第5話 地雷は見えないからこそ地雷足り得る
「田中さん、中間テストの結果が返ってくるってさ」
朝のホームルーム開始の直前。いつものように席に座ると、隣の席の男子────三峰漣が相も変わらず微笑みながら呼びかけてきた。
「別に興味無いんでー」
テストはどの科目も満遍なく高得点だ。今までそうだったのだから今回もそうだろう。だから、気にする必要も無い。しかし。
「でも、漣の結果は気になるかなー」
普段から真面目な漣のテストはどのような結果になったのだろうか。わざわざ自分のような悪い子を勉強に誘うような人間なのだから悪い訳が無い。大方の予想はできているが、それでも興味がある。それほど、彼という人間は面白い。
「それではホームルームを始めます。今日は皆さんにテストの結果を返します……」
前を見ると、既に担任が黒板の前に立っていた。いつものホームルームが始まる。
数分して、担任からテストの結果を返された。自分の結果は平常運転だった。
「田中さんはどう?」
「こんな感じー」
漣が尋ねてきた。
「え、全部80点以上じゃん……!」
「いつも通りですケドー」
「いつも通り? これが……?」
漣は隠す様子を見せることもなく驚いている。普段の自分の様子をよく知っていて、素直な性格の漣だ。想定内の反応だ。
「それよりもー、漣の結果を見せて欲しいなー」
「俺は……こんなんだよ」
漣はヘコみながらも結果を見せてきた。
「え……」
漣も全ての科目で80点以上だ。それでいて、殆どの科目で自分よりも高い。日本史、現代文に至っては学年で3位以内に入っている。かなり良い成績だとは思っていたが、この結果は流石に予想外だった。
「何でこの結果で落ち込んでるのー? 普通に凄いのに……」
「いや、テスト勉強かなり頑張ったのに全然差が無いし。俺もまだまだ頑張りが足りないなって思い知らされて。あはは……」
漣は自嘲する。なるほど、完璧主義だったのか。確かにいつも自分に厳しく謙遜を欠かさない。すんなりと納得できた。しかし、これで満足しないとなると彼は何を目指しているのだろうか。この実力なら難関大学の一つや二つ訳ないだろう。でも、雰囲気からしてそうは見えない。何か、何かが引っ掛かる。
「あ、そろそろ授業が始ま……」
教室の時計を見た漣が机の引き出しから教科書を取ろうとしたその時だった。何かが床に落ちた。
「これって……」
漣が落としたものを拾う。それは白くて薄い。紙の類だった。裏側を見ると、ハート型のシールが貼られていた。これは、
「ラブ、レター……」
これが示す事実は、漣は女子に好意を持たれているということである。彼は整った顔をしているし、何よりも優しい良い子だ。女子からすればかなりの優良物件であることは間違いない。こういうことがあってもおかしくはない。
「ふふー、モテモテだねー」
真面目だが女子には疎そうな漣ならば良いリアクションをしてくれるだろう、そう思ってからかってみた。しかし、
「……」
反応は、返ってこなかった。
※※※
放課後。あれから、漣が教室にいない隙を突いてラブレターの中身をこっそりと見た。内容は『放課後、屋上で来て欲しいです』というものだった。よくある陳腐なものだ。
(漣が反応しなかった……)
そんなことよりも、あの時の漣が頭から離れない。彼は今までのからかいやイタズラの全てを真っ向から受け止めてくれた。呆れたり無視したりすることは一度もなかった。ああいった態度を見せたのは初めてだった。
(一体、どうしたんだろ……)
あの瞬間の表情は見えなかった。あの直後に話しかけると、漣はいつもの柔らかな微笑みを取り繕って見せた。しかし、慌てていて様子がおかしかった。裏表の無い性格だがどこかつかみどころのない漣が見せた明らかな違和感。確かめない訳にはいかなかった。
早めに屋上に行って、人が隠れられる大きさの遮蔽物に身を潜める。盗み見や盗み聞きなんて関係無い。自分は悪い子だから。
少しの間待っていると、一人の女子がやって来た。恐らく、漣にラブレターを渡した女子だろう。少し距離があって鮮明には見えないものの、決して顔は悪くない。黒のロングヘア―も艶があって綺麗だった。見た目は良い部類に入る。
