「……では帰りのホームルームを終わりにします」
ホームルームも終わり、放課後へ突入。意を決して、隣の田中さんに声を掛ける。
「田中さん」
「どうしたのー?」
遂にこの時が来た。ここで恐怖に負けたら昨日助けてくれた結華姉さんに合わせる顔がない。だから、事を前に進める。姉さんの名誉のために、何よりも田中さんのために。
「俺と一緒に帰らない?」
「え……まあ、いいよー」
「ありがとう田中さん!」
依然としてよそよそしいものの、田中さんは了承してくれた。何かもう、その事実が嬉しい。まずは第一の関門を突破。最初から失敗したんじゃ目も当てられない。
田中さんと一緒に学校を出て、駅までの道を歩く。しかし、ここで新たな問題が。
「……」
「……」
気まずい。凄く気まずい。一緒に帰るのはいいが、何を話せばいいか分からない。田中さんもそれを察しているのか喋らない。互いに無言の状態が続く。
「た、田中さん」
この雰囲気をそのままにしちゃいけないと思い、名前を呼ぶ。姉さんのアドバイス通り、本人直接聞くしかない。
「昨日から遠慮されてる気がするんだけどさ、何か理由があったりする?」
「別にー……」
まあ、そうなるよな。本人にとっては隠したいことなんだから簡単に話してくれる訳がない。
「俺は何言われても大丈夫だからさ。とりあえず話してくれると嬉しい」
覚悟はできてる。傷つこうがが何だろうが構わない。
「……漣は人の善意に付け込んで利用する人ってどう思うー?」
「何でそんなことを?」
「……そういう前置きはいらないからぁ」
急に踏み込んだ話が来たな。予想外に質問に戸惑う。でも、ここは正直に話すべきだ。
「その、苦手……というか、嫌だなって思う」
「どうしてー?」
「だって、自分勝手な理由で誰かに迷惑掛けるのはダメでしょ」
一昨日の女の子みたいに自分が満たされたいからって理由で人をものみたいに扱おうとするのは人としてどうかと思う。誰にだって優しくしたいとか助けたいって気持ちを利用する人間に良い奴はいない。そういうことを考えてる奴は大体顔や雰囲気で分かる。そんなの、自分を犠牲にしてまで助ける必要なんて無い。まずは自分で自分を助ける努力をしろって言ってやりたい。
「ふふー」
何故か田中さんはイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「それってぇ、こういうことだったりー」
そして、何を血迷ったのか赤信号の歩道を進む。赤信号────もしかしたら。そう思って左右の車道を見る。案の定、左から車が近づいて来ている。これ程当たって欲しくない予想は無かった。
「危ないッ!」
何が何でも田中さんを助けなければ────という思考に切り替わると、自分でも驚くほど速く身体が動いた。歩道を歩く田中さんの腕を無理に無理やり掴んでこちら側に引き寄せる。その後2、3秒が経って、車は何事も無く通り過ぎた。
「っ、はぁ~……」
良かった。助けられた。田中さんはちゃんと生きてる。隣にいる。俺も死ぬかと思った。精神的に。ていうか、既に10回くらいは死んだ気分だ。心臓が飛び出そう。
「田中さん、いきなり腕引っ張ってごめん。怪我は無い?」
「大丈夫ー……って、どうしてそんなに慌ててるのー?」
「どうしてって……田中さんが急に信号無視して道路に出るから!」
「そうだねー」
田中さんは悪びれる様子を見せず、それどころか笑っている。下手したら死んでたかもしれないのに、余裕の表情だ。てことは。
「……もしかして、わざとこんなことを?」
「さあ、どうでしょうかねー?」
「もしそうだとしたら何でこんなことをしたのか説明して欲しい」
田中さんは表情を崩さない。しかし、こちらも譲らない。ここで許したら田中さんのためにならないと思うから。
「漣は私を助けてくれるのかなぁって」
「そりゃ助けるに決まってるよ。ていうか、目の前で自殺行為してる人がいたら俺じゃなくても助ける。田中さん、もし俺がダメだったらどうするつもりだったの?」
あれは誰だって助ける。目の前で事故が起こるなんて嫌に決まってる。当たり前のことだ。それを試したってことなのか?
