「おはよう、田中さん」
遅刻ギリギリでやって来る田中さんに挨拶する。
「……おはよー」
今日の挨拶は何だかいつもより元気が無い気がする。いや、元気が無いというよりはよそよそしい感じか? 最初の頃に戻ったみたいに。何かあったのかな?
「……何か困ってることでもある? だったら手伝うよ」
「いや、別に困ってないケド……もし困ってるとしても、漣には頼めないかなー」
「えっ」
間違いない。何かある。助けになれるならと尋ねてみるも、田中さんはこれを拒絶。今までこんなことをは無かったんだけどなあ。昨日の今日で何があったの?
「俺、何かやらかした? だったら謝るよ」
「いえー、漣は何も悪くないですよー」
え? だったら何で……って、考えてみれば田中さんは人の助けを借りなくても自分一人で何とかできるし、俺の助けなんか無くても問題無いよな……。やっぱり心の中では余計なお節介ばかりする奴って思われてるのかな。田中さんは干渉されるのとか嫌いだろうし。友達だと思ってグイグイ行き過ぎたのが悪かったか。田中さんの意思を尊重できてなかったかもしれない。
「も、もし何かあったら気にせず言ってくれると嬉しいかな。俺にできることなら何だって手伝うからさ」
悪手だと分かっていても言わずにはいられなかった。人の助けになれるならそれが一番良いから。
今日はこれ以上田中さんと話すことは無かった。
※※※
「はぁ~……」
学校も終わり、家に帰って自分の部屋でゲーム。自分一人だけの空間で好きなことをやるのは落ち着くし、楽しい。なのに、なぜか落ち着かない。やっぱり田中さんの言葉が心に突き刺さってるなこれ。
『いや、別に困ってないケド……もし困ってるとしても、漣には頼めないかなー』
何回考えても田中さんから出てくる言葉じゃないんだよな。何か困ってることがあったらハッキリ言うから。一体何があったんだ。言えないようなことなのか。ダメだ、気になってゲームに集中できない。
うんうん唸っていると、部屋のドアが開く。この時間帯に俺の部屋に来るのはただ一人。
「やあやあ弟よ! 調子は良いかな〜?」
「姉さん……」
ドアを開けたのは予想通り結華姉さんだ。相変わらずの掴みどころのない微笑みで俺を見る。
「何だか私を呼ぶ声が聞こえた気がしてね。ほら、私って耳良いじゃん?」
「呼んでないんだけど?」
溜め息と唸り声しか出してないんだけど。ホントに姉さんの考えていることは分からない……。何が目的なんだ。
「ねえ、私とゲームで勝負しない?」
「え、どうしたの急に」
「マリカでいい? 負けた方が何か奢るってことで」
俺に拒否権は無いのね……。姉や兄に逆らえないのは末っ子の悪い部分だよ本当に。しかもさらっと罰ゲーム付け加えたし。
取り合えずPS4の電源を消して、Switchをテレビモードにして電源を付ける。そして、マリオカートのカセットを入れてを起動。
「姉さんには悪いけど負ける気は無いよ」
「ふふ〜ん、それはどうかなぁ?」
そんなやり取りをしながらキャラを選んでゲーム開始。スタートダッシュ、そのまま1位に躍り出る。最初のアイテムはキノコ3個。即座に使用し、後続との差を開ける。幸い妨害は来なかった。姉さんは下位にいる。差は大きい。
「この調子なら!」
「フフフ、甘い。甘いよ、漣」
姉さんの不敵な笑み。姉さんの画面を見ると、アイテム欄には。
「トゲゾー、ここで……!」
「残念でした〜」
そうか、姉さんはトゲゾーを俺にぶつけるためにわざと下位に調整していたのか。なるほど、よく考えてる。今はキノコもクラクションも持ってない。ダメだ、これじゃあ避けることができない……!
