念を大事にしていて、お人好しで、頑固で融通が利かない。そんなタイプ。
そもそも、どうしてこんなに悩んでるんだろう。
興味があればやるし、興味がなければやらない。いつもそうだった。判断は早い方だと思う。
なのに、今回ばかりは違う。自分がどうしたいのかわからない。
漣は「迷ってるならやった方がいい」と言ってくれた。でも、仮にそうしたとしてもやっていけるかどうか──
「ん?」
“やっていける”? どうしてそう思った?
「……」
テーブルに置いてある名刺を手に取る。
私はアイドルになろうと考えてる? なんで? 興味があるってこと? 興味があるとして、何に興味を持った?
歌って踊ること?
有名人になれること?
ファンにちやほやされること?
どれもあてはまらない。もっと別にあるのか、やっぱり何もないのか──。
『──だって、俺は誰かを助けられる人間で在りたいから』
どうしてここで漣の言葉を思い出すんだろう。
「ッ!」
ああ、そうだ。
これは漣にとって自分を動かす力だからだ。根底にそれがあるからこそ、漣は人を助ける。私にはないものだ。
「……そういうことかぁ」
気がつけば、スマホを手に取っていた。その勢いのまま、漣に電話をかけた。
「もしもし。漣、今時間ある?」
『うん、大丈夫』
「……ねぇ、漣。目標がなくてもアイドルとしてやっていけると思う?
私は漣みたいに強い想いがない。アイドルが持ってるはずの夢とか目標がない。それでも……いいの?」
思い返せば、今まで何回も考えたことだった。
私と漣の違い。私の在り方とアイドルの在り方の違い。
私は漣と違って信念を抱いて生きてない。だから、漣のように真剣にはなれない。
私は夢や目標を持ってない。アイドルは夢とか目標に向かって頑張る。その方がウケるのは私でも知ってる。だから、今のままではアイドルの在るべき姿にはなれない。
『……難しいね。アイドルには夢や目標がつきものだから』
「そうだよねー……」
『でも、みんながみんなそうだって訳じゃない。今は無くても、これから見つければいいんだ。だから、田中さんは田中さんらしくいよう』
「なら、今のままでもいいのー?」
『うん。どんな時でもありのままが1番だよ』
「本当にー?」
『本当に。だから、田中さんはアイドルとしてやっていけるよ』
アイドルとしてやっていける。漣はそれを心の底から信じてる。
こんな風に背中を押されたら──私は。
「……今すぐ行きたい場所ができたかも」
「もちろん一緒に行くよ」
理解が早い。いつものように私の気持ちを汲み取ってくれたんだろう。
こういう時の漣はすごく頼りになる。一緒なら、何でもできそうな気がする。自分でもビックリだ。
──赤より青くて、青より赤いパープルを選ぶような自分が、こんな気持ちになるなんて。
そう考えると、漣の影響を強く受けてるんだなと思う。
私、変わったんだ──。
※※※
田中さんと電話した後、俺達はプロデューサーさんに283プロダクションに訪れる旨のメールを送って、すぐに外を出た。
そして今、283プロダクションの扉の前にいる。
「やあ、今日はよく来てくれた」
「よくわかりましたね。俺達が来たって」
「いつ来るのかなってうずうずしてて窓をチラチラ見てたんだ」
「そんなに私の答えが気になるんですかー?」
「もちろん。君以上に魅力的な子は滅多にいないから」
「俺からしたら田中さん以上に魅力的な子はいないです」
「人前でそういうこと言わないでー」
「はは、凄い愛だな……!」
少なくとも、ちょっとやそっとじゃ仲違いは起こらない。
今まで色々あった。それを乗り越えて、俺達は今ここにいるんだから。
「立ち話も何だから中に入ってくれ。今から応接室に案内する」
プロデューサーの言葉を受けて、事務所の中に入る。
見る限り、事務所は元々居間だったようだ。どことなく生活感がある。
後をついていき、応接室に入る。
「椅子にかけて。これから2人の面接をする。まあ、面接と言っても形式的なものだけどね」
「俺もですか?」
「君は事務員のバイトとして雇うつもりだ。俺は2人の仲違いを望んでない。だから、少しでも一緒にいられる機会と時間を確保しようと思ったんだ」
「お心遣いありがとうございます」
いいんだろうか。そんな配慮してもらって。仕事でも田中さんと一緒にいられるなんて至れり尽くせりだ。
「じゃあ早速……まずは2人の名前と年齢を」
「はい。田中摩美々っていいますー。17歳で高3ですー」
「三峰漣と申します。同じく17歳で高校3年です」
「……!? ああ、ありがとう」
「?」
俺が名乗った瞬間、プロデューサーさんは目を見開いた。驚く要素あったか?