「良い子の漣なら絶対に助けてくれるって思ったから万が一の事は考えてなかったなー」
「嘘だろ……?」
これには返す言葉が見つからない。どうしてそういう方向に思い切りがいいのだろうか。田中さんはもっと自分を大事にして欲しい。お願いだから自分を犠牲にするようなことはしないで欲しい。俺を信頼してくれてるのは嬉しいけどそれは過信だ。俺は完全無欠のヒーローじゃない。絶対に助けられるという保証は無い。
「……漣が私を助けたのはぁ、目の前で危険な目に遭ってる子がいたから、だよねー」
「そうだけど……だからって自分からその状況を作るのはどうかと思うよ」
「だってぇ、私は漣の優しさを利用する悪い子ですからー」
何だって自分からそんなこと言うんだよ……それを自覚できてるんだから田中さんはそういう人じゃないよ。でも、田中さんは命に関わる危ないことをした。それはちゃんと叱らなきゃいけない。
「確かに、今のはそう思われても仕方がない。田中さんが悪いよ。少し遅れてたら車にぶつかってたかもしれないんだ。そうなったら怪我どころの話じゃないからさ」
「でもぉ、偶然だったらしょうがなくないー?」
「偶然も何もない。田中さんが酷い目に遭ったら悲しむ人間がいるんだ。だから、もうこんな危ないことはしないって約束。守って欲しい」
言い訳までして……何が田中さんをそこまでさせるんだ。関われば関わるほど田中さんが分からなくなる。
「はぁい、今度から気をつけますねー」
「ホントにお願いだからもう止めてね……」
田中さんは危なっかしくて放っておけない。今まで多くの人と話してきたけど、ここまで心配になるのは初めてだ。これじゃあ命が幾つあっても足りない。
「……漣はどうしてそこまでしてくれるの?」
「え?」
「私は漣に嫌なことをいっぱいしてる筈なのに、それでも学校で浮いてる私と話してくれるし、危険を顧みずに助けてくれるし、イタズラにもわざわざ付き合ってくれるし……どうして……?」
なんだ田中さん、そんなこと思ってたのか。俺みたいな人間を心配してくれるなんてやっぱり良い人じゃん。何で自分を悪い子だなんて言ってるの? 意外と心配性だったりするのかな。
その問いに対する答えはすぐに出た。たった一つの在り来たりな、でも大事な答え。
「そんなの決まってるよ。俺が田中さんの友達だから、だよ」
「え、そんなことで……?」
「そんなことって……でも、俺にとってはとっても重要なことだから。他に理由なんて無いよ」
「そう、なんだぁ……」
田中さんは驚いている。余りにも予想外でアホな理由だと思ったんだろう。けど、理由なんてそんなものでいい。どれだけ下らなくても、バカバカしくても、理由が一つでもあれば行動する理由として成立する。
「その、さっきは、あんなことしてごめん……」
「っ……あぁ、うん。分かってくれたならいいんだ」
「人の優しさを利用しちゃう悪い子でも、友達になってくれる……?」
「俺と田中さんは既に友達だよ。それに、田中さんは善意を利用しようだなんて思ってない。普段の態度で分かる」
田中さんはただ口下手なだけだ。だからイタズラをコミュニケーションの手段にしてる。少なくとも、田中さんは俺を信頼してくれてる。じゃなきゃ会話の一つも成り立たない。田中さんは自分から話しかけるような性格じゃないから。
「ふふー、これどーぞ」
「……この缶ジュース開いてるんだけど」
「私の飲みかけだよー。お詫びにあげるー」
「飲みかけって……でも、ありがと」
せっかく田中さんがくれたジュースだ、この際間接キスだとか気にしない。俺の役目は、田中さんの信頼に報いることだ。何があっても受け入れる。飲むために口に近づける……って、あれ。中身が全く出てこない。まさか。
「……田中さん?」
「ふふー、やっぱり漣の困ってる顔は面白いねー」
「ホントに反省してる?」
「してるよー? それはもうすっごくー」
いつものイタズラな笑みで俺をからかう田中さん。反省してると言っても正直なところあまり説得力は無い。でも、それがいい。それが田中さんのスタイルだ。いつでも自分のペースを崩さず、それを貫く姿勢。田中さんを田中さんたらしめる理由。心の底から尊敬できるし、友達でいたいと思う。だから────
「ねぇ、田中さん」
「急に改まってどうしたのー?」
「チェイン、交換しよう」
一歩、踏み出す。
「そう言えばまだ交換してないねー」
「互いに何か緊急事態が発生したとか、暇だとか、そういう時に話せたらいいなって思うんだ。田中さんさえ良ければ、交換して欲しい」
「……悪くないかなー」
「じゃあ!」
「チェイン、交換してあげるー」
田中さんがポケットからスマホを取り出した。QRコードを読み取り、チェインの連絡先を交換。こんなにも簡単ですぐに終わることなのに、これに2ヵ月くらい時間を費やしてるの、ホントに行動力無いな俺……。
まあ、何はともあれ田中さんとまた仲良くなれて良かった。やっぱり姉さんに相談して正解だった。自分一人の力じゃ絶対にこうはならなかった。これで万事解決だ。
「ありがとう!」
「ふふー」
この後家に帰ってすぐに姉さんに結果を報告した。喜んでくれた。
漣が摩美々の好感度を上げていくのと同時にシスコン度も上がっていくの笑っちゃうんすよね