更に数分後、漣本人がやって来た。女子に呼ばれてテンションが高いと思いきや、その逆だった。明らかに浮かない顔をしている。このような表情は見たことがない。
二人が対面する。少しの間沈黙が訪れるが、それを破ろうと漣が口を開いた。
「えっと、君がこれを……?」
「うん。私、漣君の噂を聞いて」
「噂?」
「学校中でイケメンで優しい転校生がいるって噂が広まってるの。それで気になって……」
そんなことになっていたのか。毎日のように関わっているから全く分からなかった。確かに、漣の人柄の良さなら噂になるのも合点がいく。考えてみれば、何かしら手伝って欲しいと声を掛けられているのを何度か見たことがある。その度になぜそんな面倒なことを断らないのか疑問に思っていた。当の本人はそんなこと思ってすらいないのだろうが。
漣は唖然としていた。大方、自分が噂になっていたことに驚いているのだろう。あまり自分に頓着の無い彼なら気づかないのも無理はない。
「できれば、近づければな~って思って手紙を渡したの」
「そうだったんだ……」
「だから、あの、その……漣君。私と付き合って下さい!」
女子は少しどもりながらも、勇気を出して漣に本心を伝える。こういった場面を実際に見るのは初めてだが、ここまで絵に描いたようなベタな展開だとは思わなかった。
「────ごめん」
数秒の間無言の漣。漸く開いた口から出た答えは否定だった。
「え……?」
「俺は君のことを知らない。顔も名前も性格も、何も。だから素直に良いよ、とは言えない」
自身の予想に反して、漣はハッキリと断った。基本的に他人の頼みを断らない漣が拒否の姿勢を見せるのはとても珍しい。断る理由も至極当然のものだった。何も知らないのだから、そもそも是非の判断すらできない。
「そんな……じゃあ、私はこの気持ちをどうすればいいの?」
「いや、そこまで気にしなくてもいいよ。友達として仲良くすることはできるから」
「それは嫌。だったら付き合って欲しい。漣君がみんなを助けるのと同じように、私のことを助けて欲しいの。じゃないと寂しくてどうにかなっちゃいそうで……」
漣が相手を傷つけないようにやんわりとフォローするものの、女子の方は譲らない。ただ、その言葉はどうかと思う。もっと言うべきことを選ぶべきでは────と思うと。それを聞いた漣の雰囲気が変わった。
「……そういうことを言う人とは無理だ。だって、自分のために俺を利用しようってことだろ?」
口調が変わった。ということは、漣はかなり感情的になっている状態だ。女子は彼の地雷を踏んでしまった訳だ。
「そんなことは……!」
「他人の善意に付け込んで利用しようとする人とは付き合えない。君には悪いけど、関わりたくない」
漣は人一倍優しい。故に、人の悪意にも人一倍敏感なのだろう。だからこそ、善意を踏みにじる人間に嫌悪感を抱いている。この女子は自分の欲求を満たすために漣の善意を利用しようとした。それが彼の逆鱗に触れたのだと推測できる。
それにしても、漣にここまで言わせるとは。過去に何かあったのだろうか?
「私はただ漣君に優しくして欲しいだけで……!」
「それが嫌だって言ってるんだ。俺だって助ける人は選ぶよ。俺が助けたいのは目の前で困ってたり危ない目に遭ってる人であって、人の善意に付け込んで利用しようとする人じゃない。それを分かって欲しい」
(人の善意に付け込んで利用する人……)
その言葉を聞いて思うところがあった。今までのからかいやイタズラは、漣にとって嫌なことだったのだろうか、と。自身のそういった行動は、良い子の漣を面白いと思うからやっている。それが受け入れられているのは彼の善意によるものが大きい。だとしたら、漣は内心では自分を嫌がっている? その可能性はあってもおかしくない。漣は悪いことを嫌う良い子で、自分は迷惑を掛ける悪い子。彼にとって私はどう映っている?
自分は漣に嫌われているかもしれない。気がつけばそのことばかり考えていて、これ以上の会話は頭に入ってこなかった。