そのままトゲゾーは直撃、1位から引きずり降ろされた。しかし、まだ2週目で2位だ。アイテム次第でリカバリーは十分に可能。しかし、姉さんの追撃は止まらない。
「ちょっ……!」
今度は赤甲羅。しかもトリプル。ここでも防御手段が無い。緑ならまだしも、赤は強烈なホーミング性能ゆえに避けることはできない。これもそのまま直撃。差はますます開いていく。不利な状況でファイナルラップへ突入した。
「私に負ける気は無いんじゃなかったっけ?」
「まだだ、まだ終わっちゃいない……!」
赤甲羅が出ればこの状況を打破できる。これが最後のアイテムボックス。ここで赤甲羅さえ出せればいい。そうすれば勝負に勝てる。ゆえに、外すことはできない。祈るしかない。
「ッ!」
しかし、祈りは天に届くことはなく。出たアイテムは無情にもコイン。ハッキリ言って一番いらない。これでは姉さんに対して何も干渉できないので、順位は変わらず。俺が2位で、姉さんが1位でゴール。
「やっりぃ! 姉に勝る弟などいないってね!」
「ピンポイントメタはズルいって」
「だってこれは勝負だよ? 勝つためにより効率的な戦い方をしただけ。勝ち方は何だっていいの」
理屈では分かってる。それを実行に移せる姉さんは凄い。俺はそういうやり方は相手への嫌がらせだと思うからできない。世の中勝ち方を選ばない方が選択肢も多いし、幅広く対応できる。ある意味、俺が負けるのは勝負する前から決まっていたのかもしれない。
「とりあえずコーラとスーパーカップバニラ味、よろしく!」
「はーい……」
結果は結果なので仕方がない。姉さんの言う通りにする。近くのコンビニに行く。
※※※
「やっぱりアイスは最高だねぇ。ごちそうさま」
姉さんがアイスを食べ終えて。礼を言ってくれるならこちらも奢った甲斐がある。もっとも、姉さんがこういうことに感謝をしない訳がない。そこに関しては絶対の信頼がある。だから特に問題は無い。
「────でさ、漣。何か悩んでることがあるんじゃない?」
「え、何で分かったの?」
「いや、だってずっと焦り気味なんだもん。顔に出てるし」
流石姉さん、凄く鋭い。本当に周りをよく見てる。特に毎日顔を見る家族だから尚更分かりやすいんだろうな。特別俺が分かりやすいだけってこともあるかもしれないけど。
「本当に漣は分かりやすいよねぇ。もうちょっと自分を隠す努力とかした方がいいかもよ?」
「別に隠すことなんて何も無いから」
「はぁ、羨ましいよ。漣のそういうとこ」
姉さんは人当たりが良くて誰とも仲良くなれるが、一歩引いた距離で人と接する。社交的で人当たりが良い反面、意外と重い部分がある。きっと自分の本質を知られたくないんだろう。隠したいことの一つや二つ誰にだってあるし。逆に俺はあまり自分から行動を起こすのは得意じゃないし、社交的かと言われたらそんなことはない。隠し事も特に無い。そういう点で俺と姉さんは反対だ。でも、反対だからこそ良いと思う。自分では到底思い浮かばないような発想をくれるからだ。だから、相談相手は姉さんであることが殆どだ。親に話すのは何か恥ずかしい。兄さんは……楽観的過ぎてこういうことには向いてない。それが悪いことって訳じゃないんだけどね。でも、何とかなるの精神で生き抜けるほど俺はメンタルが強くない。だから、不安なことがあったら姉さんを頼ることが多い。
「でさ、悩みってどんなの?」
「友達に嫌われたかもしれなくてさ。普段は積極的に話しかけてくれるんだけど、今日はずっとよそよそしいんだ」
「何かやらかした、とか?」
「いや、全然。何か悪いことしたかって聞いても俺は悪くないって言うし」
「それは難しいねぇ……」
俺の言葉を受けて姉さんは考える。少しして、口を開く。
「確かに漣は悪くないかもしれない。だけど、原因は間違いなく漣にあると思う。ほら、何か心当たりがあるんじゃない?」
「心当たり、か……」
今までの田中さんとのやり取りを思い出す。しかし、これと言って悪いことをした記憶が無い。だとしたら、自分にとっては良いことが田中さんにとっては悪いことだった、なんて可能性がある。無意識にそういうことを押し付けていたのかもしれない。それを含めて考えても、明らかにダメだと思う行動は分からない。田中さんは特に悪い反応をしなかったから。
「……無い、かな」
「あちゃー、そう来たかぁ」
「そもそもの原因が分からないんじゃも解決も何もあったもんじゃ……」
何をどう考えても原因らしいものが無い。これじゃあ正解が分からない。これ以上考えてもいいアイデアは出てこない。負のスパイラルに陥りそうだ。
「だったら本人に聞いてみるしかないんじゃない? 荒業だけど。その人の気持ちを直接聞くって大事だし?」
「確かにその通りではあるんだけど……」
自分をどう思ってるか聞く訳だし、それってかなり度胸がいることだよなぁ。
「やっぱ姉さんは凄いな。俺だったら絶対に出ない考えだよ。いや、出たとして実行には移せないかな」
大胆な方法だけど、それが効果的であることも事実。田中さんの神経を逆撫でする可能性は無い訳じゃないけど、行動を起こさなかったら何も変わらない。変わることが怖くても、現状維持、停滞は良くない。どんな形であれ、物事は前に進めないといけない。
「ありがと、姉さん。ちょっとは勇気出たかな」
「どういたしまして。にしても、やっぱ漣は私がいないとダメダメだねぇ」
「俺シスコンじゃないからね?」
「本当にそうかな~? 小っちゃい頃はいつも私の背中に引っ付いてた癖に」
「……後で絶対に泣かす」
これがあるからあまり姉さんには相談したくないんだよなぁ。姉さんのからかいは田中さんのそれよりも心を抉られる。でも、自分が気づかないような細かいことに気づいてくれるし、的確なアドバイスをくれるし、結局姉さんを頼る。あれ、俺ってやっぱりシスコン……?
結華と三峰弟の仲は絶対に良いに決まってる(鋼の意思)。