いや、今はそんなことを考えてる暇は無い。面接に集中しろ。形式的なものと言っても見るところは見られる。
「次は2人の趣味と特技を聞かせてくれるかな」
「趣味は放浪。特技は自分で髪を切ることですー」
「なかなか変わってるね」
「自分でも変わってるとは思いますねー」
「うん、いいよ。とても個性的だ」
そりゃ田中さんだし。いいに決まってる。
ていうかしれっと人をからかうって趣味を隠したな。確かにウケは良くないだろうから分かるけど。
「えっと、俺の趣味……というより生き方ですが、人を助けることです。特技は……一応ボウリングです」
「……凄いな。人助けをして生きたいのか」
「はい。小さい頃ヒーローに憧れて、自分もそうなりたいって思ったのがきっかけです。まぁ、俺はヒーローというほど立派な人間ではありませんが」
「そんなことない。君は十分に立派だ。これからもその生き方を大事にしてほしい」
「ありがとうございます」
それから、普段は何をしてるのかとか、学校での俺らとか、身の回りのことを質問された。
「2人のこと、少しはわかった。ありがとう。
……だから、そろそろ聞きたい。君達の答えを」
プロデューサーさんの柔らかい表情が真剣なものに変わる。
遂に来た。ようやく本題だ。時間はそれほど経ってる訳じゃないのに、非常に長く感じられる。緊張しているんだろう。
「──田中さん。君はアイドルになりたいか?」
田中さんの目を真っ直ぐ見詰めて問いかける。
「──私は……私は、アイドルになります」
田中さんが答えを見出すのにどれほど悩んだんだろう。俺の悩みなんて田中さんのものとは比べ物にならない。
それでも、田中さんがそう決めて、その道を行くなら、俺は隣に立って歩く。いつでも支えられるように。
「……ありがとう。そう答えてくれて。田中さん……いや、摩美々。今日からアイドルに、漣くんはバイトとは言え283プロの事務員だ。これからよろしく」
「よろしくお願いしまーす」
「よろしくお願いします!」
「最後に1ついいか? そう答えたってことはわかってるかもしれないが、あえて訊く。
君たちは恋人の関係だ。正直、アイドルとしてやっていく上で基本的に良い方向に働かない。うちは節度を守ってくれれば恋愛は構わないけど、懸念事項ではある。
──それでも、その答えを選んだ理由を教えてくれないか?」
俺達の答え。互いにじっくり悩んで、考えて、見出したもの。
田中さんは一体どうやって決めたんだろう。気になる。
「……漣が、何があってもアイドルとしてやっていけると背中を押してくれたからです。
正直言って、アイドルとしての夢や目標は何も決まってません。ケド、漣が支えてくれるならきっとそういうのも見つかるんじゃないかなーって思いましたー。
まあ、その、なんて言うか……今まで私の助けになってくれた漣に報いたいって……そんな感じですー」
言葉にならない。俺のことをこんなに信頼してくれてることを改めて実感する。ちょっと恥ずかしくなってきた。
この空気で答えるの? 自信無いって。
「……俺は……田中さんの助けになりたいからです。“誰かを助けられる人間で在りたい”という信念に貫くって意味もありますけど、何より……田中さんが大好きなので。隣にいられるなら、どんなことも死ぬ気で頑張ります。
もしも何かの間違いでやらかしてしまった場合、首でも腹でも好きに切ってくれて構いません」
アイドルが恋人バレしたら世間から叩かれる。非情だけど、そういう世界だ。
だから、そうならないように俺は努力しなきゃならない。田中さんが安心してアイドルでいられるように。
「……2人の気持ち、伝わった。アイドルは厳しい世界を生きる。2人の場合、事情が事情だから尚更だ。それでも、その覚悟があればやっていけるよ。
……とりあえず、今日はこれで終わりだ。その後のことに関しては準備が必要だから待っててほしい」
終わりと聞いて、肩の力が一気に抜ける。相当緊張してたのを今になって自覚した。
何はともあれ、これでひと段落。そして、同時に始まりでもある。今日から俺はアイドル事務所のアルバイトとして働くことになった。こんなことになるなんて全く想像しなかったけど、田中さんと一緒ならどんなことでもできる気がする。
……そう言えば、家族になんて言えばいいんだこれ。アイドル事務所でバイトすることになった、って言ったら驚かれるよな。特に姉さんは。言い辛いな。
「……ねぇ、漣」
「どうしたの? ちょっと顔怖いよ?」
どういう訳か不満げな表情をした田中さんに訊ねられた。
「面接してて、不満を1つ思い出したんだよねー」
「え? 俺もうやらかした? 包丁持ってきた方がいい?」
「落ち着いて。別にそういうのじゃないから。ていうか、漣の死ぬ気でって本当に死にそうで怖いからやめて」
一体何を言われるんだ。怖い。
「……まみみのことは“摩美々”って呼んでほしい」
田中さんは恥ずかしそうに、ボソッと言った。
「ずっと思ってたんだケドー、“田中さん”なんて他人行儀おかしくないー? 私たち恋人でしょー?」
「うん……確かにそうだけどさ。俺にとって田中さんは田中さんだからさ、それ以外の呼び方は考えられないっていうか──」
「漣はかなり最初から下の名前で呼べって言ってきたじゃん。言い訳は通じませんよー」
「……」
思い返してみればそうだ。
姉さんと兄さんが苗字で呼ばれることが多いから、被らないように名前で呼んでほしいって言う習慣が身に付いてる。それ以上の理由は無いけど、人によっては特別だったりするもんな。
……外堀を埋められた。名前で呼ぶのは恥ずかしい。でも、田中さんにそれを強いたかもしれないって考えると呼ばなきゃいけないのか……? どうしよう。
「言わないなら漣の秘密、プロデューサーに言っちゃおうかなー」
「え」
「昔は泣き虫だったとかー、未だにお化けが怖いとかー、実はシスコンとかー」
「シスコンじゃないって! それ以外が事実なのは認めるけど、シスコンは嘘! 確かに姉さんとはずっと仲良しだけどさ!」
考え込んでるうちに暴露された!? 油断も躊躇いも無さすぎるって田中さん!
「漣はシスコンだってその姉さんが言ってたよー」
「いつの間に!?」
「最近電話で聴いたー。昔は私にべったりで可愛かったのに、小学生の頃は一緒に風呂入るくらい仲良しだったのに、今は反抗期で寂しいーって」
何でそこまで把握してるの!? もしかしてホントに聴いた!? こんな手の込んだ羞恥プレイあるかよ!
「やめて田中さん! もうこれ以上耐えられない!」
「大丈夫だ漣くん。そういうのは個人差があるから」
「そう言われるのが1番辛いですプロデューサーさん! ドン引きされる方がまだマシですよ!」
「摩美々って呼ばなかったからまた漣の秘密大暴露ー」
「ま、摩美々ーッ!」
初めての名前呼びは、秘密を暴露されないためだった──。
摩美々誕生日おめでとう! そして隣の席の田中さん、これにて完結です! ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!
本作はシャニマスオリ主二次ということでかなり不安でしたが、それでもここまで続けられたのは多くの読者に支えられたからです。正直のところ、評価バーに色がつけばいいなくらい思ってましたが、早い段階で達成できた上に日間ランキングに載ったので、予想以上に読まれていることに驚きながら書いていました。改めてお礼申し上げます。
一応、第2部と称してW.I.N.G.編を考えたのですが、書きたいことは一通り書いたのと、ダラダラ続けるよりも1度終わらせてスッキリさせた方がいいという考えがあることから、ここで完結とさせていただきます。気が向いたら後日談を書くかもしれません。
最後になりますが、改めてこの作品をお読みいただき本当にありがとうございました!